オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣

文字の大きさ
45 / 45
ロールキャベツな狼とツンデレな猫

しおりを挟む
翌日。
いつも通りの月曜の朝。
昨日の今日でどんな顔をすればいいのだろうと思いながら出社した愛美は、ぎこちない手つきで支部のドアを開けた。
支部長席にはいつも通りの緒川支部長が座っていて、難しい顔をしてパソコン画面とにらめっこをしている。

「……おはようございます」

愛美が少しドキドキしながら挨拶をすると、緒川支部長はやはりいつものように、顔も上げずに「おはよう」と挨拶をする。
『緒川支部長』と『政弘さん』が、どうしても結び付かない。

 (なんとなく想像はしてたけど、やっぱりムカつく!昨日はあんなに甘かったくせに……!マジで別人なんじゃないの?)

愛美が眉間にシワを寄せて内勤用パソコンの画面に見入っていると、緒川支部長がそばに来て、分厚い書類の束をデスクの上に置いた。

「菅谷、これ大至急支社にデータ送って」

いつも以上にぶっきらぼうなその態度にカチンと来て、愛美もいつも以上に不機嫌な声で返事をする。

「わ・か・り・ま・し・た!!」
 (何あれ!!腹立つーっ!!)

怒りも手伝って、愛美は怒濤のスピードでキーボードを叩く。

「菅谷さん、いつも以上にブチ切れてますねぇ」

高瀬FPが笑いを堪えながら呟くと、緒川支部長はわざとらしく咳払いをして、【みんなに余計な事は言うなよ】と高瀬FPに走り書きのメモを渡した。
メモを見た高瀬FPが『ハイハイ』と言いたげに肩をすくめる。
そんなやり取りが交わされているとも知らず、愛美は恐るべきスピードで仕事を片付けた。



お昼休憩の後、職員が出払った静かなオフィスで、支部の電話が鳴った。
愛美が受話器を耳に当てると、こちらが名乗るより先に緒川支部長の声が聞こえた。

「森さん帰ってる?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、戻ったら俺に電話するように伝えて」
「森さんの携帯に、直接電話かメールした方が早いです」

愛美がそう言うと、緒川支部長はほんの少し黙り込んだ。

「それはそうなんだけどな……。愛美の声が聞きたかったから」

営業職員と違い、内勤職員は仕事中は携帯電話を使用しない。
支部に電話をすれば、大抵は愛美が出る。
それをわかっているから緒川支部長がわざわざ支部に電話してくる事にも、愛美は気付いている。
少しだけ意地悪な事を言ってやろうかなと、愛美はわざとらしく無愛想な声で話す。

「仕事中ですよ。支部の私用電話は禁止です」
「……ごめん」

緒川支部長とは思えないほど頼りなく謝る声に、やっぱりこの人も間違いなく『政弘さん』なんだなとおかしくなる。

「じゃあ、用がなければ切りますよ」
「今日……仕事の後、会いに行ってもいい?」
「私用電話禁止です」

愛美が笑いを堪えながら素っ気なくそう言うと、緒川支部長は『政弘さん』の声で電話越しに囁く。

「うん……。愛美、好きだよ」

愛美は思わず笑みを浮かべて、あえて素っ気ない声で答える。

「そういう事は、直接言って下さい」
「わかった、そうする」

目の前にいなくても、緒川支部長の格好で耳を垂れて尻尾を項垂れている『政弘さん』の姿が目に浮かび、愛美は込み上げる笑いを必死で堪えた。

「切りますよ?」
「うん」
「あ、言い忘れてました」
「ん、何?」

少し嬉しそうな『政弘さん』の甘い声に、愛美は少しだけ優しい声で答える。

「晩御飯用意して待ってます」
「……うん!絶対早く行く!!」

耳をピンと立てて嬉しそうに尻尾を振っている『政弘さん』の姿が目に浮かぶ。

 (やっぱりかわいい……)

愛美は照れ笑いを浮かべながら受話器を置いた。


相変わらず職場での緒川支部長は好きにはなれない。
けれど、それもまた大好きな『政弘さん』の一部なのだと思うと、以前ほど大嫌いではなくなったようにも思う。
それでもやっぱり、仕事中は嫌いくらいでちょうどいいのかも知れない。
甘くて優しくて、少し意地悪な『政弘さん』は、自分だけが知っていたい。
仕事中にまで大好きな『政弘さん』がそばにいたら仕事が手につかなくなるかも、などと思いながら、愛美はパソコンに向かう。


若くて仕事ができてイケメンで俺様で……なんて、胡散臭い男は大嫌いだと思っていたのに、よりによって大嫌いだったはずの緒川支部長と付き合っている。
よくある漫画や小説みたいに、オフィスで出会い、オフィスで恋が芽生え、オフィスでこっそりと愛を育んできた訳じゃない。
愛美は覚えてはいなかったけれど、二人が初めて会ったのは会社ではなかったし、何より、好きになったのは仕事中の俺様な彼ではなかった。
職場での俺様な姿は、愛美の好みに近付くために彼が作り出したものだとしても、偽装とは言え俺様な緒川支部長は嫌いだし、きっとこれからも好きにはなれそうもない。
だけど、仕事を離れた時の、普段の甘くて優しい彼が、たまらなく好きだ。

これは社内恋愛と呼べるのか。
二人の勤め先が同じ会社なのだから、そうとも呼べなくもない。
それでもやっぱり、社内恋愛と呼ぶには違和感があると思う。

そもそも、職場に出会いは求めていない。
職場での甘い誘惑も、残業中の秘密の逢瀬も望んでいない。
職場にあるのは、仕事としがらみと、お節介な優しい人たちとの少し面倒な人間関係だけだ。

愛美は思う。
愛情は、オフィスの外で、甘くて優しい彼と二人っきりで育もうと。
そしてきっと、オフィスで仏頂面の彼に大量の仕事を任される度に、心の中で叫ぶのだろう。

『オフィスにラブは落ちてねぇ!!』



─END─


しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

ちびたん
2020.02.05 ちびたん

べっ…別人😲何それ~
気弱男が昇進して、舐められないように出来る男に擬態した😅
とか???何だか哀れですな(-_- )気弱男(ビフオ-)⇨傲慢オレ様(アフタ-)

前の支店では、目立たなかったとか…カメレオンのような男ですね。是非とも過去の写真を、見せて下さい( ´艸`)興味津々
さてさて…二人の距離は、縮まるのか?続きが楽しみです。
          🌱🐥💮

解除

あなたにおすすめの小説

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐
恋愛
クリスマスイブのホテルで偶然出会い、趣味が合ったことから強く惹かれあった古川遥(27)と堂本匠(31)。 のちに再会すると、実はライバル会社の御曹司と秘書という関係だった。 逆風を覚悟の上、惹かれ合うふたりは隠れて交際を開始する。 それは戻れない茨の道に踏み出したも同然だった。 遥に想いを寄せていた彼女の上司は、仕事も巻き込み匠を追い詰めていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。