上 下
26 / 95
謝罪と償い

しおりを挟む
「ん、何?杏のためならなんでも作るよ」
「んーとねぇ、いろんな野菜とかお肉なんかの入ったトロッとしたのを、パリパリの麺にかける……」
「あー……皿うどんか。杏はホントに皿うどんが好きだなぁ。いいよ、帰ったらすぐに作ってあげる」
「うん!早く帰ろう!!」

なんだこれ?
なんかめっちゃ気持ちいいんですけど!
こんな猿芝居に酔ってる僕も僕だけど、恥ずかしげもなく部下に甘えるふりをする杏さんもどうかと思う。
男よりイケメンな職場での杏さんとはまるで別人だ。
ま、いいか。
こんな経験は二度とできないだろうし、今だけの事だもんな。

ホテルを出ると、見た事もないようなリムジンが停まっていた。
ってか、車体長っ!!
ここは日本だ。
日本は狭いんだぞ?
これは無駄に長すぎるだろ。
杏さんはその無駄に長すぎるピカピカの車に、自然な身のこなしで乗り込んだ。
……さすがお嬢様。
良家のお嬢様だって噂は聞いていたし、時々垣間見る所作の美しさから育ちのいい人だとは思ってたけど……。
そうか、杏さんって、あの有澤グループの令嬢だったんだな。
その場の流れで、僕も杏さんに続いてリムジンに乗り込んだ。
うーん……緊張する……。
落ち着かない……。
どこに向かっているのか、リムジンに乗っている間ずっと、杏さんは僕の腕に腕を絡めて密着していた。
杏さんは胸元の開いたドレスの上にショールを羽織っている。
綺麗に浮き出た鎖骨とか、髪を上げて露になった華奢な首筋とか、とにかく至るところが妙に色っぽい。
勘違いして変な気だけは起こさないようにしよう。

リムジンはしばらく夜の街を走り、超高級マンションの前に到着した。
助手席に座っていた黒服の男が、素早く車を降りて後部座席のドアを開ける。
もしかしてSPとかいうやつ?
杏さんは当たり前のようにエスコートされて車を降りる。
あ、そうか。
僕みたいな庶民にとってはリムジンに乗るなんて一生に一度あるかないかの事だけど、有澤グループの令嬢の杏さんにとってはこれが当たり前なんだ。
なんと言うか……職場での杏さんからは考えられないようなギャップのすごさを目の当たりにして、まだ頭が追い付かない。
とりあえずリムジンを降り、杏さんと一緒に歩いて、マンションのエントランスに足を踏み入れた。
深々と頭を下げていた黒服の男の姿が見えなくなって初めて、僕はようやくまともに呼吸ができた。
マンションのロビーにはコンシェルジュがいて、恭しく頭を下げている。
上層階専用のエレベーターに乗ると当たり前のようにアテンダントがいた。
最上階でエレベータを降りて、杏さんは角部屋のドアを鍵も使わずに開けた。
いくらセキュリティーのしっかりしたセレブマンションだとは言え鍵もかけずに出掛けるなんて不用心だなと思ったけれど、インターホンの上に取り付けられているものは虹彩こうさい認証システムらしい。
何もかもが庶民の僕とは縁のない、ドラマや映画でしか見たことのないセレブみたいだ。

玄関に入ると杏さんは僕の腕にしっかり絡めていた腕をスッと離した。
杏さんの顔からはさっきまでの笑顔が消えている。

「あのー……杏さん?ここはもしや……」
「私の住んでいるマンションだ。こんなとこで話すのもなんだから、とりあえず中に入れ」

あ……すっかり元の杏さんだ。
さっきの杏さん、かなりかわいかったのに。
もうちょっとあのまま甘えていて欲しかったかなー、なんて思ったりする。
なんか残念……って、僕は何を考えているんだ?



しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

禁断の愛~初恋の人が義父になりました~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,293

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:40,276pt お気に入り:2,604

恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:50,113pt お気に入り:1,554

【R18】錬金術師のお姫様 ~媚薬の予定が××錬成~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:142

鬼畜柄の愛撫 〜口答えをする暇があるならベッドで脚を開きたまえ〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:2,060

処理中です...