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昼休みの憂鬱

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杏さんは僕が好き好んで杏さんと一緒にいるわけじゃないって言ったけど、それは杏さんにとっても同じことで、好きでもない部下の僕と一緒に暮らすなんて、本当はイヤに決まっている。
お祖父様の目をごまかすためだけに僕と一緒にいるんだって、杏さんはそう言いたいんだろう。
最初はとんでもない事になったと思ってた。
だけど最近は僕なりに杏さんと一緒に暮らす事に意味を感じていたのに、それは僕の独りよがりなのだと思うとなんとなく虚しい。

「杏さんがそう言うなら、昼休みは別々に過ごしましょう。でも弁当は杏さんの分も作りますから、ちゃんと食べてください」
「……わかった」

杏さんは話が済むと静かに席を立ち自分の部屋に戻った。
僕は食器を洗いながらため息をついた。
偽婚約も同居生活も、用が済んだら解消するのは当たり前だ。
そもそも今のこの生活の方が普通じゃないし、僕だって早く自由になって新しい恋人が欲しいと思っていたじゃないか。
大企業の令嬢で超エリートの杏さんと、超庶民でしがないサラリーマンの僕なんかでは、住む世界が違う。
杏さんと僕の距離がこれ以上近付く事なんてあるわけがない。
深く考えるのは、もうよそう。
その日がくれば何もかもが元通りになるだけ。
きっとお互いに、何事もなかったように離れていくだけなんだから。



翌日から僕は昼休みになると、自分の弁当を持って第2会議室に足を運んだ。
かれこれもう1週間になる。
ここでお昼を食べようと言い出したのはもちろん渡部さんだ。
渡部さんは朝が苦手らしく、自分で弁当を作る時間がないからと言って、いつも1階のコンビニで弁当やパンを買ってくる。
僕の作った弁当のおかずを物欲しげに見るから食べにくくて、仕方なく取り替えてあげたりもする。
そして食事の後はぴったりと僕に寄り添い、物欲しげに僕を見てキスをねだる。
正直言って食事の後にキスなんてしたくない。
それでも渡部さんはなかば強引に僕の唇に唇を重ねてくるから、僕は抵抗もせず渡部さんのされるがままになっている。
どうやら渡部さんは体を使って僕を自分のものにしようとしているらしい。
勘違いもいいとこだ。
キスの後、渡部さんは体に触れてくれと目で僕を誘う。
気付かないふりをすると渡部さんは更に貪るようにキスをしながら、執拗に体をすり寄せる。
適当にあしらってあきらめてくれたらいいんだけど、これがなかなかしつこいのでうんざりする。
だから僕はできるだけ早く解放されたくて、渡部さんの弱いところばかりを攻めてやる。
最後まではしなくても、とりあえずの欲求が満たされれば、渡部さんは満足そうだ。

杏さんと二人で弁当を食べていた時は、杏さんが僕の作った料理を食べてくれるだけで嬉しくて、ほとんど会話もしないのになんとなく心が満たされた。
杏さんはあれからまた、部署のデスクでカロリーバーを食べている。
昼休みを別々に過ごすと決めた次の日の夜、弁当はおにぎりだけでいいと言われた。
その翌日の夜には、やっぱり弁当は要らないと言われた。
偽物の婚約者の僕とは子供は作れないから、もう用済みになった僕と一緒にいるのも、僕の作った弁当を食べるのもイヤなのかな。
食べるのが苦手な杏さんが僕の作った料理を残さず食べてくれるから、少しは必要とされているのかなって思っていたのに。

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