閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣

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恋の返り血

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翌日、應汰との待ち合わせ場所に出掛けようとしているとチャイムが鳴った。
ドアモニターには應汰の姿が映っている。
突然どうしたのかと慌ててドアを開けると、應汰は軽く右手をあげた。

「よう」
「どうしたの?今日は駅前で待ち合わせじゃなかった?」
「うん……。その前にちょっといいか?」

いつもはこちらが引くくらい明るいのに、今日はいつもと違ってやけに落ち着いているというか、むしろ沈んだような應汰の様子が気になる。
何か話したいことがあるようなので、部屋に入るように促しコーヒーを淹れた。
應汰がこの部屋に来るのは初めてだ。
一体なんの用だろう?
カップに注いだコーヒーをテーブルに置くと、應汰はゆっくりとそれを一口飲んだ。
何か話したい事がありそうなのに、應汰は黙りこくってコーヒーをすすっている。
このまま應汰が話を切り出すのを待っているといつになるかわからないし、私から尋ねた方が良さそうだ。
しびれを切らしてどうかしたのかと尋ねようとすると、應汰はカップをテーブルの上に置いて、まっすぐに私を見た。

「芙佳……まだ彼氏と会ってるのか?」

予想外の事を言われて驚き、心臓がイヤな音をたてる。
内心焦っているのを顔に出さないようにしながら、カップの中のコーヒーに視線を落とす。

「彼とは……もう会ってない」
「嘘つくなよ」

應汰は私から目をそらし、ポケットから取り出したものをテーブルの上に置いた。
それは私の免許証入れだった。

「えっ?これ私の……。なんで應汰が?」
「昨日、芙佳を送って帰ろうと思ったら助手席の下に落ちてた。そこの信号待ちで気が付いてすぐに戻って来たら……芙佳がマンションの廊下を男と歩いて行って部屋に入るのが見えた」

まさか、その人が勲だってバレたんじゃ……?
私が目をそらして黙り込むと、應汰は免許証入れを私に差し出した。

「その時思わずこれ落としちゃってな……中に入ってた写真が見えた」

普段は滅多に見ないから忘れていたけれど、應汰のその言葉で、免許証入れに昔勲と一緒に撮った写真を入れたままにしていたことを思い出した。

「橋本主任……だよな」
「……うん」
「昨日来てたのも?」
「そうだよ……」

見られてしまったのならもう言い逃れはできない。
私が認めると、應汰は私から目をそらして唇を噛みしめた。

「俺と会った後、この部屋で……橋本主任に抱かれたの?」
「……何それ……」

もう何も言いたくないし、聞きたくない。
私と勲の間に何があって、私がどんな思いで勲との別れを選んだのかなんて、應汰には関係のない事だ。

「帰って」
「芙佳……」
「應汰には私の気持ちなんかわからないよ……。私も應汰にわかってもらおうなんて思ってない。だから應汰と話す事なんて何もない」
「俺は芙佳が好きだから、芙佳の事、なんでもわかりたいと思ってる」

やっぱりわかってない。
そんなに簡単な事じゃないんだ。

「いくら好きでもわかり合えない事だって……お互いどんなに好きでも、どうにもならない事だってあるの。私だって好きで不倫なんてしてたわけじゃない!」
「そんなことわかってるよ」
「わかってないよ!私がどんなに彼を好きだったか應汰にはわからないでしょ?!」

ひどいな、私。
こんなのただの八つ当たりだ。
私と勲の間にあったことなんて、それこそ應汰には関係ないのに。

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