30 / 52
嫉妬する資格なんかない
8
しおりを挟む
七海との結婚の経緯をすべて話し終えると、勲は私の手を握った。
「七海とは離婚する」
「えっ……?」
「俺が好きなのは芙佳だけだ。芙佳と一緒に居られるなら俺は……」
その言葉はもっと早く聞きたかった。
できれば七海と結婚する前にすべてを打ち明けて欲しかった。
今更そんな事を言ったところで、勲が私ではなく七海と結婚したのは事実だ。
これはもう私と勲だけの問題じゃない。
どんな事情があったにせよ、勲は七海と『婚姻』という契約を結んだ時点で、その肩に多くの人の人生という責任を負っているのだから。
「もうやめよう……」
勲の言葉を遮って、私の口から無意識のうちにその言葉がこぼれ落ちた。
「芙佳……」
「今更そんな事してなんになるの?勲の両親や両親の会社に勤めている人たちの生活は?勲だって七海と離婚なんかしたら会社にはいられなくなるんだよ」
「それでもいい。何を犠牲にしても、俺は芙佳と一緒にいたい」
「私はもう……あなたに振り回されるのはイヤなの。今まで散々苦しんだ……。その上あなたの両親を不幸にしてまで、あなたといたいとは思えない」
握られた手から、大好きだった勲の手をそっとほどいた。
「もう……勲と一緒にはいられない……」
「芙佳は俺の事、もう好きでもなんでもないのか?」
私が今も勲を好きだと言えば、私たちはまた自分たちの求める幸せのために誰かを傷付ける。
これから先の長い人生を、その罪を背負って生きていくのはあまりにもつらすぎて、私にはきっと耐えられないだろう。
噛み合わなくなった歯車を無理やり動かそうとしても、軋んだ音を聞くたびに後悔して胸が痛んで、私も勲も幸せになんてなれるはずがない。
「私だって幸せになりたいの……。私だけを愛して……まっすぐに私のところに帰ってきてくれる人と、一緒になりたいの」
「だから俺は……」
そのさきに続く言葉を勲に言わせないように、私は首を横に振って、まっすぐに勲の目を見た。
「あなたが私を好きだと思ってくれるなら……私の幸せを願ってくれるなら……もう二度と来ないで。今度こそ終わりにしたいの」
「芙佳……」
「さよなら。奥さんの元へ帰って」
冷たいコンクリートの廊下を歩いて帰っていく勲の足音を、ドアにもたれ目を閉じて聞いていた。
いつも『帰らないで』と思いながらドア越しに聞いていたこの音を聞くのも、これで最後だ。
『もう二度と来ないで』
私がそう言った時の勲の悲しそうな顔が、閉じたまぶたの裏側に浮かんで涙が溢れた。
本当に好きだった。
肌を重ね合う時だけは私にすべてを預けてくれているような気がして、ずっと抱き合っていられたらいいのにと思っていた。
いつだって勲は、好きなのは芙佳だけだと言ってくれたけど、それなのに私だけの勲でない事が悲しかった。
何もかも捨てて私を選ぶと言ってくれた事は、本当はとても嬉しかった。
だけどもう、なんの迷いも疑いもなく勲と愛し合えたあの頃には帰れない。
勲は私を裏切り、私は勲を憎んだ。
あんなにつらかったはずなのに、一緒にいられて幸せだった日の勲の笑顔ばかりが浮かぶ。
優しく抱きしめてくれた手も、ケンカをして私が泣いた時の困った顔も、少し甘えた声も大好きだった。
閉じたまぶたから、とめどなく溢れた涙が頬を伝い、ポトリポトリと落ちて床を濡らす。
『芙佳、ごめん……。もう泣かないで……』
私が泣いた時の勲の言葉が、耳の奥に響いた。
どんなに泣いても、もう勲の手が私に触れることはない。
どれくらい涙を流せば、勲へのこの想いを忘れられるだろう?
「七海とは離婚する」
「えっ……?」
「俺が好きなのは芙佳だけだ。芙佳と一緒に居られるなら俺は……」
その言葉はもっと早く聞きたかった。
できれば七海と結婚する前にすべてを打ち明けて欲しかった。
今更そんな事を言ったところで、勲が私ではなく七海と結婚したのは事実だ。
これはもう私と勲だけの問題じゃない。
どんな事情があったにせよ、勲は七海と『婚姻』という契約を結んだ時点で、その肩に多くの人の人生という責任を負っているのだから。
「もうやめよう……」
勲の言葉を遮って、私の口から無意識のうちにその言葉がこぼれ落ちた。
「芙佳……」
「今更そんな事してなんになるの?勲の両親や両親の会社に勤めている人たちの生活は?勲だって七海と離婚なんかしたら会社にはいられなくなるんだよ」
「それでもいい。何を犠牲にしても、俺は芙佳と一緒にいたい」
「私はもう……あなたに振り回されるのはイヤなの。今まで散々苦しんだ……。その上あなたの両親を不幸にしてまで、あなたといたいとは思えない」
握られた手から、大好きだった勲の手をそっとほどいた。
「もう……勲と一緒にはいられない……」
「芙佳は俺の事、もう好きでもなんでもないのか?」
私が今も勲を好きだと言えば、私たちはまた自分たちの求める幸せのために誰かを傷付ける。
これから先の長い人生を、その罪を背負って生きていくのはあまりにもつらすぎて、私にはきっと耐えられないだろう。
噛み合わなくなった歯車を無理やり動かそうとしても、軋んだ音を聞くたびに後悔して胸が痛んで、私も勲も幸せになんてなれるはずがない。
「私だって幸せになりたいの……。私だけを愛して……まっすぐに私のところに帰ってきてくれる人と、一緒になりたいの」
「だから俺は……」
そのさきに続く言葉を勲に言わせないように、私は首を横に振って、まっすぐに勲の目を見た。
「あなたが私を好きだと思ってくれるなら……私の幸せを願ってくれるなら……もう二度と来ないで。今度こそ終わりにしたいの」
「芙佳……」
「さよなら。奥さんの元へ帰って」
冷たいコンクリートの廊下を歩いて帰っていく勲の足音を、ドアにもたれ目を閉じて聞いていた。
いつも『帰らないで』と思いながらドア越しに聞いていたこの音を聞くのも、これで最後だ。
『もう二度と来ないで』
私がそう言った時の勲の悲しそうな顔が、閉じたまぶたの裏側に浮かんで涙が溢れた。
本当に好きだった。
肌を重ね合う時だけは私にすべてを預けてくれているような気がして、ずっと抱き合っていられたらいいのにと思っていた。
いつだって勲は、好きなのは芙佳だけだと言ってくれたけど、それなのに私だけの勲でない事が悲しかった。
何もかも捨てて私を選ぶと言ってくれた事は、本当はとても嬉しかった。
だけどもう、なんの迷いも疑いもなく勲と愛し合えたあの頃には帰れない。
勲は私を裏切り、私は勲を憎んだ。
あんなにつらかったはずなのに、一緒にいられて幸せだった日の勲の笑顔ばかりが浮かぶ。
優しく抱きしめてくれた手も、ケンカをして私が泣いた時の困った顔も、少し甘えた声も大好きだった。
閉じたまぶたから、とめどなく溢れた涙が頬を伝い、ポトリポトリと落ちて床を濡らす。
『芙佳、ごめん……。もう泣かないで……』
私が泣いた時の勲の言葉が、耳の奥に響いた。
どんなに泣いても、もう勲の手が私に触れることはない。
どれくらい涙を流せば、勲へのこの想いを忘れられるだろう?
0
あなたにおすすめの小説
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる