閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣

文字の大きさ
29 / 52
嫉妬する資格なんかない

しおりを挟む
「芙佳……またあいつと会ってたのか」

苛立たしげに呟く低い声に無性に腹が立って、私は思いきり勲の胸を押し返した。

「なんで……?もうここには来ないでって言ったでしょう?私が誰と会おうがあなたには関係ないじゃない!!」

その手を振り払った私を、勲はまた強い力で引き寄せる。

「関係なくない!!俺は芙佳が好きだって言っただろ?!もう来るなって言われてもずっと会いたくて、芙佳があいつと一緒にいると思うとイライラして悔しくて……もうおかしくなりそうだ!」
「勝手な事言わないでよ!あなたが結婚したって知った後、私がどれだけそんな思いをしたかわかる?恋人だと思ってた人が、知らないうちに他の人の夫になったのよ?私を裏切ったのはあなたでしょ?!」

あの時の惨めな気持ちが蘇り溢れそうになった涙を堪えると、應汰が口にした『嫉妬する資格なんかない』という言葉が脳裏を掠めた。
嫉妬する資格がないのは應汰じゃなくて勲の方だ。

「私の事が好きなんて言ったって、何も捨てられないくせに。私が誰と何しようが、あなたには嫉妬する資格なんかない」

うつむいて私の言葉を聞いていた勲が、拳をギュッと握りしめてゆっくりと顔を上げた。
思い詰めたその眼差しに一瞬怯みそうになったけれど、ここで勲との関係をきっぱりと終わらせるという決意を翻すわけにはいかない。
何を言われても負けちゃダメだと自分に言い聞かせる。

「俺がもし……仕事も親も何もかも捨てて離婚するって言ったら、芙佳は俺のところに戻ってきてくれるのか?」
「……え?」

まさか、そんな事ができるわけがない。
それに仕事はともかく、親を捨てるってどういうこと?
どんなに考えても、私には勲の言葉の意味が理解できない。

「元々は俺自身が望んだ結婚じゃない。俺は……本当は芙佳が出向を終えて戻って来たら、プロポーズするつもりだった」

それから勲は、なぜ七海と結婚したのかを話し始めた。
勲の両親は小さな町工場を営んでいて、この不景気で、常に資金繰りに苦労していたらしい。
両親の会社の得意先の多くが、今勤めている会社の関連会社だった事を勲は知っていた。
七海との縁談を持ち掛けられた時、私との結婚を考えていた勲は一度は断ったそうだが、それが原因で両親の会社は次々と得意先に縁を切られ、たくさんの在庫を抱えたまま倒産の危機に陥ったのだと言う。
その時専務が、七海と結婚すれば両親の会社の事はなんとかしてやると言ったのだそうだ。
七海との結婚を決めた事で、離れていった得意先は戻り、新たな出荷先を与えられ、専務が経営資金を援助してくれて、両親の会社は活気を取り戻したらしい。

両親を助けるために七海と結婚したなんて、私は今まで知らなかった。
勲の事情など何も知らず、愛していたからこそ私を裏切った勲を憎んだ。
私はずっと、私から勲を奪った七海に狂いそうなほど嫉妬して、この手で勲を奪い返す事ができればどんなにいいかと思っていた。
『俺が好きなのは芙佳だけだ』と勲に言われるたびに心のどこかで、結婚しても勲に愛されていない七海を哀れんで、私を好きだと言う勲を七海の元へ帰す事で優越感に浸り、捨てられた自分を哀れで惨めな女にしないように精一杯の虚栄心で身を守り、七海を侮蔑する事で心の安定を得ていた。
そんな事をしたって虚しいだけだと気付いた時にはもう、勲との不倫から抜け出せなくなっていた。
勲を好きでいるほど私の心は醜くなって行く。
本当は、嫉妬する資格なんかないのは、私の方なのかも知れない。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...