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一人で傷を癒すため
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月曜日。
またいつものように1週間が始まった。
始業前に部長から預かった書類を総務部に届けに行くと、数名の女子社員が輪を作り、楽しげな声をあげていた。
その輪の真ん中では七海が幸せそうに笑って、同僚たちの問い掛けに答えている。
「おめでとう!」
「いつ生まれるの?」
「昨日6週目に入ったところで、生まれるのは来年の6月の終わり頃かな」
「つわりとか大丈夫?」
「今はまだそんなにひどくないから大丈夫」
「つらかったら無理しないで言ってね」
そちらを見ないようにして、近くにいた社員に書類を預け、足早に総務部のオフィスを出た。
……子供、できたんだ……。
その事実に、頭を鈍器で打ちのめされたような衝撃を受けた。
勲との関係を自分で終わらせておきながら、今だって私がほんの少し手を伸ばせば、勲はきっとこの手を取ってくれると期待していたのだと言うことを思い知らされた。
自分の部署に戻って席についても、すぐそこに何食わぬ顔をした勲がいる。
もし七海との縁談がなければ、勲のためにウエディングドレスを着てバージンロードを歩くのも、勲の子供を産むのも、きっと私だった。
勲もそれを望んでいたはずなのに、勲は私を抱いた手で七海を抱いて、私のためにすべてを捨てて七海と離婚すると言いながら、自分の遺伝子を七海の中に殖え付けた。
私にそうしなかったのは、勲が不倫相手である私との子供を望んでいなかったからなんだと思う。
勲と七海は夫婦だから子供の誕生を誰もが祝福してくれる。
もし妊娠したのが私だったら、その子は望まれない子として誰にも知られないうちに命の灯を消されていたかも知れない。
たとえ私が一人で産んだとしても、勲の子として祝福される事はない。
非情な現実がまた私の心を打ちのめす。
世の中はなんて不公平なんだろう。
今更こんな事を考えても仕方がない。
もう考えるのはよそうとどんなに思っても、目の前であんなに幸せそうに笑われたら、叶わなかった夢がまた悲鳴をあげる。
癒えないうちにまた容赦なくえぐられた傷は、いつまでもジュクジュクと醜い膿をもつ。
傷の手当てをしてくれた優しい手を失った私は、ズキズキと疼く傷口を涙で洗い流し、耳を塞ぎ目を閉じて身を守るしかない。
でも……もう、泣くのは疲れた。
昼休み、社員食堂で彼女と楽しそうに笑っている應汰を見掛けた。
私を好きだと言っていた事なんて忘れてしまったんだろう。
新しい恋に踏み出した應汰は、私の存在になど気付きもしない。
私を癒やしてくれたはずの應汰が、私の醜い傷口を深くえぐる。
もう何も見たくない。
何も聞きたくない。
踵を返し、その場から逃げるようにして離れた。
私にとって何が一番大切だったのか。
私は何を求めていたのか。
ありのままの私を一番必要としてくれていたのは誰なのか。
失ってから気付く事があまりにも多すぎる。
今更それに気付いたところで、私には醜く膿んだ傷しか残らない。
ここにいる限り、私はずっと叶わなかった夢の亡骸にしがみついて、好きだった人を憎んで、好きだと言ってくれた人の幸せを妬んで、一歩も前には進めない。
自分ではどうにもできない醜い心をもて余して、朽ち果てて行くしかないのかな。
いっそ消えてしまえたらどんなにラクだろう。
大切だったものを失ってしまった今ならわかる。
私がここからいなくなっても、泣いてくれる人なんかいない。
またいつものように1週間が始まった。
始業前に部長から預かった書類を総務部に届けに行くと、数名の女子社員が輪を作り、楽しげな声をあげていた。
その輪の真ん中では七海が幸せそうに笑って、同僚たちの問い掛けに答えている。
「おめでとう!」
「いつ生まれるの?」
「昨日6週目に入ったところで、生まれるのは来年の6月の終わり頃かな」
「つわりとか大丈夫?」
「今はまだそんなにひどくないから大丈夫」
「つらかったら無理しないで言ってね」
そちらを見ないようにして、近くにいた社員に書類を預け、足早に総務部のオフィスを出た。
……子供、できたんだ……。
その事実に、頭を鈍器で打ちのめされたような衝撃を受けた。
勲との関係を自分で終わらせておきながら、今だって私がほんの少し手を伸ばせば、勲はきっとこの手を取ってくれると期待していたのだと言うことを思い知らされた。
自分の部署に戻って席についても、すぐそこに何食わぬ顔をした勲がいる。
もし七海との縁談がなければ、勲のためにウエディングドレスを着てバージンロードを歩くのも、勲の子供を産むのも、きっと私だった。
勲もそれを望んでいたはずなのに、勲は私を抱いた手で七海を抱いて、私のためにすべてを捨てて七海と離婚すると言いながら、自分の遺伝子を七海の中に殖え付けた。
私にそうしなかったのは、勲が不倫相手である私との子供を望んでいなかったからなんだと思う。
勲と七海は夫婦だから子供の誕生を誰もが祝福してくれる。
もし妊娠したのが私だったら、その子は望まれない子として誰にも知られないうちに命の灯を消されていたかも知れない。
たとえ私が一人で産んだとしても、勲の子として祝福される事はない。
非情な現実がまた私の心を打ちのめす。
世の中はなんて不公平なんだろう。
今更こんな事を考えても仕方がない。
もう考えるのはよそうとどんなに思っても、目の前であんなに幸せそうに笑われたら、叶わなかった夢がまた悲鳴をあげる。
癒えないうちにまた容赦なくえぐられた傷は、いつまでもジュクジュクと醜い膿をもつ。
傷の手当てをしてくれた優しい手を失った私は、ズキズキと疼く傷口を涙で洗い流し、耳を塞ぎ目を閉じて身を守るしかない。
でも……もう、泣くのは疲れた。
昼休み、社員食堂で彼女と楽しそうに笑っている應汰を見掛けた。
私を好きだと言っていた事なんて忘れてしまったんだろう。
新しい恋に踏み出した應汰は、私の存在になど気付きもしない。
私を癒やしてくれたはずの應汰が、私の醜い傷口を深くえぐる。
もう何も見たくない。
何も聞きたくない。
踵を返し、その場から逃げるようにして離れた。
私にとって何が一番大切だったのか。
私は何を求めていたのか。
ありのままの私を一番必要としてくれていたのは誰なのか。
失ってから気付く事があまりにも多すぎる。
今更それに気付いたところで、私には醜く膿んだ傷しか残らない。
ここにいる限り、私はずっと叶わなかった夢の亡骸にしがみついて、好きだった人を憎んで、好きだと言ってくれた人の幸せを妬んで、一歩も前には進めない。
自分ではどうにもできない醜い心をもて余して、朽ち果てて行くしかないのかな。
いっそ消えてしまえたらどんなにラクだろう。
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私がここからいなくなっても、泣いてくれる人なんかいない。
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