1 / 91
出会い
血塗られた家
しおりを挟む
【地下街・訓練場/マチルダ10歳・カルト20歳】
薄暗く湿った地下の部屋。
裸電球の下、冷たい石床の上に、ひとりの少女がちょこんと正座していた。
黒く長い髪を背中に垂らし、まだ幼い丸みを残す頬。
その表情には、年齢に不釣り合いな“静けさ”が宿っている。
「お兄ちゃん、今日は──なにをするの?」
小さな声。
まるで、今日の“遊び”を聞くかのような、穏やかな響きだった。
だが、それに返る声は冷たかった。
カルトは、部屋の隅に立ったまま、無表情でマチルダを見下ろしていた。
細い体。年齢より少し大人びた顔つき。
その目だけが、ぞっとするほど無感情だった。
「……今日は、痛みの訓練だよ」
「いたみ?」
「そう。お前は、“痛み”に弱すぎる。さっきの任務、声が出た」
マチルダは首をすくめるようにして、小さく下を向いた。
「……でも、がんばったよ? ちゃんと、……首も、切れた」
「甘い。あれじゃ音がした。気づかれてたらお前は死んでた」
マチルダの瞳が揺れる。
けれど、泣かない。泣き方をもう、忘れてしまっている。
カルトは腰を下ろし、革鞭を静かに手に取った。
「……いいか、マチルダ。“人形”になるまでが訓練だ」
マチルダは小さく、こくんと頷いた。
それが、彼女の“日常”だった。
何も感じないこと。
痛みに反応しないこと。
兄の言葉に従い、命令通りに動くこと。
それが、“生きる”ということだった。
「服を脱げ」
「……うん」
震えひとつなく、マチルダは上着を脱ぎ、背を向ける。
幼い肩甲骨が浮き出た背中は、すでに幾筋もの細い鞭痕を刻んでいた。
カルトの手が動く。
その瞬間──
「……カルト」
部屋の外から、誰かが名前を呼んだ。
カルトは動きを止め、舌打ちする。
「待ってろ。終わったら再開する」
マチルダはただ「うん」と頷いた。
まるで、鞭を“待ち望んでいる”かのような無邪気さだった。
静かに扉が閉まり、部屋に再び静寂が落ちた。
マチルダはひとり、上着を膝に抱えたまま、天井の電球をじっと見つめていた。
(いたみ……を、感じなきゃ……ほめてもらえる)
(わたしは──いいこ、なんだよ)
歪んだ価値観が、彼女の幼い心にしっかりと根を張っていた。
――そのほんの数日後、
マチルダは“地下街のゴロツキ”と呼ばれる男に出会う。
レヴィア。
彼との出会いが、マチルダの人生をゆっくりと、けれど確実に変えていく──
薄暗く湿った地下の部屋。
裸電球の下、冷たい石床の上に、ひとりの少女がちょこんと正座していた。
黒く長い髪を背中に垂らし、まだ幼い丸みを残す頬。
その表情には、年齢に不釣り合いな“静けさ”が宿っている。
「お兄ちゃん、今日は──なにをするの?」
小さな声。
まるで、今日の“遊び”を聞くかのような、穏やかな響きだった。
だが、それに返る声は冷たかった。
カルトは、部屋の隅に立ったまま、無表情でマチルダを見下ろしていた。
細い体。年齢より少し大人びた顔つき。
その目だけが、ぞっとするほど無感情だった。
「……今日は、痛みの訓練だよ」
「いたみ?」
「そう。お前は、“痛み”に弱すぎる。さっきの任務、声が出た」
マチルダは首をすくめるようにして、小さく下を向いた。
「……でも、がんばったよ? ちゃんと、……首も、切れた」
「甘い。あれじゃ音がした。気づかれてたらお前は死んでた」
マチルダの瞳が揺れる。
けれど、泣かない。泣き方をもう、忘れてしまっている。
カルトは腰を下ろし、革鞭を静かに手に取った。
「……いいか、マチルダ。“人形”になるまでが訓練だ」
マチルダは小さく、こくんと頷いた。
それが、彼女の“日常”だった。
何も感じないこと。
痛みに反応しないこと。
兄の言葉に従い、命令通りに動くこと。
それが、“生きる”ということだった。
「服を脱げ」
「……うん」
震えひとつなく、マチルダは上着を脱ぎ、背を向ける。
幼い肩甲骨が浮き出た背中は、すでに幾筋もの細い鞭痕を刻んでいた。
カルトの手が動く。
その瞬間──
「……カルト」
部屋の外から、誰かが名前を呼んだ。
カルトは動きを止め、舌打ちする。
「待ってろ。終わったら再開する」
マチルダはただ「うん」と頷いた。
まるで、鞭を“待ち望んでいる”かのような無邪気さだった。
静かに扉が閉まり、部屋に再び静寂が落ちた。
マチルダはひとり、上着を膝に抱えたまま、天井の電球をじっと見つめていた。
(いたみ……を、感じなきゃ……ほめてもらえる)
(わたしは──いいこ、なんだよ)
歪んだ価値観が、彼女の幼い心にしっかりと根を張っていた。
――そのほんの数日後、
マチルダは“地下街のゴロツキ”と呼ばれる男に出会う。
レヴィア。
彼との出会いが、マチルダの人生をゆっくりと、けれど確実に変えていく──
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる