7 / 91
出会い
最愛の弟
しおりを挟む
【地下街・マチルダの帰還/静かなはずの夜】
殺し屋の任務は、完璧だった。
標的の居場所、警備の配置、逃走ルート。
マチルダはすべてを一度で頭に叩き込み、迷いなく、感情なく、確実に喉を切り裂いた。
返り血は袖にわずかに染みただけ。
誰にも見られず、足音一つなく帰路についた。
(……お兄ちゃん、褒めてくれるかな)
そう思った。
任務中、少しだけ胸が高鳴ったのは──
「一人でできた」と認められるかもしれない、淡い期待のせいだった。
だから、部屋の扉を開けたとき。
「……おかえり、マチルダ」
その声を聞いた瞬間──安堵と誇りがほんの少しだけ、胸に浮かんだ。
けれど。
目に映った光景が、そのすべてを一瞬で塗り潰す。
「──ただい……ま……」
扉の奥。
カルトが立っていた。
右手に、赤黒く染まったナイフ。
その足元には、倒れ伏すアルカの小さな身体。
白い布団は、赤に染まりきっていた。
目は半開き。唇はうっすら開いている。
もう──息はしていなかった。
「は、ぁ……ア、ルカ……な、んで……」
足がもつれて、壁に手をつきながら、マチルダはゆっくりとアルカのそばに膝をついた。
手を伸ばす。
でも、触れるのが怖い。
「……殺し屋に、感情はいらない」
その声が、背後から淡々と届いた。
「お前の“甘え”の原因を消した。それだけだ」
カルトは冷たく言った。
まるで“物を片付けた”かのような口調だった。
「病弱なガキに用はない。落ちこぼれは……いずれ足を引っ張るだけだからな」
マチルダの中で、何かが音もなく“切れた”。
耳鳴りが、世界のすべてを覆い尽くした。
何も聞こえない。何も見えない。
ただ──心の奥で何かが“軋んだ”。
次の瞬間。
リミッターが外れたように、体が動いていた。
言葉はなかった。
叫びも、泣き声も、怒りの声もない。
マチルダは、ただナイフを掴み、カルトに向かっていた。
カルトが何かを言おうとしたその瞬間──
ズシャッ──ッ
鋭い刃が肉を裂き、骨を砕く音が、空気を裂いた。
何度も。何度も。
気がつけば、マチルダはカルトの上に馬乗りになっていた。
手の中のナイフは血に染まり、顔も服も赤く濡れている。
カルトは動かない。
けれど、それでも手が止まらなかった。
「は……ぁ……はぁッ……ぁ……」
自分の呼吸がうるさい。
心臓の音がうるさい。
けれど、それ以上に──頭の中が“静かすぎる”。
これが初めてだった。
カルトに、逆らったこと。
命令に、反したこと。
何かを、自分の“意思”で奪ったこと。
マチルダは震える手でナイフを放り投げた。
そのまま、崩れるように床に座り込む。
アルカの方を、もう一度振り返った。
(……いなくなっちゃった)
涙は出ない。
感情が壊れすぎて、泣くということさえできなかった。
ただ一つだけ、マチルダの中に残ったものがある。
──カルトのいない世界で、
──アルカと約束した「逃げる」という未来を、
あの子の代わりに“実現しなければいけない”という責任。
それが、この日から始まった。
やがて──
廃墟の路地裏で、ひとり立ち尽くすマチルダの前に、黒い影が現れる。
その目は、マチルダの“過去”を見透かすように鋭く、
だがほんのわずかに、救いのような光を宿していた。
名も知らぬ男との“出会い”が、運命を変えていく。
殺し屋の任務は、完璧だった。
標的の居場所、警備の配置、逃走ルート。
マチルダはすべてを一度で頭に叩き込み、迷いなく、感情なく、確実に喉を切り裂いた。
返り血は袖にわずかに染みただけ。
誰にも見られず、足音一つなく帰路についた。
(……お兄ちゃん、褒めてくれるかな)
そう思った。
任務中、少しだけ胸が高鳴ったのは──
「一人でできた」と認められるかもしれない、淡い期待のせいだった。
だから、部屋の扉を開けたとき。
「……おかえり、マチルダ」
その声を聞いた瞬間──安堵と誇りがほんの少しだけ、胸に浮かんだ。
けれど。
目に映った光景が、そのすべてを一瞬で塗り潰す。
「──ただい……ま……」
扉の奥。
カルトが立っていた。
右手に、赤黒く染まったナイフ。
その足元には、倒れ伏すアルカの小さな身体。
白い布団は、赤に染まりきっていた。
目は半開き。唇はうっすら開いている。
もう──息はしていなかった。
「は、ぁ……ア、ルカ……な、んで……」
足がもつれて、壁に手をつきながら、マチルダはゆっくりとアルカのそばに膝をついた。
手を伸ばす。
でも、触れるのが怖い。
「……殺し屋に、感情はいらない」
その声が、背後から淡々と届いた。
「お前の“甘え”の原因を消した。それだけだ」
カルトは冷たく言った。
まるで“物を片付けた”かのような口調だった。
「病弱なガキに用はない。落ちこぼれは……いずれ足を引っ張るだけだからな」
マチルダの中で、何かが音もなく“切れた”。
耳鳴りが、世界のすべてを覆い尽くした。
何も聞こえない。何も見えない。
ただ──心の奥で何かが“軋んだ”。
次の瞬間。
リミッターが外れたように、体が動いていた。
言葉はなかった。
叫びも、泣き声も、怒りの声もない。
マチルダは、ただナイフを掴み、カルトに向かっていた。
カルトが何かを言おうとしたその瞬間──
ズシャッ──ッ
鋭い刃が肉を裂き、骨を砕く音が、空気を裂いた。
何度も。何度も。
気がつけば、マチルダはカルトの上に馬乗りになっていた。
手の中のナイフは血に染まり、顔も服も赤く濡れている。
カルトは動かない。
けれど、それでも手が止まらなかった。
「は……ぁ……はぁッ……ぁ……」
自分の呼吸がうるさい。
心臓の音がうるさい。
けれど、それ以上に──頭の中が“静かすぎる”。
これが初めてだった。
カルトに、逆らったこと。
命令に、反したこと。
何かを、自分の“意思”で奪ったこと。
マチルダは震える手でナイフを放り投げた。
そのまま、崩れるように床に座り込む。
アルカの方を、もう一度振り返った。
(……いなくなっちゃった)
涙は出ない。
感情が壊れすぎて、泣くということさえできなかった。
ただ一つだけ、マチルダの中に残ったものがある。
──カルトのいない世界で、
──アルカと約束した「逃げる」という未来を、
あの子の代わりに“実現しなければいけない”という責任。
それが、この日から始まった。
やがて──
廃墟の路地裏で、ひとり立ち尽くすマチルダの前に、黒い影が現れる。
その目は、マチルダの“過去”を見透かすように鋭く、
だがほんのわずかに、救いのような光を宿していた。
名も知らぬ男との“出会い”が、運命を変えていく。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる