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出会い
最後の言葉
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【地下街・マチルダとアルカの部屋/静かな夜】
部屋の明かりは薄く、壁際のランプが揺れていた。
マチルダは、毛布の上でアルカと並んで腰を下ろしていた。
弟の細い手を両手で包み込むように握りながら、他愛もない話をしていた。
「……アルカ、今日のおばさん、めちゃくちゃ安いパン売ってたよ。おじさんの昨日の分もつけてくれた」
「えっ、あのおじさん、いつも“これ以上まけたら死ぬ”とか言ってるのに?」
「うん。死ななかったね」
「ぷっ……」
ふたりでくすくす笑い合う。
殺しも拷問も、傷も命のやり取りも、すべてが“当たり前”のこの地下で、
そんな日常の中で唯一“普通の子ども”に戻れる時間。
マチルダは、穏やかな表情でアルカの頬を撫でた。
その小さなぬくもりは、彼女にとっての“希望”そのものだった。
──だから、ふいにその言葉が出たとき。
「……いつか、ふたりでここから逃げたい」
その声に、心臓がひゅっと音を立てて縮んだ気がした。
「……!」
マチルダは顔を上げる。
アルカの目は、まっすぐだった。
「まだ子どもだけどさ……お姉ちゃんとなら、どこでも楽しく生きていける気がする」
(……“逃げる”?)
その言葉は、マチルダにとって“知らない感情”だった。
逃げるという発想。
抗うという選択。
カルトの命令は絶対だった。
カルトの言うことは、すべて正しい。
逆らったことなんて、一度もない。
それが生きるということだった。
マチルダは何も言えなかった。
沈黙したまま、アルカの顔を見つめていた。
「……だめ?」
ぽつり、とアルカが言った。
その声音に、ほんのかすかな寂しさがにじんでいた。
マチルダはぎゅっと唇をかみ、そして、ゆっくり首を横に振った。
「……ううん。分かった。……アルカがそうしたいなら、そうできるように、頑張るよ」
自分のためじゃない。
“アルカが望んだこと”だから──そう言えた。
それだけが、マチルダの“心”を少しだけ動かしていた。
「ほんと?約束だよ?」
「……うん。やくそくだよ」
マチルダはそっと、アルカを抱きしめた。
小さな背中。痩せた肩。
この子を連れて逃げる──その未来があるなら、自分はどこまでも行ける。
そう思った。
「……ありがと」
アルカの小さな声が、マチルダの胸に染み込むように響いた。
しばらくして、アルカは布団に横になった。
マチルダは毛布をそっとかけ、額にキスを落とした。
「ちゃんと、布団掛けて寝なよ」
「うん。……お姉ちゃんも、気をつけてね」
カチ、という金属音。
扉の取っ手がゆっくりと回る。
ガチャ。
「時間だよ」
その声に、マチルダは振り返ることもなく立ち上がった。
「……わかった」
ドアに向かう途中で、ふと足を止め、最後にもう一度だけアルカの寝顔を見る。
小さく、安らかな寝息。
その胸が、微かに上下している。
マチルダは、言葉にはできない想いを飲み込んで、ドアを開けた。
きぃ、と静かな音が、部屋の空気を切り裂く。
――それが、アルカと交わした“最後の言葉”になることを、
マチルダはまだ、知る由もなかった。
部屋の明かりは薄く、壁際のランプが揺れていた。
マチルダは、毛布の上でアルカと並んで腰を下ろしていた。
弟の細い手を両手で包み込むように握りながら、他愛もない話をしていた。
「……アルカ、今日のおばさん、めちゃくちゃ安いパン売ってたよ。おじさんの昨日の分もつけてくれた」
「えっ、あのおじさん、いつも“これ以上まけたら死ぬ”とか言ってるのに?」
「うん。死ななかったね」
「ぷっ……」
ふたりでくすくす笑い合う。
殺しも拷問も、傷も命のやり取りも、すべてが“当たり前”のこの地下で、
そんな日常の中で唯一“普通の子ども”に戻れる時間。
マチルダは、穏やかな表情でアルカの頬を撫でた。
その小さなぬくもりは、彼女にとっての“希望”そのものだった。
──だから、ふいにその言葉が出たとき。
「……いつか、ふたりでここから逃げたい」
その声に、心臓がひゅっと音を立てて縮んだ気がした。
「……!」
マチルダは顔を上げる。
アルカの目は、まっすぐだった。
「まだ子どもだけどさ……お姉ちゃんとなら、どこでも楽しく生きていける気がする」
(……“逃げる”?)
その言葉は、マチルダにとって“知らない感情”だった。
逃げるという発想。
抗うという選択。
カルトの命令は絶対だった。
カルトの言うことは、すべて正しい。
逆らったことなんて、一度もない。
それが生きるということだった。
マチルダは何も言えなかった。
沈黙したまま、アルカの顔を見つめていた。
「……だめ?」
ぽつり、とアルカが言った。
その声音に、ほんのかすかな寂しさがにじんでいた。
マチルダはぎゅっと唇をかみ、そして、ゆっくり首を横に振った。
「……ううん。分かった。……アルカがそうしたいなら、そうできるように、頑張るよ」
自分のためじゃない。
“アルカが望んだこと”だから──そう言えた。
それだけが、マチルダの“心”を少しだけ動かしていた。
「ほんと?約束だよ?」
「……うん。やくそくだよ」
マチルダはそっと、アルカを抱きしめた。
小さな背中。痩せた肩。
この子を連れて逃げる──その未来があるなら、自分はどこまでも行ける。
そう思った。
「……ありがと」
アルカの小さな声が、マチルダの胸に染み込むように響いた。
しばらくして、アルカは布団に横になった。
マチルダは毛布をそっとかけ、額にキスを落とした。
「ちゃんと、布団掛けて寝なよ」
「うん。……お姉ちゃんも、気をつけてね」
カチ、という金属音。
扉の取っ手がゆっくりと回る。
ガチャ。
「時間だよ」
その声に、マチルダは振り返ることもなく立ち上がった。
「……わかった」
ドアに向かう途中で、ふと足を止め、最後にもう一度だけアルカの寝顔を見る。
小さく、安らかな寝息。
その胸が、微かに上下している。
マチルダは、言葉にはできない想いを飲み込んで、ドアを開けた。
きぃ、と静かな音が、部屋の空気を切り裂く。
――それが、アルカと交わした“最後の言葉”になることを、
マチルダはまだ、知る由もなかった。
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