血に濡れた約束は廃墟に眠る

まちにゃ

文字の大きさ
47 / 91
仲間

大事なもの

しおりを挟む
――レヴィア視点・帰り道

夜の地下街は静かだった。昼間の騒がしさが嘘のように消え去り、灯りのない通りにはレヴィアとマチルダの足音だけが響いていた。

ラナードと別れた後、二人の間にはしばらく言葉がなかった。

マチルダは何も言わない。ただ、いつものようにレヴィアの少し後ろを歩き、時折、足音をわざと消すようにして――けれど確かに“そばにいる”。

(……あいつはどう思ってんだ)

ラナードのこと。
あの男は、確かに本気だった。下心もあったが、諦めずに言葉をぶつけてきた。それは分かる。

けど――

(もし、あの男の存在が、マチルダにとって重荷になるなら。心を閉ざすきっかけになるなら……)

ようやく、ようやく築いたものを壊したくはなかった。
この4年間、ずっと“何も踏み込まない”ことで信頼を築いてきた。

だからこそ、口を開いた。

「……マチルダ。ラナードのことだが……」

「ん?」

軽い返事。振り向くこともせずに。

レヴィアは少しだけ歩く速度を緩めて、マチルダと並ぶ。

「……嫌なら、嫌だってハッキリ言え。俺の言うことすべてに耳を傾ける必要はねぇ。一番大事なのは……お前の気持ちだ」

沈黙が落ちた。
マチルダは立ち止まり、レヴィアの顔をじっと見上げた。

ほんのわずかだけ、困ったように眉が寄っていた。

「レヴィアがしたいようにすればいいって思うけど……」

少し言いよどんでから、小さな声で続ける。

「……私の気持ち、そんなに大事なの?」

その言葉に、レヴィアの胸の奥がわずかに鈍く揺れた。

(――なんで、そんなことを聞く)

「……当たり前だろうが」

それだけ言って、視線を逸らした。
けれど、マチルダは何も言わず、ただレヴィアの横に戻って歩き出す。

その足取りは、さっきより少し軽くなっていた。

レヴィアはふと、ほんのわずかに口の端を上げた。

(……こんなもんだろ。俺にできる“伝え方”なんてな)

それでも、マチルダが分かってくれたなら――それでいい。





マチルダの足取りが少し軽くなったように見えた、その直後だった。
横に並ぶ小さな声が、ぽつりと問いを投げる。

「……逆に聞くけど、レヴィアはラナードのことをどう思ってるの?」

ふいに問われて、レヴィアは目を細めた。

(……“どう思う”ねぇ)

面倒なことを聞く、と内心で舌打ちしたが、無視はしなかった。マチルダが“誰かのこと”を尋ねてくるのは珍しい。それだけ、彼女なりに気になっているということだ。

「……正直、今のところは“使えるかどうか”しか考えてねぇ」

レヴィアの声は淡々としていた。

「野心があって、頭も回る。地下にしてはマシな方だ。けど――」

一拍、間を置いて。

「……信用できるかは別だ」

「……ふーん」

マチルダは、なんとも言えない声を返した。

レヴィアはちらりと彼女を見やる。
暗がりの中、マチルダの表情は読みづらい。

「お前がどう思ってるか知らねぇが……俺は、ああいう“利口なやつ”が一番タチ悪いと思ってる」

「ふふ……なんか分かる気がする」

「そういう奴は、いざって時に“自分の得”を優先する。……誰かを見捨てることに、言い訳つけるのが上手ぇ」

マチルダの笑みが薄く消えた。

「……でも、それでも“使えるかどうか”を考えるんだ?」

「生き延びるためだ」

即答だった。

「俺らみてぇなのはな、綺麗事で生きてる余裕なんてねぇ。……選んで、切って、使えるもんは使う。それでようやく、少し先に進める」

マチルダはしばらく黙っていたが、やがてぽつりとつぶやく。

「……それでも、“私の気持ちが一番大事”なんだ?」

レヴィアは足を止めた。振り返ると、マチルダが顔を上げて見ていた。

「……お前は、“使うための道具”じゃねぇからな」

少しの沈黙。

マチルダの目がほんの一瞬だけ、揺れた。

「……そっか」

その声は小さくて、どこか温かかった。

レヴィアは黙ってまた歩き出した。
マチルダは、その隣にふわりと戻ってくる。

ふたりの距離は、今夜も変わらず、同じだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...