血に濡れた約束は廃墟に眠る

まちにゃ

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仲間

静かな朝

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レヴィア視点

まだ外はほの暗い。
空気は冷たく張り詰めていて、どこか懐かしい地下街の夜明けの匂いがする。

目を開けると、すぐ隣に小さな寝息。
――マチルダ。

相変わらず、無意識のうちに俺の服をしっかりと握って離さねぇ。

(……お前は本当に、気ぃ抜くとすぐこれだ)

小さく苦笑しながら体を起こそうとした――その瞬間。

「……ん……やだ……」

寝ぼけたマチルダの声。
引き剥がそうとすると、しがみついてくる手に力がこもる。

「おい、マチルダ。お前はまだ寝てろ」

「んん……なんでぇ……」

目を開けるでもなく、ぐずるように俺の服を握ったまま眉をひそめて――

涙目。

(……ッ)

一瞬、胸がギュンと締めつけられる。
心臓をぐっと掴まれたような、あの感覚。

(……やめろ。そういう顔されると、こっちが何もできなくなる)

なるべく無表情を保ちながら、マチルダの脇に手を入れてそっと持ち上げる。
軽すぎる身体。やっぱりあいつは“まだ子ども”なんだと、痛感する。

「……目ぇ覚ますために水汲みに行ってくる」

「……一緒に行く」

今度は少ししっかりした声だった。
目はまだ眠たげなのに、口元だけはムスッとふくれっ面。

「……」

(まさか――わがままか?)

今まで、マチルダから“我”が出ることなんて、数えるほどしかなかった。
だがそれは、イリナみてぇな「ワガママ」とはまるで違う。
もっと、素直すぎて、真っ直ぐすぎる“お願い”みてぇなもんだ。

「……ならちゃんと歩いて着いてこい」

「うん……!」

ぱっと明るくなった顔を見て、思わず視線をそらす。

(……わかりやすい奴だ)

(俺の一言で、あんなにも顔に出すなんて……ほんと、感情ないとか自分で言ってた割に、ガキだよ、お前は)

小さく息を吐いて、布団から立ち上がる。
マチルダもトコトコと俺の後ろに続いた。

音を立てないように、イリナとラナードを起こさぬよう、そっと扉を開けて外に出る。

地下の空気は、まだ冷たいまま。
けれど隣を歩くマチルダの気配が、ほんの少しあったかくて――

(……ま、たまにはこんな朝も悪くねぇか)

ポケットに手を突っ込みながら、俺はマチルダの歩幅にさりげなく合わせてやった。






地下街の水場は、まだ誰も使っていない早朝特有の静けさに包まれていた。
しん、とした空気のなかに、水がぽちゃんと落ちる音だけが響く。

(……やっぱり冷てぇな)

桶に水を汲んで顔を洗い、冷気で少し冴えた額を手で拭った。
そのまま横を見やる――

……いない。

「……マチルダ」

呼んでも返事がない。
こういう時のあいつは、絶対近くにいる。

ゆっくりと視線を巡らせて――左後ろ。
背中に感じる気配の薄さに、思わず苦笑が漏れた。

「殺気も足音もねぇ。相変わらず気持ち悪ぃほど気配消してやがるな、お前」

「んー……癖、だから」

少し照れたようなマチルダの声。

「……ま、目ぇ離した隙に消えても気づかねぇ自信あるな」

皮肉のようで、本気の警戒。
けれどその言葉に、マチルダはほんの少しだけ口角を上げて、俺の横に並んだ。

「……手、冷てぇな」

「うん。……ちょっとだけ」

俺はマチルダの手を取った。
細くて、軽くて、体温を感じさせないような指先。
こんなに小せぇのに、血だらけの過去を生きてきた。

(……何もねぇフリして、それでも)

そっと両手で包み込むように温める。
少しでも、あいつの体温が人間らしさを思い出すように。

「……痛いか?」

「ううん。……レヴィアの手、あったかいね」

「当たり前だ。俺は人間だからな」

「ふふ、私も一応人間なんだけどなぁ」

クスクス笑うマチルダ。
笑っていても、どこか寂しげで、深く沈んで見えるその瞳。

(……奪われたものを、少しずつでも取り戻してやりてぇ)

手を包み込んだまま、俺はそっと言う。

「……俺の前にいる時くらい、普通の子どもでいていい」

「……ん」

マチルダは短く頷いたあと、俺の手をきゅっと握り返してきた。

冷たい水が流れる音。
そして、何も言わないまま、俺たちはしばらく手を繋いだまま、そこにいた。
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