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第1章
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「次に、【センチネル】には二種類いるのは知っとるか?」
「……五感全部が異常発達した【センチネル】と、五感の一部が異常発達した【パーシャル】、ですか?」
「おお上出来やん! ちなみに俺は目が発達した能力者、【パーシャル】や」
遊はわざとらしくウインクした。そして久詞を指差す。
「久詞は全能力者、【センチネル】な。一般的には能力者はまとめてぜーんぶ【センチネル】や」
「……人を指差すな」
久詞は呆れたようにため息をつき、腕を組んだ。けれどそれ以上は咎めなかったので、話は進む。
遊にここまではええか? と聞かれ、貴弥は頷いた。
「【ガイド】は共感能力と読心能力で【センチネル】の力を制御するんですよね?」
ここまでは学校で習ったことだ。まさか自分がそのあと、【ガイド】として覚醒するとは思わなかったけれど。さきほど、久詞の声が流れ込んできたのも、貴弥の読心能力のせいなのだ。
「そっ。俺ら【センチネル】は【ガイド】がおらんと、ちょーっと困ったことになるんや」
「……能力の暴走……ゾーンですか?」
遊の言葉にギクリとした貴弥。声が強ばったけれど、彼は気付かなかったのか、思ったより優秀で助かるわーと笑う。
【センチネル】はその能力ゆえに、過集中に陥り能力の制御が利かなくなることがある。五感が異常発達した特性のため、ただでさえ心身に負担がかかるので、そういった部分をサポート、ケアをするのが【ガイド】の役目だ。その方法は身体に触れること……と貴弥は学校では習った。
「でも俺、ケアなんてまともにやったことないです」
知識として頭に入っていても、実際にやれるかは別問題だ。貴弥ははっきりそう言うと、遊は「そうやろうな」と頷いた。
「じゃあ物は試しや。俺のケアしてくれへんか?」
そう言われて、貴弥は躊躇った。実は過去に一度だけ、ケアを試みたことがあるのだ。けれどその時は大失敗したので、怖くて素直に頷くことができない。
「……はよせぇ」
「……っ、ちょっと!」
今までの遊の態度はやはり猫を被っていたようだ。一瞬低い声がしたかと思ったら、両手を取って握られた。
「……」
貴弥はそろそろと遊を見る。彼は伏し目がちに貴弥の手を見ていて、その視線がゆっくりと上がった。
(あ……)
彼の茶色の虹彩がこちらを向き、目が合う。その瞬間、貴弥の心が急に凪いだ。遊も貴弥も無言で手を繋いで見つめあっているだけなのに、彼の心と通じている。そんな感じがした。
(……上手くできてるのか?)
『あんた……いや、貴弥。すごいな、上出来なんてもんやない』
遊の意識が流れ込んでくる。そういえば、ここに連れてこられる時、久詞の心の声も聞こえたな、とぼんやり思った。あの時はケアをしようと思ってしたわけではないので、久詞との相性はとても良いのだと感じる。これは勘とかそういうものではなく、体感的に、彼とはすぐに『繋がる』感じがしたからだ。
『……集中せい』
「ごめんなさいっ」
貴弥は思わず声に出して謝った。すると遊はくつくつと笑い、手を離す。
「……なんや、男も悪ないな。なぁ久詞、貴弥を俺の【ボンド】候補にしてええか?」
遊は黙って様子を見ていた久詞を見ると、貴弥もつられて彼を見た。彼は腕を組んだまま表情も変えず、「四課の【ガイド】だ」と言う。貴弥はボンド候補? とはてなマークを浮かべるが、質問することはかなわず、遊は口を尖らせた。
「いけずぅ。……でもまあ、正直舐めとったわ。ここまで相性がいい【ガイド】はそうそうおらへん」
ゆっくり落とすわ、と遊に言われて、貴弥は背筋が寒くなり慌てて両手を遊に向ける。
「や、俺は借金返したらここは辞めるんで……!」
「そんな寂しいこと言わんといてや」
「……っ、そんなに近付かないでください!」
元々距離が近かった遊が、さらにぴったり身体を寄せ腰を抱いてきた。よぉ見たらかわいい顔してんなぁ、と顔まで寄せられ、貴弥は思わずその綺麗な顔を掴んで押し返す。
「遊、その辺にしとけ。貴弥、次は俺の番だ」
しつこく抱きつこうとしてくる遊を押し退けていると、久詞が横からそんなことを言ってくる。
「そんなん言うて、貴弥に触りたいだけやろっ?」
「…………俺はお前とは違う」
「ちょっと! その間は何!?」
ぎゃあぎゃあと騒いで、貴弥はやっとのことでソファーから立ち上がった。はあはあと息を乱し二人を睨めつけると、遊は楽しそうにニコニコしていて、久詞は両手を広げる。
「ほら」
「……な、なに……?」
嫌な予感がして貴弥は後ずさりした。まるでこの胸に飛び込んでこいと言わんばかりの久詞だ。
「早くしろ、ただでさえ今日は残業なんだ」
「そ、そんなん知らないし!」
「貴弥~、これはお仕事やで~?」
遊の茶々が入り、貴弥はグッと息を詰める。というか、二人ともいつの間にか名前呼びをしているし、と拳を握った。
大体、遊は手を握るだけで済んだのに、どうして久詞はハグなのか。納得いかない、と貴弥は彼を睨む。
「顔が赤いし心臓の音もすごいな。だが大丈夫だ、誰だって初めては緊張する。俺にすべてを委ねて……」
「嫌な言い回しするなよ!」
貴弥は叫ぶ。身の危険を感じれば、相手が自分より大きい男だろうが、歳上に見えようが遠慮はしない。しかし本気で抵抗すればするほど、二人は楽しそうにするのだ。
「ほら、怖くない、怖くない~」
遊が手を振り促してくる。貴弥は諦めて深く息を吐いた。
これは仕事であり、それ以外の意味はない。そう割り切って久詞の腕の中に入る。
長い腕が貴弥の背中に回った。きゅっと心地よい力で抱きしめられた瞬間、貴弥は今までにないほど心が落ち着く。
そっと目を閉じると、目の前は当然ながら暗くなった。速かった心臓の音は次第に落ち着き、呼吸も穏やかになる。凪いだ海の上を漂っているようで、そこから深く、深く、水の中に沈むように潜っていく――。
(なんか、この感覚どこかで……)
そう思った瞬間、久詞の腕が貴弥の肩を掴み、引き離された。ハッとして見上げると、彼は先程と変わらない表情でこちらを見ている。
「ふーん?」
横から声がしてそちらを見ると、遊が面白くなさそうな顔をしていた。けれど彼は次にはニヤリと笑い、なるほどなぁ、とこちらに来る。
「相性は久詞のほうがええみたいやな。ええよええよ、落としがいがある」
「はあっ!?」
そしてなぜか遊も抱きついてきた。頭を撫でられたので逃げようともがくと、久詞も抱きついてくる。
「ちょ、なんで!?」
「ようこそ、国家特務機関、第四課へ」
「これはゴアイサツのハグやで?」
自分より背の高い男二人に抱きしめられ、脱出しようと試みたが動けなくて諦めた。遠い目をして脱力すると、あまり残業すると上がうるさいから帰るか、と久詞の声がする。
――もしかして、とんでもない所に来てしまったのでは、と貴弥は後悔した。
◇ ◇ ◇
その後、退勤処理をした二人に連れられ、寮だという部屋に案内される。驚いたのは、貴弥が最初にいた部屋からフロアを移動しただけで、同じ高層ビルに住居があったのだ。久詞が言うには、有事の際に素早く集まれるように、だそうだが。
「詳しくは明日説明するけど、俺らは四課だから招集は滅多にかからへん」
なぜか遊に肩を抱かれ、住居フロアの廊下を歩く。久詞は後ろから静かに付いてきていて、大人しいのが逆に怖い。
すると遊はある部屋の前で止まった。
「ここが貴弥の部屋や。鍵はこれ」
貴弥はカードキーを手渡され受け取る。ちなみに両隣が俺らの部屋な、と説明され、わかりました、と頷いた。
「出勤時間は八時だ」
「わかりました、ありがとうございます。では、お疲れ様でした」
久詞の言葉に頷いて、貴弥は鍵を開ける。それにしても二人揃って見送らなくても良いのに、と思っていると、遊も久詞も貴弥の部屋に入ってきた。
「えっ? なんで入って来るんですかっ?」
「そうやー? 久詞、自分の部屋に帰れや」
「いや、餌取さんもですよ!」
おじゃましまーす、と勝手に上がっていく遊を、貴弥は追いかける。
「餌取さんなんて他人行儀やなぁ。パートナーなんやから名前で呼んでくれへん?」
「それなら俺も久詞と呼んでくれ」
「その前に勝手に上がるなって!」
スタスタと勝手知ったる顔で奥に進む遊。貴弥は思わずタメ口になると、そうそう、それや、と彼は嬉しそうだ。
「【センチネル】と【ガイド】は信頼関係が大事やで。タメ口でええし、名前呼び大歓迎や」
「わかった。……だから名前呼びするから勝手に上がるなよ!」
寮とはいえ、貴弥に与えられた部屋だ。プライベートとプライバシーはないのか、と二人を睨むと、久詞は表情も変えないでこちらを見ているし、遊はかわええなぁ、と抱きついてこようとする。
「……歓迎会のつもりで食事を作ろうと思っていたが。必要ないならいい」
「えっ?」
貴弥は遊の顔面を押し退けながら久詞を見る。入った部屋はリビングダイニングらしく、照明を点ければそこだけでも貴弥が元いた家の、二倍の広さはあった。そして一面のガラス窓からは、やはり綺麗な夜景が見える。しかし貴弥の視界には、久詞の上に「手作りのタダ飯」という文字が浮かんでいて、夜景はすぐに視界から外れた。
「実はそのために、今朝から準備をしていたんだが。……仕方がない、俺が自分で……」
「も、もったいないから食べる!」
そう言ってから、自分がかなりはしたない発言をしたと気付き口を噤む。しかし久詞はそんな貴弥を見て、目元を緩ませた。
「そうか。なら、一緒に食べてくれるか?」
「はい……、あ、うん!」
元気よく返事をすると、遊が肩を抱いてきた。スーツだから着替えよう、とほかの部屋へ連れていこうとするので、貴弥は抵抗する。
「ちょっと待て、着替えなんて持ってねーよ?」
「貴弥、ここをどこだと思っとるん? 特別な能力を持ち、権力もある特務機関のタワービルやで?」
【センチネル】様のご機嫌を損ねないよう、至れり尽くせりの待遇してくれるに決まっとるやん、と遊は笑った。仰々しく片手を振るのでその言い方にも引っかかったが、一張羅を汚したくはない。貴弥は言葉に甘えて着替えることにした。
「……五感全部が異常発達した【センチネル】と、五感の一部が異常発達した【パーシャル】、ですか?」
「おお上出来やん! ちなみに俺は目が発達した能力者、【パーシャル】や」
遊はわざとらしくウインクした。そして久詞を指差す。
「久詞は全能力者、【センチネル】な。一般的には能力者はまとめてぜーんぶ【センチネル】や」
「……人を指差すな」
久詞は呆れたようにため息をつき、腕を組んだ。けれどそれ以上は咎めなかったので、話は進む。
遊にここまではええか? と聞かれ、貴弥は頷いた。
「【ガイド】は共感能力と読心能力で【センチネル】の力を制御するんですよね?」
ここまでは学校で習ったことだ。まさか自分がそのあと、【ガイド】として覚醒するとは思わなかったけれど。さきほど、久詞の声が流れ込んできたのも、貴弥の読心能力のせいなのだ。
「そっ。俺ら【センチネル】は【ガイド】がおらんと、ちょーっと困ったことになるんや」
「……能力の暴走……ゾーンですか?」
遊の言葉にギクリとした貴弥。声が強ばったけれど、彼は気付かなかったのか、思ったより優秀で助かるわーと笑う。
【センチネル】はその能力ゆえに、過集中に陥り能力の制御が利かなくなることがある。五感が異常発達した特性のため、ただでさえ心身に負担がかかるので、そういった部分をサポート、ケアをするのが【ガイド】の役目だ。その方法は身体に触れること……と貴弥は学校では習った。
「でも俺、ケアなんてまともにやったことないです」
知識として頭に入っていても、実際にやれるかは別問題だ。貴弥ははっきりそう言うと、遊は「そうやろうな」と頷いた。
「じゃあ物は試しや。俺のケアしてくれへんか?」
そう言われて、貴弥は躊躇った。実は過去に一度だけ、ケアを試みたことがあるのだ。けれどその時は大失敗したので、怖くて素直に頷くことができない。
「……はよせぇ」
「……っ、ちょっと!」
今までの遊の態度はやはり猫を被っていたようだ。一瞬低い声がしたかと思ったら、両手を取って握られた。
「……」
貴弥はそろそろと遊を見る。彼は伏し目がちに貴弥の手を見ていて、その視線がゆっくりと上がった。
(あ……)
彼の茶色の虹彩がこちらを向き、目が合う。その瞬間、貴弥の心が急に凪いだ。遊も貴弥も無言で手を繋いで見つめあっているだけなのに、彼の心と通じている。そんな感じがした。
(……上手くできてるのか?)
『あんた……いや、貴弥。すごいな、上出来なんてもんやない』
遊の意識が流れ込んでくる。そういえば、ここに連れてこられる時、久詞の心の声も聞こえたな、とぼんやり思った。あの時はケアをしようと思ってしたわけではないので、久詞との相性はとても良いのだと感じる。これは勘とかそういうものではなく、体感的に、彼とはすぐに『繋がる』感じがしたからだ。
『……集中せい』
「ごめんなさいっ」
貴弥は思わず声に出して謝った。すると遊はくつくつと笑い、手を離す。
「……なんや、男も悪ないな。なぁ久詞、貴弥を俺の【ボンド】候補にしてええか?」
遊は黙って様子を見ていた久詞を見ると、貴弥もつられて彼を見た。彼は腕を組んだまま表情も変えず、「四課の【ガイド】だ」と言う。貴弥はボンド候補? とはてなマークを浮かべるが、質問することはかなわず、遊は口を尖らせた。
「いけずぅ。……でもまあ、正直舐めとったわ。ここまで相性がいい【ガイド】はそうそうおらへん」
ゆっくり落とすわ、と遊に言われて、貴弥は背筋が寒くなり慌てて両手を遊に向ける。
「や、俺は借金返したらここは辞めるんで……!」
「そんな寂しいこと言わんといてや」
「……っ、そんなに近付かないでください!」
元々距離が近かった遊が、さらにぴったり身体を寄せ腰を抱いてきた。よぉ見たらかわいい顔してんなぁ、と顔まで寄せられ、貴弥は思わずその綺麗な顔を掴んで押し返す。
「遊、その辺にしとけ。貴弥、次は俺の番だ」
しつこく抱きつこうとしてくる遊を押し退けていると、久詞が横からそんなことを言ってくる。
「そんなん言うて、貴弥に触りたいだけやろっ?」
「…………俺はお前とは違う」
「ちょっと! その間は何!?」
ぎゃあぎゃあと騒いで、貴弥はやっとのことでソファーから立ち上がった。はあはあと息を乱し二人を睨めつけると、遊は楽しそうにニコニコしていて、久詞は両手を広げる。
「ほら」
「……な、なに……?」
嫌な予感がして貴弥は後ずさりした。まるでこの胸に飛び込んでこいと言わんばかりの久詞だ。
「早くしろ、ただでさえ今日は残業なんだ」
「そ、そんなん知らないし!」
「貴弥~、これはお仕事やで~?」
遊の茶々が入り、貴弥はグッと息を詰める。というか、二人ともいつの間にか名前呼びをしているし、と拳を握った。
大体、遊は手を握るだけで済んだのに、どうして久詞はハグなのか。納得いかない、と貴弥は彼を睨む。
「顔が赤いし心臓の音もすごいな。だが大丈夫だ、誰だって初めては緊張する。俺にすべてを委ねて……」
「嫌な言い回しするなよ!」
貴弥は叫ぶ。身の危険を感じれば、相手が自分より大きい男だろうが、歳上に見えようが遠慮はしない。しかし本気で抵抗すればするほど、二人は楽しそうにするのだ。
「ほら、怖くない、怖くない~」
遊が手を振り促してくる。貴弥は諦めて深く息を吐いた。
これは仕事であり、それ以外の意味はない。そう割り切って久詞の腕の中に入る。
長い腕が貴弥の背中に回った。きゅっと心地よい力で抱きしめられた瞬間、貴弥は今までにないほど心が落ち着く。
そっと目を閉じると、目の前は当然ながら暗くなった。速かった心臓の音は次第に落ち着き、呼吸も穏やかになる。凪いだ海の上を漂っているようで、そこから深く、深く、水の中に沈むように潜っていく――。
(なんか、この感覚どこかで……)
そう思った瞬間、久詞の腕が貴弥の肩を掴み、引き離された。ハッとして見上げると、彼は先程と変わらない表情でこちらを見ている。
「ふーん?」
横から声がしてそちらを見ると、遊が面白くなさそうな顔をしていた。けれど彼は次にはニヤリと笑い、なるほどなぁ、とこちらに来る。
「相性は久詞のほうがええみたいやな。ええよええよ、落としがいがある」
「はあっ!?」
そしてなぜか遊も抱きついてきた。頭を撫でられたので逃げようともがくと、久詞も抱きついてくる。
「ちょ、なんで!?」
「ようこそ、国家特務機関、第四課へ」
「これはゴアイサツのハグやで?」
自分より背の高い男二人に抱きしめられ、脱出しようと試みたが動けなくて諦めた。遠い目をして脱力すると、あまり残業すると上がうるさいから帰るか、と久詞の声がする。
――もしかして、とんでもない所に来てしまったのでは、と貴弥は後悔した。
◇ ◇ ◇
その後、退勤処理をした二人に連れられ、寮だという部屋に案内される。驚いたのは、貴弥が最初にいた部屋からフロアを移動しただけで、同じ高層ビルに住居があったのだ。久詞が言うには、有事の際に素早く集まれるように、だそうだが。
「詳しくは明日説明するけど、俺らは四課だから招集は滅多にかからへん」
なぜか遊に肩を抱かれ、住居フロアの廊下を歩く。久詞は後ろから静かに付いてきていて、大人しいのが逆に怖い。
すると遊はある部屋の前で止まった。
「ここが貴弥の部屋や。鍵はこれ」
貴弥はカードキーを手渡され受け取る。ちなみに両隣が俺らの部屋な、と説明され、わかりました、と頷いた。
「出勤時間は八時だ」
「わかりました、ありがとうございます。では、お疲れ様でした」
久詞の言葉に頷いて、貴弥は鍵を開ける。それにしても二人揃って見送らなくても良いのに、と思っていると、遊も久詞も貴弥の部屋に入ってきた。
「えっ? なんで入って来るんですかっ?」
「そうやー? 久詞、自分の部屋に帰れや」
「いや、餌取さんもですよ!」
おじゃましまーす、と勝手に上がっていく遊を、貴弥は追いかける。
「餌取さんなんて他人行儀やなぁ。パートナーなんやから名前で呼んでくれへん?」
「それなら俺も久詞と呼んでくれ」
「その前に勝手に上がるなって!」
スタスタと勝手知ったる顔で奥に進む遊。貴弥は思わずタメ口になると、そうそう、それや、と彼は嬉しそうだ。
「【センチネル】と【ガイド】は信頼関係が大事やで。タメ口でええし、名前呼び大歓迎や」
「わかった。……だから名前呼びするから勝手に上がるなよ!」
寮とはいえ、貴弥に与えられた部屋だ。プライベートとプライバシーはないのか、と二人を睨むと、久詞は表情も変えないでこちらを見ているし、遊はかわええなぁ、と抱きついてこようとする。
「……歓迎会のつもりで食事を作ろうと思っていたが。必要ないならいい」
「えっ?」
貴弥は遊の顔面を押し退けながら久詞を見る。入った部屋はリビングダイニングらしく、照明を点ければそこだけでも貴弥が元いた家の、二倍の広さはあった。そして一面のガラス窓からは、やはり綺麗な夜景が見える。しかし貴弥の視界には、久詞の上に「手作りのタダ飯」という文字が浮かんでいて、夜景はすぐに視界から外れた。
「実はそのために、今朝から準備をしていたんだが。……仕方がない、俺が自分で……」
「も、もったいないから食べる!」
そう言ってから、自分がかなりはしたない発言をしたと気付き口を噤む。しかし久詞はそんな貴弥を見て、目元を緩ませた。
「そうか。なら、一緒に食べてくれるか?」
「はい……、あ、うん!」
元気よく返事をすると、遊が肩を抱いてきた。スーツだから着替えよう、とほかの部屋へ連れていこうとするので、貴弥は抵抗する。
「ちょっと待て、着替えなんて持ってねーよ?」
「貴弥、ここをどこだと思っとるん? 特別な能力を持ち、権力もある特務機関のタワービルやで?」
【センチネル】様のご機嫌を損ねないよう、至れり尽くせりの待遇してくれるに決まっとるやん、と遊は笑った。仰々しく片手を振るのでその言い方にも引っかかったが、一張羅を汚したくはない。貴弥は言葉に甘えて着替えることにした。
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