閑職特務機関の華・センチネルバース

大竹あやめ

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第1章

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 着替えを手伝おうかと言う遊を貴弥は丁重にお断りし、二人でリビングダイニングに戻ると、そこにはニンニクの良い香りが漂っていた。

「これだけいい香りがするのに、ほかの部屋にいた時は気付かなかった」

 貴弥が素直な感想を漏らすと、遊はええところに気付いたな、と教えてくれる。

「【センチネル】は五感が異常発達してるやろ? 臭いに敏感だったり、強い光や大きい音が苦手だったりするから、住居には細かい配慮がされてんねん」
「なるほど」

 その一環に、【ガイド】も近くに住む、というのがあるらしい。確かに、何かが起きた時に【ガイド】が近くにいるのは、【センチネル】にとって安心だろう。
 さらに聞けば、今より扱いが悪かった【ガイド】は、以前は【センチネル】の小間使い的な存在で、食事や掃除なども仕事だったらしい。ほんの二、三十年前までのことだそうだ。

「【ガイド】の数が減ってから、慌てて待遇を変えたがな。……できあがるまでまだ時間がかかるから、先に風呂でも入ってきたらどうだ?」

 アイランドキッチンでエプロンを着け、鍋の中身を混ぜていた久詞が、そう促してくる。じゃあ一緒に入ろうや~、と言う遊に、貴弥はなんでだよ、とつっこんで、教えられた浴室に向かった。
 脱衣所に入ると、そこには洗濯機はもちろん、タオルとパジャマも置いてある。本当に至れり尽くせりだな、とありがたく使わせてもらうことにした。
 流れでここに住むことになったけれど、貴弥には不安や不満は微塵もない。【ガイド】としてこれほどの好待遇を受けられるなら、それはそれでいいか、と思うのだ。
 ――置かれた場所で咲くしかない。貴弥は今までもそうやって生きてきた。そして今まで起きたできごとも、きっと意味がある、そう思っている。
 シャワーを浴びてリビングに戻ると、久詞はマスクをして料理をしていた。どうしたんだ? と貴弥が問うと、どうやらニンニクの臭いが強すぎて耐えられなくなったらしい。

「じゃあ使わない料理にすればいいのに」
「味は好きなんだ」

 なるほど、と貴弥は納得する。しかし好きなのに、嗅覚の敏感さゆえに臭いに耐えられなくなるとは、大変だなと思った。こっちに来てくれという久詞に素直に従うと、なんの前触れもなく抱きしめられる。

「ちょっ、料理はっ?」
「ああ大丈夫だ」
「何が大丈夫なんだ火ぃ使ってるだろっ!」

 貴弥がそう言って抵抗すると、意外にも久詞はあっさり離れて、再び料理を再開した。なんなんだ、と貴弥は視線を向けると彼はマスクを外す。

「ケアをしてもらった、ありがとう。……もうすぐできあがる。遊と待っててくれ」
「……」

 貴弥は呆気にとられた。今、ほんの少し抱きついただけで、マスクが必要なくなるまで彼の能力を調整できたらしい。自分が何か意識的にしたという自覚はなく、本当にこれでいいのか、と久詞を見る。

「時間外労働になってしまったが、俺らの能力の特性上、いつでもケアできるようにしていて欲しい」

 そのぶん給料はかなり良いから、と久詞は言った。

「いやいやいや、今のは抱きついただけだろ? それでいいのか?」
「ああ。俺たちは相性が良いらしい。……というか、やはり貴弥の【ガイド】としての能力が、ずば抜けてるんだな」
「はあ……」

 そう言われても、貴弥に自覚はまったくない。明日、きちんと調べてもらおうと言う久詞。こちらに来た遊は貴弥の肩を抱き、リビングに連れていく。

「貴弥~、俺も構ってぇな。寂しいやろ~?」
「寂しいというより、遊は久詞に張り合ってるだけだよな?」

 なんでだ? と率直に聞くと、遊は黙った。そしてボソリと「これも【ガイド】のなせる技か」と呟いたのだ。

「貴弥~、それはもーちょい、仲良くなってからな?」

 一瞬聞こえた標準語が嘘かのように、遊は笑う。貴弥も本人に話すつもりがないことを、無理に聞く趣味はないので「わかった」と素直に頷いた。

「そうや、お近付きの印に連絡先交換しようや。いつでも会えるように……ってゆーても、一緒に生活するようなもんやけどな」

 何かあった時のために、と補足する久詞に、貴弥は素直に答える。

「あ、俺スマホとか持ってないんで」
「はあ? 今どき?」

 案の定驚かれたが、それも慣れていた。貴弥は頷くと、遊は呆れたようにため息をつく。

「契約できないんだよね。多分親父のせいだと思うけど」
「ほな、今までどうしてたん?」
「俺だけ知らないとかあるあるだったけど。人に聞けばなんとかなったし」

 そう言うと、遊は開いた口が塞がらないようだった。ちょい待て、とさらに質問をしてくる。

「キャバクラで働こうとした時はどうしたんや?」

 まさか顔も家も全部知られてたんちゃうやろな、と言われ、借金の相続や連帯保証人っていかに信用してもらうかだろ、と貴弥は答えた。当時取り立てに来た男たちは、父親のせいで相当困っていたようだったし、父親の尻ぬぐいは息子がしろと言われて、その通りだと思ったからだ。

「突然男の人が家に来て、こういう事情でこの日にここまで来いってメモ渡された」
「あかんわコイツ」

 遊は目頭を押さえた。お人好し通り過ぎてバカやな、と言われ、貴弥は少しムカついた。

「なんだよそれ。俺は一生懸命生きてるだけだ」
「オツムが足りん。親の借金は子供に責任はあらへんし、大体スマホも契約できん奴が、連帯保証人になれるわけないやろ」
「あ……」

 むこうのでっち上げにまんまと騙されよって、と呆れた遊を見て、貴弥はようやく全部を理解する。今までスマホが契約できないのも、家を借りるのに何件も断られたことも、やっと借りられそうと思ったのに相当渋られたのも、全部父親の借金のせいだと思っていた。

「全部……親父の借金のせいかと……」
「それは合っていると思う。……親父さんの最期は?」

 久詞が尋ねてくる。貴弥は首を横に振った。

「わからない。二年前に遺体で見つかった。って言っても、俺は遺体を見てないけどな。歯の治療痕が同じってだけで」

 そもそもすでに生活を別にしていたからどうでも良かったけど、と言うと、隣で遊が盛大にため息をつく。

「貴弥の親父、半グレかヤのつく人に関わってた可能性大やな……。貴弥を連帯保証人や言うて、仕事を斡旋してきた奴はどんな人やった?」

 名前と、どこに住んでいて、何をしている人かと尋ねられて、貴弥は答えられなかった。父親と話しているところを見かけたような気もするけれど、ハッキリと誰というのはわからない。

「……父親も、騙されたか何かやな」
「……そっか」

 貴弥は視線を落とした。最初から悪意を持って近付いて来たなら、それに気付かなかった自分にも多少非があるだろう。けれど、今こうして生きているから、良かったと思うことにする。
 しかし、貴弥の反応に声を上げたのは遊だ。

「いやいやいやいや、そっか、じゃないで? 親父さんにムカついたりせぇへんの?」
「え、だって、怒ってもしょうがないじゃん」
「はあ? あんた、騙されてたんやで?」

 すると、遊の声が意識の中に入り込んできた。どこまでお人好しバカなんだ、と脳内にそんな言葉が響き、貴弥は思わず彼の手を取る。

「……仕方がないじゃないか。頼る人はいないし。生きてるだけで万々歳」

 遊は優しいな、と貴弥は思った。他人の話を聞いて怒るのは、自分事として捉えているからだ。そして少なからず貴弥のことを想ってくれている。それだけで充分だ。

「この……、無自覚にケアしてくるとか……反則や……」
「あ、ごめん」

 貴弥はパッと手を離す。しかし再び遊に手を取られ、両手でぎゅっと握られた。ずい、と顔を近付けてきたので、貴弥は思わず顎を引くと、彼の茶色の瞳が真っ直ぐこちらを見ている。

「俺が絶対守ったるから。そしていつか……」
「できたぞ」

 貴弥の手を握った遊の手を、そっと外したのは久詞だ。久詞は遊の手を両手で握り、彼を見つめる。
 遊はにっこり笑った。

「ええとこで邪魔すんなや」
「……抜けがけは許さん」
「……ほーん?」

 何やら不穏な空気が流れている、と貴弥は止めようとした。けれど、二人の手に力が入って小刻みに震えているのに気付き、一歩引く。……なぜ二人は本気なのだろう?

「じゃあ正々堂々とやろうや。こんなこすい真似せんと」
「たった今抜けがけしようとした奴のセリフとは思えんな」

 貴弥はまぁまぁ、と手を上げる。けれど久詞は真顔で遊を見ているし、遊は怖いくらいニコニコと笑っていた。なぜか二人の間に火花が散っているように見えて、思わず彼らの手を取る。

「……やめろよ」

 感情の昂りは能力の制御を狂わせる。それは周りにとっても、能力者自身にとってもよろしくない。
 すると、貴弥の介入で一瞬にして落ち着いた二人は、同時にため息をついた。

「どうやら正攻法しか効かんようやな」
「……ああ」
「……さっきからなんの話だ?」

 やっと離れた二人に貴弥は尋ねるものの、遊にそのうちなー、とはぐらかされてしまう。久詞は料理をダイニングテーブルに運び始めたので、貴弥はそれ以上聞くのは諦め、彼と一緒に食事の準備をした。
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