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第2章
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(えっ……と、どうしてこうなった?)
次の日の朝、貴弥が目を覚ますと、両脇に久詞と遊が寝ていた。停止しかけた思考を動かし、昨晩のことを思い出す。
あれから、久詞の手料理で歓迎会が行われ、貴弥は彼の料理を絶賛した。さすが、久詞の味覚は発達しているだけあって、繊細な味付けのペペロンチーノと唐揚げ、サラダとスープは、あっという間に平らげるほど美味しかったのだ。
ところが、遊はそれが気に入らなかったらしい。彼は自宅でシャワーを浴びてまた戻ってきた。それから貴弥にマッサージをすると言い張り、これも歓迎会の一部だと強引に諭され実行されたのだ。
そのあとも、なんだかんだ久詞と遊は張り合い、なぜか一緒に寝ると言い出し、【センチネル】は【ガイド】に触れていると落ち着くのだと貴弥は丸め込まれてしまう。
都合のいいことにベッドはなぜかダブル。そこに大人三人で寝たらさすがに狭いだろうと貴弥は抵抗するも、お前は小さいから大丈夫、と意味不明な理由で諭された。……確かに身長は平均より少し低いけれど。納得いかない。
(ベッドがダブルなのは、【センチネル】と【ガイド】が二人で寝る場合もあるからだとか……ほんとかよ)
二人は貴弥に抱きついたまま、すぐに寝入ってしまった。どうやら落ち着くというのは本当らしい。しかも久詞は寝たまま微動だにせず、こうして見ていると美しい造形をしているな、と思う。
精悍な顔立ちは雄々しさを感じさせるものの、目を閉じているので鋭さは半減だ。肌は薄暗闇の中でも滑らかに見え、薄い唇は少しだけ開いている。
(遊はどちらかと言うと、柔らかい雰囲気だよな)
「……んー」
そんなことを考えていると、後ろから抱きつかれた。身を捩って見ると、遊がスリスリと貴弥のうなじに擦り寄っている。くすぐったくてさらに身体を捩り、彼の身体を押しやった。
すると、甲高い電子音が鳴る。それと同時に久詞がむくりと起き上がり、ヘッドレストに乗せてあった彼のスマホを取った。どうやらこの音は、彼のスマホから出ていたらしい。
「おはよう」
「……はよ」
貴弥の顔を見るなり目元を緩ませた久詞は、次に遊に視線を移す。遊が貴弥にしがみついているからか、と貴弥は慌てて起き上がると、遊も起きたようだ、彼の目が開いた。
「……なんや……もう朝か」
そう言いながらも動こうとしない遊。どうやら彼は朝が弱いらしい。
「先に行って朝食を作ってる。起きて来いよ」
「あ、俺もやる」
「いい。ゆっくり支度して来い」
昨日は手料理をご馳走になったので、久詞に何か返したいと思って貴弥は腰を浮かせたが、彼に頭を撫でられた。久詞が微笑を浮かべたのに気付き、貴弥は胸の中が温かくなる。
――こんなふうに、誰かに甘やかされるのは久しぶりだ。
「じゃあ貴弥、もうちょい一緒に寝よーや……」
「いや、俺は起きるから」
また抱きついてこようとした遊を躱し、貴弥はベッドから降りる。後ろで「いけずぅ……」という声が聞こえた気がしたけれど、無視して洗面所へ向かった。
顔を洗ってリビングダイニングに行くと、やっぱりいい匂いがする。貴弥は美味しい匂いを思い切り吸い込んだ。
「何作ってんだ?」
「作ってるというか……ベーコンエッグだ」
「美味そう」
貴弥は食器棚から皿を三枚出した。ベーコンの焼ける匂いが食欲をそそる。
「ありがとう」
アイランドキッチンの対面に来た貴弥に、久詞は目元を緩ませた。ううん、と軽く返事をするものの、貴弥の胸の中にほんの少し、温かいものが落ちる。
(……そっか。お礼なんて久しぶりに言われた)
お世辞にも良いとは言えない職場環境で、下手をしたら命に関わることもある介護業界。そのうえ利用者からは無茶なお願いや、嫌なこともされてきた。それが当たり前だと思い込もうとしたことに、今更ながら気付く。
(最初は強引に連れてこられて、コイツら何だ? って思ったけど)
元職場や、昨日ガサ入れが入ったキャバクラにいる人に比べたら、久詞や遊はまともだと思うのだ。どちらを信じるかと言われたら、当然久詞たちだろう。
「……パンと米、どっちがいい?」
「米かな。でもパンも好き」
「じゃあ、今日は米にしよう」
久詞はそう言うと、ベーコンの上に卵を割り入れた。ジューッと焼ける音が美味しそうで、貴弥は唾を飲み込む。
「何かやれることないか?」
「いい、座っていろ」
どうやら久詞は、貴弥に手伝わせるつもりはないようだ。けれどやることがないと落ち着かないので、対面から眺めていることにする。
「……落ち着かないか?」
貴弥の様子に気付いた久詞が尋ねてくる。貴弥は頷くと、彼はパントリーを指差した。
「じゃあ、そこにパックご飯がある。温めてくれると助かる」
「わかった」
言われた通りにパントリーの扉を開けると、棚にぎっしり食料品が入っていた。本当に至れり尽くせりだな、と苦笑しつつ、パックご飯を取り出す。
「全員米でいいのか?」
「ああ」
遊に聞かなくてもいいのかなと思いながら、貴弥はレンジに放り込んで温めた。それを茶碗に――なぜかこれも人数分あった――移すと、ベーコンエッグを皿に盛った久詞と目が合う。
「どうした?」
「あ、いや……食器が人数分あるし、食べ物もそこそこあって着るものもある。なんか怖いなって……」
「騙されてるんじゃないかと思ってるのか?」
「あ、えっと、そういうのじゃなくて……」
すると、久詞は手を止めてこちらに来た。長い腕で身体を囲われると、昨日と同じようにスッと落ち着く。
「一晩中ケアしてくれたおかげで、目覚めは良いし体調もすこぶる良い」
「え、俺寝てただけだけど……」
「それも仕事のうちだ。場合によっては二十四時間拘束することになるから、貴弥が最優先」
俺たちは、【ガイド】がいないと生きていけないからな、と久詞は言う。確かに、【センチネル】の不安定さをコントロールするのは【ガイド】だ。だったら、貴弥以外の【ガイド】でも良いはず。
「……俺じゃなくても良いんじゃないか?」
「わからないか? 力の相性があるんだ。貴弥のそれは、滅多にないほどの特徴がある」
特徴? と貴弥は顔を上げると、久詞に座って待っていろ、と背中を軽く押された。
「何それ」
貴弥の質問に、久詞は答えなかった。タワービル内では四課だと答えておけばいい、と謎の発言をしたが、それもなぜなのかは教えてくれない。
「さぁ、一緒に遊を起こしにいくぞ」
「え、俺が起こしてくるよ」
「いや、一緒にだ」
貴弥は久詞のその頑なな態度が不思議に思ったけれど、数分後、その理由を身をもって知ることになった。
◇ ◇ ◇
「んで、こっちがシステム課な~」
三人揃って出勤し、タワービル内をくまなく案内されていた貴弥は、笑顔が引き攣っていた。
遊は寝起きが悪いらしく、寝ぼけて人に抱きつこうとしたり、キスをしようしたりして起こすのが大変だったのだ。そんな彼は家を出てから今までずっと、貴弥の肩を抱いて離さない。
タワービルの中はショッピングモールもあり、そこで生活の全てが揃うほど、なんでもあった。もっとも、店舗部分は一般人にも解放されていて、階層が上がるにつれて、重要な部署が配置されているらしいけれど。
「ある程度までは普通に上れるってわかったけど、エレベーターの行き先の違いとか……覚えられなさそう……」
「その辺は慣れやな。まあ、俺らが必ずおるし、そう心配せぇへんでも大丈夫や」
んで、こっから【センチネル】たちがいる階な、と遊は笑う。
「ここの【センチネル】は主に、警視庁、警察庁、公安と連携して事件を捜査したり、要人の警護をしたりしとる」
貴弥は頷いた。確かに一般人から見ても、【センチネル】の職業は警察や消防、救急、自衛隊と、街や国の重要な役割を担っているイメージある。
「【センチネル】として働いてる人は、基本ここの管理下におるんや。ゾーンになると、【ガイド】以外に手がつけられへんからな」
なるほど、と貴弥は思う。確かに、そうしたほうが把握はしやすいだろう。貴弥は今まで【ガイド】なのを隠して生きてきたので、管理をする施設や仕組みはほとんど知らなかった。
「嫌味言われても無視やで貴弥。ほな、レッツゴー」
「え」
なんか不穏なことを言われたような、と貴弥は遊を見るけれど、彼は笑って貴弥の背中を押す。どういうこと? と貴弥は久詞を見るけれど、久詞も黙って付いてくるだけだ。
「こっから一応特務機関な。まずはここでマッチング率を測ってもらおか」
貴弥はそう言う遊に案内される。見たところ会社の事務所のようなフロアに、ざっと三十人はいるだろうか。貴弥はマッチング率? と思うものの聞ける雰囲気ではなく、遊が挨拶をすると、ニコリともしない男性がこちらにやってきた。
「新人の【ガイド】ですー、よろしゅう」
遊がそう言うと、男性はナチュラルに舌打ちをして去っていく。貴弥は驚きはしたものの、何かを持って戻ってきた彼を見て、無視をされたわけではないと悟った。
「これ握って」
「あ、はい」
男から黒い棒状のものを手渡され、それを握ると、少し離れたところにあったパソコンの画面が変化した。画面が全体的にピンクや濃いピンクに変わっていくので、もしかして壊してしまったのかとハラハラする。
「すげぇ……」
隣にいた遊が声を上げた。貴弥からは文字まで見えないけれど、彼は目の能力者だ、詳細まで見えているらしい。
「貴弥、俺とのマッチング率は八十パーセントやて。やっぱり相性かなりええで」
次々と変わる画面に遊の視線は釘付けだ。どうやらマッチング率とは力の相性を測るものらしい。しかし、楽しそうに画面を見ていた遊は次第に笑顔を消していく。どうしたんだろう、と思っていると、久詞まで声を上げた。
「ここまでとはな」
「ああ。……マッチング率八十パーセント未満の奴がおらへん。って、久詞とは百パーセントやて!?」
「うるさい」
計測器を持ってきた男が呟く。どうやら貴弥の能力を数値化して、それを元に相性を測っているようだ。けれど、貴弥は二人が言うほど自分がすごいとは思わなかった。なんせ今まで【ガイド】としてケアをしたことがなかったし、久詞と遊に対しても、特別に何かをしたわけではなかったからだ。
「貴方」
すると、男は貴弥を見て口を開いた。視線を合わせると、やはり彼は表情筋が死んでいるようにニコリともしない。
「異動希望を出したほうがよさそうです。四課には相応しくない」
「いいや、貴弥は四課だ。俺とのマッチングは最高だからな」
「……」
そこで久詞が口を出した。男は少しだけ久詞を見ていたようだったけれど、やはり舌打ちをして貴弥が持っていた計測器を奪い取り、フロアの奥へと行ってしまう。
「……なんだあれ?」
貴弥がそう言うと、場の空気が一気に冷たくなった気がした。近くを通りかかった女性に睨まれ、貴弥は肩を竦める。
「じゃあ次案内しよかー。ほな行くでー」
遊が貴弥の肩を持って回れ右をさせた。素直に振り返った貴弥は、促されるまま廊下に出る。
「なあ、なんか悪いこと言ったか? 俺」
「気にせんでええよ。四課の扱いなんてそんなもんやから」
確かに、二人からは貴弥も四課だと聞いていた。けれど、それで冷たく……しかも攻撃的な対応をされる意味がわからない。
「【ガイド】がいないと【センチネル】は仕事ができへんの。貴弥が有能やから一課とかに欲しかったんちゃうかなぁ?」
なんだそれ、と貴弥は立ち止まる。遊と久詞は貴弥より数歩前で止まり、振り返った。
「【センチネル】がいる特務機関は、一課から四課まである」
珍しく、久詞が会話に入ってくる。彼の言葉にそうや、と遊が頷いた。
「一つの課に大体四十人くらいやな、【センチネル】は」
「よんじゅ……」
それならば、四課も同じようにいるのでは、と貴弥は思う。けれど、昨日から今日まで四課を名乗る人は二人しかいないし、仕事部屋だって簡素で机も二つしかなかった。そしてタワービル内での二人への扱いも、この短い時間で見てしまっている。
「ようこそ閑職特務機関、第四課へ」
「別名給料泥棒課。歓迎するで~」
――まじか。
微笑んで背中に腕を回してくる二人に、貴弥は小さくそう呟いて、顔を引き攣らせるしかなかった。
次の日の朝、貴弥が目を覚ますと、両脇に久詞と遊が寝ていた。停止しかけた思考を動かし、昨晩のことを思い出す。
あれから、久詞の手料理で歓迎会が行われ、貴弥は彼の料理を絶賛した。さすが、久詞の味覚は発達しているだけあって、繊細な味付けのペペロンチーノと唐揚げ、サラダとスープは、あっという間に平らげるほど美味しかったのだ。
ところが、遊はそれが気に入らなかったらしい。彼は自宅でシャワーを浴びてまた戻ってきた。それから貴弥にマッサージをすると言い張り、これも歓迎会の一部だと強引に諭され実行されたのだ。
そのあとも、なんだかんだ久詞と遊は張り合い、なぜか一緒に寝ると言い出し、【センチネル】は【ガイド】に触れていると落ち着くのだと貴弥は丸め込まれてしまう。
都合のいいことにベッドはなぜかダブル。そこに大人三人で寝たらさすがに狭いだろうと貴弥は抵抗するも、お前は小さいから大丈夫、と意味不明な理由で諭された。……確かに身長は平均より少し低いけれど。納得いかない。
(ベッドがダブルなのは、【センチネル】と【ガイド】が二人で寝る場合もあるからだとか……ほんとかよ)
二人は貴弥に抱きついたまま、すぐに寝入ってしまった。どうやら落ち着くというのは本当らしい。しかも久詞は寝たまま微動だにせず、こうして見ていると美しい造形をしているな、と思う。
精悍な顔立ちは雄々しさを感じさせるものの、目を閉じているので鋭さは半減だ。肌は薄暗闇の中でも滑らかに見え、薄い唇は少しだけ開いている。
(遊はどちらかと言うと、柔らかい雰囲気だよな)
「……んー」
そんなことを考えていると、後ろから抱きつかれた。身を捩って見ると、遊がスリスリと貴弥のうなじに擦り寄っている。くすぐったくてさらに身体を捩り、彼の身体を押しやった。
すると、甲高い電子音が鳴る。それと同時に久詞がむくりと起き上がり、ヘッドレストに乗せてあった彼のスマホを取った。どうやらこの音は、彼のスマホから出ていたらしい。
「おはよう」
「……はよ」
貴弥の顔を見るなり目元を緩ませた久詞は、次に遊に視線を移す。遊が貴弥にしがみついているからか、と貴弥は慌てて起き上がると、遊も起きたようだ、彼の目が開いた。
「……なんや……もう朝か」
そう言いながらも動こうとしない遊。どうやら彼は朝が弱いらしい。
「先に行って朝食を作ってる。起きて来いよ」
「あ、俺もやる」
「いい。ゆっくり支度して来い」
昨日は手料理をご馳走になったので、久詞に何か返したいと思って貴弥は腰を浮かせたが、彼に頭を撫でられた。久詞が微笑を浮かべたのに気付き、貴弥は胸の中が温かくなる。
――こんなふうに、誰かに甘やかされるのは久しぶりだ。
「じゃあ貴弥、もうちょい一緒に寝よーや……」
「いや、俺は起きるから」
また抱きついてこようとした遊を躱し、貴弥はベッドから降りる。後ろで「いけずぅ……」という声が聞こえた気がしたけれど、無視して洗面所へ向かった。
顔を洗ってリビングダイニングに行くと、やっぱりいい匂いがする。貴弥は美味しい匂いを思い切り吸い込んだ。
「何作ってんだ?」
「作ってるというか……ベーコンエッグだ」
「美味そう」
貴弥は食器棚から皿を三枚出した。ベーコンの焼ける匂いが食欲をそそる。
「ありがとう」
アイランドキッチンの対面に来た貴弥に、久詞は目元を緩ませた。ううん、と軽く返事をするものの、貴弥の胸の中にほんの少し、温かいものが落ちる。
(……そっか。お礼なんて久しぶりに言われた)
お世辞にも良いとは言えない職場環境で、下手をしたら命に関わることもある介護業界。そのうえ利用者からは無茶なお願いや、嫌なこともされてきた。それが当たり前だと思い込もうとしたことに、今更ながら気付く。
(最初は強引に連れてこられて、コイツら何だ? って思ったけど)
元職場や、昨日ガサ入れが入ったキャバクラにいる人に比べたら、久詞や遊はまともだと思うのだ。どちらを信じるかと言われたら、当然久詞たちだろう。
「……パンと米、どっちがいい?」
「米かな。でもパンも好き」
「じゃあ、今日は米にしよう」
久詞はそう言うと、ベーコンの上に卵を割り入れた。ジューッと焼ける音が美味しそうで、貴弥は唾を飲み込む。
「何かやれることないか?」
「いい、座っていろ」
どうやら久詞は、貴弥に手伝わせるつもりはないようだ。けれどやることがないと落ち着かないので、対面から眺めていることにする。
「……落ち着かないか?」
貴弥の様子に気付いた久詞が尋ねてくる。貴弥は頷くと、彼はパントリーを指差した。
「じゃあ、そこにパックご飯がある。温めてくれると助かる」
「わかった」
言われた通りにパントリーの扉を開けると、棚にぎっしり食料品が入っていた。本当に至れり尽くせりだな、と苦笑しつつ、パックご飯を取り出す。
「全員米でいいのか?」
「ああ」
遊に聞かなくてもいいのかなと思いながら、貴弥はレンジに放り込んで温めた。それを茶碗に――なぜかこれも人数分あった――移すと、ベーコンエッグを皿に盛った久詞と目が合う。
「どうした?」
「あ、いや……食器が人数分あるし、食べ物もそこそこあって着るものもある。なんか怖いなって……」
「騙されてるんじゃないかと思ってるのか?」
「あ、えっと、そういうのじゃなくて……」
すると、久詞は手を止めてこちらに来た。長い腕で身体を囲われると、昨日と同じようにスッと落ち着く。
「一晩中ケアしてくれたおかげで、目覚めは良いし体調もすこぶる良い」
「え、俺寝てただけだけど……」
「それも仕事のうちだ。場合によっては二十四時間拘束することになるから、貴弥が最優先」
俺たちは、【ガイド】がいないと生きていけないからな、と久詞は言う。確かに、【センチネル】の不安定さをコントロールするのは【ガイド】だ。だったら、貴弥以外の【ガイド】でも良いはず。
「……俺じゃなくても良いんじゃないか?」
「わからないか? 力の相性があるんだ。貴弥のそれは、滅多にないほどの特徴がある」
特徴? と貴弥は顔を上げると、久詞に座って待っていろ、と背中を軽く押された。
「何それ」
貴弥の質問に、久詞は答えなかった。タワービル内では四課だと答えておけばいい、と謎の発言をしたが、それもなぜなのかは教えてくれない。
「さぁ、一緒に遊を起こしにいくぞ」
「え、俺が起こしてくるよ」
「いや、一緒にだ」
貴弥は久詞のその頑なな態度が不思議に思ったけれど、数分後、その理由を身をもって知ることになった。
◇ ◇ ◇
「んで、こっちがシステム課な~」
三人揃って出勤し、タワービル内をくまなく案内されていた貴弥は、笑顔が引き攣っていた。
遊は寝起きが悪いらしく、寝ぼけて人に抱きつこうとしたり、キスをしようしたりして起こすのが大変だったのだ。そんな彼は家を出てから今までずっと、貴弥の肩を抱いて離さない。
タワービルの中はショッピングモールもあり、そこで生活の全てが揃うほど、なんでもあった。もっとも、店舗部分は一般人にも解放されていて、階層が上がるにつれて、重要な部署が配置されているらしいけれど。
「ある程度までは普通に上れるってわかったけど、エレベーターの行き先の違いとか……覚えられなさそう……」
「その辺は慣れやな。まあ、俺らが必ずおるし、そう心配せぇへんでも大丈夫や」
んで、こっから【センチネル】たちがいる階な、と遊は笑う。
「ここの【センチネル】は主に、警視庁、警察庁、公安と連携して事件を捜査したり、要人の警護をしたりしとる」
貴弥は頷いた。確かに一般人から見ても、【センチネル】の職業は警察や消防、救急、自衛隊と、街や国の重要な役割を担っているイメージある。
「【センチネル】として働いてる人は、基本ここの管理下におるんや。ゾーンになると、【ガイド】以外に手がつけられへんからな」
なるほど、と貴弥は思う。確かに、そうしたほうが把握はしやすいだろう。貴弥は今まで【ガイド】なのを隠して生きてきたので、管理をする施設や仕組みはほとんど知らなかった。
「嫌味言われても無視やで貴弥。ほな、レッツゴー」
「え」
なんか不穏なことを言われたような、と貴弥は遊を見るけれど、彼は笑って貴弥の背中を押す。どういうこと? と貴弥は久詞を見るけれど、久詞も黙って付いてくるだけだ。
「こっから一応特務機関な。まずはここでマッチング率を測ってもらおか」
貴弥はそう言う遊に案内される。見たところ会社の事務所のようなフロアに、ざっと三十人はいるだろうか。貴弥はマッチング率? と思うものの聞ける雰囲気ではなく、遊が挨拶をすると、ニコリともしない男性がこちらにやってきた。
「新人の【ガイド】ですー、よろしゅう」
遊がそう言うと、男性はナチュラルに舌打ちをして去っていく。貴弥は驚きはしたものの、何かを持って戻ってきた彼を見て、無視をされたわけではないと悟った。
「これ握って」
「あ、はい」
男から黒い棒状のものを手渡され、それを握ると、少し離れたところにあったパソコンの画面が変化した。画面が全体的にピンクや濃いピンクに変わっていくので、もしかして壊してしまったのかとハラハラする。
「すげぇ……」
隣にいた遊が声を上げた。貴弥からは文字まで見えないけれど、彼は目の能力者だ、詳細まで見えているらしい。
「貴弥、俺とのマッチング率は八十パーセントやて。やっぱり相性かなりええで」
次々と変わる画面に遊の視線は釘付けだ。どうやらマッチング率とは力の相性を測るものらしい。しかし、楽しそうに画面を見ていた遊は次第に笑顔を消していく。どうしたんだろう、と思っていると、久詞まで声を上げた。
「ここまでとはな」
「ああ。……マッチング率八十パーセント未満の奴がおらへん。って、久詞とは百パーセントやて!?」
「うるさい」
計測器を持ってきた男が呟く。どうやら貴弥の能力を数値化して、それを元に相性を測っているようだ。けれど、貴弥は二人が言うほど自分がすごいとは思わなかった。なんせ今まで【ガイド】としてケアをしたことがなかったし、久詞と遊に対しても、特別に何かをしたわけではなかったからだ。
「貴方」
すると、男は貴弥を見て口を開いた。視線を合わせると、やはり彼は表情筋が死んでいるようにニコリともしない。
「異動希望を出したほうがよさそうです。四課には相応しくない」
「いいや、貴弥は四課だ。俺とのマッチングは最高だからな」
「……」
そこで久詞が口を出した。男は少しだけ久詞を見ていたようだったけれど、やはり舌打ちをして貴弥が持っていた計測器を奪い取り、フロアの奥へと行ってしまう。
「……なんだあれ?」
貴弥がそう言うと、場の空気が一気に冷たくなった気がした。近くを通りかかった女性に睨まれ、貴弥は肩を竦める。
「じゃあ次案内しよかー。ほな行くでー」
遊が貴弥の肩を持って回れ右をさせた。素直に振り返った貴弥は、促されるまま廊下に出る。
「なあ、なんか悪いこと言ったか? 俺」
「気にせんでええよ。四課の扱いなんてそんなもんやから」
確かに、二人からは貴弥も四課だと聞いていた。けれど、それで冷たく……しかも攻撃的な対応をされる意味がわからない。
「【ガイド】がいないと【センチネル】は仕事ができへんの。貴弥が有能やから一課とかに欲しかったんちゃうかなぁ?」
なんだそれ、と貴弥は立ち止まる。遊と久詞は貴弥より数歩前で止まり、振り返った。
「【センチネル】がいる特務機関は、一課から四課まである」
珍しく、久詞が会話に入ってくる。彼の言葉にそうや、と遊が頷いた。
「一つの課に大体四十人くらいやな、【センチネル】は」
「よんじゅ……」
それならば、四課も同じようにいるのでは、と貴弥は思う。けれど、昨日から今日まで四課を名乗る人は二人しかいないし、仕事部屋だって簡素で机も二つしかなかった。そしてタワービル内での二人への扱いも、この短い時間で見てしまっている。
「ようこそ閑職特務機関、第四課へ」
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