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第2章
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数十分後、貴弥たちはタワービルの外に出て、建物の隙間や側溝の中などをくまなく確認していた。
「……本当に、これが今日の任務なのか?」
「せや。困ってる人を助ける。立派なお仕事やで?」
街路樹の植え込みの中を覗いた遊は、顔を上げてニヤリと笑う。先程の思わせぶりな発言はわざとだったと知り、貴弥は口を尖らせた。
貴弥たちが探しているのはエマという白い猫だ。飼い主によると、二日前から行方不明で、事故に遭ってやしないかと、気が気でないらしい。
「飼い主にしてみれば家族同然だからな。早く見つけてやりたい」
久詞もそう言って、時折立ち止まっては耳をすましている素振りをする。貴弥ももちろん飼い主の心が晴れるなら、全面的に協力したい。
「だからって、こうも地道な捜索するとは思わなかった」
【センチネル】だというからには、その能力を活かした捜索をするものだと思っていたのだ。けれどこれでは、正直普通の人が探すのとなんら変わりはない。
「別に俺らは【センチネル】ではあるけど、鼻が犬並みに良うなったりってことはないんや。人よりかなり敏感ってだけ」
「……その道のスペシャリストには、俺らも敵わん。【ガイド】に能力をブーストしてもらっても、限界はある」
そういうものなのか、と貴弥は納得する。所詮、人間は人間の能力を超えることはできないということらしい。
それと同時に、この第四課が閑職と呼ばれている理由もわかった。神津がいる一課などは、重犯罪の捜査に協力しているようで、確かに国の重要な機関であると言えよう。けれどこの四課の仕事は……平和そのものだ。
「……こっちで鳴き声が聞こえる。行ってみるぞ」
久詞がそう言って歩き出す。鳴き声と言っても、探している猫のものとは限らない。とりあえず、行ってみないことには始まらないので、貴弥も遊と久詞について行った。
「なぁ、そういえばほかの課の【ガイド】って、俺見てないんだけど……」
足を進めながら、建物の隙間を覗く貴弥。久詞たちは神津のことを【ガイド】を駒のように扱うと言っていたし、ほかの【センチネル】や【ガイド】が、どのような仕事ぶりなのか少し気になった。
すると、小さくああ、と呟いて、苦々しい顔をしたのは遊だ。
「特に一課は……旧態依然とした組織でなぁ。【センチネル】の言うことは絶対なんや」
「えっ?」
それはまた、閉鎖的で息苦しそうだ、と貴弥は眉を寄せる。すると久詞がそばに来て、貴弥の頭を撫でていった。見上げると、貴弥が気にすることじゃない、と呟いて、小さな公園へと入っていく。
しかし、これまでの久詞たちの発言や態度で、ほかの課では、どうやら【ガイド】が駒のように扱われているというのは本当らしい、と気付いてしまった。そして久詞たちも、そんな体制を良く思っていないことも。
(だから仲が悪いのかな……)
そんなことを思っていると、遊が急に走り出した。遊具の影にそっと手を突っ込み、おやつやで~と声をかけている。
すると、反対側から何かが飛び出してきた。しなやかに肢体をしならせ、猛スピードで九十度に転回し、一目散に貴弥に向かって走ってくる。白い身体に青色の首輪……探していたエマだ。
「貴弥!」
「ぅわあ! はいっ!」
貴弥は慌ててしゃがんで両手を広げる。その瞬間、エマの目が光った気がして怯んだら、あっという間に天地がひっくり返っていた。
「……」
何が起きた、と貴弥は地面に倒れたまま空を見上げる。その視界に白猫の顔が入ってきて、ザリザリと顔を舐められた。思わず貴弥はエマを抱きしめる。どうやらエマのほうから貴弥に飛びついてきたらしい。
「よーやった貴弥。人に懐かんっていうてたのにすごいな」
「いや、あはは……」
貴弥はエマを抱きしめながら起き上がると、その子は腕の中で大人しく丸まろうとしている。ゴロゴロと喉を鳴らし、貴弥の腕にスリスリと顔を擦り付けた。
「貴弥が癒し要員だって知ってるようだな」
久詞がエマを撫でようと手を出すと、途端に目付きを変えて彼を威嚇する。貴弥が顎を撫でてやると、正直なエマは気持ちよさそうに目を細めた。
「ひとまず見つかってよかった。飼い主に連絡しよう」
久詞はスマホを取り出すと、画面をタップし始める。それにしても、久詞や遊からは思い切り逃げたり威嚇したりしていたのに、貴弥にだけはゴロゴロと甘えている。何がそんなに違うのかわからないけれど、自分より小さくて温かい生き物が腕の中にいるというのは、こちらの胸まで温かくなって優しい気持ちになった。悪くない。
「エマ、飼い主さんのところに戻ろうな?」
貴弥はそう言うと、エマは返事でもするように「なーん」と鳴いた。
その後、エマを飼い主の元へ連れていくと、エマの貴弥への懐き具合に飼い主も驚いていた。エマは飼い主に対しても気難しい態度らしく、大人しく抱っこされてるなんて! と飼い主は複雑な表情をして、貴弥を苦笑させる。けれど、飼い主の感謝の言葉と笑顔に、自分も人の役に立てたと実感して嬉しくなった。久しく感じることがなかった感情を、思い出させてくれたエマと飼い主に貴弥は感謝した。
「お手柄だったな」
飼い主の家からタワービルに戻る途中、久詞が貴弥の頭を撫でてくる。出会って二日目なのに、久詞は頭を撫でる頻度が高いよな、と思って貴弥は彼を見上げた。
「どうした?」
「どうした? じゃない。子供扱いやめろよ」
「……子供扱いじゃなければいいのか?」
そう言って、久詞は顔を近付けてくる。唇が触れそうなほどの距離だけれど、貴弥は微動だにせず久詞を見つめた。
出会った当初から、久詞と遊の距離感はおかしい。それがなぜなのか、貴弥は探ろうとしたのだ。
「……どうして俺を助けたんだ?」
普通ではありえない手口で、自分は助けられたことは自覚している。それなら、久詞たちにもそれ相応のメリットがないと動かないと思ったのだ。それがなんなのか、貴弥は知りたいと思った。
すると久詞はふい、と顔を離し、遊と視線を合わせる。遊は小さく首を振り、それに対して久詞は頷いた。
「俺は貴弥が、【ガイド】であることを隠して生きていくことを望んでいた」
どうかこのまま四課にいてくれ、と言われ、貴弥は思わず口にする。
「なぁそれって、俺のことずっと前から知ってたような口ぶり……」
「そりゃあ、【センチネル】のゾーンを抑えられる人材が、どこにいるかは把握するやろ」
国の特務機関やで? と言う遊は大袈裟に手を振った。確かにその通りで、貴弥が警察に捕まる前に逃げることができたのもそのおかげだろう。けれど、重要な何かを隠されているような気がして、さらに聞こうと貴弥は口を開きかける。
「じゃあ、なんで今なんだよ……?」
「言っただろう、貴弥が一般人として生きるなら、そのほうが良かったんだ」
「……」
貴弥は言葉が出なかった。久詞がそう言うということは、そうできない理由ができたからだと察する。
「……それなら、四課で面倒見たほうが良いって? 俺にはなんの説明もなく? 給料泥棒って言われながら?」
「……説明はいずれする。けど、今じゃない」
久詞の言葉にああそうかよ、と貴弥はため息をついた。結局、肝心なところはわからないまま、ここにいるしかなさそうだ。
(行くあてもないしな……)
何度も思うがだったらやはり、ここで真面目に働くしかないだろう。今の話を聞いて、借金を返しても解放してくれるのかは怪しいところだが、昨日今日の待遇をみる限り、悪いようにはされないと思う。
すると、また頭に久詞の手が乗った。また子供扱いかよ、とその手を払おうとしたけれど、その前に彼の手は離れる。
「……嫌ならやめる」
「わかってるならやめろよ」
貴弥は口を尖らせると、久詞は軽く笑った。まるで、貴弥が本気で嫌がっていないことを知っているかのようだ。
そう、貴弥は本気で嫌がってはいなかった。それどころか、久詞に頭を撫でられると、どこか懐かしいとさえ思うのだ。もし父親がまともな人で、まともな人生を歩んでいたなら、こういう愛情表現を受けたのだろうか、と。
しかし、ないものねだりをしても仕方がないし、自分はもう成人した男だ。一般的に頭を撫でる仕草がどういう意味を持つのかも知っているし、やはり子供扱いされるのは癪に障る。
「ほな、一件終わったなら次いこか~」
遊が見えてきたタワービルを指す。一応、上に報告してから次の案件に取り掛かるらしい。
「上って……神津さん?」
「実質そうやけど、あの人も忙しいからなぁ。書面で、パパッと報告しとけばええ」
遊いわく、その報告書も見ているかどうかも怪しいらしいけれど、一応、能力を使ったことは報告しなければならないらしい。猫の声を聞いていただけなのにな、と思うけれど、暴走――ゾーンを起こした【センチネル】は他人に危害を加える可能性が高いので、機関としても把握しておきたいのだろう。
貴弥たちは四課の簡素な部屋に戻り、簡単に報告書を作る。それを提出したら、次の仕事だ。
再び外へ出た貴弥たちは、困っている人がいないか気を配りながら、時には声をかけながら街を歩いていく。
「……なんか、お巡りさんみたいだな」
やっていることは見回りそのものだ。貴弥は思わずそう言うと、遊は笑った。
「せやな。けど、俺らは一般人より気付きやすい特性があるから、ええこともあるで?」
それもそうか、と貴弥は思う。ふと、いいこととは何があるのか気になったので、そのまま聞いてみた。
「俺は美味しい店の看板を見つけるの、得意やで? あと、コイントスは負けたことない」
「なるほど」
貴弥は笑う。結局、何を良いこととして捉えるかは、本人次第のようだ。
「こういう仕事してるとな、違和感っちゅうか、何かありそうって人を嗅ぎ分ける力も身につくしなぁ」
「犯罪を、未然に防ぐのも大事だってことだね」
貴弥がそう言うと、遊は笑った。それが今までの笑顔と違ったことに気付くと、彼も察したのだろう、気まずそうに視線を逸らす。ぼそりと「今のなし」と呟くので、なんでだよ、と貴弥は笑う。
「なんか熱血! みたいで恥ずかしいやん? そういうのは性に合わへん」
止めや止め、と大袈裟に手を振る遊に、貴弥はなんとなく、彼の手を握りたくなった。理由を聞かれても明確に答えられないけれど、今はそうしたほうがいい、と勘が訴えていたのだ。
「遊、ちょっと」
「えーなんやなんや? 今はケアする場面やないやろ?」
茶化して手を握られることを拒否する遊に、貴弥はそれでも強引に彼の手を掴んだ。その瞬間、脳裏に泣き叫ぶ遊の姿が浮かんだのだ。貴弥は思わず彼を見る。気まずそうに視線を逸らす遊に、貴弥はこれが彼の過去なのだと悟る。熱血みたいで性に合わないと言った彼の本性は、熱い男なのだろう。――どうして茶化しているのか、聞くつもりはないけれど。
「あんたのせいじゃない」
口から出た言葉は自分でも意識していないものだった。ただ、今までの遊の態度からは想像できないほどの悲痛な光景に、そんな言葉をかけてあげたくなったのだ。
「……」
すると、すうっと遊の精神が落ち着いていくのを感じる。驚いたような顔をして貴弥を見る遊に微笑みかけると、彼はほんの僅かに目を細めた。
「熱血で、いいと思う。一生懸命なのは、咎められることじゃない」
「……だから性に合わんて……」
照れたのかボソボソと言いながら、遊は手を離した。貴弥もそれ以上深追いはせず、黙って微笑むだけにする。
「貴弥」
横から久詞に呼ばれて見ると、彼は両手を広げていた。またこのパターンかよと貴弥は口をへの字に曲げる。
「なんだよしないぞ?」
「それは不公平だ」
何それ、と貴弥は無視して歩き出した。その頭を、遊がぽん、と撫でて通り過ぎていく。久詞だけでなく遊までも、と目尻を釣り上げたところで、久詞にも頭を撫でられた。
「だからっ、頭を撫でるなっ!」
貴弥は撫でられて乱れた髪を押さえながら叫ぶ。
その声は、ビル風が吹く空間に高く響いた。
「……本当に、これが今日の任務なのか?」
「せや。困ってる人を助ける。立派なお仕事やで?」
街路樹の植え込みの中を覗いた遊は、顔を上げてニヤリと笑う。先程の思わせぶりな発言はわざとだったと知り、貴弥は口を尖らせた。
貴弥たちが探しているのはエマという白い猫だ。飼い主によると、二日前から行方不明で、事故に遭ってやしないかと、気が気でないらしい。
「飼い主にしてみれば家族同然だからな。早く見つけてやりたい」
久詞もそう言って、時折立ち止まっては耳をすましている素振りをする。貴弥ももちろん飼い主の心が晴れるなら、全面的に協力したい。
「だからって、こうも地道な捜索するとは思わなかった」
【センチネル】だというからには、その能力を活かした捜索をするものだと思っていたのだ。けれどこれでは、正直普通の人が探すのとなんら変わりはない。
「別に俺らは【センチネル】ではあるけど、鼻が犬並みに良うなったりってことはないんや。人よりかなり敏感ってだけ」
「……その道のスペシャリストには、俺らも敵わん。【ガイド】に能力をブーストしてもらっても、限界はある」
そういうものなのか、と貴弥は納得する。所詮、人間は人間の能力を超えることはできないということらしい。
それと同時に、この第四課が閑職と呼ばれている理由もわかった。神津がいる一課などは、重犯罪の捜査に協力しているようで、確かに国の重要な機関であると言えよう。けれどこの四課の仕事は……平和そのものだ。
「……こっちで鳴き声が聞こえる。行ってみるぞ」
久詞がそう言って歩き出す。鳴き声と言っても、探している猫のものとは限らない。とりあえず、行ってみないことには始まらないので、貴弥も遊と久詞について行った。
「なぁ、そういえばほかの課の【ガイド】って、俺見てないんだけど……」
足を進めながら、建物の隙間を覗く貴弥。久詞たちは神津のことを【ガイド】を駒のように扱うと言っていたし、ほかの【センチネル】や【ガイド】が、どのような仕事ぶりなのか少し気になった。
すると、小さくああ、と呟いて、苦々しい顔をしたのは遊だ。
「特に一課は……旧態依然とした組織でなぁ。【センチネル】の言うことは絶対なんや」
「えっ?」
それはまた、閉鎖的で息苦しそうだ、と貴弥は眉を寄せる。すると久詞がそばに来て、貴弥の頭を撫でていった。見上げると、貴弥が気にすることじゃない、と呟いて、小さな公園へと入っていく。
しかし、これまでの久詞たちの発言や態度で、ほかの課では、どうやら【ガイド】が駒のように扱われているというのは本当らしい、と気付いてしまった。そして久詞たちも、そんな体制を良く思っていないことも。
(だから仲が悪いのかな……)
そんなことを思っていると、遊が急に走り出した。遊具の影にそっと手を突っ込み、おやつやで~と声をかけている。
すると、反対側から何かが飛び出してきた。しなやかに肢体をしならせ、猛スピードで九十度に転回し、一目散に貴弥に向かって走ってくる。白い身体に青色の首輪……探していたエマだ。
「貴弥!」
「ぅわあ! はいっ!」
貴弥は慌ててしゃがんで両手を広げる。その瞬間、エマの目が光った気がして怯んだら、あっという間に天地がひっくり返っていた。
「……」
何が起きた、と貴弥は地面に倒れたまま空を見上げる。その視界に白猫の顔が入ってきて、ザリザリと顔を舐められた。思わず貴弥はエマを抱きしめる。どうやらエマのほうから貴弥に飛びついてきたらしい。
「よーやった貴弥。人に懐かんっていうてたのにすごいな」
「いや、あはは……」
貴弥はエマを抱きしめながら起き上がると、その子は腕の中で大人しく丸まろうとしている。ゴロゴロと喉を鳴らし、貴弥の腕にスリスリと顔を擦り付けた。
「貴弥が癒し要員だって知ってるようだな」
久詞がエマを撫でようと手を出すと、途端に目付きを変えて彼を威嚇する。貴弥が顎を撫でてやると、正直なエマは気持ちよさそうに目を細めた。
「ひとまず見つかってよかった。飼い主に連絡しよう」
久詞はスマホを取り出すと、画面をタップし始める。それにしても、久詞や遊からは思い切り逃げたり威嚇したりしていたのに、貴弥にだけはゴロゴロと甘えている。何がそんなに違うのかわからないけれど、自分より小さくて温かい生き物が腕の中にいるというのは、こちらの胸まで温かくなって優しい気持ちになった。悪くない。
「エマ、飼い主さんのところに戻ろうな?」
貴弥はそう言うと、エマは返事でもするように「なーん」と鳴いた。
その後、エマを飼い主の元へ連れていくと、エマの貴弥への懐き具合に飼い主も驚いていた。エマは飼い主に対しても気難しい態度らしく、大人しく抱っこされてるなんて! と飼い主は複雑な表情をして、貴弥を苦笑させる。けれど、飼い主の感謝の言葉と笑顔に、自分も人の役に立てたと実感して嬉しくなった。久しく感じることがなかった感情を、思い出させてくれたエマと飼い主に貴弥は感謝した。
「お手柄だったな」
飼い主の家からタワービルに戻る途中、久詞が貴弥の頭を撫でてくる。出会って二日目なのに、久詞は頭を撫でる頻度が高いよな、と思って貴弥は彼を見上げた。
「どうした?」
「どうした? じゃない。子供扱いやめろよ」
「……子供扱いじゃなければいいのか?」
そう言って、久詞は顔を近付けてくる。唇が触れそうなほどの距離だけれど、貴弥は微動だにせず久詞を見つめた。
出会った当初から、久詞と遊の距離感はおかしい。それがなぜなのか、貴弥は探ろうとしたのだ。
「……どうして俺を助けたんだ?」
普通ではありえない手口で、自分は助けられたことは自覚している。それなら、久詞たちにもそれ相応のメリットがないと動かないと思ったのだ。それがなんなのか、貴弥は知りたいと思った。
すると久詞はふい、と顔を離し、遊と視線を合わせる。遊は小さく首を振り、それに対して久詞は頷いた。
「俺は貴弥が、【ガイド】であることを隠して生きていくことを望んでいた」
どうかこのまま四課にいてくれ、と言われ、貴弥は思わず口にする。
「なぁそれって、俺のことずっと前から知ってたような口ぶり……」
「そりゃあ、【センチネル】のゾーンを抑えられる人材が、どこにいるかは把握するやろ」
国の特務機関やで? と言う遊は大袈裟に手を振った。確かにその通りで、貴弥が警察に捕まる前に逃げることができたのもそのおかげだろう。けれど、重要な何かを隠されているような気がして、さらに聞こうと貴弥は口を開きかける。
「じゃあ、なんで今なんだよ……?」
「言っただろう、貴弥が一般人として生きるなら、そのほうが良かったんだ」
「……」
貴弥は言葉が出なかった。久詞がそう言うということは、そうできない理由ができたからだと察する。
「……それなら、四課で面倒見たほうが良いって? 俺にはなんの説明もなく? 給料泥棒って言われながら?」
「……説明はいずれする。けど、今じゃない」
久詞の言葉にああそうかよ、と貴弥はため息をついた。結局、肝心なところはわからないまま、ここにいるしかなさそうだ。
(行くあてもないしな……)
何度も思うがだったらやはり、ここで真面目に働くしかないだろう。今の話を聞いて、借金を返しても解放してくれるのかは怪しいところだが、昨日今日の待遇をみる限り、悪いようにはされないと思う。
すると、また頭に久詞の手が乗った。また子供扱いかよ、とその手を払おうとしたけれど、その前に彼の手は離れる。
「……嫌ならやめる」
「わかってるならやめろよ」
貴弥は口を尖らせると、久詞は軽く笑った。まるで、貴弥が本気で嫌がっていないことを知っているかのようだ。
そう、貴弥は本気で嫌がってはいなかった。それどころか、久詞に頭を撫でられると、どこか懐かしいとさえ思うのだ。もし父親がまともな人で、まともな人生を歩んでいたなら、こういう愛情表現を受けたのだろうか、と。
しかし、ないものねだりをしても仕方がないし、自分はもう成人した男だ。一般的に頭を撫でる仕草がどういう意味を持つのかも知っているし、やはり子供扱いされるのは癪に障る。
「ほな、一件終わったなら次いこか~」
遊が見えてきたタワービルを指す。一応、上に報告してから次の案件に取り掛かるらしい。
「上って……神津さん?」
「実質そうやけど、あの人も忙しいからなぁ。書面で、パパッと報告しとけばええ」
遊いわく、その報告書も見ているかどうかも怪しいらしいけれど、一応、能力を使ったことは報告しなければならないらしい。猫の声を聞いていただけなのにな、と思うけれど、暴走――ゾーンを起こした【センチネル】は他人に危害を加える可能性が高いので、機関としても把握しておきたいのだろう。
貴弥たちは四課の簡素な部屋に戻り、簡単に報告書を作る。それを提出したら、次の仕事だ。
再び外へ出た貴弥たちは、困っている人がいないか気を配りながら、時には声をかけながら街を歩いていく。
「……なんか、お巡りさんみたいだな」
やっていることは見回りそのものだ。貴弥は思わずそう言うと、遊は笑った。
「せやな。けど、俺らは一般人より気付きやすい特性があるから、ええこともあるで?」
それもそうか、と貴弥は思う。ふと、いいこととは何があるのか気になったので、そのまま聞いてみた。
「俺は美味しい店の看板を見つけるの、得意やで? あと、コイントスは負けたことない」
「なるほど」
貴弥は笑う。結局、何を良いこととして捉えるかは、本人次第のようだ。
「こういう仕事してるとな、違和感っちゅうか、何かありそうって人を嗅ぎ分ける力も身につくしなぁ」
「犯罪を、未然に防ぐのも大事だってことだね」
貴弥がそう言うと、遊は笑った。それが今までの笑顔と違ったことに気付くと、彼も察したのだろう、気まずそうに視線を逸らす。ぼそりと「今のなし」と呟くので、なんでだよ、と貴弥は笑う。
「なんか熱血! みたいで恥ずかしいやん? そういうのは性に合わへん」
止めや止め、と大袈裟に手を振る遊に、貴弥はなんとなく、彼の手を握りたくなった。理由を聞かれても明確に答えられないけれど、今はそうしたほうがいい、と勘が訴えていたのだ。
「遊、ちょっと」
「えーなんやなんや? 今はケアする場面やないやろ?」
茶化して手を握られることを拒否する遊に、貴弥はそれでも強引に彼の手を掴んだ。その瞬間、脳裏に泣き叫ぶ遊の姿が浮かんだのだ。貴弥は思わず彼を見る。気まずそうに視線を逸らす遊に、貴弥はこれが彼の過去なのだと悟る。熱血みたいで性に合わないと言った彼の本性は、熱い男なのだろう。――どうして茶化しているのか、聞くつもりはないけれど。
「あんたのせいじゃない」
口から出た言葉は自分でも意識していないものだった。ただ、今までの遊の態度からは想像できないほどの悲痛な光景に、そんな言葉をかけてあげたくなったのだ。
「……」
すると、すうっと遊の精神が落ち着いていくのを感じる。驚いたような顔をして貴弥を見る遊に微笑みかけると、彼はほんの僅かに目を細めた。
「熱血で、いいと思う。一生懸命なのは、咎められることじゃない」
「……だから性に合わんて……」
照れたのかボソボソと言いながら、遊は手を離した。貴弥もそれ以上深追いはせず、黙って微笑むだけにする。
「貴弥」
横から久詞に呼ばれて見ると、彼は両手を広げていた。またこのパターンかよと貴弥は口をへの字に曲げる。
「なんだよしないぞ?」
「それは不公平だ」
何それ、と貴弥は無視して歩き出した。その頭を、遊がぽん、と撫でて通り過ぎていく。久詞だけでなく遊までも、と目尻を釣り上げたところで、久詞にも頭を撫でられた。
「だからっ、頭を撫でるなっ!」
貴弥は撫でられて乱れた髪を押さえながら叫ぶ。
その声は、ビル風が吹く空間に高く響いた。
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