閑職特務機関の華・センチネルバース

大竹あやめ

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第3章

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 目を覚ました貴弥がまず思ったのは、デジャブかな、だった。
 一人暮らしには不釣合いなほど大きなベッド。本来は一人で大の字になって寝られるはずなのに、両脇にはスヤスヤと眠る男がいる。
 言わずもがな、久詞と遊だ。
 どうしてこうなった、と思い返すのも既視感がある。昨日は一日――貴弥にとっては初の――仕事で、疲れただろうからと久詞が気を利かせてくれ、定時で切り上げて帰ってきたはずだった。
 自宅に一度戻って着替え、夕飯の買い物をしようとタワービルを下りると、スーパーで久詞に出くわす。どうせだから一緒に食べようと誘われ、食材くらいは買うよと申し出たものの、貴弥が見たことのない値段のもやしや納豆を見てしまい、久詞に甘えることにした。もちろん、折半分は借金にしてくれと頼んで。
 そして自宅に戻ったら、今度は遊がゲーム機を持って遊びに来たのだ。久詞がいることを知ると、もっと早く来れば良かった、となぜか火花を飛ばしていたけれど。
 貴弥はため息をつく。ひょっとして、これから毎日こんな日々なのだろうか、と。

「おはよう」

 そんなことを考えていると、やっぱり久詞に声をかけられた。貴弥は苦笑すると、彼は腕を動かして頭を撫でてくる。

「やめろ」

 貴弥はその手を払うと起き上がった。くすりと笑う声がしたので、貴弥の制止は聞いていないようだ。

「よく眠れたか?」
「それ聞く? 無理やりベッドに入ってきたくせに」

 ベッドから降りると、久詞も付いてくる。どうやら彼も起きるようだ。久詞は笑う。

「抵抗する貴弥がかわいくてな、つい」

 貴弥は眉間に皺を寄せた。こちらが嫌がっても、どうしてか久詞も遊も、かわいいと言ってさらに近付いてくる。もちろん、成人した男性に言う形容詞じゃない、と貴弥は怒るものの、二人は意に介した様子はなく、笑っているだけだ。

「仕事だと思えばいい」
「添い寝が? 俺の安眠は無視かよ?」

 いくら貴弥の仕事が【センチネル】のケアとサポートとはいえ、プライベートな時間がまったくないのはどうなのだろう? それとも、国の安全を守る重要な機関だから、そのくらいは犠牲にしなければならないのだろうか。

(いやでも、……給料泥棒課だし)

 昨日一日仕事をしてわかったことだが、何も起こらなければ、久詞たちの仕事は閑職そのものだ。能力者ではない警察官のほうが、まだ仕事をしている気がする。そして、【ガイド】を使い潰すという表現が、ここに来て早くも思い浮かんでしまった。これでは二十四時間仕事をしているようなものだ。ずっと能力を使っているのは貴弥だけなのだから。

「よくクビにならないよな……」
「……そうだな」

 久詞は笑う。笑いごとじゃない、と貴弥は彼を見上げると、穏やかな顔をしたまま、久詞は言った。

「俺たちみたいな【センチネル】は、野放しにすると危険だと判断されてるんだ。実際【ガイド】がいないと、いずれゾーンに陥ってしまうからな」

 でも昔から、ここの【センチネル】と【ガイド】の扱いには疑問を持っててな、と彼は苦笑する。
 ――あの子は母親がいないから。
 ――あいつは父親がアレだから。
 不意に、過去に言われた言葉が貴弥の脳裏に蘇った。言われのないレッテルを貼られることの悔しさ、虚しさを、久詞も知っている……そう感じたら胸が苦しくなった。
 ――お前は、生きてて良いんだ。
 締めつけられる胸を押さえたら、そんな言葉も蘇った。しかもその声は、今目の前にいる久詞の声じゃないだろうか、と再び彼を見上げた。

「あれ? やっぱり俺、久詞と会ったことある?」

 今まで久詞に既視感を覚えたことが何度かあった。懐かしくて、心が凪ぐその感覚は、やはり久詞とのケアで感じたものだと思う。
 すると久詞は目を細めて頭を撫でてくる。いつもならすぐに払うのに、この時はなぜかそれができなかった。

「……俺は貴弥の味方だ。ずっとお前だけを見ている。それだけは変わらない」

 真っ直ぐ見下ろしてくる視線は柔らかい。そして、貴弥は思うのだ。父親ってこんな感じなのだろうか、と。
 自分を見ていてくれるという絶対的な安心感。何があっても守ってくれそうな、そんな気さえする。
 そして貴弥は、絶対に味方だと言ってくれる存在に飢えていたのだと、唐突に自覚したのだ。

「だ、から……そういう発言ヤバいからやめろよ……」
「俺はいつだって本気だ」
「余計ヤバいから」

 ふっ、と久詞は笑う。貴弥は自分のつっこみが効いていないことにため息をつくと、キッチンに向かった。結局、以前に会ったことがあるのかという質問ははぐらかされたことに気付き、諦めて三人分の朝食の準備を始める。

「作ってくれるのか?」
「言っとくけど、久詞ほど上手くないからな」

 繊細な味覚の久詞の口に合うかな、と材料を出していくと、貴弥が作るものならなんでも美味い、と大真面目な顔で言われた。

「食べてもいないのに、そういうことは言わないほうがいいんじゃねぇの?」

 胡散臭いと思いつつ、悪い気はしなかった貴弥は照れ隠しにそう言う。高級もやしを半分、耐熱容器に取り出し、ラップをかけて電子レンジに放り込んだ。

「……わかる。貴弥はずっと、自分で作ってきただろう?」
「……」

 貴弥は思わず久詞を見る。
 今までも、自分の存在が知られていた節はあった。しかし今の久詞の発言で、やはりずっと見られていたことを知り、なんとも言い難い気持ちになる。

「……ストーカーかよ」
「……そうかもな」

 悪びれもせずそう言う久詞に、貴弥は無視して調理の続きをした。
 どうして、とか、なぜいまさら、とか、聞けば良かったのだと思う。けれど、貴弥の心は固まったように動かなくなり、関心がないかのように振舞ってしまうのだ。
 それがなぜなのか、貴弥は考えたくなかった。

「もやしはよく食べるのか?」
「うん、安いから。って言っても、下のスーパーは高かったけど」

 もっと安い店はないのか、と問うと、今日探してみよう、と久詞は言う。仕事中に探すのかよ、とつっこむと、見回りのついでだ、と久詞はニヤリと笑った。
 その後、もやしのナムルに焼鮭、味噌汁を作った貴弥は、納豆を冷蔵庫から出したところで起きてきた遊と出くわす。

「おはようさん。なんやー、貴弥がメシ作ったんか」

 まだ眠いのか半目のままリビングダイニングに入ってきた彼は、ごく自然に貴弥に抱きついてきて、頬にキスをしてきた。

「うわああああっ!? 何するんだ!」

 完全に油断していた貴弥は遊を勢いよく剥がす。彼は目を擦りながら、力の抜けた笑みを浮かべた。どうやらまだ寝ぼけているらしい。

「何って挨拶やないの。そんな初心な反応するってことは、初めてか?」
「普通はキスなんてしないだろ!」

 まだへにゃりと笑う遊は、美味そうやな、とダイニングテーブルに向かう。貴弥は未経験を揶揄されたことに腹を立てたが、ここで噛み付けば経験がないことがさらに露呈してしまう、と黙った。

「っていうか、やっぱ貴弥と寝ると違うな。俺ここに住んでもええ?」
「よくないし俺の安眠はどうなるんだよ?」
「それなら、俺もここで寝よう」
「おい人の話聞け」

 ちゃっかり話に乗る久詞に、貴弥はつっこむ。ご飯を盛り付けた茶碗をそれぞれの席に置くと、遊は早速手を合わせて食べ始めた。

「交換条件や貴弥。家事は俺らがやる。だから添い寝だけしてくれへんか?」
「……」

 貴弥は黙る。「もやし美味いな」ともりもり食べる遊に、久詞は何も言わない。これは多分、久詞も同意見ということだろう。

「……それが仕事だって言うんだろ……?」

 それなら、貴弥に拒否権はないはずだ。【ガイド】は【センチネル】のケアのためにいる。やるしかないじゃないか、とため息をついた。

「さすがに毎日は負担があるだろう。けど、こう考えるのはどうだ?」

 久詞は綺麗な所作で、鮭に箸を入れる。貴弥は彼を見ると、深い色の瞳が真っ直ぐ貴弥を捉えた。

「俺たちは家族だ。仕事の相棒でもあるけれど、そもそも信頼関係がなければケアはできないからな」

 久詞の言葉に、遊も同意する。

「せや。仲良うなったらケアの効率も上がるしな」
「……」

 貴弥は茶碗と箸を持ったまま、固まった。自分自身、まともな家庭で育ったとは思っていないし、いまさら家族というものは望めないものだと思っていた。それにケアに関しても、今のところ問題はない。ここで【ガイド】としてやると決めてはいたものの、やはりどこかに不安があるのは、ケアに大失敗した過去のできごとがあるからだろう。

「……俺、あんまり記憶がないんだけど、【ガイド】の能力が発現した時昏睡状態になってさ」

 三年前、中学三年生の時。貴弥が下校している時間だった。突然男性の声――今思えば【ガイド】の能力の一つ、共感能力だったのだと思う――が聞こえたのだ。
 男性はずっと不快だと訴えていて、それが解消されない不満と不安がどんどん大きくなっていくのを感じた。
 貴弥はその男性を探し見つける。男性はその場でうずくまり、激しく嘔吐いていて、すぐに助けなきゃと駆け寄った。
 やはり彼は五感能力者、【センチネル】だったらしい。貴弥は触れることでケアができると知っていたので、彼の腕を掴んだ。その途端、全身に電流が走ったかのような衝撃が走ったのだ。
 ――寄るな! お前も臭いんだよ!
 男性はそう意識で訴えてきて、貴弥は狼狽える。けれど彼はもうゾーンになりかけているし、何も処置をしないと待っているのは発狂したのちの、植物状態か死だ。

「落ち着いてって訴えても拒否されて……そのあとの記憶はなくて気が付いたら病院だった」

 いくら自分が【ガイド】としての能力が高くても、【センチネル】に拒否されたら意味がない。貴弥は拒否されたことと、昏睡状態の経験から、意識的に能力を使うことを避けてきたのだ。

「正直、このまま【ガイド】じゃない生き方もできるのかなって思ってたけど。久詞と遊の役に立てるならそれもいいかなって……」

 貴弥は苦笑してそう言うと、久詞も遊も真顔で箸を止めていることに気が付く。慌てて笑って謝った。

「ごめん、朝から。なんとなく、話したくなっただけ」
「……ええよ」

 気まずい雰囲気にさせたよな、と思って言ったものの、遊は微笑んでそう言ってくれる。久詞も頷いた。

「家族だからな。話したいと思えば話せばいい」
「……」

 また、貴弥は固まってしまう。記憶をなくすほどのことを経験し、ケアが怖いと思っていたことを受け入れられたと感じたのだ。ほんの少し、胸の中が温かくなったけれど、それがなぜなのかわからず戸惑ってしまう。

「あり、がと……」

 とりあえず礼は言うべきだろう、と貴弥は小さく呟いた。しかし久詞も遊も気にしていないようで、頷いて再び箸を動かす。
 貴弥もようやく食事に手をつけながら、内心はまだ困惑していた。
 心臓が少しだけ早く脈打っている。この反応はなんなのだろう、と。
 思えば、この話は父親にしたことがなかったのだ。【センチネル】と【ガイド】の間に起きたできごとなので、諸々の手続きは国がやってくれた、と看護師から聞かされたし、家に帰った時には父親はいなかったから。
 自分の保身ばかりの父親には期待していなかった。だから次の日からも普通に学校に行った。それが貴弥の普通だった。
 ――本当は、普通の家族ってこういうふうなのかな、と思ったのだ。

「美味いな」

 おかずを咀嚼した久詞が呟く。貴弥は自分が作ったご飯の感想など、聞いたことがなかったのでまた戸惑う。

「あの、お世辞ならいいよ? 久詞は舌も鼻も敏感なんだろ?」

 これも家族なら言うのだろうか、と発言してから気がついた。重たい空気になったから、久詞は場を和ませるために貴弥に気を遣った、と思ったのだ。

「いや、俺も美味いと思うで? 今後は俺らが作るけど、たまには作ってくれへんか?」
「じゃあいっそローテーションにしようよ」

 家事を任せて、自分だけのんびりしているのは性に合わない。家族ならそうするだろ、と言うと、彼らは嬉しそうに笑った。これが噂の家族団欒か、と思って貴弥も笑う。

「さしずめ久詞は父さんで、遊が兄さんかな」

 父親と言うほど久詞は歳上ではないけれど、彼は貴弥の思う、普通の父親像に近かった。すると二人とも石のように固まる。
 硬直を解いた遊が、「久詞が父親て……!」と腹を抱えて笑ったのは言うまでもない。
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