閑職特務機関の華・センチネルバース

大竹あやめ

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第3章

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 その日の仕事は、タワービル最寄り駅の、周辺の見回りだった。
 外へ出て早々、遊が道で定期ICカードを見つけ、落とし主を捜しているうちに久詞が探し物をしているらしい女性の声を聞く。その声を辿って行くと、駅員と話している女性がいて、貴弥が渡しておいでと背中を叩かれた。受け取った定期カードを握りしめ、駅員と女性に話しかける。

「あの、これを拾ったのですが……」

 振り向いた女性は貴弥の手元を見るなり、私のです、と目を輝かせた。

「ありがとうございます! え、どこにありましたか?」

 満面の笑みで定期を受け取る女性。貴弥は駅の外でしたよと言うと、わざわざここまで持ってきてくださってありがとうございます、と再度お礼を言われた。
 その後、何かお礼をと食い下がる女性に貴弥は固辞し、久詞たちの元へ戻る。

「おお、戻ってきたか。どうやった?」
「お礼をさせてくれって食い下がられたけど、大したことしてないからって言って断ってきた」

 そっか、とニコニコしている遊。貴弥はなんとなく居心地が悪くて、口を尖らせて久詞を見上げる。

「なんで俺に行かせたの? 見つけたのは久詞たちなのに」
「お前にも共犯になってもらおうと思ってな」

 共犯って、と貴弥は苦笑する。

「でも、感謝されて悪い気はしないだろう?」

 久詞にそう言われて、貴弥は黙る。確かに、女性にありがとうと言われた時には、胸が温かくなった。それは明確に嬉しいという感情ではあったものの、表に出すのは躊躇われたのだ。だってこれは仕事であり、そうでなくても一般的に良いとされている行動を取っただけだから。
 そう考えていると、頭に何かが乗った。それが久詞の手だと気付き、貴弥はそっと払う。

「貴弥が嬉しいなら、俺も嬉しい」

 そんなことを久詞に言われ、貴弥は顔をふい、と逸らした。じわじわと頬が熱くなり、これはなんだろう、と自問する。

「なんや~? 貴弥照れとるんか?」

 遊がからかって肩を組んできた。違うし、と貴弥は呟くと、かわええなぁ、と笑われる。
 ――俺たちは家族だ。
 昨日の久詞の言葉を思い出す。
 貴弥は久詞のことを父親みたいだと言ったけれど、それは本音だった。口数は多くないが、貴弥のことをちゃんと見守っていてくれる……そんな存在に憧れてはいる。

(ただ、ちょっと発言がストーカーっぽいんだけど)

 ほんの少しだけ、彼らに寄りかかっても良いのかな、と思ったのだ。自分にはなかったものを、ここで少し補ってもバチは当たらないのかな、と。

「お兄ちゃんになんでも話してみ? パパもおるし」
「なんでもないって」

 貴弥はそう言って遊の腕を外した。素直やないなぁ、と笑う彼を無視していると、久詞が何かに気付いたように立ち止まる。

「どうした久詞?」
「……こっちだ」
「お、なんや事件か?」

 貴弥の質問に短く答えた久詞は、長い足で素早く歩き出した。貴弥と遊も彼を追いかけると、久詞は大通りを渡り、細い路地を抜けて、とあるビルの小さな駐車場に辿り着く。
 そこにあったのはピンク色のキッチンカー。久詞は「八番だ」と早足でそれに近付いていった。
 一体何事だと思って貴弥は彼に追いつくと、財布を取り出した久詞は何かを注文したようだ。
 見ると看板にはカラフルな色で、「クレープ屋」と書いてある。久詞が注文した八番は、ホイップクリームとチョコスプレー、チョコソースのクレープだった。――普通のクレープのようだがそんなに食べたかったのだろうか。

「ここのは美味い。間違いない」
「え、食べたことあるのか?」

 いつもの真顔で久詞がそう言うので、貴弥もメニューを見てみる。けれど、特に珍しい商品があるわけでもない。

「いや。……勘だ」
「勘かよ」

 まがりなりにも【センチネル】として働く久詞が、第六感を頼るなんてとつっこむ。それにしても、仕事中なのにこんなことをしていれば、給料泥棒と言われても仕方がないんじゃ、と貴弥は思わず辺りを見回した。けれど、誰も怪しむ人はいない。
 そうこうしているうちに注文したクレープができあがり、久詞は受け取る。そしてそのまま貴弥に渡そうとしてきた。

「え、久詞が食べるんじゃないのか?」
「貴弥に。甘いものは嫌いか?」

 そう聞かれて、貴弥はクレープを見つめた。たっぷりのホイップクリームとチョコソース、その上にチョコスプレーが散りばめられていて、本当に見た目は普通のクレープだ。
 再び突き出されたクレープを受け取ると、久詞に目線で食べろと促されたので一口食べてみる。すると、想像していたよりも豊かな香りが鼻に抜けた。

「え、何これ……」

 気のせいかと思ったのでもう一口食べてみる。やはりいい香りがした。もっちりとした生地にあっさりとしたクリーム、甘みの中にコクもあり、チョコのカカオの香りとバニラの香りが貴弥の口を綻ばせる。

「うま……」
「ありがとうございます。うちは素材にこだわって作ってるんですよー」

 貴弥が思わず漏らした感想に、店員さんがニコニコして答えてくれる。久詞は勘だと言ったが、彼はこの口内に広がる幸せな香りを、嗅ぎとったのではないかと貴弥は思った。

「久詞、知ってた?」
「いや。クレープの良い匂いがしただけだ」
「久詞の美味いものレーダーはよう働くなぁ」

 そばで見ていた遊が笑う。

「そんなにうまいなら、俺にもくれへんか?」
「いや、これは貴弥のだ」

 貴弥が持っていた食べかけのクレープに、遊は食いつこうとした。けれど久詞がそれを制し、貴弥の食べた部分をパクリと咥える。

「あー! 久詞っ、おま……間接キス!」
「うん、……これは美味いな」

 どうして二人とも、わざわざ食べかけのクレープを食べようとするのか。貴弥は内心呆れながら、欠けたクレープを見つめた。久詞が食べてしまったけれど、これを残すのはもったいない。

「大体なんや、久詞も貴弥の【ボンド】狙っとるんか? 人の邪魔すんのは卑怯じゃないのか?」
「お前がさり気なく貴弥と間接キスしようとするからだ」
「わー! お前ら店の前で何やってんだよ!」

 なぜか火花を散らし始めた二人の間に、貴弥は割って入る。店員さんが気になって見てみると、ニコニコ笑ってこちらを見ていたので、気まずくなって移動しようと促した。

「大体なんだよ【ボンド】とか間接キスとか……遊も食べたいなら、これやるから」
「久詞が食べたあととか嫌だ」
「なら自分で買えばいい」

 はあ、と貴弥はため息をつく。普段は仲良さそうなのに、ちょっとしたきっかけでいがみ合うのはやめて欲しい。しかもどうしてか、二人は自分との距離感がおかしい気がする。

(ま、まぁ、【ガイド】は、【センチネル】に触れることで能力を制御できるっていうのもあるけど)

 それにしても【ボンド】とはなんだろう? 記憶を辿ってみても、学校で習った覚えはない。

「なぁ、前にも言ってた【ボンド】ってなんだ?」

 それなら、と貴弥はストレートに聞いてみた。すると久詞と遊は顔を見合わせ、遊が説明してくれる。

「ああ……学校ではそこまで習わへんか。【ボンド】っちゅうと、簡単に言えば契約のことや」
「契約?」

 昨日遊は貴弥のことを、「ボンド候補」にしていいかと聞いていた。しかし久詞は「四課の【ガイド】だ」と言って遊を残念がらせていたことを思い出す。となると、遊は貴弥と契約したがっている、ということだろうか。
 遊は頷く。

「【ボンド】は【センチネル】と【ガイド】の魂の契約。……互いの能力において、唯一の存在になる契約のことや」
「唯一……」

 そう、と遊は貴弥の肩を抱いた。

「俺の【ボンド】になったら、貴弥を一生守ったる。借金も一緒に返すし、返済終わったら一緒にここを辞めてのんびり暮らしてもええ」
「……」

 貴弥は絶句する。実は熱血だという遊がそこまで言う理由が、まったくわからなかったからだ。彼からそんな言葉が出てくるとは思わず、突拍子すぎる話にどう返したら良いのかわからない。

「遊、重要な話をしていない」

 すると遊の反対側にいた久詞が、話に入ってきた。彼に頭を撫でられ貴弥はそれを払うと、久詞はフッと笑う。

「【ボンド】の契約をすると、貴弥はほかの人をケアできなくなる」
「え……」
「互いの力しか受け付けなくなるんだ。そして、どちらかが亡くなれば、もう片方は次第に衰弱していく」
「うわ……」

 それは本当に、魂の契約と言っても過言ではない。だからあまり知られていない――学校で教育していない理由もわかった。【ボンド】はパートナーだけでなく、残された者……例えば二人の子供などに、多大な影響を与えかねない行為なのだ。

「そんなのに俺がなれってこと? 仕事のパートナーじゃダメなのかよ?」
「ああ。言うたやろ? 借金返してのんびり暮らそうって」

 まあこれからゆっくり落とすさかい、覚悟しといてや、と言われ、貴弥は顔を引き攣らせるしかない。

「俺は四課にいて欲しいから邪魔をするがな」

 なるほど、と思う。【ボンド】が欲しい遊と、それを阻止したい久詞が攻防を繰り広げているのか、と。

(……ん?)

 そこで貴弥は疑問に思う。それなら久詞も貴弥にくっつく必要はない。遊の邪魔だけすればいいのに、どうして自分に触れてくるのか。

「久詞、それなら俺に、ケア以外でくっつく必要ないよな?」
「そうや。大人しくしとき」
「……」

 貴弥と遊がそう言うものの、久詞は黙ったままだった。なんでそこで黙るんだよ、と貴弥がつっこむと、久詞は「俺は貴弥のストーカーだからな」と真顔で呟く。

「……っ、だから、その発言ヤバいからやめろよ」
「そうか? 最終的には貴弥が選ぶことだ。俺は貴弥が幸せならなんだっていい」

 やはり真面目にそう言う久詞に、貴弥は不覚にもドキリとしてしまった。
 今までは、周りに選択肢をなくされて、その中でどう生きるか、と考えてきたのだ。それが、自分で好きなように生きていい、と言われた気がしてじわじわと顔が熱くなる。
 家族って、こうなのかな。きっと父親がまともな人なら、こんなふうに言ってくれたのかな、なんて思う。
 今までも、厳しくも優しい人は貴弥の周りにいた。貴弥はそんな人たちに支えられて、ここまでやってこれたと言っても過言ではない。けれど、やはり深入りはしない人たちばかりで、精神的に近付こうとする人はいなかったのだ。
 ――この、胸が満たされるような感覚はなんだろう? 初めての感覚に思わず久詞を見ると、突然肩を組まれて目の前に遊の顔が現れた。

「人の告白中にほかの男を見るとか……酷ないかぁ?」
「えっ、いやっ。そもそも男同士で契約するのもありなのか?」

 そのままグイグイと久詞から離され、貴弥は仕方なく遊と話す。

「魂の契約なんやから、身体が男だろうと女だろうと関係ないやろ?」
「そ、それはそうだけど!」

 そう言う間にも、遊はどんどん久詞から離れていった。久詞も付いてきているだろうけれど、今の遊の様子じゃ振り返るのも咎められそうだ。

「俺が来たとき、不満そうだったじゃないか」
「あははー、そんなこともあったなー」

 ほな次行こかー、と話を逸らす遊に、貴弥はため息をつくしかなかった。一体、どうして遊は貴弥を【ボンド】候補として見ているのだろう?
 考えても仕方がないか、と貴弥は連れられるまま、歩いていった。
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