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壊すべきものは

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 次の日は雨だった。

 しかも豪雨で、雷まで鳴りそうな程の重たい雲が流れている。

「なあ、これ大野さんち行けるのか?」

 窓の外を眺めていた緋嶺は、鷹使を振り返って言う。すると彼も外を眺めて、落ち着くまで待つしかないな、と呟いた。

「とりあえず大野さん宅は山も近いし、土砂崩れが起きないか心配だ。電話で安否確認だけしておこう」

 そう言った鷹使はスマホで大野に電話を掛けたようだ。緋嶺は再び外を見る。昼間なのに暗い景色に、何か嫌なことが起きそうで、胸がザワついた。

 遠くで低く長い雷鳴が聞こえ始める。やっぱり雷も鳴り始めた、と緋嶺はレースカーテンを閉めた。

 すると突然、目が眩む程の強い光と共に、耳を塞ぎたくなる程の轟音がする。音の振動は地面や窓ガラスを揺らし、近くに雷が落ちたのだと、緋嶺はカーテンを開けて外を再び見た。

「──ッ、鷹使!」

 緋嶺は鷹使を呼んだ。彼も窓の外を見ると、サッと顔色を変える。

「外へ行くぞ!」

 緋嶺は叫んで慌てて外へ出る。雨粒が痛いほど身体に当たり、目に入って視界が悪い。それでも庭に出ると、一人の男が立っていた。

 その男は黒髪を高い位置で一つにまとめ、鋭い眼光でこちらを睨んでいた。スっと通った鼻梁はそれ程高くは無いけれど、黄色人種のような特徴がありながら、美しい顔立ちをしている。

 着ている服は和服に似ているような気もするが、緋嶺にはそれがどういうものなのか、よく分からなかった。それも当然雨で濡れており、肌に貼りついた布は筋肉の凹凸を際立たせている。

 しかし緋嶺はそんなことより、彼の両手に掴まれた人型に見覚えがあった。二人ともぐったりとしていて動かない。

「セナ! 索冥!」

「この混血は殺すと、決めた筈だよな?」

 男は低く、威圧的な話し方で緋嶺の隣を見る。緋嶺は鷹使を見上げると、彼は静かな声で答えた。

「ああ。だが、コイツに世界を壊す意思はない」

「私は正気を保っている時のことを、話しているんじゃない」

 緋嶺はグッと息を詰める。今すぐにでもセナと索冥を助けに行きたいけれど、それでは鷹使の立場も悪くなる。ここは我慢だ。

 黙った鷹使に男はふん、と鼻を鳴らす。

「私は龍のロンだ。だが覚えなくていい、お前は私が今から殺すから」

「ロン! コイツは本当に……!」

 鷹使が何かを言うより早く、ロンは右手で掴んでいた索冥を緋嶺に向けて放り投げた。索冥の身体で視界を遮る事が目的だと本能的に感じ、一気につま先から頭まで、身体が熱くなる。

 ──コイツヲ、殺セ!!

 身体の中からそんな声が聞こえて、目の前の視界を遮るものに爪を立て引き裂いた。直後に足の裏が見えて咄嗟に両手で庇う体勢を作る。思い通り腕に衝撃があり後方へ飛ばされた。硬いものにぶつかって一瞬息が詰まるけれど、クラクラする頭を振って前を見ると、悠然と立っているロンと、その足元には──胴体を切断された、索冥が横たわっていた。

「……あ……」

 ドクン、と心臓が大きく脈打った。目頭が熱くなり、頭が痛くなる。耳鳴りがし肌がザワザワして、呼吸する息が震えた。

 緋嶺はぶつかったものに掴まって立ち上がる。鷹使の車だったが衝撃で凹んでしまっていた。しかし、それを心配している場合じゃない。

「ああ……やはり咄嗟の事になると鬼らしくなるのだな」

 せっかく生きていたのに、お前が殺した、とロンは索冥の血溜まりを踏み、こちらに向かってくる。

「お前……っ、どっちが鬼だ!?」

 緋嶺は叫ぶと視界が赤く染まった。雨でぬかるんだ地面を蹴り、右腕を大きく振りかぶって思い切りロンを殴った──つもりだった。

「──ッ!?」

 しかしロンは寸前で交わし、代わりに左手に掴んでいたセナを盾にする。緋嶺の拳はセナのお腹に当たり、ズブズブと身体を貫いてしまった。

「……かは……っ」

 やはりまだ生きていたらしいセナが小さく声を上げて血を吐く。直ぐに腕を抜いてセナを抱きとめると、彼は目を閉じて動かなくなってしまった。緋嶺の手に力が込められる。

「……嘘だっ……こんなの……っ」

「嘘じゃない、お前が殺した。……ほら、あまり力を暴走させると、あそこの天使も死ぬぞ」

 ロンの言葉にハッと鷹使を見ると、彼は膝を付いて片手を地面につき、胸を押さえて苦しそうに呼吸をしていた。

「【契】でお前の力が天使に逆流してるんだ、そのうちお前の力で殺すことになるだろう」

「……嫌だ……」

 雨が弱まってきた。

「お前は、世界にとって脅威にしかならない存在。生きてはならない存在だ」

 緋嶺は地面に横たわる索冥を見た。君みたいな鬼は初めて見たよ、と言ってくれて、友達になってくれと言ったらあわあわしながらも頷いてくれた。

 次に腕に抱いたセナを見る。鷹使と恋仲になった自分を、こんな風に相手を思えたらと羨ましがっていた。

 緋嶺に好意を示してくれた二人を殺したのは誰だ?



 ──俺だ。



 プツン、と静かに何かが切れた。それと同時に頭の中でうるさいほどの声がする。

 ──殺セ壊セ、殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ!!

 緋嶺は立ち上がり、痛む頭を押さえようとした。けれどその手は索冥とセナの血で汚れていて、不快に思って舌打ちをする。

「……これで、お前は危険因子だと証明できる」

「黙れ!!」

 緋嶺は吠えた。それは強力な空気の振動となり、近くにあった車のガラスが割れる。

 言葉と同時に緋嶺は足を高く振り上げた。
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