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21 追想

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「おい、お前の偽の親はお前にこんなことさせて、何がしたいんだろーな?」
「止めなよロレット」

 薫の記憶にはない教室の風景。ベルがいつものようにエヴァンに絡むロレットを諌める。薫は、ああ、またベルの記憶を夢に見ているんだ、と思った。

「止める? どうして? 奴隷には何したって良いんだろ? 何だ? お前も外国かぶれか?」
「……貴方、本人を目の前にしてよくそんなこと言えるわね。エヴァンも同じ人でしょ?」

 ベルもいつものからかいだと思って応戦する。ロレットも、ロレットの取り巻きも、ニヤニヤと笑っていて、ベルの言葉が響いていないことを悟った。

「人だぁ? 奴隷は『物』だろ?」

 そう言われて、ベルはカッと頬が熱くなったのが分かった。けれど当の本人、エヴァンは涼しい顔で席に座っている。

「この綺麗な人が『物』なら、貴方たちは物以下よ!」

 そう叫ぶと、ロレットは噛み付いてくるベルを面白くないと思ったのか、エヴァンに矛先を戻した。

「お前の偽の親、周りで何て呼ばれてるか知ってるか? 『酔狂』、『変人』、『ショタコンの性奴隷好き』最高の肩書きだよな!」

 わははは! と笑うロレットの声と、エヴァンが勢いよく立ち上がった音が重なった。ガタン! と椅子が倒れ、ベルは彼の、聞いたこともない程の大声を聞く。

「両親をバカにするな!!」

 いつも静かなエヴァンが髪を振り乱し、ロレットの胸ぐらを掴んで揉み合い、押し倒した。彼がそんな行動に出たのも驚きだったけれど、やはりエヴァンも普通の子供なんだと知る。

「エヴァン!」

 ベルは慌てて止めに入った。しかしエヴァンはロレットに馬乗りになったまま、肩を震わせるだけだ。ロレットは、そんなエヴァンを珍しいものでも見るかのように見つめている。

「エヴァン……」

 馬乗りになるだけで何もしないエヴァンを、ベルはロレットと引き離そうとした。けれど彼は弾かれたように立ち上がり、教室の外へと走って行ってしまう。

「……分かった。もうアイツにはちょっかいかけない。……お前らも、いいな?」

 立ち上がったロレットがそう言う。急に態度を変えた彼は頬を袖で拭った。それが、エヴァンが落とした涙だったと気が付く。そしてロレットがすぐにエヴァンを追いかけようとしていたので、声を掛けた。

「うるさいな、仲直りするだけだ」

 そう言って、ロレットも教室を出て行く。

 しかし、それから何時間経っても、二人は教室に戻って来なかった。心配になったベルは二人を探すために、授業をサボる。

 当時既にエヴァンの能力を知っていたベルは、彼を見つけることができなかった。みんなの前で泣いてしまった恥ずかしさからだろう、と諦めたところで、校舎裏でロレットを見つける。茂みの中にいて、どうしてそんな所にいるのだろうと思ったけれど、どうも様子がおかしい。

「……っ」

 ロレットは苦しそうに顔を歪めていた。けれどその肌は耳まで赤く、唇も強く噛み締めている。
 大変、急病なのかしら、そう思って声を掛けようとした時、ロレットが動いて、茂みの間から彼が何をしているのかを見てしまった。

「くそ……っ、エヴァン……何で……っ」

 ロレットの口から漏れたのは、先程喧嘩したエヴァンの名前だ。忙しなく動く彼の右手は、何をしているのだろう? けれどこれ以上見てはいけない気がして、ベルはその場から離れる。

 普段のロレットからは想像できない様子に戸惑い、ベルは思わずそのまま家に帰ってしまった。いけないものを見てしまったようで誰にも言えず、布団の中に潜り込んで震える。

 けれどそのうちに、男女の身体の仕組みを知る授業があった。そこでベルは、ロレットがしていたことを知る。そうしたらそれまでの戸惑いが嘘かのように、ストンと納得したのだ。

(男性は欲が強すぎて、困ることもあるのね)

 ロレットもそれなんだと思い、そして彼はエヴァンのことが好きなのだと解釈した。

「ねぇエヴァン。エヴァンはどんな子が好きなの?」
「えっ?」

 ある日、いつものようにロレットがベルに絡みに来たので、軽く流しながらそんなことを聞いてみた。

 エヴァンは驚いたように目を丸くしたけれど、すぐにいつものように微笑んだ。少女のように可愛らしいその笑みは、ベルも見蕩れた程だ。

「さあ? 人を好きになるって、どんな気持ちになるんでしょうか?」

 よく分かりません、というエヴァン。ベルは横目でロレットを見ると、少しがっかりしているように見えた。そこで、お節介だろうが話をロレットに移す。

「ロレットは?」
「は!? 俺!?」

 案の定慌てたロレットは、ごにょごにょ言いながら、他のクラスメイトの名前を出した。話したこともないような子だったので、「意外と奥手なのね」とからかって話を終わらせる。

「ほら、恋愛に優劣、貴賎もないでしょ? あの子だと、ロレットに釣り合わないんじゃないかしら?」

 そうベルが言うと、ロレットはバツの悪そうな顔をした。そしてのちに、本人からエヴァンが好きだと聞くことになったのだが。相手が男で、しかも元奴隷の身だと、ロレットは相当葛藤したらしい。

 そして、そんな話をそばで聞いていたシリルに、「君は面白い考えを持っているね」と話し掛けられ、仲良くなる。
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