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24 落涙

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 それから五日間かけて、薫たちはユチソンドの王都に入った。
 この街に入る前から薄々気付いてはいたけれど、街の規模も、活気も、クリュメエナとは格段に違う。やはりクリュメエナは田舎なんだな、と思い知らされたのだ。

 そしてエヴァンは、そんな賑やかな大通りから裏へ入り、こぢんまりした喫茶店らしき店に入っていく。
 カウンター席しかないその店には、店主らしい紳士しかおらず、薫は「ここで休憩でもするのかな」と店内を見回した。

「いらっしゃい」
「……手紙を出したのですが、届いていますか?」
「……手紙?」

 エヴァンの言葉に、紳士は眉を顰める。しかしエヴァンは動じず、「ええ」と続けた。

「ユチソンドの奴隷解放に尽力した、ウーリーさんにお会いしたいのです」

 ここに来ればお会いできると聞いて、とエヴァンは手の大きさほどの、パンパンに膨らんだ巾着袋をカウンターに置いた。ジャリ、と音がして、中には硬貨が入っていると知る。すると店主は中身をチラリと見て、呆れたようにため息をついた。

「どれだけ持ってきたと思ったら……クリュメエナの硬貨じゃ話にならないですね」
「……っ、お願いします! せめてこの子だけでも……城の中で性奴隷として買われていました。助けてください!」

 薫はエヴァンに肩を掴まれ、店主の前に突き出される。彼の必死さに圧倒されながらも、薫は頭を下げた。しかし、店主は取り合わない。

「あいにく、ウーリーは今出かけてます」
「でも……!」
「今の情報だけでこの巾着袋ひとつ分ですね。居場所が知りたければ、この硬貨を十倍にしてまた来てください」

 これは頂いておきます、と巾着袋をしまう店主。そんな、とエヴァンが息を飲むのが分かった。

 店主は出入口のドアを指す。

「お帰りはあちらですよ」
「……っ」

 エヴァンは薫の手を取ると、足早に店を出ていった。彼がこんなに感情を出すのは珍しく、グイグイ引っ張られる腕が痛いと思いながら、小走りで彼についていく。

(もしかして、当てがあるって言ってたのは、さっきのウーリーさんって人だったのかな?)

 だとしたら、エヴァンは当てが外れたということだろう。そうなれば、これからどうしたらいいのか。

 しばらくして、エヴァンが立ち止まった。そこは裏路地で薄暗く、静かな場所だ。しんとしているものの、彼から発せられる空気はピリピリと張り詰めている。

 エヴァンは薫を振り返らず、薫の手を握った手を震わせていた。

「……ごめんなさい……っ」

 そんな声がしたかと思ったら、いつかと同じように温かな体温に包まれていた。その腕は強く、薫は苦しいと思うけれど、エヴァンの吐息が震えていたので拒否できない。

「ごめんなさい、当てが……外れてしまいました。もう、さっきのが有り金全てです……」

 ごめんなさい、ともう一度エヴァンは言う。

「でも、貴方は……貴方だけは、絶対に死なせません」

 何がなんでも、守ってみせますから、とエヴァンは泣いていた。どうしてそこまでして、自分を守ろうとするのだろう、と薫は思う。

 薫はエヴァンの背中に腕を回した。ここまでエヴァンは本当に気を遣ってくれたし、生きる気力を失くしかけた薫を叱咤してくれた。

 不器用なだけで、優しいひとなのだと感じたのだ。

「……ぇ、……だ……」

 掠れた声で、「エヴァンさん、大丈夫ですよ」と言ったけれど、音としてちゃんと出てこなくて、悔しくて彼に回した腕に力を込める。

 きっと、エヴァンはウーリーが最後の希望だと思ったのだろう。だからこんなに落胆し、それでも薫を守ってみせると言ってくれている。

 不器用だ。けれど、優しくて、強い。

 自分もこんな強さを持てたら。そう思った。薫はエヴァンの腕の中で身動ぎし、両手を彼の頬に当て、真っ直ぐ彼を見る。

『大丈夫よ、エヴァン。貴方は酷い目に遭いながらも、ここまで生きてこられた、強い人だもの』

 唐突に、脳裏でベルの声がした。声には出せないけれど、ベルの言葉に同調して、薫は微笑む。
 彼の薄紫色の瞳が見開かれ、みるみるうちにその目が潤んでいく。そしてまた、きつく抱きしめられた。

「ああ……! 貴方は本当にベルの……っ」

 エヴァンは耐えられなくなったのか、声を上げて泣いた。

「私にできることは、貴方を死なせずに一生を見守ることだけ! それが唯一の罪滅ぼしなんです……!」

 エヴァンは強い。強いけれど、脆くもあるのよ。

 そうベルは教えてくれた。不思議だけれど、頭の中でベルの声が響き、身体がエヴァンを慰めようと動く。それはベルの意思であり、薫の意思でもあった。

 彼の背中をそっと撫でると、彼はひく、と肩を震わせる。そしてハッとして周りを窺う様子をみせた。

「そこの影に隠れましょう……!」

 彼がそう言うやいなや、エヴァンは薫の手を引いて家と家の間の隙間に入る。エヴァンを外側にして、彼は薫を隠すように抱きしめた。

「あれ? ここら一帯探したよなぁ? いないぞ?」
「逃げられたかなぁ? ロレット様が行くならそこしかないって言ってたけど」

 薫はその話を聞いてハッとする。ロレットの追っ手が、もうユチソンドに入っていたのだ。彼らは「ここらにいるはずだから、もう一度探してみるか」と去ろうとする。

「あ、おい、そこの影に隠れてたりしないよな?」
「あー、さっきはそこまで見なかったしな。一応見ておくか」

 そんな声とともに、足音が近付いてきた。

(どうしよう……!)

 薫は祈るような気持ちで、息を殺した。
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