【完結】素直になってよ

大竹あやめ

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それから一ヶ月、水春は何度か曲を作って晶に持ってきたけれど、採用する迄に至らず、水春は少し焦りを感じ始めているようだった。

「真洋さんは良いって言ってくれたんですけど?」

挑発するように睨んできた水春を、晶は綺麗に無視する。

「お前の上司は誰だ?」

「……っ! じゃあ、せめてどこを直せば良いのか、教えてくださいよ!」

「俺は売れるモノしか世に出したくない。それだけだ」

水春は唇を噛んだ。時間がないのに、と泣きそうな声がする。

晶には、母親の為にそこまでする理由が分からなかった。自分の人生なのに、水春の原動力は全て母親なのだ。

「何で母親にそこまでやれる? 自分の人生だろ」

「そりゃあ、元々恵まれた環境に生まれた晶さんには分からないでしょうよ。母親が、俺の為にどれだけ頑張ってくれていたか……そのせいで病気になって……オレ、まだ何も親孝行してないのに……」

「母親母親って……水春、お前ちょっと依存し過ぎてないか?」

「……は?」

晶はため息をついた。何をするにも母親で、そろそろ嫌悪感を持ち始めた晶は、ハッキリ言うことにする。

「お前の母親は、親孝行なんてあまり望んでいないように見えたけど? ってか、そろそろウザイ……マザコンが」

晶がそう言うと、左頬に衝撃が走った。遅れて痛みと、その箇所が熱くなっていく。

その瞬間、またあの真っ赤な口紅を塗った晶の母親が、手を振り上げる瞬間が脳内で再生された。

「……っ」

動揺を隠すために晶は時計を見ると、そろそろ出発の時間だった。

「時間だ、行くぞ」

晶は歩き出すと、水春も無言で付いてくる。

叩かれたのは久しぶりだ、と晶は思った。

何だか水春と出会ってから、母親の事を思い出す事が多くなった気がする。水春が自分の母親の事を語るのもあるかもしれないけれど、これは傍に置いたのは失敗だったかな、と晶は思う。

晶と水春、二人とも言動の根本は母親だ。しかし片や反発心、片や愛情では反発し合うのは当然。気が合わないのも当然か、と晶はため息をつく。

今日はレコーディングの日だ、現場に着くと真洋が既にいて、スタッフと打ち合わせをしていた。

「おはよう……って晶、頬どうした?」

「……」

晶に近付いて顔を覗き込んでくる真洋を無視して、椅子に座る。真洋はすぐに水春を見た。

「真洋、さっさと終わらせるぞ」

真洋が余計な事を言う前に、と声をかける。渋々録音ブースの中に入った真洋は、切り替えたのか、もう営業モードだ。

「じゃあ一回通しでテストしてから」

仮で晶がピアノで弾いた伴奏が流れる。さすがは真洋、ほぼミスもなく晶の思い通りに歌いきり、そのまま本番もあっという間にこなした。

「じゃ、次はコーラス……上ハモから」

後は肉付けの部分を細かく切って録音していく。

その間水春は黙ったまま、真洋の仕事ぶりをじっと見ていた。

その後、真洋の出番は終わり、後は残って作業するつもりだったが、気分が乗らないので家に持ち帰ってやる事にする。

家に帰る途中、帰った後も水春は無言だった。

「しばらく地下に籠る」

晶はそう言うと、そのまま地下の防音室に入った。

編曲だけならこの部屋で充分できる設備があるので、晶はコートを脱ぎ捨て、早速作業に取り掛かった。

集中していたのでどれくらい経ったのか分からないでいると、ドアがノックされる。

晶はドアを開けると、しゅんとした水春が立っていた。

「あの、頬……大丈夫ですか? すみません……」

水春はホットコーヒーを淹れたようだ、いい香りで張り詰めていた神経が和らぐ。

「真洋さんに聞きました……家族の話は鬼門だと」

知らずにごめんなさい、と水春は頭を下げる。

「いや、俺こそ悪かった。……コーヒーサンキュー、じゃあまだ作業すっから」

晶はコーヒーを受け取ると、踵を返す。しかし、水春は待ってください、と呼び止めた。

「あの……オレ、晶さんのプライベートな事、全然知らないんだなって思って」

「……俺とお前はビジネスパートナーだろ。知る必要ないし、話すつもりもない」

「でも、せめて飲み物の好みぐらい知っておきたいです。コーヒー、ブラックで大丈夫でしたか?」

「……」

晶は受け取ったマグのコーヒーを一口飲んだ。濃さも香りも自分好みだ。

「ん……美味い」

「良かった……!」

水春の顔が綻んだ。不覚にも、晶はその顔を見て、可愛いと思ってしまう。

(アレだ……水春は大型犬っぽいな)

そう思って思わず笑うと、水春は驚いた顔をした。そして何故か視線を泳がせる。その耳が赤い事に気付いた晶は、さっさとブースに戻った。

(何だよアレ……笑っただけで照れんなよ)

晶もつられて顔が熱くなる。大きく息を吐いて落ち着かせると、作業の続きに取り掛かった。

どうかこの感情が、これ以上大きくなりませんように。晶は作業をしながらそう願った。
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