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それから約一か月。博美は事情聴取やら引っ越しやらで塾のアルバイトには全然行けなかった。
ケンジはやはり麻薬を持っていたらしく、一緒に住んでいた博美も使用を疑われたが、検査と普段の博美に対するケンジの態度によって、すぐに白だとされた。
住んでいた家はケンジ名義の借家だったので、出てきたときは少し寂しかったが、幸太を思い浮かべると、少しそれが薄れた。
そして、アルバイトに戻れる目途が立った時、彼に会えると思って緊張したのだった。
「あ、のっ、藤本くん」
彼に実際に会えたのは、合格発表の日だった。
合否の連絡をするため、塾に来る生徒は、そのまま塾を続けるか、やめるかという手続きもついでにする子も多い。
幸太は高校生になったら塾に通わないと聞いていたので、今日を逃してしまえば会えなくなる。
手続きを終えたらしい幸太は、廊下をきょろきょろしながら歩いていた。
声をかけると、彼の表情が和らぐ。
「先生、やっと見つけた。俺、今日が最後だから、会えなかったらどうしようかと思った」
今日が最後ということは、高校には合格したらしい。
他意はないはずの言葉に一喜一憂してしまうのも、博美が幸太に恋をしているからだ、と認めざるをえなかった。
せめてこうやって話をしている間だけでも、幸せに浸って良いんだ、と思えるようになったのは、幸太が博美の性癖を認めてくれたからである。
「実は今日から復帰だったんだ。みんなに迷惑かけた分、取り返さないと」
「またそんなこと言って……無理するなよ?」
うん、と博美は笑った。
この恋は諦めなければいけない。
それには長い時間がかかると思うけど、幸太の幸せを思えばその永遠の痛みさえ、喜びになるかもしれないと思っている。
「……藤本くん?」
やわらかいまなざしを向けたまま、幸太は博美をじっと見つめていた。
頬が熱くなるのを自覚し、視線を逸らす。
「うん。先生やっぱり美人だね」
「ちょっと、何言い出すの」
照れてちょっと睨めば、からかっただけらしい、カラカラと幸太は笑う。
(ああ、いいなぁ)
こういうやり取りが、幸せだと感じることが嬉しい。
それが今日で終わりだと思うと寂しくなるが。
(……あれ?)
そう思って、博美の心にふと冷たいものが落ちた。
その不安はみるみる広がり、嫌な動機がする。
このまま幸太を諦めて良いのか。こんなに楽しい時間を、今日限りにしてしまっていいのか。
人の幸せばかりを願って、自分はまた同じような体の関係だけの生活を送っていくのか。
「先生?」
黙ってしまった博美を訝しげに見る幸太。
もうこの顔を見ることはできないのだ。
だからと言って、連絡先を聞くのは少し違うような気がした。
(俺、結局どうしたいの?)
とにかく、今この場で終わりにしたくないのは分かっている。
しかし、先生と生徒という関係も今日で終わりこの先、どういう関係を繋げていけばいいのか。
「先生、俺もう行くけど」
「待って、この間のお礼させてっ」
踵を返しかけた幸太の裾を掴み、呼び止めたらそんなセリフを口走っていた。
一瞬目を丸くした幸太は、その次には笑いだす。
恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「唐突すぎ……っ。しかも、合格祝いならともかく、この前のお礼って」
「だ、だって……もう、笑いすぎ!」
後から知ったことだったが、博美は何か言いたそうにしていたようで、幸太はわざと帰ろうとしたらしかった。
しかしこの時には知るよしもなく、いつまでも笑う幸太と、その日の夜ご飯をおごると約束したのだった。
ケンジはやはり麻薬を持っていたらしく、一緒に住んでいた博美も使用を疑われたが、検査と普段の博美に対するケンジの態度によって、すぐに白だとされた。
住んでいた家はケンジ名義の借家だったので、出てきたときは少し寂しかったが、幸太を思い浮かべると、少しそれが薄れた。
そして、アルバイトに戻れる目途が立った時、彼に会えると思って緊張したのだった。
「あ、のっ、藤本くん」
彼に実際に会えたのは、合格発表の日だった。
合否の連絡をするため、塾に来る生徒は、そのまま塾を続けるか、やめるかという手続きもついでにする子も多い。
幸太は高校生になったら塾に通わないと聞いていたので、今日を逃してしまえば会えなくなる。
手続きを終えたらしい幸太は、廊下をきょろきょろしながら歩いていた。
声をかけると、彼の表情が和らぐ。
「先生、やっと見つけた。俺、今日が最後だから、会えなかったらどうしようかと思った」
今日が最後ということは、高校には合格したらしい。
他意はないはずの言葉に一喜一憂してしまうのも、博美が幸太に恋をしているからだ、と認めざるをえなかった。
せめてこうやって話をしている間だけでも、幸せに浸って良いんだ、と思えるようになったのは、幸太が博美の性癖を認めてくれたからである。
「実は今日から復帰だったんだ。みんなに迷惑かけた分、取り返さないと」
「またそんなこと言って……無理するなよ?」
うん、と博美は笑った。
この恋は諦めなければいけない。
それには長い時間がかかると思うけど、幸太の幸せを思えばその永遠の痛みさえ、喜びになるかもしれないと思っている。
「……藤本くん?」
やわらかいまなざしを向けたまま、幸太は博美をじっと見つめていた。
頬が熱くなるのを自覚し、視線を逸らす。
「うん。先生やっぱり美人だね」
「ちょっと、何言い出すの」
照れてちょっと睨めば、からかっただけらしい、カラカラと幸太は笑う。
(ああ、いいなぁ)
こういうやり取りが、幸せだと感じることが嬉しい。
それが今日で終わりだと思うと寂しくなるが。
(……あれ?)
そう思って、博美の心にふと冷たいものが落ちた。
その不安はみるみる広がり、嫌な動機がする。
このまま幸太を諦めて良いのか。こんなに楽しい時間を、今日限りにしてしまっていいのか。
人の幸せばかりを願って、自分はまた同じような体の関係だけの生活を送っていくのか。
「先生?」
黙ってしまった博美を訝しげに見る幸太。
もうこの顔を見ることはできないのだ。
だからと言って、連絡先を聞くのは少し違うような気がした。
(俺、結局どうしたいの?)
とにかく、今この場で終わりにしたくないのは分かっている。
しかし、先生と生徒という関係も今日で終わりこの先、どういう関係を繋げていけばいいのか。
「先生、俺もう行くけど」
「待って、この間のお礼させてっ」
踵を返しかけた幸太の裾を掴み、呼び止めたらそんなセリフを口走っていた。
一瞬目を丸くした幸太は、その次には笑いだす。
恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「唐突すぎ……っ。しかも、合格祝いならともかく、この前のお礼って」
「だ、だって……もう、笑いすぎ!」
後から知ったことだったが、博美は何か言いたそうにしていたようで、幸太はわざと帰ろうとしたらしかった。
しかしこの時には知るよしもなく、いつまでも笑う幸太と、その日の夜ご飯をおごると約束したのだった。
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