悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第78話

誓約歴1260年7月初旬

　強行日程で王都エクルナに赴おもむき、王立学院錬金科に入るための面接試験等を受けた後、道なき道を全速力で駆けながら、某都市の郊外を目指していた俺は自嘲気味な溜息を漏らす。

「…… 馬車を乗り継つぐよりも、身体強化の状態を維持して走った方が早いとか、人外の化け物染みてきたな」

　扱い慣れてきた魔導書『ルルイエ異本』を水銀のような流動体に転じて、左の胸や肩から腕を覆うボディアーマーに造り変えて纏まとい、内循環系マナの制御と排熱処理を効率的に行うことで、軍馬の襲歩しゅうほ並みの速度が出せている。

　その結果、片道240㎞前後の距離を二刻ほどで踏破し、見事に日帰り受験という偉業を成し遂げていた。

　所要で単独行動を取ると昨夜に伝えて説き伏せた護衛の冒険者らは、朝の暗いうちに出掛けた俺が王都の学院まで足を運んだとは気づくまい。

(“邯鄲かんたんの夢” で過去の碩学せきがくらの魂に触れた手前、相応の知識くらいはあるが……)

　領地運営に関わる立場なので、国家の権威におもねるのも吝やぶさかではない。普通の庶民は公的機関の御墨付に弱いのだ。

　何かと箔付けできる点や、金子きんすを出してくれる両親の勧め… もとい、母の強い希望もあって、学位を取るという結論に至った。

　なお、科別の専門課程は修業年限の定めがなく、正式な学士又は碩学せきがくと認められるには個々の教授より薫陶を受け、規定の修了証ディプロマをもらう必要がある。

　その上で自身の研究成果を添えた学位申請が通ると晴れて卒業になるらしい。

「中等科までと違って細かい出欠を取られず、行事的な実践活動の参加も強要されないあたり、気侭きままに過ごせそうで有難い」
　
　教授陣の中には期末の試験さえ突破できたら、他を考慮しない御仁ごじんもいると聞く。

　ある意味、完全な実力主義なので仮に必須の科目ならば、学識の浅い者達にとって地獄だが、俺は大丈夫だろう… と、思いたい。

(前世は頭の出来が悪かったからな、人の建前と本音を見抜けない程度に)

　くだらない自尊心を捨てきれずに頭の良い振りを続け、余計に無様を晒さらしていた前科があるため、一抹いちまつの不安は残ってしまう。

　それでもネガティブな感情が強迫観念となり、前に足を動かせる原動力になってきたので、これもかなぐり捨てることはできない。

「難儀なんぎな話だが、“悩みながら前に進むのが人” か……」

　いつぞや朗ほがらかな笑顔で、傍仕えの司祭フィアが宣のたまっていた言葉を思い出しつつ、駆ける速度を襲歩しゅうほより駈歩かけあしまで緩めて、常歩なみあしに繋いでいく。

　客観的に見て違和感のない歩速を取り繕つくろい、何食わぬ顔で荒野から都市を結ぶ街道に出ると、残り少ないイルファ郊外までの道を散策がてら、ゆっくりと辿たどった。