97 / 155
第97話
しおりを挟む
時折、相槌や質疑を挟みながらも、耳を傾けていた御仁は話の区切りで一息吐き、小難しい内容で硬くなっていた表情を和らげる。
「確かに幾らかの交換益を乗せた方が新紙幣の一本化は進むものの、既に貴領が発行した総量を考えると、僅かな利率でも財政の負担は大きいな」
「えぇ、逆に国家資本の信用力を謳い、手数料を取ることも可能ですが……」
「現紙幣を溜め込んでいる市井の者達に恨まれ、顰蹙を買うのも得策ではないか」
別に急ぐ必要は無いため、等価交換の下で自然と移ろうのに任せれば良いと締め括り、途中で公爵家のメイドが運んできた香草茶に口を付けた。
仄かに甘い液体で喉を癒す傍ら、具体的なグラシア紙幣の導入時期や、张・哉藍氏に依頼する意匠の相談も済ませて、今の段階で伝えておくべき内容を言い終える。
「ご苦労、凡その進捗は理解できた。そちらも何か聞きたいことがあるなら、この機会に答えよう。頻繁に時間を取れる訳でもないからな」
「お言葉に甘えて遠慮なく… ご自身も継承権のある宰相殿は第一王子と第二王子、どちら寄りの立場ですか?」
念のために寄り親の動向を確認すると、困り顔になった御仁は大仰に肩を竦め、七面倒なことに関わる気は微塵もないと宣う。
「前回の時、神輿にされて散々な目に遭ったし、もう従弟とは話を付けている」
「分かりました、こちらも能動的な関与は控えます」
現王と宰相、どのような遣り取りがあったのか、若干の興味をそそられる一方で、軽々に首を突っ込むのは賢い選択と思えない。
ほどよく親等の離れた娘がいるため、勝ち残った方に嫁がせて権勢を保つのだろうか、などと邪推しつつも深掘りせずに引き下がり、流石に立ち疲れたであろうフィアと一緒に接見の場を辞した。
――― 若い客人らの姿が扉の向こうに消えて暫く、書斎の主は椅子の背凭れに身体を預け、十数秒ほど噤んでいた口を開く。
「さて、どう見る?」
「マナの保有量が破格、明らかに規格外の部類だし、多分めっちゃ強いわよ」
藪から棒に問われた専属の女魔術師は羨ましそうに溜息を吐き、元金等級の冒険者たる自身でも遠く及ばないと嘯いた。
彼女の知る限り、あれほどの資質と脅威を感じたのは一人だけ。
自身の限界を悟り、最前線から身を引く契機になった巨樹の如き “黒い仔山羊”、その第三次討伐隊に紛れ込んでいた爆炎と空間魔法の遣い手、窮状に追い込まれても呵々大笑しながら刃を振るう長身痩躯の傭兵くらいだ。
「私にも天賦の才があれば、公爵家にいなかったんだけどね」
「ふむ、無下に扱うつもりは無いが、余計な恨みを買わない方が良さそうだな」
「ん… 彼が継ぐウェルゼリア領は海上貿易の要所、現領主も男爵風情と侮れないほどの手腕があるみたいだし、上手に付き合っていくしかないでしょう」
各地を渡り歩いて得た荒事稼業の見地に基づき、幾ばくかの助言など与えた女魔術師はひらひらと手を振り、これでお役御免とばかりに退出していく。
独り書斎に残された宰相ダヴィトは顔を片手で軽く押さえ、優秀過ぎる手駒の存在も厄介なものだと、気の抜けた声で独り言ちた ―――
「確かに幾らかの交換益を乗せた方が新紙幣の一本化は進むものの、既に貴領が発行した総量を考えると、僅かな利率でも財政の負担は大きいな」
「えぇ、逆に国家資本の信用力を謳い、手数料を取ることも可能ですが……」
「現紙幣を溜め込んでいる市井の者達に恨まれ、顰蹙を買うのも得策ではないか」
別に急ぐ必要は無いため、等価交換の下で自然と移ろうのに任せれば良いと締め括り、途中で公爵家のメイドが運んできた香草茶に口を付けた。
仄かに甘い液体で喉を癒す傍ら、具体的なグラシア紙幣の導入時期や、张・哉藍氏に依頼する意匠の相談も済ませて、今の段階で伝えておくべき内容を言い終える。
「ご苦労、凡その進捗は理解できた。そちらも何か聞きたいことがあるなら、この機会に答えよう。頻繁に時間を取れる訳でもないからな」
「お言葉に甘えて遠慮なく… ご自身も継承権のある宰相殿は第一王子と第二王子、どちら寄りの立場ですか?」
念のために寄り親の動向を確認すると、困り顔になった御仁は大仰に肩を竦め、七面倒なことに関わる気は微塵もないと宣う。
「前回の時、神輿にされて散々な目に遭ったし、もう従弟とは話を付けている」
「分かりました、こちらも能動的な関与は控えます」
現王と宰相、どのような遣り取りがあったのか、若干の興味をそそられる一方で、軽々に首を突っ込むのは賢い選択と思えない。
ほどよく親等の離れた娘がいるため、勝ち残った方に嫁がせて権勢を保つのだろうか、などと邪推しつつも深掘りせずに引き下がり、流石に立ち疲れたであろうフィアと一緒に接見の場を辞した。
――― 若い客人らの姿が扉の向こうに消えて暫く、書斎の主は椅子の背凭れに身体を預け、十数秒ほど噤んでいた口を開く。
「さて、どう見る?」
「マナの保有量が破格、明らかに規格外の部類だし、多分めっちゃ強いわよ」
藪から棒に問われた専属の女魔術師は羨ましそうに溜息を吐き、元金等級の冒険者たる自身でも遠く及ばないと嘯いた。
彼女の知る限り、あれほどの資質と脅威を感じたのは一人だけ。
自身の限界を悟り、最前線から身を引く契機になった巨樹の如き “黒い仔山羊”、その第三次討伐隊に紛れ込んでいた爆炎と空間魔法の遣い手、窮状に追い込まれても呵々大笑しながら刃を振るう長身痩躯の傭兵くらいだ。
「私にも天賦の才があれば、公爵家にいなかったんだけどね」
「ふむ、無下に扱うつもりは無いが、余計な恨みを買わない方が良さそうだな」
「ん… 彼が継ぐウェルゼリア領は海上貿易の要所、現領主も男爵風情と侮れないほどの手腕があるみたいだし、上手に付き合っていくしかないでしょう」
各地を渡り歩いて得た荒事稼業の見地に基づき、幾ばくかの助言など与えた女魔術師はひらひらと手を振り、これでお役御免とばかりに退出していく。
独り書斎に残された宰相ダヴィトは顔を片手で軽く押さえ、優秀過ぎる手駒の存在も厄介なものだと、気の抜けた声で独り言ちた ―――
42
あなたにおすすめの小説
転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
神眼のカードマスター 〜パーティーを追放されてから人生の大逆転が始まった件。今さら戻って来いと言われてももう遅い〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「いいかい? 君と僕じゃ最初から住む世界が違うんだよ。これからは惨めな人生を送って一生後悔しながら過ごすんだね」
Fランク冒険者のアルディンは領主の息子であるザネリにそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
父親から譲り受けた大切なカードも奪われ、アルディンは失意のどん底に。
しばらくは冒険者稼業をやめて田舎でのんびり暮らそうと街を離れることにしたアルディンは、その道中、メイド姉妹が賊に襲われている光景を目撃する。
彼女たちを救い出す最中、突如として【神眼】が覚醒してしまう。
それはこのカード世界における掟すらもぶち壊してしまうほどの才能だった。
無事にメイド姉妹を助けたアルディンは、大きな屋敷で彼女たちと一緒に楽しく暮らすようになる。
【神眼】を使って楽々とカードを集めてまわり、召喚獣の万能スライムとも仲良くなって、やがて天災級ドラゴンを討伐するまでに成長し、アルディンはどんどん強くなっていく。
一方その頃、ザネリのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
ダンジョン攻略も思うようにいかなくなり、ザネリはそこでようやくアルディンの重要さに気づく。
なんとか引き戻したいザネリは、アルディンにパーティーへ戻って来るように頼み込むのだったが……。
これは、かつてFランク冒険者だった青年が、チート能力を駆使してカード無双で成り上がり、やがて神話級改変者〈ルールブレイカー〉と呼ばれるようになるまでの人生逆転譚である。
ガチャで破滅した男は異世界でもガチャをやめられないようです
一色孝太郎
ファンタジー
前世でとあるソシャゲのガチャに全ツッパして人生が終わった記憶を持つ 13 歳の少年ディーノは、今世でもハズレギフト『ガチャ』を授かる。ガチャなんかもう引くもんか! そう決意するも結局はガチャの誘惑には勝てず……。
これはガチャの妖精と共に運を天に任せて成り上がりを目指す男の物語である。
※作中のガチャは実際のガチャ同様の確率テーブルを作り、一発勝負でランダムに抽選をさせています。そのため、ガチャの結果によって物語の未来は変化します
※本作品は他サイト様でも同時掲載しております
※2020/12/26 タイトルを変更しました(旧題:ガチャに人生全ツッパ)
※2020/12/26 あらすじをシンプルにしました
(更新終了) 採集家少女は採集家の地位を向上させたい ~公開予定のない無双動画でバズりましたが、好都合なのでこのまま配信を続けます~
にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
突然世界中にダンジョンが現れた。
人々はその存在に恐怖を覚えながらも、その未知なる存在に夢を馳せた。
それからおよそ20年。
ダンジョンという存在は完全にとは言わないものの、早い速度で世界に馴染んでいった。
ダンジョンに関する法律が生まれ、企業が生まれ、ダンジョンを探索することを生業にする者も多く生まれた。
そんな中、ダンジョンの中で獲れる素材を集めることを生業として生活する少女の存在があった。
ダンジョンにかかわる職業の中で花形なのは探求者(シーカー)。ダンジョンの最奥を目指し、日々ダンジョンに住まうモンスターと戦いを繰り広げている存在だ。
次点は、技術者(メイカー)。ダンジョンから持ち出された素材を使い、新たな道具や生活に使える便利なものを作り出す存在。
そして一番目立たない存在である、採集者(コレクター)。
ダンジョンに存在する素材を拾い集め、時にはモンスターから採取する存在。正直、見た目が地味で功績としても目立たない存在のため、あまり日の目を見ない。しかし、ダンジョン探索には欠かせない縁の下の力持ち的存在。
採集者はなくてはならない存在ではある。しかし、探求者のように表立てって輝かしい功績が生まれるのは珍しく、技術者のように人々に影響のある仕事でもない。そんな採集者はあまりいいイメージを持たれることはなかった。
しかし、少女はそんな状況を不満に思いつつも、己の気の赴くままにダンジョンの素材を集め続ける。
そんな感じで活動していた少女だったが、ギルドからの依頼で不穏な動きをしている探求者とダンジョンに潜ることに。
そして何かあったときに証拠になるように事前に非公開設定でこっそりと動画を撮り始めて。
しかし、その配信をする際に設定を失敗していて、通常公開になっていた。
そんなこともつゆ知らず、悪質探求者たちにモンスターを擦り付けられてしまう。
本来であれば絶望的な状況なのだが、少女は動揺することもあせるようなこともなく迫りくるモンスターと対峙した。
そうして始まった少女による蹂躙劇。
明らかに見た目の年齢に見合わない解体技術に阿鼻叫喚のコメントと、ただの作り物だと断定しアンチ化したコメント、純粋に好意的なコメントであふれかえる配信画面。
こうして少女によって、世間の採取家の認識が塗り替えられていく、ような、ないような……
※カクヨムにて先行公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる