悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第109話 ～ 逢魔が時の怪異① ～

　夕暮れ時の市街にて、ここ二日で昏睡被害者が多く出た某地区を延々と廻まわり、そろそろ飽きてきた猫虎人の娘が茜色に染まる空を見上げ、肩口で切り揃そろえた髪を揺らしながら愚痴る。

「リア姉を疑う訳じゃないけど、大丈夫なの？」

「ある程度の結果を示して貰もらわないと、こちらも困る」
「やはり、下賤げせんな獣遣つかいなど当てにしたのは失敗だったかと」

　さりげなく相乗りして第一王子のルベルトが呟けば、透すかさずに専属司祭を兼ねる聖堂騎士の青年が当て擦り、双子の姉にあたる少女を苛立たせてしまう。

　些末さまつなことに惑わされては獣霊支配の精度が落ちるため、自身の影に双頭の猟犬オルトロスを潜ひそませた彼女は探索に集中するが、心頭滅却の境地へ立つことは叶わなかった。

「黙れ、浅慮な輩やからども… 失礼、本音が漏れました、聞き流してください」
「貴様、殿下に対して失礼だろう！」

「ははっ、構わないさ、初めて出遭あった中等科の時代を思い出したよ」

　上手く猫を被かぶっているものだと、一人になりたくて訪れた栽培区にある大樹の下、木漏れ日の降り注ぐ昼寝スポットの占有権を巡めぐって、遅参の後輩に口喧嘩を仕掛けられた優男は笑う。　

　尤もっとも、それは相手の立場を知らなかった時点の行為であり、何度か顔を合わせて知己ちきとなった後は礼節を踏まえ、良家の淑女然とした態度を取っている訳だが……

「焦じれて素が出るセリアの性格は相変わらずだな、別に気負わなくてもいいぞ。何かしらの情報は教皇派の者達や、警邏けいらに勤いそしむ手駒の官憲からも上がってくるはずだ」

「ん、悔しいけど先輩の言う通りかな？ どんなに頑張っても、結局は運任せに… ッ、いけるかもしれません！」

　ピクリと猫耳を微動させて、獣人向けに設しつらえられた防刃ドレスのスカートより覗のぞく尻尾も燻くゆらせると、猫虎人の少女は慎重な足取りで入り組んだ路地の奥を目指す。

　数分ほど進めば昏睡事件の多発に伴ともない、市井しせいで目撃情報が寄せられるようになったという、翼を広げて１メートル前後といった “無貌むぼうの蝙蝠” が一匹、人知れず裏道にある建屋の軒のきにぶら下がっていた。

「逢魔おうまが時だね、どうするの、ルー先輩？」
「第一に捕獲、それが無理なら仕留めて遺骸を調べる」

　小声で尋ねてきた某家に属する双子の妹、セリカに答えて公子が魔法銀ミスリル製の長剣を鞘より抜くと、小首を傾かしげた蝙蝠は自らの意志で地面へ落ちる。

　飛んで逃げられる心配がなくなり、密かに射撃系魔法を構築していた後輩の猫娘は拍子抜けするものの… めきめきと骨肉が軋む異音を連続的に響かせ、僅わずか数秒で痩躯そうくの翼持つ異形と成り果てた。

「――ッ、――ァア――！！」

　のっぺりとした黒面の怪物は可聴域外の産声を上げ、同時に幾つもの小さな金属球を宙空へ生じさせる。

　さらに不釣り合いなほど長い腕など振るい、それらを哀れな獲物目掛けて一切の呵責かしゃくなく撃ち放った。