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王の帰還と祭事
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――― 大陸暦1547年 第12月の下旬 ―――
朝方、最初に幾つかの騎影を捉えたのは北側の防壁に上がって、高性能な可変倍率式の望遠鏡を覗いていた衛兵の一人であり、その声で釣られた他の者達も同じ光景を目にしていく。
因みに彼らのいる歩廊は地上14mほどの高さなので、これに視座と並行世界の地球半径も加えたものを斜辺とする直角三角形より、三平方の定理にて導出される水平線までの可視距離は光の屈折率を考慮した場合、約15㎞もあったりする。
「視野に入っても、ここからが長いんだよなぁ……」
「識別可能な範囲に到達するのを待つまでもなく、先触れが来るだろう」
「ははっ、そうでないなら、一波乱ですね」
「… 余所の騎体ってことか、物騒なことを口にしないでくれ」
王都の対抗戦力がクラウソラスの二騎しかない時に何を言うんだと、現場責任者である分隊長が話し掛けてきた若い相手を諫めていれば、早駆けしてきた騎馬の到来を別の衛兵に告げられる。
眼下に至った騎兵はフード付きの迷彩外套をばさりと外し、身に纏う軍服と制式の軽装鎧で自身の所属を示してから、発声のために大きく息を吸い込んだ。
「遠征軍の斥候隊で副長を務めるフリッツ・レイズだ! 王の帰還を報せに城へ向かう、罷り通るぞ!!」
「冬の長旅、お疲れ様です。どうぞ、お通りください」
上下関係に厳しい軍組織の格付けに従い、自身よりも立場的に上の副長格に畏まった態度で分隊長が応答すると、斥候騎兵は日中故に解放されていた落とし格子と門扉を潜り抜ける。
裏側の両端に立っていた数名の衛兵から、軍式の略礼を受けた彼は散見される人々を巧みな馬術で器用に避けつつ、駈歩の速度で大通りを進んでいった。
その姿を城壁より見送っていた一人が嬉しそうに相好を崩して、ぽつりと言葉を零す。
「この様子だと行軍速度を歩兵に合わせているとしても、午後には陛下やライゼス様も戻ってくるでしょうし、漸く延期されていた騎士王祭が開催されますね」
「と言っても、俺達は夕刻の交代まで北門に釘付けだがな」
「お役御免になったら、皆で酒場にいきましょう」
砕けた調子で城壁歩廊の衛兵らが軽口を叩き合い、遠征軍帰還の噂を聞いていた王都の住民達も、何処か浮ついているのとは対照的に…… 待ち望まれている帰還者達の過半数は精魂尽きかけていた。
寒さに震えながらも約二週間の行軍を続け、必要とあらば浅く雪の積もる山道を踏破してきた一般兵科の者達は特にその傾向が強く見受けられる。
最寄りの都市ヴィンタールの郊外で、到着時刻の調整も兼ねた野営を挟んでいたが、一朝一夕で蓄積した疲労が抜けるなどあり得ない。
『騎士王の帰還を以って、祭を始めると言われてもな』
『ん… 少し温度差があるよね』
乗騎ベルフェゴールの疑似眼球を通して徒歩の兵卒達など見遣り、思わず俺が水を差せば後部座席のレヴィアも同意を返してくれる。されども、恐らく発案者は国威発揚を意識した彼女の父親であり、宰相も務める魔術師長のブレイズだ。
客観的に考えると都度の伝令を帝国まで送り込み、小刻みに現地の情勢と帰国時期を確認していたのは祭事のためだろう。
そんな疑念を抱きつつ、外部拡声器の接続が切れているのを一瞥してから、多少の愚痴をぶちまける。
『寧ろ、王城の大浴場に直行して湯船へ浮かびたい……』
『ふかふかのベッドにダイブして、ぐっすりと昼まで寝たいかも?』
ほぼ同時に漏らした心の声は皆の共通認識だが、戦場に帯同できないイザナが騎士王祭に関する取り纏めで頑張っていた事や、王都に住まう多くの臣民が望んでいる状況もあって、もはや祭の開催は不可避だ。
致し方ないと腹を括ったところで、行軍時は接続状態にある念話装置の共有回線から、言うか言わざるか悩んでいるような琴乃の声が躊躇いがちに届く。
「帝国のリグシア領ほどじゃないけど、こっちも犠牲者でてるのにね。何かさ、気持ちと噛み合わないものがあるよ」
同期の弓騎士ダーヴィと相棒の魔導士など、戦死者を悼んで吐露された心情には共感できるものの…… “滅びの刻楷” が猛威を振るう並行世界の地球で、戦いの度に沈んでいては自壊するだけだ。
ただ、スヴェルS型一番騎に同乗しているイリアを含む誰もが敢えて触れず、各自の胸裏に留めて背負う諸々を衒いなく口外できるのは、琴乃が持つ美徳なのかもしれない。
「彼らのお陰で救われた生命もあれば、将来的な破綻を防ぐ礎にもなっている。失うことに慣れなくていい、健闘を称えてやる事はできないか?」
「…… うん、善処するね、蔵人さん」
やや沈んだ調子の返答を聞き、気を利かしたレヴィアが秘匿回線に切り替えて、改造騎のガーディアに繋いでくれる。
逆らう理由も無いので素直に意図を汲み、同郷の少女を湿原地帯で保護してくれた二人に “フォローしてやって欲しい” と頼み込んだ。
「また、面倒なことを……」
「文句言わないの、無駄にツンデレを発揮しなくて良いからね、ディノ君」
根っこの部分ではお人好しな癖に憎まれ口を挟む弟分に苦笑しつつも、快諾してくれたリーゼに感謝を捧げ、乗騎を一定の歩幅で動かすことに傾注する。
王都北門に着くと清和源氏の “三つ葉竜胆” を原型として、西洋風にアレンジした紋章の旗を持つ二騎のクラウソラスと儀仗隊が出迎えに来ており、誘導される形で紙吹雪の舞う賑やかな市街地へと踏み入った。
--------------------------------------------------------------------------------------------------後書き
帝国騒乱編も終わりという事で、一時的に完結とさせて頂きます。
一度は中途半端なぶつ切りとなっていた本作ですが、何とか当初に考えていたプロットの部分まで物語を書き切る事ができました。
これも偏に皆様の応援のお陰です_(._.)_
私の作品に限らず、皆様の応援は『筆を走らせる原動力』になりますので、縁のあった物語は応援してあげてくださいね(*º▿º*)
朝方、最初に幾つかの騎影を捉えたのは北側の防壁に上がって、高性能な可変倍率式の望遠鏡を覗いていた衛兵の一人であり、その声で釣られた他の者達も同じ光景を目にしていく。
因みに彼らのいる歩廊は地上14mほどの高さなので、これに視座と並行世界の地球半径も加えたものを斜辺とする直角三角形より、三平方の定理にて導出される水平線までの可視距離は光の屈折率を考慮した場合、約15㎞もあったりする。
「視野に入っても、ここからが長いんだよなぁ……」
「識別可能な範囲に到達するのを待つまでもなく、先触れが来るだろう」
「ははっ、そうでないなら、一波乱ですね」
「… 余所の騎体ってことか、物騒なことを口にしないでくれ」
王都の対抗戦力がクラウソラスの二騎しかない時に何を言うんだと、現場責任者である分隊長が話し掛けてきた若い相手を諫めていれば、早駆けしてきた騎馬の到来を別の衛兵に告げられる。
眼下に至った騎兵はフード付きの迷彩外套をばさりと外し、身に纏う軍服と制式の軽装鎧で自身の所属を示してから、発声のために大きく息を吸い込んだ。
「遠征軍の斥候隊で副長を務めるフリッツ・レイズだ! 王の帰還を報せに城へ向かう、罷り通るぞ!!」
「冬の長旅、お疲れ様です。どうぞ、お通りください」
上下関係に厳しい軍組織の格付けに従い、自身よりも立場的に上の副長格に畏まった態度で分隊長が応答すると、斥候騎兵は日中故に解放されていた落とし格子と門扉を潜り抜ける。
裏側の両端に立っていた数名の衛兵から、軍式の略礼を受けた彼は散見される人々を巧みな馬術で器用に避けつつ、駈歩の速度で大通りを進んでいった。
その姿を城壁より見送っていた一人が嬉しそうに相好を崩して、ぽつりと言葉を零す。
「この様子だと行軍速度を歩兵に合わせているとしても、午後には陛下やライゼス様も戻ってくるでしょうし、漸く延期されていた騎士王祭が開催されますね」
「と言っても、俺達は夕刻の交代まで北門に釘付けだがな」
「お役御免になったら、皆で酒場にいきましょう」
砕けた調子で城壁歩廊の衛兵らが軽口を叩き合い、遠征軍帰還の噂を聞いていた王都の住民達も、何処か浮ついているのとは対照的に…… 待ち望まれている帰還者達の過半数は精魂尽きかけていた。
寒さに震えながらも約二週間の行軍を続け、必要とあらば浅く雪の積もる山道を踏破してきた一般兵科の者達は特にその傾向が強く見受けられる。
最寄りの都市ヴィンタールの郊外で、到着時刻の調整も兼ねた野営を挟んでいたが、一朝一夕で蓄積した疲労が抜けるなどあり得ない。
『騎士王の帰還を以って、祭を始めると言われてもな』
『ん… 少し温度差があるよね』
乗騎ベルフェゴールの疑似眼球を通して徒歩の兵卒達など見遣り、思わず俺が水を差せば後部座席のレヴィアも同意を返してくれる。されども、恐らく発案者は国威発揚を意識した彼女の父親であり、宰相も務める魔術師長のブレイズだ。
客観的に考えると都度の伝令を帝国まで送り込み、小刻みに現地の情勢と帰国時期を確認していたのは祭事のためだろう。
そんな疑念を抱きつつ、外部拡声器の接続が切れているのを一瞥してから、多少の愚痴をぶちまける。
『寧ろ、王城の大浴場に直行して湯船へ浮かびたい……』
『ふかふかのベッドにダイブして、ぐっすりと昼まで寝たいかも?』
ほぼ同時に漏らした心の声は皆の共通認識だが、戦場に帯同できないイザナが騎士王祭に関する取り纏めで頑張っていた事や、王都に住まう多くの臣民が望んでいる状況もあって、もはや祭の開催は不可避だ。
致し方ないと腹を括ったところで、行軍時は接続状態にある念話装置の共有回線から、言うか言わざるか悩んでいるような琴乃の声が躊躇いがちに届く。
「帝国のリグシア領ほどじゃないけど、こっちも犠牲者でてるのにね。何かさ、気持ちと噛み合わないものがあるよ」
同期の弓騎士ダーヴィと相棒の魔導士など、戦死者を悼んで吐露された心情には共感できるものの…… “滅びの刻楷” が猛威を振るう並行世界の地球で、戦いの度に沈んでいては自壊するだけだ。
ただ、スヴェルS型一番騎に同乗しているイリアを含む誰もが敢えて触れず、各自の胸裏に留めて背負う諸々を衒いなく口外できるのは、琴乃が持つ美徳なのかもしれない。
「彼らのお陰で救われた生命もあれば、将来的な破綻を防ぐ礎にもなっている。失うことに慣れなくていい、健闘を称えてやる事はできないか?」
「…… うん、善処するね、蔵人さん」
やや沈んだ調子の返答を聞き、気を利かしたレヴィアが秘匿回線に切り替えて、改造騎のガーディアに繋いでくれる。
逆らう理由も無いので素直に意図を汲み、同郷の少女を湿原地帯で保護してくれた二人に “フォローしてやって欲しい” と頼み込んだ。
「また、面倒なことを……」
「文句言わないの、無駄にツンデレを発揮しなくて良いからね、ディノ君」
根っこの部分ではお人好しな癖に憎まれ口を挟む弟分に苦笑しつつも、快諾してくれたリーゼに感謝を捧げ、乗騎を一定の歩幅で動かすことに傾注する。
王都北門に着くと清和源氏の “三つ葉竜胆” を原型として、西洋風にアレンジした紋章の旗を持つ二騎のクラウソラスと儀仗隊が出迎えに来ており、誘導される形で紙吹雪の舞う賑やかな市街地へと踏み入った。
--------------------------------------------------------------------------------------------------後書き
帝国騒乱編も終わりという事で、一時的に完結とさせて頂きます。
一度は中途半端なぶつ切りとなっていた本作ですが、何とか当初に考えていたプロットの部分まで物語を書き切る事ができました。
これも偏に皆様の応援のお陰です_(._.)_
私の作品に限らず、皆様の応援は『筆を走らせる原動力』になりますので、縁のあった物語は応援してあげてくださいね(*º▿º*)
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なろうから途中でこちらで読みましたが、アルファでは章分けされていないんですね。
クロードがいきなり婚姻して王になりましたが、この世界では稀人はそれだけ特別な存在であるとの認識でよろしいのでしょうか?
それとも周りが面倒事を全て押し付けてきたと解釈すべきでしょうか(笑)
後者のような気がする(∩´∀`)∩
おもしろい!
お気に入りに登録しました~
スパークノークス様、いらっしゃいませ~
そして嬉しいお言葉ありがとうございます!!
完了って、完結じゃ無いよね。続き有るよね。
ボチボチと書いて行きます!