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いつが引き返さない一歩だったのか?
しおりを挟む1955年04月18日 アメリカ合衆国モンタナ州
元・国務長官のコーデル・ハルは、先日受
け取った手紙を読み返していた。差出人がハルの家を訪問したいということが書かれているのと、日付は今日で間違いないことを眺めていた。
パトカーに先導されたセダンが見えたので、ハルは玄関を出て、家の前で出迎えた。セダンが止まり、降り立った人物は、写真では何度も見たことがある日本の元首相の東條英機だった。彼らとの外交戦に敗北し、失意のうちに政治家を引退することになったハルだったが、東條を迎えるというのに、不思議なことに政敵と対面するという心境ではなかった。
「いったいあの若者は何者なのですか?」
自ら入れたコーヒーを差し出しながら、ハルは話を切り出したのだが、この二人の間では、『あの若者』が誰を指すのかなど確認する必用もないことだった。
そう、あの若者の登場で、それまで優位にいたはずの外交戦で全てが逆転してしまったのだ。
東條は頭を掻きながら
「実は私にもよく分からないのですよ。私も何度も何度も聞こうとしましたが、それをすれば彼がどこかへ行ってしまう、というよりも消えてしまいそうで、それが怖くて聞けなかったのですよ。そして今でも聞けないでいるのですよ」
「なるほど」
「で、そういう質問を受けたのは貴方が初めてではありません。その質問に答えるためにも、私は一冊の本を書こうと思っているのですが、そのために貴方の日記をお借りできないかな?と思い訪問しました」
「…」
「確かに国家機密に類する部分もあるでしょうが、ぜひぜひお願いしたいのです」
ハルはしばらく考え込んだ後に
「分かりました。ただしお渡しできる部分を選ぶのに少し時間をください」と応えた。
すでに現役を退いたとはいえ、長年にわたり日本の首相を務めた東條なので、在宅中も複数の警官がハルの家に周囲に配置されていたが、東條が玄関に現れると、玄関の周囲に集まり、彼らに囲まれてセダンに乗り込む東條の背中を見送ったハルは、さっそく約束の手記の纏めに取り掛かった。
一年後に送られてきた本(日本語の原本と英語に翻訳された2冊が入っていた)を開いたら…
確かに多くの謎が解けた部分もあるが、核心には迫っていない部分もあった。やはり元首相の著作としては書けることも限界があるのだろう。ハルはペンを取って手紙を書き始めた。
1941年10年01日 東京市
思えば、あの青年との出会いが全ての始まりだった。憲兵に尋問されていたあの青年を救ったことが…、だがその青年に言わせれば、憲兵から救われたことが、この私が救われることになろうとは、いや、救われたのは我らが大日本帝国だと言うべきであろう。
私のことを、総理大臣と最初に言ったのがあの青年だった。その青年の発した言葉は今でもはっきりと覚えている。それに対して
「私は陸軍大臣だ!総理大臣ではない」と間違いを指摘したのだが
「閣下、陛下の御心をご存知か?米国との戦争を避けたいと願っておられる陛下の御心をご存知か?」
この一言には頭の中が真っ白になり、怒鳴りつけたい心境だったが、不思議なことに私の口から出たのは
「貴官には、何か良い知恵でもあるというのか?」だった。それは自分でも意外だったが
「あります」
とその青年は自信をもって答えた。
「なら、その良い知恵というものを教えて頂きたい」
青年を尋問していた憲兵・職務の中断を余儀なくされて困惑する下士官を伴い、青年を我が家に招いた。だが事は国家の運命が掛かっているのだ。憲兵の職務遂行は青年の話を聞いてからでも遅くはないだろう。今しばらく待ってもらうようにお願いし、青年を通した応接室の隣の部屋に控えてもらった。
藁にも縋る思いだったのだが、その青年の口からは、今我が大日本帝国が置かれている苦境を打開する名案が次々に出てくる。書類にして残すために便箋に青年の言うことを書き写し、詳細については再度質問した。青年と話し始めたのは、まだ宵の口だったのだが、気がついたら夜が明けていた。濃霧で身動きが取れずにいたところ、急激に視界が開けたような心境だった。ただ、青年の話の全てに納得した訳ではないが、これで帝国は救われると確信したことは間違いない。
その日は、陸軍省で決済をする重要書類があり、休む訳にはいかなかった。
青年には
「憲兵隊には行ってもらわねばなりませんが、何を聞かれても『軍事機密なので私・東條に聞いてくれ』と答えてください」と言い、隣室に控えていた伍長の階級章をつけている憲兵に、所属・姓名を再び聞いたあとで
「貴官の職務の遂行を妨げるつもりはないが、彼にはまだまだ教えて欲しいことがある。私の大切なお客様だということは理解してもらいたい」と断って陸相官邸を出た。
帰宅後に青年から聞いた話では、憲兵の伍長から
「ご同行お願いします」と促され
「はい」と答えて、電話連絡で伍長が手配した車で司令部に連れて行かれた。
拷問のような取調べがあったとしても一日だけの辛抱だと覚悟を決めていたらしいが、通されたのは応接室だった。しかも部屋に入った時には既にお茶が出ていた。司令部に入った時から後ろを歩いていた大尉の階級章をつけた伍長の上司らしき憲兵から
「何かありましたら、こちらの米原伍長に申し付けてください。私は木村大尉と申します」と挨拶された。
いかに東條陸相から連絡があったとはいえ、全てが拍子抜けだったという。
ずいぶん後になってから知ったことだが、米原伍長から連絡を受けた司令部では
「東條閣下の『大切なお客様』だと?無礼があったらタダでは済まない」
「尋問などして、知らなくても良いことを知ってしまえばとんでもないことになりますね」
「それにしても米原伍長は関わりたくないものを拾ってくれたなあ」
「ただ、逃げられたら、叱責じゃあ済まないですね。米原伍長に『大切なお客様』を厳重に監視させておきましょう」
という遣り取りがあったらしい。
お茶を飲み終えたら
「おかわりはどうですか?」と米原伍長から声を掛けられた。
「はい、お願いします。それと退屈なので、何か読むものはないでしょうか?」と答えたらさっそく手配してくれた。
何冊かの雑誌や新聞が手渡されたが、令和の世から見たら、80年近くも昔の印刷物など、文字や文章が古臭く読むのに苦労したが、下手なことを言って
『やはり怪しい奴だ』
と取調べが始まっても馬鹿馬鹿しいので、黙って読み進んだ。
とはいえ、油断させておいていきなり取調べが始まるのではないかという一抹の不安はあったが、昼食も出てきた頃にはかなり和らいでいた。夕方になったら木村大尉に促された伍長が、朝と同様に車で陸相官邸まで送ってくれ、迎えに出てくれた陸相夫人から昨日と同じく応接室に通された。依然として米原伍長の監視付だったが、彼は何一つ質問するでもなく傍にいるだけだった。
帰宅した東條陸相を米原伍長と共に出迎えた時に、憲兵には聞こえない声で
「憲兵隊はどうでした?」と質問されたので
「事務所に連れて行かれましたが、食事と雑誌を提供されただけでした」
「おそらく憲兵隊も気を使ってくれたのでしょうね」
陸相は伍長に礼を言うと共に、伍長の所属司令部にも電話を掛けて
「心遣いを感謝する」という意味のことを話していた。
私に向き直った陸相は
「お疲れのところ申し訳ないが…」と切り出した。
「いえ、私よりも陸相の方が…」
「事は国家の運命の掛かった重大事です。陸相たる私が疲れたなどと言ってはおれません。見たところ閣僚でも官僚でもない貴方には、何の義務もないのに申し訳ないことです」
「それでは、昨日の話で確認事項などありましたら…」
陸軍省での執務中に浮かんだいくつかの疑問点を確認した後に、他の閣僚に対して伝える際にどこまでを言うべきかを打ち合わせたら午後10時を過ぎていた。その日はさすがにそれで切り上げ、食事と酒を青年に提供し、隣室に控えていた米原伍長には
「貴官は彼に用事がありますか?」と確認し
「いえ、ありません」とのことなので
「それであれば、彼の行動にはこの東條が責任を持つので、貴官にはお引き取りをお願いしたい」と告げたら、伍長はほっとした表情で敬礼した。伍長を玄関まで見送った後で、応接室に戻ると、
『先に食べていてくれ』と言ったにもかかわらず青年は箸もつけずに待っていた。
「お待たせして申し訳ない。いただきましょう」と声を掛けて初めて青年は箸を手にとった。食事を終えて歓談し酒が進んだ頃に青年の様子が何かおかしいことに気がついた。
『何か、まだ私に伝えていない重大事項でもあるのだろうか?』と思い質問したら、青年は迷った後に話を切り出した。
「陸相は、昨日、私が陸相のことを『首相』と言ったのを覚えておられますか?」
「はい、覚えています。つい昨日のことですからね」
「実は、あれは本当のことなのです」
「何ですと?私は、陛下に叱責されて陸相を辞任することさえ考えているのですぞ!そうなった場合に後任の陸相に引き継げるように、貴方の名案をこうして纏めているのですよ」
「私がいた世界では、近衛内閣総辞職後に、陸相に次の首相の座が回ってきます。にわかには信じられないことかもしれませんが…」
「信じがたいことです。にわかには信じがたいことです」
「…」
「ですが、今までの貴方の言うことは全て辻褄が合っていて、しかも、誰も思いつかない名案を教えてくれた。未来を知っているとしか思えないぐらい貴方にはすべてが見えている。その貴方が言うのですからそうかもしれませんね」
あまりに予想外のことに頭が混乱したが、これで陸相を辞めた場合、住む家の心配をしなくても良くなったと頭に浮かんだことが自分でも可笑しかったが、『私のいた世界』という言葉に、やはりこの青年は別世界の住人だったのかと妙に納得してしまった。
かぐや姫のように、いつかは月に帰ってしまうのだろうか?その“いつか”が今すぐでも文句は言えないが、せめてこの難局に目途がついてからにしてほしいものだ。
この当時、家を建てる材木は配給制だったので、どれだけ欲しいと思ったとしても、いくらお金があったとしても、申し込んで順番が回ってこなければ材木を買うことはできなかった。東條英機は、陸軍大臣ほどの要職にありながら、一般人と同じ行列に並び材木の配給待ちだったので(たとえお金はあったにしろ)自宅はなかった。もし、やり手の材木商がいて、要人とのパイプが欲しければ、東條のところに
『特別に材木を手配できるのですが…』と美味しい話を持ってきそうなものだが、そういう場合にも
『貴様、怪しからんではないか』と、自分にとって有利な話を持ってきた人間相手でも、規則を破る人間を叱りつけるような潔癖な人物だったのだろう。現在の天下りすることしか考えていない官僚に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。
住む家のことはともかく
『できれば、この青年にはずっと家に留まって、いろいろ教えて欲しい』と考えていた。脅迫したつもりはないが
「貴方が、この家にいる限りは、憲兵隊も手をださないでしょう」と、どこにも行って欲しくないとの希望を暗に伝えた。
安心したのかどうかは分からないが、
「関口と申します。よろしくお願い致します」
「陸軍大臣の東條と申します。もうすぐ首相に就任予定でございます」と少しおどけて挨拶をしたが、一日以上一緒にいるのに、名乗ったのは今が初めてということが可笑しくて、二人で大笑いしてしまった。
10月17日、私は陛下に呼び出され、青年の予言どおり、大命降下を受けた。日米問題・日中戦争の打開策を青年から授けられた私にとっては、光栄なことだった。
『これで陛下のご心労を軽減できる立場を手にいれた。困難は無限にあるがやってみせる!』と思ったものだった。
陸軍省を出発するときには、
『陛下に叱責されるのでは?』とか
『大命降下なのでは?』と情報が交錯していたが、私には全てが見えていた。
そもそも東條内閣とは、前任の近衛内閣が解決できなかった難問を、全て押し付けられて成立した内閣なのであって、言わば割を食った内閣なのである。対米英宣戦布告をしたのは東條内閣であるのは間違いないが、その既定路線を敷いたのは、無能かつ無責任な近衛文麿だった。
状況を悪化させるだけ悪化させておいてから、敵前逃亡のように内閣を放り出す様は、彼の孫にも見事に遺伝しているようだ。そして、就任時に期待の大きかったことと、政権末期には、多くの人を落胆させたことも彼らの共通点である。
その彼の孫と同じ時期に颯爽と登場した史上最悪のセクシャルスキャンダル大統領のビル君も同じ傾向がある。女性にちょっかいを出したことが話題になる度に、そこから目を逸らすために空爆を行い、世界中から恨みを買って9.11を呼び込んで、後任のブッシュJrはその後始末に苦労して何もできなかった。確かにJr本人は馬鹿だったかもしれないが、側近には優秀な人材が揃っていた。その優秀な人材をもってしても、ビル君が壊した世界秩序の修復で手一杯だった。他人事ながらJrの境遇には同情する。ただ、東條と違って、国際法違反の裁判に掛けられて殺されることはなかったことが大きな違いだったのだが…。
しかし、9.11について、あるニュースキャスターは
『ビル君が大統領の時には、しっかり話し合いをしていたからこんなことは起こらなかったが、Jrが大統領になったら、それをしなくなったから同時多発テロを招きよせた』と的外れな事を言っていた。
仮にJrに代わってから、数か月後に、テロリストが
『やはりアメリカは許せん』と決意したとしても、あんな大それたことが半年やそこらの準備期間でできるはずがない!ということを、そのキャスターには分からないようだ。こんな思考力のない奴でもキャスターが務まるのだから、日本のマスコミのレベルの低さは末期的だ。
さらに言えば、ビル君が壊した世界秩序の修復には、Jrだけでなく、その後任のオバマ大統領も苦労した。ビル君は、本当に他人に迷惑を掛ける達人である。
話し合いと言えば、史実では、東条英機は閣僚間の意思の齟齬が生じないように、閣僚と話をする度にその理解度を手帳にメモして皆の意思が統一されたと確認されるまで対話を続けた。それは、とても良いことではある。
しかしながら、開戦に賛成しているようでもあり、反対しているようでもあるように振る舞い、明確な意思表示を避けようとしているとしている人、あるいはこの問題から逃げようとしている閣僚を追い込んでしまった側面もある。明確に開戦に反対すれば、陸軍の強硬派や急進的な右翼に何をされるか分からないが、開戦に明確なビジョンがあるわけでもないので、閣僚の良心の部分では賛成する訳にもいかず、そういう態度をとるしかなかったのだが、それを許さなかったのが東條の律義さだった。
律儀と言うものは、個人の資質としてはとても素晴らしいことだが、国家レベルで重大な問題を解決するには逆効果にしかならないこともあるようだ。
組閣を完了した段階で青年を東郷外相に引き合わせた。私が纏めた書類を読んでもらい、それの発案者だと紹介した。外相も私と同じく光が見えたという表情だった。
最初の閣議では、
「日米交渉の不調により、先の近衛内閣は総辞職しましたが、これはルーズベルトの陰謀です。日本との戦争を望むルーズベルトは日米交渉が纏まっては困るのです。それで、近衛前首相が首脳会談を望んだのに事実上拒否しました。
仮に、ルーズベルトの無理難題を我が国が全て呑んだとしても、新たな無理難題を突きつけてくるだけです。
この内閣の使命は、ルーズベルトの陰謀に負けずに国力を蓄え、いつか米国との戦争に勝てる国を作る土台を作ることです」と言い閣僚を見渡した。状況が理解できないのか呆け顔の閣僚もいたが
「石油ですが、これはインドネシアの石油を入手します。ただし、オランダに依頼するのではなく、インドネシアの独立を支援し、インドネシア人の正統なる政府から正当な取引として入手します。他のアジアにおけるイギリスの植民地にも独立支援活動を行います。これは、日本の行動が、私利私欲ではなく、アジアに自由をもたらす為のものであるということを世界に示す為のものです。幸いにも米国は、フィリピンには独立を与えることを約束しているので、米国とは当面闘わなくても済みます。ですので、戦争目的は、アジアの解放であることを高らかに宣言して戦いを始めます」と続け、最後に
「多くの問題はあるでしょう。しかし、この難局を乗り切ることこそ、我が内閣の使命なのです」と締めくくった。
現状の分析と、これからの構想を披露した最初の閣議が終わった。私の発言は青年の受け売りだったが、閣僚も、私が初めて青年の話を聞いた時と同じ心境のようだが、この話は陸軍にも伝わり、
『いましばらくは、東條の言うことを聞いておこう』という空気になったようだ。
しかし、考えてみれば馬鹿な話だ。陸軍の最高責任者である陸軍大臣(首相兼任)の私でも、陸軍を完璧には統率できていないのだから…。というよりも、陸軍を実際に動かしているのは、過激な思想を持っている中佐・大佐の連中なのだから、このままでは国家崩壊だ。抜本的な改革が必要だったが、一つ間違えば彼らの暴力は、この私にすら向かってきかねないのだ。
『いましばらくは東條に任せておけば』ではなく
『東條の言うことは絶対だ』であるべきなのだ。そう考える人間が増えていけば望ましいことになるのだが、まだまだ時間が必要だろう。その時間を短縮するには、私は他の誰よりも有能な首相でなければならない。誰にも思いつかない凄い手を打てる陸相でなければならない。そういう実績を積み重ねれば、状況を悪化させるだけさせておきながら、さらに破滅的な状況に突き進もうとする過激派も、私に一目おくようになり、やがては息を潜めて何も言わなくなるだろう。その為には関口さんの存在は頼もしい限りだ。
いつの頃からか、私が情報源とする青年のことが知れ渡るようになり、閣僚の側から、その青年を閣議に招こうという話がでてきた。私としてもそうしたかったが、
『そいつは何者だ?』という反発を避けたくて私からは言い出さなかった。
概略は私が説明していたが、関口さんを招いた最初の閣議で、あの青年・関口さんは
「米国との戦争には絶対に勝てません。それは、米国は戦略的には途方もなく強い国だからです。例えば、10隻の戦艦を撃破したところで、3年後には20隻の戦艦が攻めてきます。これを撃破できてもさらに3年後には30隻の戦艦が攻めてきます。一人討たれれば二人に増え、二人討たれれば四人に増える阿修羅の軍隊と戦っているようなものです。今の時点では米国との戦争は絶対に避けるべきです。
米国の国力は世界の50%です。すなわち世界中の国が連合して戦いを挑んでも勝つ可能性すらあるということです。その50%の米国に戦いを挑むのに、味方に大海軍国は一つもありません。ドイツ・イタリアの海軍は、英国海軍に押さえ込まれて大西洋や地中海では自由に活動できません。同盟国の海軍は米国との戦いに何ら助けにならないのです。
仮に、今戦争を始めたとして、世界最強の連合艦隊は三年間太平洋を制圧するでしょう。国力ではなく戦闘力で評価すれば日本の海軍は世界の40%だからこそ可能なことです」との言葉に、それを聞いた嶋田海軍大臣は嬉しそうでもあったが、少し頭を傾げながら驚いてもいた。
「しかし、日米戦争が始まれば、五年以内には連合艦隊は壊滅し、海外からの物資も届かなくなり、武器も弾薬も食料でさえ作れなくなり必ず負けます。それは海軍の責任ではなく、日本の国力の責任なのです。
明治大帝の御代、三国干渉を受けた屈辱を、臥薪嘗胆を合言葉に、ロシアとの戦争に十年の準備期間を設けて開戦しました。そして大海軍国の英国も味方でした。それだけのことをやったから、国力に勝るロシアとの戦争に勝つことができました。またロシアは日露戦争後わずか十数年で崩壊する年老いた国であり、革命に苦しむロシア政府は、それを抑え込むためにも、早く戦争を終わらせたいと言う事情もあり、講和に応じてくれました。
それにひきかえ米国は、誕生したばかりの若い国です。ロシアのように革命を煽って戦争継続の邪魔をするという手も使えません。アメリカ国内にも問題は皆無ではありません。人種差別や先住民に対する迫害など、実に多くの問題を抱えていますが、戦争の継続が困難になるほどの問題ではありません。煽ったところで、それほどの効果も見込めません。
それと、どうしても米国と戦うのであれば二年前の段階で戦うべきでした。今はもう戦うには遅すぎます。
ルーズベルト撃つべし。私もその気持ちは誰にも負けないほど強いです。でも、戦っても勝てません。今は、国力を蓄えて、米国との戦争の準備に全力を傾ける時です。
例えば、空手の達人が10人いるのが日本の海軍です。それに引き換え、米国は、達人など一人もいません。やっと黒帯を取った人間しかいないのが米国です。ですが黒帯は50人以上であり、緒戦で勝ち切れなかった場合には、時間が経てば経つほどアメリカ海軍は経験を積んで強くなると共に、無限に人数が増えていきます。道場の試合ではないのですから、戦いに参加する人数の制限はありません。たとえ達人でも黒帯10人に同時に襲いかかられたとして、勝てるのでしょうか?その時には勝てても、その次の時も、さらにその次の時も必ず勝てるのでしょうか?米国が三年たったら戦争を止めてくれるのであれば開戦大賛成です。しかし、始まった戦争をやめる事はどんな国でも難しいものです。
日中戦争の時も、南京陥落時に
『ここで戦争を止めよう!』という話も出たと聞いています。しかし、首都を落としたことだし、
『徹底的に蒋介石を追い込んでやれ!』と戦争継続になってしまった実例もあります。
開戦の目安としては、年に空母を十隻作れる国になったら戦いましよう。
空母とは、千キロ先の味方が困っている時に支援することができます。戦艦だと、せいぜい40キロ先までしか主砲は届かないのと大違いです。陸軍も全員に自動小銃を支給しましょう。仮に一人で斥候に出かけた兵士が、三人の敵兵を発見したとします。幸い、三人とも背中を向けている場合、自動小銃を持っていたら全員を撃ち殺せますが、手動の小銃では反撃されて生還すらできない可能性もあるので見逃すしかありません。当然ながら自動小銃は弾薬の消費量も莫大なものですが、それを供給できる工業力も整備します。
いま、米国は巨大な海軍を建設中です。いまの日本の国力でこれを打ち負かす海軍を建設することは不可能です。しかし三十年後には、いまの新鋭艦も全て老朽艦です。二十五年後に我が国も大軍拡に入り、五十隻の空母でもって米国に戦いを挑みます。もちろんそれを支える輸送船や艦載機も大量に作らなければなりません。兵員の養成も大変な作業です。しかし、三十年の準備期間があるので、不可能ではありません。
それと西アジアには莫大な石油が眠っています。西アジアを制圧し石油利権を手に入れます。西アジアの石油の方が米国の石油よりも質が良く、おまけに採掘費用も安く済みます。米国の石油会社の採算が悪化する値段で米国に輸出し、経営悪化につけこみ会社を乗っ取り、開戦の直前に米国の石油施設を使用不能にしておきます。そのうえで開戦すれば勝率は非常に高いです」
就任前には、何となく米国との戦争が始まると感じている閣僚はいたが、米国との戦争に勝つと断言した人間は初めて見たのだろう。彼らは何か遠い空でも見ているように感じた。
「いま戦って勝てるのでしょうか?言うまでもなく、米国との戦争の主役は海軍です。海軍の首脳の中で米国との戦争に勝てると断言できる人はいらっしゃるのでしょうか?
いま戦って勝てるのでしょうか?いま戦って勝てるのでしょうか?」
青年は、二度同じ言葉を繰り返したが、それは海軍大臣に対する質問ではなく、言葉を繋ぐために発せられたものだった。
「絶対に勝てません。世の中に絶対と言い切れることはさほど多くありません。先ほども言いましたが、アメリカとの戦争に勝てないという事実は日本の現状の国力の問題であって海軍の責任ではありません。米国に対抗出来るだけの国力を整えるのが先決です。
私の構想を
『そんなにうまくいくはずがない』と思われた方もいらっしゃると思います。しかし、私は勝つ方法を明示しました。いまの段階で開戦すべきだと主張される場合は、戦って勝つ方法を明示してください。
そして、日本は言うまでもなく地震国です。大地震は、いつ、どこで起きても不思議はありません。現に巡洋戦艦の天城は、関東大震災により、決まっていた空母への転用が不可能になり、戦艦加賀が空母へ転用されました。大地震が起きても戦力の整備が致命的な打撃を受けないように準備をすることも必要です。解放したアジア各地に造船所を建設して地震の打撃を最小限に抑えるようにするべきです。
いま、アジア解放という言葉を使いましたが、日本が戦うのはアジアの解放のためです。英蘭をアジアから追い払い、独立を支援します。多くの人は、英蘭の植民地を英蘭の持ち物だと思っていますが、アジアで、自ら望んで英蘭の植民地になった国はありません。すなわち英蘭はアジア人の自由を蹂躙する不当な侵略者にしか過ぎないのです。他人の持ち物を奪うことは悪いことですが、強盗に居座られて苦しんでいる人々を救うことは良いことなのです。日本はアジア人のためのアジアを作る戦いを始めるのです。そういう新たなる価値を創造することも含めての行動が、英蘭との戦いなのです。
英米は今年の八月に大西洋憲章を発表しましたが、実に美しいことを言っています。ですが、本心は白人が非白人を侵略することは肯定しています。少なくとも英国はそうです。英国と同じく人種差別主義者であるルーズベルトの本心は不明ですが、米国ですら、英国の植民地にもこの大西洋憲章は適用されるべきだと主張しています。
例外だらけのザル宣言が大西洋憲章なのですが、日本は、例外なく全ての侵略を否定し、アジアにおける英蘭の植民地を解放することにより、英米の偽物の大西洋憲章をぶっ潰し、真の大西洋憲章を確立すると世界に発信するのです。戦闘に勝つことも重要ですが、こういう思想の戦いに勝つことも重要なのです。日本の考えを発信することで、味方が増えて、時には一兵も失わずして戦闘に勝つことすらあります。
例えば、北アイルランドを解放すると言っておけば、アイルランドは友好的な中立を保ってくれるはずです。場合によっては、敵国や中立国に潜入した日本人を助けてくれるかもしれません。言うのは只です。金が掛かるわけでも兵員の労力がかかるわけでもありません。ですので、英米蘭の不利益になることはじゃんじゃん宣伝しましょう。
そして、英蘭との戦いに勝った結果、解放した地から資源を購入するのです。日本は、英蘭と違い泥棒ではないのですから、収奪するのではなく、あくまでも購入するのです。
確かに、蘭印の攻略が間に合わなかったり、石油施設を壊されてしまい、海軍を含めて日本にとって必要な石油が尽きてしまう危険もあります。ですが、いま米国と戦う危険に比べれば微々たるものですし、米国の石油会社といえでも、魅力的な条件を提示するなり第三国を経由するなりすれば、売ってくれるところは必ずあります。
史実でも、石油メジャーとの取引交渉を模索した組織があったが、開戦賛成派によって潰された。その組織が派遣した特使は、メジャーの代理人に会いに向かう途中で憲兵に拘束されたのだ。
しかし、日米戦争が始まれば、その裏技も使えませんので、今の段階では日米戦争は絶対に避けるべきです。
その為には、日米交渉決裂が、ルーズベルトの責任であるとアメリカ国民に知らしめて、米国を、と言うよりもルーズベルトを参戦不可能な状況に追い込み、英蘭とだけ戦争しましょう。
全ての問題はこれで解決します。
さらにもう一言言わせてもらえば、英蘭とだけ戦い、勝利した場合ですが、カナダに軍事基地を確保できる利点があります。あまり大規模なものを作ると、それだけで米国が参戦してくる可能性もあるので、基地の規模は状況を見ながらですが、現状に比べてはるかに有利な状況で開戦出来ます。情報収集や攪乱工作など、北米大陸に基地があれば非常にやりやすいでしょう。
それと、戦争が始まれば自分の家が焼かれる範囲に住んでいる米国人は、熱烈に戦争に反対してくれることでしょう。英蘭とだけ戦い勝利することは、来るべき対米戦争を有利に進める第一歩なのです」
と締めくくった。
疑問点がある場合は、その都度関口さんから回答してもらった。回答の要旨としては
“ルーズベルトに日米交渉をまとめる意思がない以上は、この交渉は絶対にうまくいかないのです。あの戦争狂人は一刻も早く日本と開戦したいのですが、いくら強大な工業力をもつ米国といえども、強力な海軍を持つ我が国との戦争準備はまだ整っていません。時間稼ぎの為に、最初は妥結する気のあるようなことを言いながら、目途がついたら、だんだん厳しい条件を突き付けてくる。最後には、戦争以外方法がない!と日本が決意するぐらい悪辣なことを要求し、日本を怒らせて戦争に持ち込むことが、ルーズベルトの狙いなのですから、妥結することを願って誠心誠意話し合ったこちらが馬鹿を見ることは明らかです。ですので、日米交渉は不調に終わりますが、その責任はルーズベルトにあることをアメリカ国民に知らしめて、ルーズベルトの口に口輪を填めて、戦争の出来ない大統領にしてしまいます。それが日米交渉の当面の目標です。
北方問題としては、我が国は日ソ不可侵条約によりソ連を攻撃することはできませんが、満州国はソ連と不可侵条約を結んでいるわけではありません。ですので、満州国空軍がシベリア鉄道を攻撃することは全くの合法です。ソ連は今、ドイツとの戦争で手一杯なので、少々のことでは、スターリンは日本の息の掛かった国に戦争を仕掛けてはきません。もし、満州国が対ソ宣戦布告することが問題であるのなら、大日本帝国でも満州国でもない第三の国家を建国しましょう。ここ数年でソ連の攻撃を受けたフィンランドやバルト三国、あるいは国家が消滅してしまったポーランドの出身者を国家元首に頂いた国を作りましょう。
それだけの工作をしても、ソ連からは、抗議がくるかもしれませんが、彼らは
『コミンテルンの本部はモスクワにあるが、ソ連は関係ない!』と主張している厚かましい連中なのですから
『満州国、あるいは日本が建国に協力した国のソ連攻撃には日本は関係ない!』と回答しましょう。
これらの手を打つことにより、安心して南方作戦を行いますが、資源地帯の占領、および植民地から解放し、これらの地域を独立させて、正当なる取引として資源を購入します。代金はこれらの国々に水道・電気・道路・港湾・学校・病院等を整備することで支払います。南方作戦の相手はイギリスとオランダだけですので確実に勝てます“
閣議における発言や説明で、青年・関口太郎は閣僚の信頼を勝ち取っていった。陸軍の若手将校の中にも関口さんに話を聞きに来る者も出てきた。
海軍絡みの話では私の口からよりも関口さんの方から話してもらった方が公正に聞いてくれることも多かった。
「私は、今の段階で米国との戦争には反対ですが、英国やオランダとの戦争には大賛成です。なぜなら負ける要素など何もないからです。オランダの海軍力など知れたものですし、英国海軍も、ドイツ海軍への抑えも必要なのでアジア方面に派遣できる艦艇など恐れるに足りません。特に空母機動部隊の実力では我が連合艦隊は世界の60%です。米国が30%だとして、残りが英国海軍の空母機動部隊の力です。そんな英国海軍が相手なので負けるはずがありません。断固として戦うべきです」
関口さんの主張にのせられたわけではないと思うが、いつの間にか英蘭とだけ戦うことは既定の事実のようになっていった。そして対米戦争を避けることもそうなっていた。
閣議での、正式な発言ではないが
「しかしながら、脆弱なるイギリス空母の艦載機に攻撃されて、タラントで大損害を被ったのですから、イタリア海軍というものは、どれだけ弱いのかという話です。
ドイツでも良識ある軍人は“イタリアは足手まといにしかならないので、三国同盟から排除したい”と主張している人もいるようです。
さらに言えば、対仏戦において、ドイツの勝利が確定してから宣戦布告し、カエサルの“私は来た、見た、勝った”という言葉を捩って“私は、彼が勝ったのを見てから来た”と皮肉られています。
イタリアは味方にすれば恐ろしいけど、敵に回せば頼もしいというのはヨーロッパ外交の鉄則です。しかし、ヒトラー総統はムッソリーニ首相個人に、先人として恩義を感じているので、彼の目が黒いうちは、イタリア追放はありえないですけどね!」という閣僚との立ち話でさえ、即座にメモ書きが回覧されたそうだ。
軍事的にはイタリアは恐ろしいほどに頼りにならないが、この時代の主な国の指導者として、ムッソリーニは最も教養深く理知的でまともな人物だった。
それは、彼が提唱するファシズム理論が、精緻かつ完璧で、ナチズムのようなインチキ理論とは比べること自体失礼な完全無欠なものだったことからも証明できる。
ファシズムという言葉は、日本をはじめ多くの国で、邪悪な独裁政権という意味で使われる事が多いが、そもそもムッソリーニ率いるファシズム運動が目指したものは、国家の強権でもって資本家や企業を強力に支配し、高度の福祉を実現し、国民の幸せを図るということなのだ。
こう書くと(結果はどうあれ)共産主義も同じことを目指したんじゃないの?という話が出てくるが、最も大きな違いは資本家や富農をいたずらに敵視しないことだ。国家の指導に服する限りは、殺されることも全財産を奪われることもないことが共産主義との最大の違いなのだから、同じ強権政治でも国民にとっても受け入れやすい運動だった。
そして何より重要なことは、ムッソリーニはレイシストでないということだ。
国家の指導者がレイシストかどうかを話題にする場合、チャーチルやルーズベルトがレイシストだと言っても誰も驚かないが、ヒトラーが凶悪な(最悪とは言ってない)レイシストだと言うと、日本人の場合は、怪訝な顔をする人もいる。それは、ヒトラーが日本人にとっては害のないレイシストと言うだけの話なのだ。
だから、ドイツは、英国と戦争中にも拘わらず、同じゲルマン民族であるイギリスの支配地域を、劣等民族である日本が攻撃することを内心快く思っていなかった節がある。
ムッソリーニは、日本の行動(英蘭の植民地解放)で世界は良くなる!共同で日本支持の声明を出そうと、何度も誘ったが、ヒトラーが拒否したのはそういう事情があってのことだろう。
余談ながら一言付け加えると、日本人にとって害のあるレイシストとの交渉は絶対に失敗してはならない。
11月1日の大本営政府連絡会議では
① ルーズベルトの目的は、日本を怒らせて、第一撃を撃たせて日米戦争を始める事である。
② しかし、今の段階ではそれは日本側の推測でしかない!と言い逃れられる可能性がある。
③ よって、その動かぬ証拠を提示されるまで日米交渉を行い、その不調がルーズベルトの責任であることをアメリカ国民に知らしめる。
④ しかる後に、対英蘭開戦する。
⑤ その開戦理由として、大西洋憲章にアジア地区担当として参加し、その憲章の精神を貫徹する為だと宣言する。
ということが確認された。
しかし、話が中国からの撤兵におよぶや杉山参謀総長が強硬に反対した。
「いま撤兵したら英霊に申し訳が立たない」などと、関口さんに言わせれば
『全く合理性のない子供の言い訳のような理屈です。英霊に申し訳が立たないと思う将校が、全員腹を切って英霊の所に謝りに行けば、英霊も分かってくれるでしょうが、実際に腹を切る将校は絶対にいません。撤兵反対なら撤兵反対でも良いのですが、誰もが納得するような理屈を言うべきですよ』と日本の軍人の合理性の欠如を批判した。その合理性を欠いた軍人には私も含まれるのだから耳が痛いものだ。
連絡会議で杉山総長の主張に
「本当のことを言ったらどうですか?」
首相兼陸軍大臣の最高顧問という資格で会議に参加していた関口さんの発言に、参謀総長の顔色が変わった。
「それは…」と口ごもる参謀総長を遮り
「中国から撤兵すれば、全滅の危険がある。というのが真の理由ですよね」との関口さんの問いかけに、参謀総長は何も答えなかった、というよりも答えることが出来なかったので、関口さんは続きを話し出した。
「戦史の知識も豊富な皆さんの前では、釈迦に説教でしょうが、撤兵・撤退・退却には様々な危険が伴います。
中世ヨーロッパでも、フランス軍がイタリアに遠征した時に、本国の事情で帰国せざる負えなくなった時に、それまで連戦連敗だったイタリア軍が息を吹き返し、フランス軍は大損害を被りました。
日本の戦国時代でも、浅井領内で織田信長と対峙していた朝倉義景が退却した時に、信長に追撃されて、ほぼ全滅した例もあります。
このように、退却とはとてもとても難しいものです。士気に関わることなので、作戦の最高責任者として言いにくいこともあるでしょうが、軍人ではない閣僚もいらっしゃるので、なるべく分かりやすいことを言うべきではないでしょうか」
参謀総長は、ほっとした顔を浮かべると同時に、名案を効かされた子供のような顔をしながら
「関口さんの言うとおりです」と短く呟いた。
これ以後、閣僚の間には
『全滅の危険があるのなら、撤兵反対も当然だ』となり、我儘を言う陸軍という印象は少し和らいだようだ。
陸軍が中国からの撤兵に反対する真の理由は、中国での作戦行動を継続すれば、特別予算がついて、その分、陸軍の立場が強くなるというだけのことだ。撤兵反対の理由が、平たく言えば『既得権益』を手放したくないという昭和の軍人など、現代の官僚と何ら変わらない。
省益あって国益なしの伝統は、時代が変わっても特権的高級官僚には脈々と受け継がれている。
しかしながら、関口さんの苦言を参謀総長が受け入れたという実績は大きい。
私の大命降下は、戦争を是非とも避けてほしいという陛下の意思を実現するためであるということが知れ渡るや、あろうことか参謀本部では、陸相としての私を更迭する!という意見もでたらしい。それを私の分身ともいうべき関口さんの一言で完全にひっくり返すことができた。この一言はとても大きく頼もしい限りだった。
海軍からは、奇襲攻撃で米国の戦力を壊滅させて、米国民の戦闘意欲をくじこうという案があるということを伝えられた。
しかし、関口さんによると、物理的には戦力を削いでも、
『米国が一致団結する方が怖い!』とのことだった。ロシアのように、艦隊が消滅したらそれで終わりだという国ならそういう手段も有効かと思われますが、自力で再建できる米国が相手では有効な手段ではない。物理的には戦力が存在しても、論理的には戦力が存在しないように手を打つ方策こそが、最善ですとのことだった。
二人だけになった時に
「真珠湾攻撃は山本五十六連合艦隊司令長官の発案ですが、結論を言えば大戦果を挙げます。海軍航空隊の実力を考えれば当然のことです」
「それは、いつもの予言ですか?」と
“予言ではなく貴方の居た別世界では実際にあったことなのですね”という言葉を飲み込ながら質問した。
「ええ」
「それでは、宣託として聞きましょうか」
「しかしながら、駐米大使館員の怠慢により、宣戦布告が遅れて、騙し討ちの悪印象を米国民に与えてしまいました。米国太平洋艦隊が消滅する効果よりも、米国を一致団結させてしまうマイナス面の方が大きいのです。
それと真珠湾のような浅い海では、撃沈した戦艦も、米国の優れた工業力ですぐに復活してしまいます。
山本五十六は、米国に留学経験もあり、彼の国の国力が無尽蔵であることを知っているはずですが、真剣に米国との戦争を考えたことがあるのでしょうか?
緒戦で勝ったところで、すぐに盛り返すのが米国の巨大な工業力です。そんな相手に戦争を挑むのに、相手を一致団結させる先制攻撃をかけるのは得策ではありません。というよりも愚策ですらあります。
日本が先制攻撃を掛けた時ですら、戦争に反対した議員がいるのがアメリカです。であれば、ルーズベルトが強引に日本との戦争を始めた場合には、戦争に反対する勢力は非常に強力です。その勢力がさらに力をつけてルーズベルトを大統領の座から引きずり降ろしてくれるように全力をつくすのが得策です。先制攻撃は、それがいかなる大戦果を挙げることであれやるべきではありません。何度も言いますが、自力で艦隊を再建できる巨大な国力を持つ米国相手には百害あって一利なしということが分かっていないのが連合艦隊司令長官なのです。まあ、結果を知っている私が言うのも酷な話ではありますが…」
閣議では、連合艦隊司令長官の話はともかく、先制攻撃で起こりえる懸案事項を説明しておいた。
連合艦隊司令長官・山本五十六は、真珠湾攻撃を、戦略的な必要性ではなく、やってみたかったからやっただけということだろう。成功すれば、空前の壮挙として歴史に名が残る。ただ、それだけが目標だったのではなかろうか?
海軍機動部隊って凄いでしょう。こんな作戦を考えた僕って凄いでしょう。と自慢したかっただけではないだろうか?
確かに戦術的には大戦果を挙げた凄い作戦だったが、戦略的には、あるいは外交的・政治的には最悪の結果を招いた。
在米大使館員の怠慢は山本の責任ではないし、彼にとっても計算外のことだろうが、日本との戦争など望んでもいない大多数のアメリカ国民を、戦争賛成へと駆り立てたのだから、そのマイナスは計り知れない。
一説によると、真珠湾攻撃の必要性として山本は
『海軍の中には、米国太平洋艦隊が攻めて来たら戦艦の巨砲で叩き潰せば良いではないか?という意見があるが、日本国民はパニックに弱い(バルチック艦隊が来た時のことを根拠にしているようだ)のでそれは愚策だ』と言ったらしい。しかし、正々堂々戦って太平洋艦隊を撃滅すれば、米国内で
『海軍は何をやっているんだよ』
『こんな戦争を始めたのは誰だ?』という世論が盛り上がり停戦へと傾く。
やらなくても良い先制攻撃を主張した山本など、日本との戦争を望んだルーズベルトともども縛り首にしてやりたい。
そもそも戦争ありきでものを考えるから戦略的に最低の作戦を実行してしまうのだろう。まずは、どうしたら戦争を避けられるかを考えるのが、軍人とはいえ大将という位をもらっている人間の務めだろうに…。
史実では、どのみち陸奥は爆沈するのだから、山本五十六など長門一隻を犠牲にしても良いから一緒に沈んでほしいぐらいだ。
日本で、空軍が独立できなかったのは、山本五十六が強硬に反対したからという話も聞いたことがある。小説や漫画などでは名将として持ち上げられることが多いが、愚将中の愚将としか言いようがない。
さらに言えば、航空主兵を語りながら、ミッドウェイ海戦の時の時の布陣はなんなんだろうか?
作戦の全般支援部隊と称した戦艦部隊(何の役にも立たないにも関わらず無駄に出撃して、貴重な燃料を浪費しただけだった)は、空母機動部隊のはるか後方にいた。
ミッドウェイ島の飛行場を叩くことなど機動部隊にやらせずに、戦艦にやらせれば良いのにと思う。高速であるがゆえに日本の戦艦で唯一活躍した金剛型や新鋭艦である長門型や大和型を投入するのはもったいないにしても、旧式低速艦である山城型や伊勢型は全て投入すれば良い。仮に四隻とも撃沈されたとしても、戦局には何の影響もない。
当時は、太平洋には戦闘可能な戦艦を持たない米国が、仮にも戦艦を沈めるとしたら航空攻撃以外にはあり得ない。ということは、地上基地の航空機にしろ空母の艦載機にしろ、敵の航空攻撃が旧式戦艦に殺到すれば、日本機動部隊への攻撃は手薄になってくれるので、良いことだらけである。
ただ、戦局が極めて不利だった米国にとっては、日本の戦艦を撃沈したという宣伝効果があるということぐらいなものだろう。そのおかげで、金剛型戦艦の榛名は何度か沈んだことになっているし、榛名撃沈の幻の英雄の遺児は成人のあかつきには士官学校への入学を約束された。
そもそもの話をすれば、ミッドウェイ海戦など、負けることの方が難しい海戦だった。当時の日本の空母の航空兵は、世界標準を遥かに超えた技量の持ち主であり、もはや神業だった。
敗北の理由を
『暗号が解読されていたからだ』と司令長官の南雲中将を庇う人もいるが、敵機動部隊発見の段階で山口少将の意見具申を取り入れて、即座に攻撃機を発進させていれば圧勝できた戦いだったのだ。
山口少将が明確に理解している
『航空戦は一分一秒の勝負なのだ!』ということが、魚雷が専門の南雲には分からなかったということか?
南雲も馬鹿だったけど、機動部隊の司令官としては、南雲よりも遥かに適性のある小沢中将や角田中将と交代させることができなかった山本の責任も大きい。
さらに言えば、陽動作戦であったアリューシャン列島攻撃で、ほとんど無傷のゼロ戦をアメリカに献上してしまうというおまけつきである。
とまれ、真珠湾攻撃などという戦術的には最高の、戦略的には最悪の作戦に華を添えるように、宣戦布告文書は攻撃開始後に米国側に手渡された。
関口さんからは
「それと、駐米大使館員は米国の新聞も読んでいないのでしょうか?ルーズベルトは
『私は戦争をしない』と明言して大統領選挙に勝ったのですから、米国から戦争を仕掛けることは不可能なのです。ですから日本を挑発して第一発を撃たせることがルーズベルトの目標なのですが、
『その手に乗ってはいけない』と、駐米大使館員は意見具申してこないのでしょうか?
私にはそれが不思議でなりません。まあ、情報の価値を理解できない愚か者が直属の上司であった場合は、有益な情報を提供すればするほど、上司から睨まれるという状況だったので意見具申を止めてしまったという可能性もありますが…」と辛らつな意見を聞かされた。
宣戦布告の遅れにより
「真珠湾攻撃は騙し討ちだ」とアメリカ人に刷り込まれてしまったが、宣戦布告の訓令が届いた時に、在米大使館員達は何をやっていたのだろうか?
高度な諜報活動を行わなくても、どこにでも売っている普通の新聞をしっかり読んでいれば、東京から送られてくる電文を読んでいれば、状況がひっ迫していることは馬鹿でなければわかるはずなのに、前日に送別会をやっていて、宣戦布告の通告は、真珠湾攻撃開始後にやっと持っていくという醜態だった。海軍は時間どおりにきっちり攻撃を開始したというのに、アメリカ大使館員の失態が、アメリカ国民に騙し討ちという印象を強く植え付けたのだ。
平時(軍事的妨害など一切ない状況)でさえ、国際線の飛行機が一時間遅れ二時間遅延というのは良くある話(ただし軍事行動では、作戦の成功が最優先であり、少々の人的損害は無視できるという違いはある)なのに、日本からハワイ沖まで、敵の監視の目を掻い潜って辿り着き、きっちり時間どおりに攻撃した海軍の努力を全て台無しにしたのだから、戦争の最高の国賊は米国大使館員達だ。にも拘わらず、あの連中は戦後も順調に出世していく。まあ、国賊の話が出たついでに軍人部門を挙げるのならば、暗号を敵に奪われたのは状況証拠から明らかなのに、それを認めずにマリアナ沖海戦の大敗を招いた海軍の福留繁だろう。
駐米大使館員は、それだけの失態を犯していながらこの連中は処分もされずに出世していくのだから、外務省とは馬鹿かつ卑怯者の集団である。
戦後に、彼らが怠慢の言い訳として言ったことは
『状況がひっ迫していることが分からなかった』と言っている。こいつらは、どれだけ状況判断力や情報収集力およびその分析能力がないんだよ。
外務官僚とは、国益とは何か?ということを全く理解していない人間だ。そんな連中が外交の第一線を担っているのだから国が滅びるのも当然のことだ。さらに言えば、外務省ほど外交とは何か?ということを理解していない連中も珍しい。
真珠湾攻撃の話が出たついでに、もう二言ほど言っておくと、真珠湾攻撃はルーズベルトの陰謀だ!という説(唱えているのは主にアメリカ人)があるが、それは絶対に違う。確かにこの戦争キチガイは、日本の先制攻撃による日米開戦を望んではいたが、太平洋艦隊の壊滅までは望んでいなかった。と言うよりも、日本軍にそんな能力があるとは予想もしていなかった。その可能性など、億に一つ、兆に一つも考えなかった。
たとえ話をするのなら、ギャングのボスがボディガードらと共に車から降りたところ、小柄な男が近づいてくる。ギャングのボスだけあって、その男が只者でないことを察知し、即座にボディガードを立ち塞がらせたボスはこう考えた。
『元とはいえヘビー級の世界ランカーが3人もいるのだからあの男は何もできない。あの男がどんなに凄腕だったとしてもだ!
そして、彼ら3人は、最悪でも、俺が、装甲車並に頑丈な車の中に逃げ込む時間ぐらいは稼いでくれるはずだ』
しかし、屈強な3人は秒殺され、何が起こったか分からないうちに、ボスの心臓にはナイフが突き刺さっていた。遠のく意識の中で
『あの男の能力を見くびっていた。あの男があんなに凄腕だと知っていたら、恥も外聞もなく車の中に逃げ込んでおけば良かった!』と後悔していた。というところだろうか?
たとえ話をさらにSFチックにすれば、ボクシングで、間もなく試合が始まるので対戦相手を見たときは、相手は、まだ自分のコーナーにいた。にも拘わらず、開始のゴングが鳴るやいなや、いきなり強烈なパンチをもらってダウンさせられ、カウント9で、やっと立ち上がったようなものだ。対戦相手が悪魔か怪物でもない限り、あり得ないことだった。それが、ルーズベルトにとっての真珠湾攻撃だったのだ。
ルーズベルトは、真珠湾の被害報告を受け、顔面蒼白になりながら、日本海軍が世界最強の精鋭であるということにやっと気がついたのだろう。彼も元海軍軍人だけあって、日本は空母を10隻も保有する世界一の空母大国であることは知っていた。しかし、その艦載機の性能や搭乗員の練度は何も知らなかった。当時は空母など戦艦の補助艦艇としか認識されていなかったし、その認識は、空母を活用し、大戦果を挙げた後の日本海軍ですらそうだったのだ。というよりも、真珠湾攻撃で空母の価値を正確に認識したのは米国の軍人であって、帝国海軍の軍人ではなかった。まあ、米国太平洋艦隊で無傷の大型艦は空母だけだったという事情もあるが、それにしても帝国海軍は自らが世界に示した空母の能力を正当に評価できなかった。
しかし、その日本の空母機動部隊の実力を見くびっていたアメリカの軍人の中にですら、真珠湾攻撃を正確に読んでいた将官もいた。
ハワイ防空隊のマーチン陸軍少将とベリンジャー海軍少将だった。彼らの報告書によると
『日本海軍は六隻以上の航空母艦を使って、ある日曜日の朝、北方からハワイにふいうち攻撃をかけてくるかもしれない』と極めて正確な予測だった。
彼らの報告書は、スターク米海軍作戦部長の元に41年1月に届けられたが、それがノックス海軍長官に送られたのは8月になってからだった。しかし、ノックス海軍長官は
『信じられない』と言ってロッカーにしまいこんでしまった。この時に、二人の報告書を真剣に検討しておけば、真珠湾攻撃の時に、あれだけの損害を出さなくて済んだかもしれない。
しかし、世界でも指折りの優れた教育を受けているアメリカ海軍の士官が率いているにも関わらず、ノックスやスタークだけでなく現場の上級指揮官にも多くの気のゆるみがあったようだ。
攻撃当日の午前3時20分にハワイ沖を哨戒中の掃海艇のコンドルは、小さな潜望鏡を発見したが見失った。現場に急行した駆逐艦・ウォードは6時半に日本軍のものと思われる潜望鏡を発見し、爆雷攻撃を行い海面に重油が浮上したのを確認した。よって撃沈確実と報告を行ったが、司令部はその報告に何の反応も示さなかった。せめてこの時に哨戒範囲を拡大していれば、日本軍を発見できたかもしれないのに…。
同様に駆逐艦・モナガンも日本軍の小型潜水艦を撃沈したと報告しているが司令部は全く無視している。
事実上の宣戦布告であるハルノートに加えて、公海上にいる日本軍を攻撃したのだから、日本の真珠湾攻撃は、戦時国際法上全くの合法である。疑う余地はない。
しかし、真珠湾攻撃が国際法上合法だったという話は専門家レベルの話であり、アメリカの一般国民には通用しない話でもある。
アメリカという国は、トップクラスは日本よりも遥かに優勝な人間が多いが、それ以外の一般レベルでは日本より低レベルの人間が多いのだ。その場で起こった事件だけを見て、そこへ至る理由は考えられない。
ひらたく言えば、なぜそういうことが起きたのか?よりも、こういうことが起きた以上は、あいつが悪いからに決まっている!というのが、アメリカの一般国民の結論である。この傾向はいつの時代にも当てはまるが、国民性というものはなかなか改まらない。
さすが、善良な先住民をだまして、土地を奪い、虐殺を繰り返して国を築いた国の国民というところか。
現場の上級指揮官の弛みの筆頭として、ハワイのオパマレーダー監視所は、北方から迫る大編隊(日本軍)を発見し、即座に報告したが
『見間違いじゃないのか?』とか
『酔っているのか?』で片づけられた。
司令部は
『今朝、到着するはずの味方のB-17だろう』と勝手に決めつけて、諄いようだがこれまた何の対応も取らなかった。
せめて、無線で呼びかけてみれば良かったのにと、アメリカの立場に立って見れば重ね重ねも悔やまれる。日本軍の中にアメリカ英語に堪能でかつアメリカ陸軍航空隊が使っている周波数に無線を設定しているパイロットがいたとしても、アメリカ人なら誰でも知っている話(知らない奴は敵である可能性が高い)をしてみる。軍人ならだれでも知っている話、陸軍のパイロットなら知っている話を振ってみるとか、敵味方を識別する方法はいくらでもあった。で、怪しいとなれば警戒警報をだすなり、偵察機を緊急発進させるなりできることはいくらでもある。しかし、現場の指揮官は、何か重大なことが起こりつつあると焦っていたのだが、上級指揮官はその重要な情報を只の雑音としか認識できなかった。
しかし、彼らを愚か者と決めつけるのはやめよう。それぐらい、アメリカ人にとって日本軍がハワイを攻撃するというのは現実離れした出来事だったのだ。プロの軍人ですらそうなのだから、すでに政治家でしかないルーズベルトには予想もつかないことだったのだろう。
しかし、アメリカ人というのは可笑しな連中である。火星人が攻めてくるという話は信じる(ラジオ放送中にパニックになった)ことができるのに、日本軍が攻めてくるという話は想像さえできないのだから笑ってしまう、というか笑い事では済まない。日本軍がアメリカの1.5倍以上の空母を保有していることは、軍人なら、しかも海軍の軍人であれば知らない人間はいない。それでも、日本軍の攻撃を受ける可能性を無視するのだから、日本軍の空母機動部隊の実力を知らないのにもほどがある。
あと、プロの軍人という話がでたついでに言っておくと、ハワイに居た軍人は仲間や友達を日本軍の攻撃で失った人も多いが、その怒りは味方に向けられたものが多いらしい。
『哨戒班は何をやってたんだよ!』
『レーダー班は何をやっていたんだよ』
『誰が、日本軍のここまでの侵入を許したんだよ』と。
プロの軍人が真珠湾攻撃を総括すると
『己の強大を過信し備えを怠ればやられる』
『日本軍は我々の想像を超える精強な軍隊だった』
彼らにとってはそれだけのことらしい。
真珠湾攻撃では、間抜けぶりを遺憾なく発揮したアメリカだったが、その後の対応は凄かった。
当時、カリフォルニアにあったウォルトディズニーのスタジオは、日本軍の空襲に備える司令部にするということで陸軍に取られてしまった。防音や遮光機能が完璧かつ音響施設が充実しているスタジオは防空指揮所としては最適なのだ。彼が日本人の事が嫌いなのは、この一件が尾を引いているのかもしれない。
また、太平洋側にある戦闘機工場も、完璧な偽装が施されているし、ハワイには日本軍の上陸作戦に備えて鉄条網が設置され、終戦まで撤去されることはなかった。
本当に、危機管理に関しては、アメリカとは見習う点が多い国である。
『羹に懲りて膾を吹く』傾向があると言えなくもないが、それだけ真珠湾攻撃の衝撃が凄かったということなのだろう。
真珠湾の大損害も衝撃だっただろうが、開戦初日でフィリピンの航空戦力が壊滅したのも痛かったはずだ。ハワイだけでなくフィリピン方面まで空母機動部隊を投入(したとアメリカは信じたが、実際は台湾の基地から発進した。日本軍にそれだけの距離を飛べる戦闘機があるということもアメリカは知らなかった)するなんて、日本軍というのは、どんだけ強いんだよ!がこの対応策の数々だろうが、一方の日本軍は、昭和19年のマリアナ沖海戦の敗北で、マリアナ諸島を取られた(B-17の性能でも、空中給油をすれば日本本土爆撃が可能)のに、特に対応策を講じなかった日本との差がありすぎる。
もし、もう一度アメリカと戦争をする機会があったら、元帥・将官レベルの人間は、アメリカ人に担当してもらった方が良いかもしれない。
いくらアメリカが契約社会でも、母国との戦争には、契約よりも情を優勢させるんじゃあないの?との危惧もあるだろうが、アメリカ人というものは、頼まれた仕事はキッチリとこなす。その代表的な例が、ブレークニー少佐だ。
彼は、東京裁判で日本側弁護を頼まれた時に、気乗りしないながらも、ありとあらゆる資料を調べ上げて、裁判に『原爆投下』を戦争犯罪として持ち出し日本側を擁護した。彼の熱弁は、直ちに日本語訳が停止されてしまったが、軍人としてのキャリアを考えた場合、そんなことは怖くて口に出せない。彼の勇気を、我々日本人は忘れてはならない。絶対に、そして永遠に忘れてはならない。
で『原爆投下』の話が出たついでに、世に蔓延る俗論(間違い)を訂正しておこう。
『原爆投下』で日米数十万の命が救われたと、馬鹿なことをいう人たちもいるが、日米戦争末期のアメリカの高級軍人は、度々、政府高官に『既に決着はついた。天皇制の存続さえ認めれば日本は降伏するだろう』と意見具申したが、バーンズ国務長官のところで止められた。
戦争がどれだけ優勢でも、それが続く限り、味方に死傷者が出ることは避けられない。
例えば、偵察機がエンジン不調で指定の航路で帰って来れない上に無線機も故障した場合には、戦闘機を緊急発進させるしかないが、
一分一秒を争う軍事行動では、事故の起きる確率は、平時の工場や建設現場とは桁が違う。事故防止が最優先される平時でも死傷者がでることなど現場で働いた経験のある人なら誰にでも判るはずだ。
既に充分闘った。これ以上部下に死んでほしくないと考える軍人には、戦争など早く終わって欲しいのだが、会議室で戦争を見ているバーンズには『下っ端が何人死のうが知ったことか!巨額の費用を掛けて、せっかく作った原爆だ。実戦でテストもしておきたいし、近頃、不穏な動きを見せるソ連に警告をしておきたい』で、軍人の意見具申を無視して、投下のチャンスを狙っていたのだ。と言うよりも、原爆投下の前に日本に降伏されては困るのだ!
原爆投下の真の責任者は、開発に着手したルーズベルトでもなく、使用を承認したトルーマンでもなく、バーンズ国務長官なのだ。彼の名前を、原爆投下について何かを語りたい人間は忘れてはならない!原爆投下を犯罪として告発した勇気あるブレークニー少佐と共に。
さらに、原爆投下とは何だったのかと言えば、当時のカナダの首相の『原爆が同じ白人であるドイツに使用されなくて良かった』という一言が全てを物語っている。
開戦の時期について、関口さんと最後の打ち合わせをした時、というか雑談に近いのだが
「重要なことなのでもう一度言いますが、独伊の海軍は英国海軍に押さえ込まれて活動ができませんが、逆を言えば、英国海軍は独伊の海軍を押さえ込むために、インド洋やアジアには十分な艦隊を派遣できません。世界最強の連合艦隊にとって、これを撃破するのは造作もないことです。英蘭とだけ戦うのであれば開戦大賛成です。ただ、その場合は、ルーズベルトが、戦争に介入できないように手を打ったうえで戦う必要があります。
私としては、ルーズベルトが戦争を仕掛けてくる可能性はゼロに近いと思うのですが、それが分からない人もいます。ですので、分からない人を安心させる為にも何らかの手を打ったということを明示しておいた方が良いと思います。
海軍の分析では、英米は一枚岩であって、英国と戦うということは米国とも戦争をすることだという意見が多いですが、それは全くの誤りです。米国では国民の8割が戦争に反対しているのです。それだけの国民が反対しているのですから、上院にしろ下院にしろ議員のなかにも戦争反対の立場の人は多いです。ですので、日米交渉ではそういう意見の有力議員を味方につけてルーズベルトを追い込むべきです。
大統領選の時に
『戦争はしない』と明言したルーズベルトをね。
とは言いながら、本当にルーズベルトに辞職されても少々困るのも事実です。ルーズベルトが相手だから、私は彼の手の内が全て分かるのであって、副大統領であるトルーマンのことまでは全て分かるとまでは言えません。彼がルーズベルトとは比べようのない誠実な、言い換えれば小物であること以外は何も分かりません」
「ちょっと待ってください。トルーマンって誰ですか?今の副大統領は、ええっと、たしかヘンリー・アガード・ウォレスですよ」
「そうだったんですね?失礼しました。いまのご指摘で明らかなように、私は、そのヘンリー・アガード・ウォ…」
「ウォレスです」
「そうです。そのウォレスのことは何も知りませんので、本当にルーズベルトに辞任されたら、アメリカの思惑が分からなくなります。どういう手が有効なのか分からなくなるのです。
まあ、そんな先の心配よりも目の前の難題を解決する方が先ですよね。
それと、先の心配と言えば、英蘭からアジアを開放する軍事行動ですが、“アジア人道大戦”と命名しましょう。
それと、空母こそ、最も重要な軍艦ですが、この“アジア人道大戦”では、空母の活用を控えて、戦艦こそがもっとも重要な軍艦だとアメリカに思わせることが得策です。アメリカの工業力は強大です。その優れた工業力で、彼らが本気で空母を研究し量産すれば30年後の対米開戦も覚束なくなります。空母は、というよりも搭載する飛行機の性能はまだまだ向上していきます。同じ250キロ爆弾でも、時速400キロで当てるよりも700キロで当てる方が威力はあります。ですが、戦艦の進歩などたかが知れています。現在最も高性能な戦艦の主砲が40キロ届くとして、その倍の80キロ届くようになったとします。しかし、それでも飛行機の攻撃可能距離に比べてはるかに短いですし、そもそも80キロも先の軍艦なんて、例え戦艦の艦橋のてっぺんですら見えませんし、どんなに高速な弾丸でも80キロも飛んでいけば、その間に敵艦は移動してしまいます。戦艦とは、これ以上高性能化しても敵艦を沈める兵器としては有効ではありません。ただし、陸上を攻撃する兵器としては極めて有効です」という打ち合わせがあった。戦艦の話は、軍令部総長に関口さんの口からしてもらうことにしよう。
ある海軍士官が関口さんに
「日本が英蘭相手に戦争を始めた場合、米国は黙ってみているのでしょうか?何か口実をつけて介入してくる可能性もありますが」との質問した時に
「確かにその可能性はあります。しかし、確実に負ける戦争を始めるよりもよっぽど打つ手はありますよ。もし、ルーズベルトが強引に戦争を仕掛けてきても、海軍が勝てば、米国太平洋艦隊を叩き潰せば、それで米国の世論は戦争反対に傾きます。しかし、日本が先制攻撃を掛けた場合には、わが帝国海軍がいくら勝っても、戦争反対の世論は絶対に湧き上がりません」と回答したという。
そもそも、英米が仲良くなったのは第二次世界大戦時点の話であり、それ以前のイギリスの立場で言えば、イギリスの覇権に挑戦する生意気な奴!というのがアメリカに対する認識である。現在のアメリカが、その覇権に挑戦する中国を見ているようなものと言えば令和の世に生きる人々には分かりやすいかもしれない。
ある陸軍士官も、関口さんのところに
「死力を尽くして戦えば、勝てる筈だ」と論争を挑みに来たらしいが
「貴方は私のことを誤解しておられるようですが、私は対米戦争推進派ですよ!誰よりも過激なぐらいに対米戦争を望んでいます。ただし、今は戦っても勝てないから辞めよう!勝てるだけの力をつけてから開戦しよう!と言っているのですよ」に、その士官はむっとした表情で
「それでも死力を尽くして戦えば…」
「なら死力を尽くして、陸海軍の戦闘機の機関砲の規格を統一してきてください。アメリカの工業力が日本よりも圧倒的に優れていることは貴方もご存じでしょう。そのアメリカが機関砲の規格が陸海軍で同じなのに、工業力に劣る我が国が陸海軍で異なるのは大いに問題があります。
例えば、同じところに陸海軍の航空基地があり、敵の攻撃を受けて陸軍は戦闘機が全滅し、海軍は弾薬庫をやられたとします。現在の体制だと、弾薬も戦闘機も大量にあるのに、戦力がゼロになってしまう状況は是正するべき項目の一つではないかと思っています。これがアメリカ同様に陸海軍の規格が統一されていれば、陸海軍が協力しさえすれば戦闘力は維持できます。しかし、現地の陸海軍がいくら協力したとしても、戦えなくなる現在の体制は重大な問題だと思いませんか?
さらに言えば、陸軍がこの島を取れば戦争に勝てるという名作戦を立案したとします。でも海軍が作戦、すなわち敵の軍艦を沈めることを優先して、陸軍の輸送船の護衛を後回しにしたとします。あるいは、囮の敵艦隊に引っかかって、護衛艦隊が全力で敵囮艦隊に向かって行った隙に、敵の潜水艦や軍艦に襲われて輸送船が全滅したら、勝てる戦争にも勝てなくなりますよ。せっかく陸軍が名作戦を考えたのにですよ。
これがアメリカだと、大統領は海軍に陸軍の輸送船をしっかり護衛しろ!と命令することができます。
工業力の劣勢は10年や20年ではどうしようもありません。しかし、体制の不備は、それこそ陸海軍が死力を尽くせば、今日明日中にも解決できることではないでしょうか?
戦争をするのであれば、アメリカの方が優れている分野は、せめて追いついてから、あるいは是正してからにするべきではないでしょうか?
今の話の逆を海軍にしたとしたら、海軍がどうしてもこの島を攻略して欲しい!という事態に陸軍は本当に協力してくれるのか?という不安があると思いますよ。そういう不安を払拭できる体制作りは必要ではないでしょうか?」
「…」
「さらに言えば、海軍は海上権というものを忘れているようです。海軍の任務とは、敵の軍艦を沈めることではなく、味方の輸送船を守りきることなのですが、それが分かっている人は海軍のなかでも少数派ですよ。
たとえ、艦隊が全滅しても、輸送船を全て守り切れば、それこそが海軍は任務を果たしたと言えるのですが、海軍部内では、それは評価されません。そんなことを、声を大にして主張すれば退役に追い込まれてしまうのが落ちでしょう。
さらにさらに言えば、潜水艦の活用方法も海軍は勘違いしているようですよ。
陸軍が死力を尽くして戦っている島へ、敵の輸送船が向かっているとします。しかし、海軍では
『輸送船相手では魚雷がもったいない』と言って攻撃してくれないことでしょう。敵にわたる物資が少なくなれば少なくなるほど陸軍としては助かるのに、軍艦を沈める事しか頭にない海軍にも困ったものです。仮にその輸送船が何も積んでいない空船だったとしても、何らかの任務があって激戦地へ向かっているわけですから、沈めてしまえば敵の作戦を妨害できるというのに見逃してしまうことでしょう。たとえ、任務の終わった後の輸送船だったとしても、次々と沈めれば、敵の今後の作戦を難しくすることにもなります。
非武装の輸送船を狙えば、潜水艦が返り討ちにあう可能性はほぼゼロですが、軍艦を攻撃すれば沈められる可能性もあります。損得勘定で言えば、全く割に合わない仕事を優先する訳ですから、彼らの意識改革も必要ですよ。
敵の輸送船を沈めまくれば、敵はその護衛に軍艦を回さなければいけなくなるので、作戦も楽になるという計算ができないのでしょうね。
対米戦争を始めるのなら、そういうありとあらゆる問題点を解決してからにするべきではないでしょうか?」
「…」
「確かにアメリカほど怪しからん国はないですよ。
邪悪な人種差別主義かつ、2000万もいた先住民を20万になるまでに虐殺し、彼らの土地を取り上げて、しかもその過程で、講和を結んでは騙し討ちにしておきながら、先住民を野蛮な侵略者と主張する非人道的な連中ですからね。
しかも、中立国でありながら交戦国に物資を販売する、あるいは武器を供給するという国際法規の無法者でもあります。今次大戦だけでなく、第一次大戦の時もそうでした。
ドイツは自制に自制を重ねたのですが、ついにルシタニア号撃沈に至ります。そこで怒るアメリカは、自分が国際法を踏みにじった無法者であることは棚に上げて、相手がやむなくやったことを落ち度と考える異常な国です。自分が殴りかかったというのに、正当防衛で最小限の防衛行動をとった被害者が悪いと考えることができる厚かましい国です。
そんなアメリカを今すぐにでも討ちたいという貴方の気持ちはよく分かりますが、そんな非人道な国に戦いを挑むのであれば、負けたら国民がどんな目にあわされるか分かりません。男は全員奴隷にされて、女は慰み者にされてしまいます。貴方は『死力を尽くして戦えば!』と言われましたが、そんな危険を冒してまで戦うべきでしょうか?
今の体制では勝てないから、30年掛けて勝てる体制にしてから開戦しようという私の主張の方が、国民の幸せという観点から言えば妥当ではないのでしょうか?」
関口さんの主張に納得したのかどうかは分からないが、対米開戦のことを訴えてくる陸軍将校はそれが最後だった。
しかし、史実でアメリカに負けた弊害は大きかった。米軍が世界標準からみて、下等な軍隊という訳ではないが、民度の高い日本人基準では犯罪者の集団だった。
殺人・レイプ・強盗などの故意の重犯罪だけでなく、飲酒運転での死亡事故や無銭飲食や窃盗・傷害事件など、米兵の起こした事件で真剣に被害者に損害賠償金を払ったら、原子力空母が3隻は買える。艦載機の調達費用や要員の訓練費用を含めて、就航から退役するまでのランニングコストすべてを賄える。
日米の民度の違いが判る直近の実例を挙げれば、イラクのサマワに駐留した日本軍と米軍を比べてみよう。
日本軍に対して、テロリストが警告攻撃を加えた時に、日本軍を守れ!攻撃するな!デモが起きた。テロリストというものは、一般人を隠れ蓑にして活動するものなので、明示的ではないにしろ一般民衆の支持は欠かせない。しかし、イラクの民衆は、テロリストの日本軍への攻撃に明確な反対デモを行ったのだ。これ以上の攻撃は逆効果であることは明白だ。
さらに言えば、日本軍が撤退する時には、帰らないで!デモが起きたという。これは、日本軍が軍規正しいだけでなく、イラク人の心を掴んでいるからこそ起こりえた現象である。
それに引き替え、犯罪者の集団である米兵相手に、イラク人はたびたびテロ攻撃を加えてくる。ただし、テロ攻撃に晒される米兵は、イラク民衆に暴力的な対応をとってしまうので、悪循環という側面もあるが、それにしても日本軍への対応と差がありすぎる。まあ、イラク戦争の時のイラク兵捕虜に対する残虐な対応も原因ではあるだろうが…。
あと、米兵が犯罪者の集団だという状況証拠として、アメリカが育成した傀儡政権というものは、ほぼ例外なく産みの親であるアメリカに刃向っている。駐留する米兵が、駐留先の一般民衆に大迷惑をかける。米軍司令部も傀儡政権にとって耐えがたい要求をするようになる。その結果、最初は親米だった政権も最終的な決断を下さざるおえなくなる。
米軍に占領されたというのに、日本だけがさしたる暴動も起きなかったのは、天皇陛下が直々に
「私が『耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで』いるのですから、国民の皆様も耐えがたきを耐えてください!」と呼びかけられたからだ。
天皇陛下のような、国民を統合する存在のない諸国では、米国のやり方に反感を持つ人たちが多数派になれば、刃向ってくるのは当然の成り行きだ。
あと、戦争に負けたもう一つの弊害として、戦争中は日本人だったのに、日本敗戦後は勝手に戦勝国人を名乗って暴虐の限りを尽くした人々に日本国内に居座られてしまったことだろう。彼らの祖国・世界一のレイプ大国の名に恥じないような日本国内における活動は
確実に日本の国力を奪っている。
ともあれ、戦争に負けなければ、日本でのレイプ発生は史実よりもはるかに少なかったはずだ!世界一のレイプ大国の人間も犯罪者の集団である米兵もいないのだから…。
他にも、戦争が始まった場合の日本の取るべき策を話していたが、関口さんの話は相変わらず度肝を抜く。
「そういうものなんですか?」
「そうです。そういうものなのですよ。国際法というものは大国が前例を作って判例が作られるものなのです。ですので、大日本帝国の行動は全て正しいのですよ。
ドイツ帝国のある皇帝は
『朕が国際法を犯したところで国際法学者が、よってたかって正当化してくれる』と言いました。日本ほどの大国を、そして軍事強国を処罰できる国などありません。
戦争を始めるには大義名分が必要ですが、英蘭の植民地を攻撃するのには
『アジアの解放』を掲げます。そこで重要なことは、その大義名分を常に発信することです。
掲げた大義名分を英蘭に攻撃されないように名を捨てて実を取ることが必要です。
例えば香港を攻撃し占領したとします。その場合、日本人を総督に任命したいところですが、汪政権から人を派遣してもらいその人を総督に据えます。そうすることで汪政権はアヘン戦争の屈辱を晴らした政権ということで中国での立場が強まります。実質的には日本軍が支配していても構いませんが、表面上は汪政権の為の軍事行動だったということを宣伝できるようにしておくべきです。香港の場合は清の時代に盗られた領土なので、清の皇帝でもあられた方が治める満州国の指名する人物を据えるのもありですよ。
どのみち新聞を読んでいるだけの人には、真の支配者が誰なのかは確かめるすべもないことなのですから」
「…」
「英国との戦争では
『北アイルランドを解放するまで戦う』とでも言っておけば、アイルランドは大英連邦であるにも拘らず好意的な中立を守ってくれるはずです」
「しかし、そこまで約束するのは…」
「都合が悪くなったら引っ込めればすむだけの話です」と関口さんは笑いながら言い
「この点ではアメリカを見習いましょうよ。世界恐慌を引き起こしながら、その震源地であったことを棚にあげて、恐慌対策でブロック経済に踏み切ったことを恥じてもいない強靭な神経をね」とつけ加えた。
戦時国際法にしろ戦争犯罪にしろ実にいい加減なものであるのは確かだ。敗者には厳しく適用される、あるいは理不尽な言いがかりをつけてまで犯罪者に仕立て上げられるというのに、勝者の戦争犯罪が裁かれることはほぼない。
ビルマ戦線での話だが、英軍の捕虜が病気になったので、病院に移送したある将校は、その捕虜が死亡したことで罪に問われた。移送先である野戦病院が連合国の攻撃を受けて大混乱に陥り、日本兵ですら多数死亡したというのに、救助義務を怠ったという罪状で起訴された。そもそも病院を攻撃することじたい戦争犯罪なのだが、戦勝国はそんな正論など気にもとめないようだ。
あと、連合軍の攻撃でちりじりになった兵士が目撃したことだが、英軍の兵士は、日本の傷病兵にガソリンをかけて焼き殺したりもしている。
これらの事例は戦場で起こったことなので、連合軍も混乱していたという言い訳が成立するかもしれないが、鳥取県の大山口駅で、列車が機銃掃射を受けた事件は、その言い訳すら成立しない。すでに米国海軍の艦載機が飛来しても迎撃戦闘機すら出せないぐらい日本の防空力が低下している状況で、傷病兵を運んでいる印をつけた客車すら攻撃されている。そして、日本政府の正統なる抗議も無視されている。
まあ、そんな何百何千何万とある細かい話を挙げてもきりがないが、勝者の戦争犯罪が全く裁かれない最悪の実例は、阿波丸撃沈事件だろう。連合国に安全を保障された緑十字船・阿波丸は、台湾海峡において、アメリカの潜水艦・クイーンフィッシュにより45年4月1日に撃沈された。この時の艦長は、一時閑職に回されたが、結局は現役に復帰しているのだから、事実上の無罪である。2000人以上の乗員を殺しておきながら呆れた話だ。
スイス政府を通じたやりとりで、最初は撃沈の責任に対して、しらを切っていたアメリカも、状況証拠からして、逃げられないと悟って、撃沈から10日以上たってから、やっと責任を認めた。
戦時中は、日本政府に対する言い訳をどうするんだよ!損害賠償金をどうするんだよ!と狼狽していたアメリカ政府も、戦争が終わるや一転強気になって
“この損害賠償って、本当に君たち請求するの?”
“この賠償権って放棄してくれるよね!”と
無茶のごり押しだった。本当に戦争には負けるもんじゃあないよな!
アメリカ下院で、ねつ造された慰安婦問題で、日本政府に謝罪勧告がきた時に、シンゾー君も
『第二次世界大戦のことは、終わったことだと思っているから我々も黙ってるんだ!あの戦争の責任が終わっていないというのであれば、阿波丸撃沈事件の謝罪と損害賠償を、利息計算もきっちりやった上で請求する』とでも言えば良かったんじゃあないの?
そもそも慰安婦問題で、最も信頼に値する資料は英軍が作った『慰安婦は実に文化的な待遇で過ごしている』だ。そして、元慰安婦の中には『私の貯金15万円(現在の価値にして約5億円)を返して!』と訴訟を起こした人もいる。
関口さんは中国人を憎悪していた。陸軍の中国撤兵反対派ですら驚くほどの過激な意見が飛び出してくる。
「なぜ、そこまで中国人を憎むのですか?」
その質問が出るたびに、関口さんは曖昧に誤魔化していたが、何か身内に関する重大事件があったようだ。
史実で言うところの朝鮮戦争の時に、日本敗戦後も朝鮮半島に留まっていた父方の祖母の両親が中国兵に残虐に殺され、その時の恨みを忘れてはいけないと強く教え込まれて育った僕は、中国人が好きになれない。好きになれないどころか不倶戴天の敵でさえある。
そのうえに母親が亡命チベット人なので、不倶戴天の高速増殖炉状態だった。あいつらが、この地球上に存在することじたい許せないのだ。
陸軍の教育総監と話をした時に関口さんは
「陸軍は武人としての教育をやりすぎるのでは?と思いますよ。身内に対して武士の情けとか卑怯な振舞いはしない!などを教えるのは良いでしょう。しかし、敵に対して、特に中国軍に対してはそういう思いは通じません。武士の情けでもって退却する中国軍を見逃してやっても、それは
『我々が強いから、日本軍はびびったのだろう』と考えます。やる時には徹底的にやるべきです。この点では英軍を見習いましょう。勝てる時には情け無用に徹底的に叩きつぶす。そうしなければ中国軍は、さきほどのように考えてしまうものなのです。中国軍による通州虐殺など二度と起こさせないように
『日本人に手を出したら、何があるか分からない』と徹底的に教えておきましょう。
国際協定に反しない限り、できるかぎり敵が苦しむように振舞いましょう。武人としての誇りに抵触する部分もあるでしょうが、それが国民を守るために必要であれば断固として行ってください」とも言ったらしい。
本人の希望で日米交渉に関口さんを派遣することになった。いま関口さんと離れるのは不安があったが、ルーズベルトが想定外の手を打ってきた場合に他の人では対応できないのも確かだろう。身を切るような思いで派遣を決定した。結論を言えば、彼は見事に大役を果たしてくれた。
1941年11月17日 ワシントンDC
「貴方はいったい何をしに米国へ来たのですか?」
「当然ながら日米交渉をぶち壊すためにですよ」
「なんですと?」
「そもそもこんな交渉まとまると思いますか?」
「難しいことは貴方も承知のうえで派遣され来たのですよね?」
「ルーズベルトの意図は、この交渉で無理難題を押し付けて、日本を怒らせて米国を攻撃させることですよ。纏まることは絶対にありません。
現に近衛前首相は、政治生命を掛けてルーズベルトとの首脳会談で妥結しようとしたのですが、ご存じのとおり会談そのものをルーズベルトは拒否しました」
「…」
「ですから、この交渉が不調に終わった責任は、日本に対するルーズベルトの不当な要求にあるのだということを、アメリカ国民に知らしめる為に来たのですよ」
大使館で打ち合わせを行った時の野村大使とのやり取りだったが、あまりにも善人である野村大使は不満顔だった。
「『外交とは、馬鹿しあいだ』ということをこの人は知らないのだろうか?」
一人になった時に関口は呟いた。
野村大使に限らず、日本人全体の傾向として、誠心誠意話し合えば全てうまくいくと思っていることは、外交交渉を行う上で致命的な欠点である。
多くの国が、交渉を有利に進める為には、嘘をつく!嘘であることを承知で相手の弱みとして攻撃する!はったりを噛ます!交渉担当者の不祥事を探したりねつ造したりして脅しを掛ける。誠心誠意問題の解決に努力をしている振りをして時間を稼ぐ。
こういう不誠実な対応は、外交担当者やビジネスマンでなくても、経験したことのある人はいるだろう。もっとも身近で起こり得ることとして、交通事故の真の加害者が嘘をつき、被害者なのに加害者にされて、悔しい思いをしたことのある人もいるだろう。そういう実生活で起こり得ることが、国家間の交渉でだけは起こらないと考えるのだから、日本人外交官のお目出度でたさはギネスブックの上位を独占することだろう。
現地時間で11月26日、後に日本側が、ハル・ノートと呼ぶ事実上の最後通告を日本側に手渡した。
後年、コーデル=ハル国務長官は
『この条文を渡した時に、関口が笑ったように見えたのが不思議だったが、彼は全てを知っていたのだ。一週間以内にそのことを徹底的に思い知ることになった』と語った。
ハルは後悔していた。関口の登場により、交渉の主導権は日本側に移ったことを思い知らされたからだ。
関口は、私が手渡した要求、『ハル・ノート』を
第一項「政策に関する相互宣言案」
1一切ノ国家ノ領土保全及主権ノ不可侵原則
2他ノ諸国ノ国内問題ニ対スル不関与ノ原則
3通商上ノ機会及待遇ノ平等ヲ含ム平等原則
4 紛争ノ防止及平和的解決並ニ平和的方法及手続ニ依ル国際情勢改善ノ為メ国際協力及国際調停尊據ノ原則
第二項「合衆国政府及日本国政府の採るべき措置」
1イギリス・中国・日本・オランダ・ソ連・タイ・アメリカ間の多辺的不可侵条約の提案2仏印(フランス領インドシナ)の領土主権尊重、仏印との貿易及び通商における平等待遇の確保
3日本の支那(中国)及び仏印からの全面撤兵
4日米がアメリカの支援する蒋介石政権(中国国民党重慶政府)以外のいかなる政府も認めない(日本が支援していた汪兆銘政権の否認)
5英国または諸国の中国大陸における海外租界と関連権益を含む1901年北京議定書に関する治外法権の放棄について諸国の合意を得るための両国の努力
6最恵国待遇を基礎とする通商条約再締結のための交渉の開始
7アメリカによる日本資産の凍結を解除、日本によるアメリカ資産の凍結を解除
8円ドル為替レート安定に関する協定締結と通貨基金の設立
9日米が第三国との間に締結した如何なる協定も、太平洋地域における平和維持に反するものと解釈しない(日独伊三国軍事同盟の実質廃棄)
10本協定内容の両国による推進
の説明を聞くと、
「話は分かった」と言い、退出してしまった。部下に様子を見に行くように命じたが、関口は、国務省前に陣取っていたマスコミを相手に、ハル・ノートの内容を発表し、
『これは事実上の宣戦布告だ』とか
『ルーズベルトは日本との戦争を望んでいる』とか
『国際法上は、日米は戦争状態に突入した』とぶちあげた。しかも、日本から持ち込んだらしいガリ版で刷った文書を配布したのだから、新聞記者には好評だった。しかし、不思議なことに、その文書のインクは乾いていたらしい。事前に文書の内容を知らない限り不可能なことだが、我々はとんでもない怪物を相手に交渉しているのではないかと嫌な予感がしてきた。
新聞さえ売れれば、我が米国の国益などどうなっても良いと考える記者もいるマスコミは、ただちに関口の発言に飛びついた。多くの新聞で、一面トップで関口の主張が載せられた。
奴らは、いったいどちらの味方だ?と思っていたが、関口はマスコミの操縦も上手かった。
次回の会談は、新聞記者を含めて抽選に当たった者は誰でも立ち会える形で開催する羽目になった。それは会談というよりも関口による一方的な断罪だった。
「貴国は、我が国との戦争を望んでいるのか?」
「いいえ、そういう訳では…」
「なら、これはなんだ」とハル・ノートの条項の一つ一つを取り上げて攻撃してくる。全てにおいて検討し直しますと回答するしかなかった。それが一段落すると
「4月に交渉が始まった時には、日本政府は希望を持って交渉に望んだ。しかし、今のル-ズベルトの要求は4月の条件とはかけ離れたものだ。例えて言えば、ルーズベルトは、相場1000ドルの毛皮を
『100ドルで買わないか?』と話を持ちかけておきながら、私が承諾して100ドルを用意しているにも関わらず、取引を引き伸ばし、挙句の果てに
『2000ドルで買え!』と言ったようなものだ。しかも交渉中には、他にも
『相場よりも格安で売るよ!』という話もあった場合、ルーズベルトは私に損をさせることが目的で
『100ドルで買わないか?』と言ったとしか思えない」
「今世紀初頭、我が国が、ロシアに和平の意思なしと判断し、戦争に踏み切った時でも、ロシアはこれだけのものを突き付けてこなかった。なぜならロシアは、日本と戦争になっても構わないが、戦争を望んでいる訳ではなかったからだ」
「貴国は、平和を望む日本政府にこれだけのものを突きつけた。例えて言えば、貴方・ハルは、関口の家の寝室に爆弾を投げ込んだようなものだ。幸い、台所に居たので難を免れたが、この状態で貴方は殺意がなかったことを立証しなければならない。
法律上の手続きはともかくとして、全財産を教会に寄付して、一生を神の僕として生きるというのなら納得することもできる。貴国は我が国をどうやって納得させるのか教えてもらおう」
「貴国は国際法の常識がないのか?こんなものを突きつければ、それは戦争を意味している。これから私はルーズベルトのことを大統領とは呼ばない。戦争気違いと呼ばせてもらおう。
日本政府と日本国民とアメリカ国民は共に日米間の平和を望んでいるという点において共通の利害があります。我々はしっかり連携して共通の利害を侵害する戦争気違いに当たるべきです」
「そもそも貴国の法律では、開戦は議会の承認が必要で、大統領にはその権限がないはずだ。事実上の宣戦布告であるこの要求は、議会の承認を取っているのか?最低でも報告ぐらいはしておくべきではないのか?全くもってルーズベルトは国内法も国際法も踏みにじる無法者だ。これからは、私が法律の常識を教えてあげよう」
などとマスコミに呼びかけるように話した。そして最後に
「私は、いまだかって、このような偽りに満ちた文書を見たことがない」と言い放った。
しかし、奇妙なことに、関口はその言葉の最中に、笑いそうになったのだ。そう思ったのは私だけではなかったのだから間違いないはずだ。我々、白人にとって東洋人の表情は読みにくいが、関口の顔が見える位置にいたある新聞記者は、関口が吹き出しそうになったと教えてくれた。
言ってる内容からして、笑う要素など何もないはずなのに…。
史実では、戦争中にはハル・ノートの存在は秘密にされていたが、戦後になって公開された時には、
『日本が怒ってアメリカを攻撃したのも無理はない』というのが識者の一致した見解だった。アメリカ人ですら、そう思うのだから、日本人の立場からすれば、ハル・ノートに関しては、もはや犯罪級の、かつ世界外交史上に残る暴挙だとしか言いようがない。
思ってはいるが、満州問題に関してはアメリカが怒るのも無理はない。アメリカの思惑として、日露戦争の時も、日本と組んで出遅れていた中国市場に進出したいと思っていた。だから日本に対して極めて友好的な中立国であった。その甲斐があって日本がロシアに勝ち、鉄道王・ハリマンが満州に鉄道を敷こうとしたときに、日本はいきなり約束を反故にした。どうやら日本は中国権益を独り占めにする気らしい。地理的に近い日本がそういうつもりなら、アメリカの出る幕はない。
ならば、相当な無茶をしてでも巻き返すしかない!となったのがハル・ノートだとしたら、この文書を非難するのは、ほんの少しだけ心が痛む。
しかし、頭の中がお花畑のルーズベルトが、そこまで考えていたとは思えない。
日本の中国進出やドイツの東方進出を止めさせようとして第二次大戦を戦った結果、東欧も中国も全てソ連に取られた。
アメリカは日本だけが中国の利権を独占するのが怪しからんという理由で対日圧力を強めていったのに、いつの間にか日本を打倒することが目的になり、気が付いてみれば勝利の果実は全てソ連が手にすることになった。莫大な援助を与えた蒋介石政権の敗北により、中華人民共和国が成立し、中国利権に食い込むどころか、一般の旅行者ですら中国には入国できなくなった。そして日本が担っていた共産主義への防波堤と言う役割を、何も考えていないルーズベルト(とその後継者)は取り払ってしまい、朝鮮戦争やベトナム戦争では多くのアメリカ青年が血を流す羽目になってしまった。
ある将校は泥沼のベトナムで
「この戦争など大日本帝国陸軍を投入すれば3か月でケリのついた戦いだ。あのボンクラども(ルーズベルトやトルーマンのこと)が日本と上手く付き合っていれば、俺たちはこんな苦労をしなくて済んだんだ」とルーズベルトを罵っていたという。
第一次大戦は日米にとっては僥倖だったが、第二次大戦はソ連の為にあったと言っても過言ではない。確かに一時はモスクワまで攻め込まれて亡国の半歩手前まで追い込まれたが、自国民の利益よりもソ連の利益を優先した変な大統領のおかげでアメリカに対抗するほどの超大国になれた。
これだけ頭のいかれたリーダーは、フリードリヒ大王を尊敬するあまり、ロシア軍に進撃を中止させたピョートル三世ぐらいなものだろう。自分の行動がどれぐらい自国の利益をそこなうことなのか分かってないから出来る事ではあるのだが…。
同じボンクラでも、ピョートル三世は、それが原因で後のエカテリーナ二世にクーデターを起こされてしまい、帝位を追われてしまうのだが、ルーズベルトは冷戦の開始の時点では死亡していたので、誰も何も言わなかっただけだろう。
「日米戦争を避けることが我が使命である」と公言する関口の独演は続く。
「もしも日米のような強力な海軍を持つ国が激突すれば、莫大な人的損害が発生する。是非ともそれは避けなければいけない」
「貴方の父親が、夫が、恋人が、息子が、兄弟が、一大統領の野望で戦死することを望まないならば、貴方がたは日本との戦争を望んでいる大統領に『No』と言ってください。大統領の意思が戦争にある以上は、わが国にはどうすることもできません」と涙目で訴えた。この一言は確かに効いた。
「ハル・ノートとは何か?それは南北戦争におけるサムター要塞である。撃たざる負えない状況に追い込んで、撃った方を批難する。北軍のやることは今も昔も変わらない」
「南北戦争で北軍に敗北したアメリカ連合国と日本には共通点があります。それは自由貿易を愛する国であるということです。そして、共に自由貿易なしではやっていけない国ということです。しかし、北軍は自由貿易を憎んでいます。それが南北戦争の原因だったと私は考えています。現に、いまの北軍は、自国が大不況に陥ったら輸入を制限して、率先して自由貿易を殺しました。他の国も米国への対抗上、ブロック経済へと移行してしまいました。自己の利益だけを優先し、自由貿易を憎み、自由貿易を殺すことを躊躇しないのが北軍です。
そういう北軍に対して、アメリカ連合国は、自由貿易を守るために、勝ち目が薄いことを承知で戦うか、自由貿易を殺されて飢え死にするのを待つか、二つに一つの選択しかありませんでした。私はジェファーソン・デービスの気持ちがよく分かります」
「貴方の母親が重病を患ったと考えてください。お金を出すから薬を売って下さい!とお願いしているのに、売ってくれないのが自由貿易を殺された世界で起こり得ることです。そこで、貴方の取るべき道は、母親を見殺しにするか、薬屋を殴ってでも薬を母親の元へ持って帰るかのどちらかです。
仮に、あくまでも仮にですが、もし、今すぐにでも日本が武力行使したとしても、母親を助けたい一心でのことだと理解してください」
「戦争気違いが強引に日米戦争を始めた場合、南北戦争の再来になるでしょう。敢闘精神に勝る南軍が緒戦において、たびたび北軍を圧倒したように、緒戦は日本海軍が米国海軍を圧倒するでしょう。我が帝国海軍には、二倍の勢力を誇るロシア海軍を壊滅させた実績があります。しかし、南北戦争同様に、最後は国力の差がものをいい、戦争が長引いた場合、結果は南北戦争と同じでしょう。ただし、日本には次の選挙まで戦い続けるだけの力があります。それが唯一の希望であり、南北戦争との相違点です。戦争をしないと約束したルーズベルトが日本との戦争を望んでいたことを、次の選挙でアメリカ国民が咎めてくれることを期待しています。なぜなら、日米間の戦争を望み、両国に多大な戦死者が出るであろうことの全ての責任はルーズベルトにあるからです」
「南北戦争では、北軍の海上封鎖により、南部では、軍需物資は当然ながら、幼子に食べさせる食糧すら事欠くようになりました。しかも北軍の侵攻により、その不足する物資すら根こそぎ奪われてしまいました。ルーズベルトは、あの地獄を現代にもう一度出現させたいようです」
関口の発言は新聞には掲載されたが、アメリカ国民の反応は、日本政府への不信感もあり最初は冷やかなものだった。しかし、涙ながらの訴えや『サムター要塞』発言を機に確実に変わっていった。
我が国の世論として、ルーズベルトは許せないが、日本の主張に同調するのも面白くない、だったのが、日本の、と言うよりも関口の主張は尤もだ!に変わっていった。
第二大戦終結間もない頃に米国南部に行った日本人が、白人男性に
「おまえは日本人か?」と質問された時、一瞬どう答えようかと迷ったが(下手すれば殺されるかも知れない)、目が殺気立ってはいたが敵意は感じなかったので
「そうだ」と正直に答えたら
「おまえら日本人なら俺たちの気持ちが分かるだろう。南北戦争で北軍に叩き潰されて踏みにじられた俺たちの気持ちが…」と涙ながらに話しかけられたという。
南北戦争など、その時点で、もう何十年も前のことなのに、つい先日まで敵国であった日本人にすら仲間意識を感じるぐらいに、南部人の北軍に対する恨みは深いのだと、このエピソードは教えてくれる。
どれぐらいの南部人がそういう想いを抱いているかは分からないが、利用できるものは何でも利用するべきだろう。言うのはタダだし、大した労力が必要なことでもない。
「この国にはルーズベルトをはじめとして、日本との戦争を望むグループが存在している。私はこの連中をルーズベルツと呼ぼう」
関口は、私の考える日本人とはかけ離れた人間だった。交渉ベタで主張するのも苦手な日本人外交官の中で、関口は正反対の人間だといえる。この重大な時期に、日本から関口がわざわざ派遣された意味をもっと真剣に考えるべきだったのだ。十一月十五日に来栖と共に特別機でワシントンにやって来ていながら、顕著な活動をしなかったのも、『ハル・ノート』に反撃するためだけの要員だったのかもしれない。そして、日本に居るスパイや協力者が総力を挙げて調べても、関口の経歴や正体はいっさい不明だった。この日のために、日本が、と言うよりも東條が隠し持っていた秘密兵器だったのだろうか?
しかしながら、そんな秘密兵器があるのなら、なぜ今まで使わなかったのか?という疑問は残る。疑問は残っても、その秘密兵器により、今、我々が劣勢なのは変わらないのだが…。
関口はマスコミの操縦だけでなく、例え話も上手かった。そして、記者団の反応を見ながら、徐々に言葉を変えていった。
話が南北戦争に及ぶや、南部出身の記者の、関口を見る目が違ってきた。南部人の中には未だに南北戦争のことで北部に反感を持っていて、アメリカ合衆国がどこかと戦争を始めた場合、敵国に行き兵士として志願しかねない人間もいるという。
関口の南北戦争の話が新聞に掲載されると、南部では徐々に日本に、というよりも関口に好意的な記事が増えていった。
発表の翌日になって報告を受けたことだが、東京では東條首相が
「我々はルーズベルトから事実上の宣戦布告を受けました。平和を望む交渉において、ルーズベルトが我が国突きつけたものは歴史に残る不当な要求です。日米間の平和はもはや望むべくもありません。しかし、戦争を望んでいるのはルーズベルトとその周辺の勢力であり、アメリカという国の全ての人々が日本との戦争を望んでいるわけではありません。多くのアメリカ国民は日米間の平和を望んでいます。我々が攻撃するべきはルーズベルトであり、米国の全てではありません。国民の皆様は、いましばらく冷静に行動することを望みます」との演説を行った。
日中戦争に関しては、我々の情報操作が功を奏して、アメリカ人は『横暴な日本に理不尽に攻撃されている気の毒な中華民国』と思ってくれていたが、それは唯の認識不足だと知らしめるために、関口はマスコミの質問にも堂々と答えた。
「日本は中国を侵略しています」
「いいえ、あれはPKO、ピース・キーピング・オペレーション(平和維持活動)であって、侵略ではありません。アメリカが支援する蒋介石政権も、中国全土を掌握している訳ではないですし、治安に責任を持っている訳でもありません。現に日本人居留民は、蒋介石指揮下の中国保安隊に万単位で虐殺されています。彼らは中国の一部を支配する有力な一地方政権にしかすぎないのです。さらに言えば、彼らは軍閥であり馬賊であり強盗団の大規模なものでしかありません。蒋介石軍閥を含めて、そういう地方政権は中国の至る所にあります。ですので、日本は中国の治安に責任を持つ意欲を持った政権を支援しているだけなのです。
それとも貴方は、中国にビジネスで出かけた日本人など全て蒋介石指揮下の中国軍に虐殺されてしまえ!と言っているのですか?そうではないですよね?日本軍は中国軍による日本人居留民への非道を咎める為に行動しているのです。
それと中国軍の戦争は無茶苦茶です。日本軍の進撃を遅らせる為に、堤防を決壊させて多くの中国人民を殺したり、放火や食料を強奪して退却していきます。そうすると、やってきた日本軍は、中国人民に食料を分け与えたり、怪我人や病人には診察を行ったり医薬品を与えたりしています。そういう日本人の性質をよく知っているから、中国軍は自国民を平気で殺害する戦法をとるのです。
中国軍の戦法は、もはや卑怯などという単純な言葉で言い表せないほど悪辣な戦争を繰り返しています。中国人民の幸せを考えるなら、日本軍が中国全土を制圧する方が良いのです。その証拠に、首都・南京が陥落した時に南京の人口は20万人から30万人に増えました。悪辣な中国軍の支配下から、厳正なる軍規を保った日本軍の統治下に入ったことが、誰が信用すべき存在なのかを良く知っている中国人民を呼び寄せたのです。
しつこいようですが、例えて言えば、親に虐待されて殺されそうになった子供に手を差し伸べているのが日本で、子供を虐待しているのが中国なのです。それでも虐待を止めさせるためとはいえ他人の家に無断で入れば、一般的な法律では入った方が悪いと言われます。中国とは、そして付け加えるのならルーズベルトもそういう宣伝には長けた国なのです。他人の家に立ち入ったのは、子供を助ける為だったという事実を知らない人には、勝手に他人の家に入った日本が悪に見えるのも当然です。
アメリカ人は余りにも善良で、中国人の宣伝を単純に信じています。ですので、今から私の言うことをよく聞いてください。
そもそも中華民国とは国家ではない。なぜなら国家の要件とは、少なくとも外国人にとっては治安に責任を持つということであって、中華民国はその要件を満たしていないからです。
日本の外交官ですら、中国軍兵士に夫人をレイプされたり、本人も命からがら逃げ出さざるおえない状況になったりしています。外交官特権を持っている人間に対してすらこの有り様なのですから、一般の日本人などもっと酷い目にあっています。
イギリスはかつて、ギリシャで自国民が殺された時に艦隊を派遣し、自国民を守ろうとしましたが、日本もイギリスと同じことをしているだけなのです。
自国民を殺されて黙って見ていることなど、イギリスがそうであったように日本にもできません。そして、あなた方アメリカ人にとっても自国民を不当に殺されて黙っていることはできないでしょう!」
現在の中華人民共和国において、自国民が酷い目にあっているというのに何もしない日本国政府よりも、中華民国で日本人が虐殺されたり財産を奪われたりしている現状を憂いて、何とかしてやりたいと行動を起こした大日本帝国陸軍の方が、よっぽどまともな集団である。
「中華民国のことを平和な民主国家だと思っているアメリカ人は多いですが、第一に平和ではありません。重要なことなので何度でも言いますが、軍閥の割拠する内戦状態の国なのです。有力な軍閥は蒋介石軍閥に取って代わろうとして、テロや日本人虐殺など蒋介石の困ることを敢えてやります。そして、同じことは蒋介石軍閥の内部でも起きています。蒋介石に取って代わりたい軍閥内の幹部も蒋介石の面子が潰れることをやっています。彼らの頭の中には中国人民の幸せなどありません。自分が内戦の勝者になることの方が重要なのです。こういう中国人の思考特性は、世界でもっとも模範的な民主国家の住人であるアメリカ人には理解できないことだと思います。そこまで酷いことを中国人の政治家が中国人に対してするはずがない。そう思っているところを中国軍閥の巧妙な宣伝に付け込まれたのです。
第二に中華民国は民主国家ではありません。確かに選挙は一度だけありましたが、形だけの、しかも腐敗や買収などの不当な手段で当選した議員ばかりです。こんな人たちが議員になったからと言って、まともな政治をするはずがありません。しかも中華民国の建国の功労者である孫文も政権の座を追われて、新たな支配者である袁世凱にたびたび反乱を起こしています。その独裁者である袁世凱も皇帝の座を狙い支配者の座から引きずり降ろされました。そして誰一人中国を統率できずに現在に至っています。統一政権もないのになぜ民主主義ができるのでしょうか?統一政権という言葉が出たついでに国家の要件について補足しておきますが、蒋介石の命令は、彼の軍閥内でのみ有効なのであって、他の軍閥の支配地域では何の意味もありません。
同じ非民主国家かつ独裁国家だったとしても、スターリンが出してくれた命令書や許可証は、ソ連内の全ての地域で有効です。その意味でソ連は間違いなくスターリンがきちんと統治している統一国家です。
それにひきかえ蒋介石が出してくれた許可証など、他の軍閥の所に行けば鼻で笑われて終わるような代物です。そういう意味で中華民国は国家の要件を満たしていないと申し上げているのです」
そういう事情は、現在の中華人民共和国でも同じことである。北京でもらった許可証が、地方に行くと許可証になっていない。ただし、北京で許可証を出した人間の顔を立てて、逮捕はされないですむ。追い返されるだけですむ。北京で出してくれた許可証など、その程度の代物でしかない。
しかも北京で貰った許可証では『立ち入り禁止区域』だからと言って入れてもくれないのに、地方の責任者に金を払えば入れてくれることも多々あるのだから、北京で貰った立ち入り許可証とは、入場申込書でしかないようだ。
「余談ながら付け加えておきますと、ソ連国内で日本人がソ連軍に虐殺されたことはないですし、外交官特権が踏みにじられたこともありません。その意味ではソ連は実にまともな国家なのです。中華民国と違って」
「満州国は日本の傀儡なのでは?」
「その質問に答える前に中国の歴史を説明しましょう。中国には中華という考え方があり、漢民族の住む地域こそが文化の存在する土地であり、そこから離れれば離れるほど野蛮の度合いが強くなる華外の地なのです。秦の始皇帝はご存知ですよね?あの時代から一貫して満洲とはその華外の地です。その華外の地の満州に、ヌルハチという女真族の汗が登場し、女真族を率いて中華に攻め入り清を建国しました。
辛亥革命により清が倒れ、中華民国が成立しましたが、形式的には清の全ての領土を継承しました。ですが、ヌルハチの故郷・満州が女真族の土地であり漢民族の土地ではないという事実に変わりはありません。満州国の成立とは、中国の本来の姿に近づいただけです。
中華民国の統治は不安定で、各地に軍閥が割拠し、人々は、治安の悪さに安心して暮らせません。そこで、満洲だけでも人々が安心して暮らせるようにと日本は満州国の建国に協力しました。満州の正統なる所有者である女真族のヌルハチの子孫である宣統帝陛下と共に」
「そういう行為を傀儡と言うのです」
「それは日本との戦争を望むルーズベルツの考え方ですね!ルーズベルツはアメリカ国民が日本を憎むように憎むように世論を誘導しようとしていると私は考えています。この件にこれ以上深入りをしませんが、自力では中国各地に割拠する軍閥の横暴さから自分を守る術のない一般庶民にとっては、安心して暮らせるかどうかが大切なことなのです。
仮に、今すぐ満州国が消滅して、幸せに暮らしていた家族が、軍閥や馬賊という盗賊の襲撃に脅えて暮らすようになるほうが良いのでしょうか?
中国本土から戦乱を避けて満洲国へ入国したがる中国人も多数います。その数は年間100万人以上です。入国を望む中国人は日本軍の支配地域からよりも、作戦区域外からの方が多いという報告も受けています。
たとえば、香港は史上最低の侵略戦争・アヘン戦争の結果、英国が中国から強奪した土地ですが、中国人が平和に、しかも文化的な生活をしているという点において、その統治と英国の開発を私は高く評価しています。不当な戦争の結果であろうと、侵略の結果であろうと、一般庶民にとっては安心して暮らせるかどうかこそが重要なことなのです」
満州が漢民族の土地ではないというのは歴史的事実で疑う余地はない。しかし、政治的事実として、大日本帝国は、清帝国に貸した金が惜しくて
『中華民国は清帝国の全てを継承しろ』と要求しているのだから、満州が漢民族のものでないにしても、中華民国のものであることは間違いない。
しかし、中国が相手だと、そういう点に配慮するだけ馬鹿馬鹿しい。中華人民共和国の建国の英雄・毛沢東が
『尖閣諸島は日本のものだ』と認めているというのに、後から出てきた小物が、周辺に石油の埋蔵が明らかになるや
「尖閣諸島は歴史的にも中国固有の領土である」と言い始めた。
『お前は毛沢東の決定を覆せるほど偉いんかよ』と突っ込みたくなるし、
『毛沢東の決定を覆せるのは、せいぜい鄧小平までだろ!ともに革命を戦った』と言いたくもなる。
ある記者は、日本軍の空爆の現場で一人ぼっちの子供の写真を持ってきて
「この写真を見てください。日本の爆撃でひとり取り残された幼子が泣いています。関口さんはこの写真を見てどう思いますか?」
「強い憤りを感じています」
「この日本の非人道的な振る舞いにですよね」質問した記者は、あっさり非を認めた関口に驚きながらも、詰問長調の質問を続けようとしたが、関口は強く遮って
「私が怒りを感じているのは、この写真を掲載した出版社や撮影したカメラマンに対してです」
「そ、それは、どういうことですか?」
「貴方はこの写真のネガを見たことがありますか?」
「いいえ」
「この幼子の近くには、しっかり大人も写っているはずです。それとこの現場は南京ではなく上海ですよ。この出版社やカメラマンも、アメリカ国民が日本を憎むように世論を誘導したいルーズベルツの一派のようですね。もし、国家に人格権があるのであれば、彼らにも、名誉棄損や損害賠償請求を行いたいところです。あっと、ルーズベルトに対しては、詐欺罪でも訴えたいところですが、話を本題に戻すと、カメラマンにネガを開示するように求めてください。貴方の質問に続きがあるとしても、ネガを確認したあとにしてください。いいですね?」
「…」
「それではこの質問はこれで終わりということにしますよ!
ネガの開示を受けたら連絡してください。おそらくカメラマンらは拒否すると思うので、その時はこの写真は偽物だと、しっかり新聞に書いてください。いいですね!」と諄いくらい念を押して締めくくった。
「例えば、貴方に子供がいて、酔っ払った保安官が貴方の子供に銃を突きつけたとする。当然ながら貴方はそれを止めさせようとするでしょう。しかし、保安官の手元を狙って投げた花瓶が、誤って保安官の頭にあたり、保安官が死んでしまったとする。しかし、貴方に悪意のある人間が
『あいつは保安官を殺した。にも関わらず無罪だったのだ』と触れ回れば、事情を知らない人は、貴方のことを、とんでもない人間だと思うことでしょう。不正な手を使って罪を免れる卑怯な人間だ!と勘違いすることでしょうね。ルーズベルトの主張はそういうことなのです」
「しかし、この爆撃は非人道的ですよね」とさっきとは別の記者が質問した。
「その質問に答える前に、ひとつ聞かせてください。貴方は戦時国際法の知識がありますか?」
「はい」
「一般法では、貴方が私の父親を殺したからといって、私が貴方の親を殺すことは許されません。ですが、戦時国際法では、相手が非人道的な行為を行なった場合、相手にそれを止めさせるためには同じ行為をしても良いのですよ!そういう意味においてこの爆撃は人道的に何の問題もありません。
おそらく、貴方は、通州虐殺事件や中国軍の手に落ちた日本兵が残虐に取り扱われているという事実を知らないのですね」
「…」
「日本はかつて中国の攻撃を受けて、対馬・壱岐では住民が皆殺しにあいました。しかも二度もです。
そして、日清戦争の前には中国海軍の保有する戦艦は世界最強であり、その威力をもって日本を恫喝しています。中国人水兵の中には、日本で暴虐の限りをつくした人物もいます。それでも戦争中に、日本政府は、日本に滞在する中国人に迫害を加えるようなことはしなかったのですが、今の中国は日本人居留民を虐殺しているのです。そういう事実を知った上でも、日本を非人道的な侵略者だと言うのですか?」
「…」
「まあ、現在のアメリカ人からは、無抵抗でかつ平和な民主国家である中華民国に、日本が酷いことをしているように見えるのも無理はないでしょう。そう見えるように仕向けている勢力もあるでしょう。しかし、日本と中国の間にはそういう歴史もあるのです」と関口は、勘違いしているのは記者だけの責任ではないと逃げ道を作ることも忘れなかった。
しかし、せっかく対日世論を悪化させることに成功した写真が偽者だとばれてしまったことは痛かった。関口は、それを記事にするように質問した記者に重ねて求めたという。しかし、実際に偽写真の記事を書いたのは、関口に好意的な別の記者だった。
この写真の存在が、米国人の対日世論を悪化させて日米戦争の道を開いたという識者もいるぐらい影響力のある写真だった。
が、偽物である事が明白なった今はその効果は激減する。それどころか、反日キャンペーンの多くが偽物ではないか?あるいはルーズベルトの陰謀ではないかと勘繰られるようにさえなった。
「余談ながら言わせてもらいますと、日本は日露戦争でのロシア兵、第一次世界大戦でのドイツ兵を実に人道的に取り扱いました。
1900年に起こった義和団の乱の時も、清国の国民は、人道的に振舞う日本軍を自国の軍隊以上に信頼し、歓迎していました。ロシア兵の暴虐から保護を求めてきた中国人たちもいます。この時の日本軍の、勇敢なうえに人道的な行動を高く評価したのがイギリスです。後に栄光ある孤立を捨てて、日本と軍事同盟を結んでくれたのです。
さらに言えば、日露戦争の時のロシア兵捕虜の識字率の低さに同情した日本軍は、彼らにロシア語の読み書きを教えていました」
「フランス領インドシナに日本軍が進駐したのは、世界の平和に悪影響を与えませんか?」
「貴方の考える世界の平和がどういうものかは分かりませんが、アジアの平和には良い影響を与えています。過去において我が親愛なるアジアの独立国・タイは、イギリスおよびフランスから領土を奪われています。日本の進駐により、タイはフランスの軍事的脅威から永遠に解放されました。そして、進駐先の住民からは大歓迎されています」
関口は質問からは逃げない。そして、記者の歴史や知識の低さをたびたび指摘した。しかも、侮辱的にではなく、教え諭すようにだった。外交官としてだけでなく、教養人としても関口は記者の信頼を獲得していった。
関口の評価が上がれば上がるほどに、関口の攻撃は激しさを増していった。
「貴国が日本との戦争を望んでないなら、4月以後に完成した軍備を全て廃棄せよ。当然ながら、これから完成する軍備も廃棄の対象だ」
「貴国が、アメリカ本土以外の太平洋上に保持している戦力は全て、本土まで撤収するべきだ」
「貴国は、武器を交戦国に売却しているが、これは国際法の中立国の義務に違反している。ましてや、自国の海軍に輸送船団を護衛させ、グリーザ号事件やカーニー号事件のようにドイツの潜水艦を攻撃するなど、これは立派な戦闘行為である。貴方がたはよっぽど戦争が好きなようだ」
関口が信頼を勝ち取とり、国際法に関する我が国の過ちを指摘するたびに我々は追い詰められていった。
「私はこれから、ある文書をドイツ・イタリア大使に手渡すつもりです。内容は
『ルーズベルトが日本との戦争を望む以上は、戦争は避けられない。日本政府のいかなる努力も、戦争を望むルーズベルトに踏みにじられて日米戦争が始まった場合、ドイツ・イタリアは厳正中立を守ることを希望する』です。東京でも同じ文書が手渡されるはずです。
何度でも言いますが、日本政府は平和を望んでいます。たとえ、ルーズベルトが、強引に日米戦争を始めた場合でも、その戦争が世界戦争に発展しないことを希望しているのです」
関口のこのコメントを聞いた時、日本に戦争を仕掛けさせて、それをきっかけに
『ドイツとの戦争を始めること』は、もはや全く可能性のない絵空事になったことを悟った。
「貴国が自国の利益を追求するのは貴国の自由だが、それは他国の安全を脅かしていることは理解しているのか?」
「…」
「ソ連に対して武器援助を行なっているが、これは日本の安全を脅かしている。日本は常にロシアの脅威にさらされてきた。直近ではソ連はフィンランドに襲いかったし、ポーランドへも魔の手を伸ばした。さらに言えば、バルト三国も強引に併合した。あの国は常に領土の拡張を望んでいるし、未だに不凍港を求めて日本の領土を虎視眈々と狙っているのです。
さらに言えば、日露戦争での敗北の復讐の機会を狙っている」
この日の記者会見では、アメリカ政府に好意的な記者から
「日本ほどの強力な海軍を持つ国が、ソ連を驚異に感じる必要はないと思いますが?」の質問があった。
「今はそうです。しかし、ルーズベルトが日本との戦争を強引に始めた時に、世論がそれをとがめなかった場合に、数年後には、海軍は大幅に弱体化する可能性はあります。その時にソ連が大人しくしているはずはないでしょう」
「…」
「日本の立場から言えば、背後の安全を脅かす可能性のある国を弱体化させてくる国は良い国です。例えば、山賊だろうが海賊だろうが熊をやっつける人は良い人です。まあ、熊に安全を脅かされたことのない人には分からないことでしょうがね。
例えば、ニューヨークに住み、クマといえば動物園で愛嬌をふりまくものだと思っている人間には、アラスカに住み、クマに家族を殺された人間の気持ちを想像することは難しいでしょう。
クマを殺そうとしている人間を見た場合でも、ニューヨークに住んでいる人は
『酷い奴がいるなあ』と考えるでしょうが、クマに家族を殺された経験がある人は
『あのクマは一体何をやったんだろうか?』と、クマが悪いことをしたから殺されるんだろうなと考えるものです。誰しも立場や経験の違いで、同じことを見てもその評価は異なるものなのです」
「念の為に言っておきますが、アメリカ国民の中にはルーズベルツに騙されて、三国同盟がアメリカを攻撃するための同盟だと思っている人もいるようですが、あの同盟は日本との戦争を望むルーズベルトに、日本との戦争を思い止まらせる為の同盟なのです。ですので、ルーズベルトが、日本との間に平和を決意してくれれば、ドイツイタリアと協議を行い、この同盟の対象からアメリカをはずすことはあり得ます。
ただし、日米間の平和の決意とは、リチャードソン海軍大将の言われるように、太平洋艦隊がサンディエゴに帰る事やフィリピンから航空兵力の撤去、そして中立国としての義務を誠実に果たすことを含みます」
「この理不尽なルーズベルトの要求に対し、平和を望む日本政府は、戦争に訴えることなく自制しています。この一点だけでも、わが日本政府が、いかに日米間の平和を望んでいるのかお分かり頂けると思います。
しかし、わが日本政府も妥協点を見出すべく努力を行いましたので、その観点でルーズベルツと話し合いを行います」と記者団に前置きをしたうえで始まった交渉は
『何が妥協点だ!』と反論したくなることばかりだった。
「ハルノートの、第二項には
3日本の支那(中国)及び仏印からの全面撤兵
4日米がアメリカの支援する蒋介石政権(中国国民党重慶政府)以外のいかなる政府も認めない(日本が支援していた汪兆銘政権の否認)の2項目があるが、仏印からの撤兵は後で話すが、中国問題に関しては、両方とも承知した」
「本当ですか?」
「ええ、ただし、これまでに内戦状態の中国で、日本人が被ったすべての損害をお支払いいただくという逆要求を行いますが!」
「何故にそれを要求するのですか?それは日中問題であって日米問題ではないはずです。仮に、その要求が正当だとしても、請求するべき相手は中国政府なのではないですか?
わがアメリカ政府に要求するのは筋が違うのではないですか?」
「そんなことはない。貴国が日中問題に必要以上に肩入れするのであれば、その義務を果たすべきだ!と言っているだけなのです。
何度でも言いますが、蒋介石は中国全土を統治していない状態であるにも関わらず、正当なる政権だと認めろ!と戦争キチガイは要求しました。ということは、あなた方は、正当なる政権の果たすべき義務を肩代わりするべきだ!と言っているだけなのですよ。
まだ、日本に徳川政権があった頃の話ですが、貴国の外交官であるヒュースケン氏、彼は元オランダ人ですが、その彼が殺害されました。それは徳川正規軍の仕業ではなく、徳川政権に打撃を与えたい非正規軍武装集団の行為なのですよ。おまけに、徳川政権は、ヒュースケン氏に、
『危ないから出歩くな』と、再三にわたり警告しているにも関わらず、氏は不用意に外出し殺害されてしまいました。それだけの落ち度が氏にはあったのに、徳川政権は遺族に損害賠償金を支払ったのですよ。我が国はそういう誠実な国であるから、そういう請求をしているのですよ」
「徳川政権が誠実だったのは良く分かりました。しかし、それでも、我が国が、日本人居留民の賠償金を支払う義務はないと思います」
「いいでしょう。なら、貴国は、日中問題への介入を止めるべきですね」
「それはできない。日本の軍事行動はアジアの平和を乱しているから、自制を求めているのです」
「認識が根本的に間違っている。日本軍は中国に平和をもたらす為に戦っている。中国人民は日本軍の行動を歓迎している。日本軍の制圧下に入れば平和に暮らせるからだが、それは蒋介石軍閥にとって不愉快な事実だ。というよりも、連中にとっては不都合な真実なのだ。
それと、アジアの平和と言う言葉を使うのであれば、なぜ撤兵をイギリスやオランダには求めないのか?
私は、それが不思議でならない。あの二か国はアジアに恐怖と欠乏を与えている。特にオランダの統治下でインドネシア人は奴隷として惨めな生活を強いられている。それは、ルーズベルトとチャーチルが発表した大西洋憲章で悪だと規定されたことですよ。
日本軍の行動は中国人に平和と安定を与えているのと対照的にです」
「…」
「貴方のレベルでも分かる話をしましょうか?」
「…」
「貴方は、ある会社の社長に無能な人物を就任させろ!と要求してきた。経営に見識のある人間には、こんな奴が社長になれば、会社が潰れるのは分かりきっている。それでも社長に就任させたいのであれば、貴方が全責任を取ってくれ!と言っているのですよ」
「…」
「どうやら理解できないようですから、もっと言いましょうか?貴方が無能経営者を社長になるのを認めろと言うのであれば、私が持っている株を適正な価格で買い取ってくれ!と言っているのですよ。
無能が社長に就任すると発表しただけで株価は下がる。優秀な社員は逃げ出す。銀行は融資を引き揚げる。仕入元は商品を売ってくれなくなる。得意先は買ってくれなくなる。注文をしてくれなくなる。倒産への一本道なのですよ。
蒋介石は、国家の元首として、全く無能である。現に日本人居留民は蒋介石の正規軍に万単位で虐殺されている。無能かつ無責任な一軍閥を中国の正式な政府と認めろ!と言うのであれば、これまでの蒋介石の不祥事を全て補償してくれと言ってるだけだ。
撤兵に関しても同様に、日本軍が撤兵することによって日本人が被る不利益を全て補償するべきだ」
今日は、新聞記者の同席がないので、ある程度の反論ができたが、それでも分が悪いことには変わりがない。
今日の交渉でも、関口は
「我々は譲歩に譲歩を重ね、この理不尽な要求を全て受け入れたが、それですらハルに拒否された」と、逆要求を突き付けたことを隠して、一方的に発表し
「元・太平洋艦隊司令長官のリチャードソン大将はなぜ罷免されたのか?それは、彼が日米間の平和を望む真の愛国者だからです!日米間の戦争を望むルーズベルトにとっては邪魔者だと看做されたからなのです」などと言いたい放題だった。
記者からは、
「関口さんは先日の会談の中で
『もし、日本が米国に友好的でない、かつ近隣諸国に、18インチ砲を装備する戦艦を売却したとして、アメリカは“只のビジネスだ!”と見過ごせるのか?』と言われたそうですが、日本は18インチ砲の戦艦を持っているのですか?」
「いいえ。会談の中で、私は『仮に』と言いました。それと18インチ砲を装備する戦艦の意味することは、アメリカの保有するいかなる戦艦よりも強い戦艦という意味でしかりません」
『昨日の時点で、大和型戦艦二隻は物理的には完成しているはずだけど、海軍はまだ正式に登録をしていないので嘘ではない。
史実に比べて完成が早かったが、この世界には慧眼な人物がいたようだ』
日米交渉とは、すでに日本側の主張だけが通る場になっている。我々には、打つ手はなかった。関口の言うことは間違いない!と多くの記者が考え始めているのだから。
ある日の会談では、
「『yes』か『no』で応えてください。貴国は巨大な海軍を建設していますが、軍艦を建造する大企業は儲かりますね」
「それは…」
「『yes』ですか?『no』ですか?」
「Yes」
「ドイツ海軍の水上艦艇はイギリス海軍の妨害を突破して大西洋に出て来れない」
「Yes」
「とするとあの巨大な海軍は日本との戦争に備える為ですね」
「…」
「答えられないのなら、こちらの好きに解釈させてもらいますが、戦争が始まりさえすれば、さらに巨大な軍備を建設することも国民は納得しますよね」
「…」
「戦争に行った場合、有力者の子弟は、一般庶民の子弟に比べて戦死する率は低いですよね?」
「必ずしも」
「『yes』か『no』で応えてください。と言ったはずです」
「Yes」
「要するに、日本との戦争で大企業が潤い、有力者の子弟は戦死する確率が低いという訳だ。貴方がたの狙いはそこですね」
「それは誤解だ」
「言い訳は聴きたくないですね。交渉の初めと終わりで言うことが正反対の貴国の主張など聞くだけ時間の無駄でしょうから」と関口は一方的に話を打ち切った。にも関わらず、マスコミは誰も関口の非礼を咎めない。それどころか、一般庶民だと自身で思っている多くの記者は、またもや関口に好意的な記事を書いているのだ。この日の関口の発言は邪推でしかないのだが、関口の言い分だけが一方的に通るのが現実だった。
しかし、関口の行動はそれで終わりではなかった。関口はハミルトン=フィッシュをはじめとする共和党の有力議員に会いに行った。そこで何を話したのかは明確ではないが、次の大統領選挙に関することであることは間違いないだろう。大統領選挙に野心を持っている議員の中には、自分の方から関口との会談を望んだ人物もいる。共和党の議員だけならまだしも、民主党の議員の中にも関口と会いたがった人物がいるのには憤りを感じた。
だが、一つ腑に落ちないのは、ワシントン州選出の女性下院議員-彼女は女性であるという点以外に時に特徴もなくお世辞にも有力議員とは言えないし、おまけに下院の議員にも拘わらず、関口の方から積極的に会いに行ったらしい。
関口の行動の成果かどうかは分からなかったが、ルーズベルト政権に対する風当たりは日増しに強くなっていった。マスコミにしろ世論にしろ政敵にしろ、将来のアメリカの脅威になりうるドイツとの戦争が何より必要なのだ!ということが分からないようだ。その為には日本に最初に撃たせてドイツとの戦争に持ち込むつもりだが、今では日本との戦争ですら始めることは不可能になった。
いま、ドイツと戦えば確実に勝てるが、ソ連が崩壊し、イギリスが屈服すれば、ドイツを止められる国は世界中に存在しない。占領地から獲得した工業力や技術力を駆使し、ドイツはますます強大になっていくだろう。我がアメリカですらドイツに占領されるかもしれない。その時に気がついても遅すぎるのだが…。
関口が重大な発表があると記者会見を行なった。
「わが大日本帝国は、イギリス首相・ウィンストン=チャーチルとフランクリン=ルーズベルトの間で提唱された『大西洋憲章』に、参加します。
英米首脳の会談で決められた大西洋憲章では
1)合衆国と英国の領土拡大意図の否定
2)領土変更における関係国の人民の意思の尊重
3)政府形態を選択する人民の権利
4)自由貿易の拡大
5)経済協力の発展
6)恐怖と缺乏からの自由の必要性
7)航海の自由の必要性
8)一般的安全保障のための仕組みの必要性
が挙げられていますが、1)の部分は英米に日本を付け加えてください。
そして、日本はアジア地区担当として参加します。
ですので、原加盟国である英米に対し、日本の軍事行動の結果がアジアにおいて恐怖と欠乏の支配を行っていると推定される場合は、是正勧告を行うことを認めます。もし、不明な場合は監査を行うことも認めます。ですが、英米も、日本と同じ義務を負うものとします。
これは『大西洋憲章』に対する支持を表明したソ連をはじめとする国々も準加盟国として、英米ほど強くはないものの、同様の義務を負うべきだと考えています。
アジア地区担当として参加する日本は、その責任を果たすために、具体的に言えば、アジアにおいてアジア人を恐怖と欠乏から解放する組織として、アジア解放連合を設立します。それが目指すものは、アジアに自由と正義と人道を回復することです。
貴方がたアメリカ人がイギリスの圧政に反抗し、自由と正義を獲得したように、アジアにもイギリスやオランダの圧政に苦しむ人たちが、それを望んでいるのです。我が日本はアメリカ独立戦争の時のフランスの役割を引き受けると言えば貴方がたには解りやすいでしょう」
「この組織は国際連盟の形態を参考にしていますが、ただ一つ異なる点があります。それは常任理事国には特別な権限を付与することです。その名称は拒否権と言い、国際連盟の反省から生まれた権限です。国際社会に責任のある大国が、総会で非難決議を受けた場合、その決定に承服しかねる場合、その大国は我が日本がそうだったように脱退するしかありません。そうすると大国抜きの総会になり、その連盟は何一つ決めることも実行することもできなくなります。それを防ぐために設けた権限です」
満洲国問題で、非難決議を浴びて国際連盟を脱退した大日本帝国だったが、そのまま常任理事国として居座れば良かったのだ。非難決議を受けたからと言って何をしなければいけないという規約はないし、アジアの独立国の中には棄権をしてくれた国もある。だから『わが大日本帝国の行動が、アジアの安定のため有益だと理解してくれる国もある。アジア地域の国においては、非難決議は成立していない』とでも言っておけばそれ以上のことは起こらない。
英国の外交文書を読み解くと、本音としては、満洲を獲ったのが、ソ連でなくて良かったと思っていたようだ。陸続きの強みと既成事実の積み重ねで中国南部の英国の権益まで狙ってくるかもしれないが、日本の国力では満洲の経営で手いっぱいで、かつソ連の南下を警戒しなければならないので、我が国と事を構える意思はないだろう。
そもそも日本ほどの軍事大国が、本気で満洲を獲ろうと決意した以上は、やめさせる方法はない。ならば、落としどころを探る方が賢明である。軍事力もないくせに国際政治で一人前に口を出す小国のことは気にせずに、日本にとって受け入れやすい条件を模索しよう。
それがリットン調査団の出した報告書だったのだが、なぜか日本の世論は、その内容に激高した。冷静に分析すれば日本側の主張はほぼ受け入れられているのに、額面上の表現のみを問題視してしまい、その真意を読み取れなかったというところか。
むしろ、こんなにも日本の肩をもった内容で、本当に蔣介石は受け入れられるのか?という代物だったが、なぜ英国がここまで気を使ったかと言うと、ドイツを始めとする第一次世界大戦の敗戦国が不穏な動きを見せた場合に、日本に公正なる調停者の役割を期待したからだ。
欧州で何かトラブルが発生した場合、英国が、本当に公正な解決方法を提示しても、今までが今までなので、お前、何か企んでいるだろう!と誰も信用してくれない。しかし、欧州に利害を持たない日本の裁定であれば、すんなり受け入れられる。
ナチスが暴れだした時に、国際連盟に日本がいれば、抑えることができたかもしれない。後に同盟関係を結んだので、意外に思われるようだが、ナチスのあまりにも過激な主張や活動に、その台頭を、最初は日本も警戒していたのだ。
「アジア解放連合の設立は、アジアにおけるモンロー宣言なのです」
少々気恥ずかしくなるぐらいのアメリカ人へのリップサービスだが、『モンロー宣言』を評価しているのは、日本とアメリカの教科書ぐらいのもので、当時の列強の間では、また小僧(アメリカ)が訳の分からんことを言っていると蔑まれただけの宣言だった。
記者から
「それは、日本がアジアにおいて軍事行動を起こすということですか?」という質問がとんだ。
「日本の軍事行動なしにイギリスやオランダが、圧政に苦しむアジア人を解放してくれるのなら軍事行動は起こしません。
アメリカは賢明にもフィリピンの独立を認めていますが、彼らがそれに倣ってくれることを祈るばかりです」
「それは彼らの既得権益を犯す行為です」
「とするとアメリカ独立戦争もイギリスの既得権益を犯す行為であり、やるべきではなかったということですか?
例えば、フィラデルフィアで自由の鐘が鳴り響く時、ボストン沖に英国艦隊が集結中というニュースが飛び込んできたら貴方がたはどう思うでしょうか?それに対しフランス艦隊が救援に現れたら(この当時のフランス艦隊など英国艦隊に勝ち目はないのだが…。万に一つ、いや億に一つ、もっと言えば兆に一つぐらいは、というよりも絶対に勝ち目はない)貴方がたはフランスにどういう感情を抱くでしょうか?この話はいくつかの単語を置き換えればアジアでの日本の行動を説明しています」
「それと日本が軍事行動を起こした場合ですが、日本との戦争を望むルーズベルトは、小艦艇を日本艦隊と衝突させて、それを口実に開戦しようとするかもしれません。その場合、開戦を許さないよう、アメリカ国民の理性的な対応を期待しています」
関口は、アメリカ人が誇りとすることを、巧妙に例えばなしの中に盛り込んだ。関口の発言を否定することはアメリカの誇りを否定することだという合意が記者の間で形成されつつあった。世論は完全に関口の味方になってしまった。しかし、関口が最後に付け加えるように言った言葉が重要な意味を持っていることに、この時には全く気がつかなかった。
アジア人道大戦と称する戦いを始めた日本は、順調に戦線を拡大していった。
不沈艦と信じられていた英国東洋艦隊所属のプリンス=オブ=ウェールズが撃沈された。しかも、それはたった一隻の戦艦によってだと伝えられた。東京発のニュースなので日本の誇大宣伝の可能性もあったが、シンガポールを発進したプリンス=オブ=ウェールズは
『ワレコウセンチュウ』の電文を最後に連絡が取れないことを考えると、少なくとも戦闘不能状態にあることは間違いないようだ。第一報からは漏れていたがプリンス=オブ=ウェールズの護衛の駆逐艦から
『彼女は敵の命中弾を受けて一瞬で爆沈した』との報告があったらしい。どうやら日本にはプリンス=オブ=ウェールズですら全く歯がたたない高性能の戦艦があるようだ。日本が新型戦艦を建造中という情報は掴んでいたが、その性能は想像以上だ。
出撃した艦隊とは全く連絡がとれないのでこれ以上の情報は入ってこないだろうが…。
「例の文書は間違いなく中国側に渡ったのですか?」という在米日本大使館からの問いかけに
「中国のスパイは、その文書を入手後に、重慶方面へ向かったことは確かです」という回答が東京から届いていた。
「にも関わらず、プリンス=オブ=ウェールズが、我が新型戦艦に戦いを挑んできたのは、中国側が情報を出し渋ったようですね!」
「確かにそうですね。例の文書には、新型戦艦の性能諸言が詳細に記載されていたので、専門家でなくとも、勝てないことぐらい分かるはずですからね」
「わが海軍の現状の戦力を知れば、米英は日本との戦争から降りると判断したのでしょうね!中国側は。
それと、もう一つ考えられることとして、英国が日本の軍事技術を舐めていた!ということもあり得ますね。日本人にこんな高性能の戦艦が作れるはずがないと」
「なるほど!」
先日から、日本大使館は、本国とのやり取りを、平文で始めたのは、この一節を英国にも教えて、英中の間に楔を打ち込む為だったようだ。しかも、イギリス英語の平文を使い始めたのだ。
第二次世界大戦に日米が参加した後には、戦艦は無用の長物だとする見方(戦争末期に確定)が有力になりつつあったが、それは言い過ぎというものだ。
戦艦の主砲とは、大型爆撃機の何百機分もの破壊力がある。それこそ、陸軍の支援兵器としては、とても役に立つ艦なのであるが、空母機動部隊が大活躍した太平洋戦線では軍艦としては、ほぼ使い道がない。空母が活動できない谷間期間のみ活躍したに過ぎない。その意味で無用の長物という言い方は正しいのだが、見るからに沈みそうにない艦が近くにいるということは確かに何か心強い。なので、もう一つの使い道は、高速戦艦は空母の護衛艦としてなら有効な軍艦である。
それと、航空支援が受けられるのであれば、新鋭戦艦は沈まないのだ。プリンス=オブ=ウェールズにしろ武蔵にしろ大和にしろ、航空支援が無かったから沈められたのであって、もし戦闘機に守られていたら沈むことはなかっただろう。
現に、日本が制空権を失った戦争末期ですら、アメリカの正規空母(ほぼ戦艦と同じ大きさ)は、3隻も撃破されているというのに戦艦には重大な損害は発生していない。
もっとも、この頃には、日本軍でも空母の方が有用な艦であることは認識されていたこともあるし、戦艦の方が、空母よりも強力な対空兵器を装備し、脆弱な飛行甲板をさらしている分けではないので、攻撃の対象になりにくいという事情もあるのだが、航空支援があれば戦艦は撃破すらされない軍艦なのだ。
しかし、史実で、マレー沖海戦で沈んだ軍艦は中国のサルベージ業者に無残にも解体されて売り払われた。中国人にかかっては、安らかに眠る英霊に対する尊敬など、見事なまでに踏みにじられる。
当然ながら、この強欲な中国企業が、他の海域で沈められた軍艦をほおっておくはずがない。
そもそも沈んだ軍艦というものは、誇り高き戦士たちの墓場であり、遺骨の収集でもない限り、触れてはならないものである。
ダイビングスポットになっている場合でも、ダイバーは軍艦には触れてはならないというルールがあるが、中国人にはルールがあるということが理解できない。いや、ルールがあるということは理解しているが、それは他人に何かを強制する道具ではあっても、自分が守る必要はないものだと考えているのだ。
まあ、世界中で繰り広げられる中国人観光客の横暴なふるまいを見ていれば、中国人とはどういう考え方をするのかおおよそ分かるというものだ。
とまれ、沈んだ艦船というものは、観光資源だけでなく、漁礁にもなる漁業資源の一種なのだ。それを盗まれたら、観光業者だけでなく漁業関係者も困るのだが、中国人というものは、他人の迷惑を全く考えない。中国人が何か行動を起こす場合は、日本人の許可が必要な世界にするべきだろう!
日本の軍事行動について関口が記者会見を行なった。
「『大西洋憲章』に参加したわが日本は、この憲章の精神をアジアにおいて実現する為の行動を始めました。
イギリスは、アジアにおいて複数の『大西洋憲章』違反を犯しています。
原加盟国であるイギリスが、最大の『大西洋憲章』違反国である以上は、アジアにおいては『アジア憲章』をアジア解放連合のスローガンとして採択します。
アジア解放連合により、『アジア憲章』の第一条は『日本の領土的野心の否定と植民地支配からのアジア人の解放』が制定されました。
英国議会で『民族自決は大英連邦は対象外とする』とチャーチルは言っていますが、アジア憲章での民族自決に例外はありません。例外なきアジア憲章と、例外だらけの大西洋憲章と、どちらが本物かは言うまでもありません」
日本軍はタイ・マレー国境に上陸し南下を開始した。同時に最も日本から近い英国の拠点である香港も陥落させた。
もはや、彼らを押しとどめるものは何もない。我々は彼らがアジアを制圧することを黙って見ていることしかできないのだ。
1941年12月31日 在米日本大使館
「どうやらルーズベルトは日米戦争を始める小細工すらしなくなったようですね」
「ええ、交渉決裂で一時はどうなるかと思いましたが、これで一安心です。
東條首相が、貴方をよこした意味がやっと分かりました」
「予断は禁物ですが、米国が、と言うよりもルーズベルトが参戦意欲を失ったようで、正直いってほっとしました」
アメリカの強大な工業力・軍事力を相手にしなくても済むことは、とても有り難いが、効果はもう一つある。
アメリカに実戦経験を積ませないということだ。どれだけ厳しい訓練を行おうと、どれだけ緻密にシュミレートしたものであろうと訓練は訓練でしかない。パイロットにしろ魚雷や大砲の操作にしろ陸軍の兵士にしろ、その技量は実戦経験が豊富な国に比べて格段に劣ったレベルにとどまるものが多くなるからだ。現に日米開戦当初は日本軍の戦闘機の方が米国よりも圧倒的に強かった。戦闘機の開発・改良も、実戦の現場から挙がってきた声を反映して進められるし、実戦経験は他の部隊にも水平展開されるからだ。
日本の戦闘機乗りが歴戦の強者であるのに、アメリカの戦闘機乗りがひよこであることを最も端的に表しているエピソードがある。
一機対十一機で戦って、日本軍のパイロットは四機を落として帰ってきたのだから、生き残った七機のパイロット達は死ぬほど落ち込んだことだろう。戦闘機の性能で劣り、パイロットの技量で劣っているのだから、これで勝てたら奇蹟ではあるのだが…。
実戦経験がいかに重要であるかは、軍艦のダメージコントロール(以下ダメコン)部隊にも同じことが言えるようだ。
空母・サラトガは45年2月の神風攻撃で大破したが、同型艦のレキシントンが42年5月に、珊瑚海で沈められた時よりも、はるかに重大な損害を受けたにも関わらず、サラトガは沈まなかった。
ある提督は、レキシントンの損害は、サラトガよりも遥かに少なかったが、サラトガは沈没を免れた!と乗員達を絶賛した。
アメリカのダメコン部隊はもともと優秀だが、実戦経験を経てさらに鍛えこまれたからこそ出来たことだろう。ただし、正確に言えば、レキシントンは、漏れ出した航空ガソリンで大火災を起こし、鎮火不能と判断されたので味方駆逐艦の魚雷で処分されたのだが、サラトガは、それよりも重大な損害を受けたのに、そうなる前に損害を抑え込んだのだから、あの艦のダメコンチームは勲章ものだ。
ベトナム戦争の時でも、米国のサイドワインダーは、発射するや敵の戦闘機ではなく太陽に向かっていってしまう欠陥兵器だったのだ。米国本土の砂漠で厳重なるテストをした時には完璧な兵器だったが、同じ高温でも湿度が高いベトナムでは役に立たなかった。
兵員にしろ兵器にしろ、実戦で鍛えこむことなしに、練度の向上はありえない。
しかし、優秀なダメコンチームが仇になることもあるのだから、戦争というものは面白い。
サラトガにしろバンカーヒルにしろフランクリンにしろ、戦争初期に沈められた空母よりも甚大な損害を受けたにも拘わらず、助けることが出来たので修理を行ってみた。
見た目は損傷前と同じだが、性能的には大幅に低下してしまい、単純に損得勘定で言えば、そのまま沈んでくれた方が得だった。
この話を現代に置き換えると、1000万の車が大破したので、700万を掛けて修理したけど、元の性能には程遠く、運転しても楽しくないので手放したら、わずか500万にしかならなかったようなものだ。
1000万もする車ならば、手放すタイミングによっては、買値よりも高くなることも珍しくはないから修理したのだろうけど、持ち主としては『こんなことなら、修理せずに部品取り用に200万で売ってしまえば良かった!』と思ったことだろう。そうすれば800万のマイナスで済んだのに、下手に修理したものだから、1200万のマイナスになってしまったようなものだ。
ただし、軍艦の場合は、船底で気絶している兵員が助かるなど人命的にはメリットもあったことだろう。
1942年2月3日 在米日本大使館
『やはり関口さんは未来を知っているのだろうか?そう考えなければ辻褄の合わない出来事が今日も起きた』
「関口さんにお客様です」と門衛が、二人で話している部屋に入ってきたのだが
「どなたですか?」
「二階堂さんと名乗られました」というのを聞くや、私に向かって
「失礼します」と断わり、門の方へ向かって走り出してしまった。関口さんがすっ飛んでいくほどの重要人物なら、私も話を聞いておきたいと思い、彼に少し遅れて走っていく門衛を追いかけて行った。関口さんが、待たされている若者に話しかけたところ、『二階堂』さんらしき若者は、非常に驚いた顔をし、関口さんの横で足を止めた門衛に
「私、下の名前まで名乗りましたっけ?」と確認するが
「いいえ。私は、二階堂さんという苗字しか関口さんには伝えてないですよ」と答えるが、関口さんはそれを聞いていないのか
「二階堂進さん、去年の夏に日本に戻られたものと思っていましたが、まだこちらにおられたんですね」
「どうしてそれを…」と言いはしたが、関口さんは答える気がないと判断したのか
「はい、帰国船に乗る予定でしたが、体調を崩し、知人の世話になっていました」
「そうですか?回復されたようで何よりですが、私を訪ねて来られたということは、遊説活動を再開されたということですか?」
「ええ、今日は関口さんにお礼を言いたくてここに来ました。
あの『サムター要塞』演説以後、特に南部での対日世論が軟化したと感じたので、思い切って活動を再開しました。
最初は冷ややかなものでしたが、いきなり石が飛んでくることもなく、遊説に耳を傾けてくれる人がぽつりぽつり出始めて、最近ではカンパをくれる人も出てきました」
「いえいえ、お礼なんて!
お互い国を思ってやったことですから!
ですが、そろそろ故郷の鹿児島に帰りたくなりませんか?」
「え?私の出身地まで知っているんですか?」
「あははは、この程度の情報力がなければ外交なんてできませんよ」と笑い飛ばしていたが、私だけはその言葉に納得しなかった。
関口さんは、未来から来たのであって、その未来では、この二階堂という若者も、雑誌や新聞などに顔写真や経歴が載るほどの有名人であり、関口さんはそれを覚えていただけだろうと推測した。
おそらく、重要な話は、今の立ち話でほぼ終わったと思い、二人に応接室を勧めて、彼らの話すに任せていた。
数時間後に、話が終わり二階堂さんを見送った関口さんからは、『彼の南カリフォルニア大学の思い出話や苦労話を聞いていただけですよ』と教えてもらったが、『あの二階堂さんは、総理大臣をお願いしたくなるくらい気骨のある方です』とも聞かされた。
何十年も後の話になるが、その時の雑談が、現実のことになったので大いに驚いたものだった。
今となっては、『大西洋憲章』こそが、我々の足かせだった。アジアにとっては、イギリスこそが侵略国家にも関わらず、ドイツの行為を非難するために出した条項をことごとく日本に利用されている。
香港陥落後に
「たとえ、史上最悪の侵略戦争により中国から強奪された香港でも、中国人が幸せに暮らしている事実を我が国は尊重する。なぜならば、中国人民を幸せにすることが、わが大日本帝国の使命だからである。
香港とは、暗黒国家・中華民国に対して開かれた文明の窓である。満州国が、中国人民にとって、希望の国であるのと同じである」と表明し、その統治を評価し、日本が英国から香港を租借するという形式をとり、イギリス総督を監督する高等弁務官を派遣するということになった。
中国人の高等弁務官が就任したが総督府に送られた命令書は全て日本語だった。最初の命令書は、林則徐の銅像を総督府の前に建てることだった。
除幕式は短波ラジオの中継が入り
「正義が香港において回復された」と何度もアナウンサーが言っていた。日本語・英語・中国語だけでなくタイ語やマレー・インドネシア語、そしてヒンディー語・アラビア語でも発信された。
香港占領は日本軍と汪政権の中国軍とで分担したが、中国軍は軍紀が低く、イギリスの香港総督から、日本軍に交代するよう要望が出た。
そして、不思議なことに、香港の英軍に対して日本軍は、重火器と弾薬庫を封印したが、武装解除も捕虜収容所への移送も行わなかった。何も言ってこないことに不安を感じた英軍の方が、日本軍の指揮官に問いあわせたら
『日本軍や日本人の邪魔さえしなかったら、好きにされてよいです。蔣介石軍閥のところに行きたければ通行許可証を出しますよ』との回答があった。
英軍としては、日本軍指揮官の気が変わらないうちに重慶を目指したかったが、無事にたどり着ける保証もないので香港に留まることにした。
クアラルンプール陥落後には、日本軍はシンガポールに艦砲射撃を行い、シンガポールの軍事機能は停止した。要塞に備え付けられている巨砲の射程外から撃ってきたのだ。おそらくプリンス=オブ=ウェールズを一撃で葬った新型戦艦の仕業だろう。それと、後で分かったことだが、シンガポールの最新の地図は、クアラルンプールの印刷所にあり、それを入手したのだから日本軍の射撃が正確だったのは当然だ。しかし、英軍の戦闘機が日本の戦闘機の前に手も足も出なかったことには驚愕した。空母が目撃されている以上は、艦上戦闘機のはずだが、制約の多い艦上機でありながら陸上戦闘機よりも強いなんて日本はどれだけの力をもった国なのだろう?
東京では東條首相が
「シンガポールは陥落した。これは、一要塞の陥落ではない。大英帝国が歴史から退場を命ぜられたことを示している。しかし、これは終わりではない。新たな歴史の始まりなのだ!
大日本帝国は、アジア人が侵略者におびえることなきアジアを作る。アジア人が自由に生きられるアジアを作る。アジア人のためのアジアを作る。わが帝国は、この聖戦を戦い勝利することをアジアの友に約束する。我が友よ!恐れることは何もない。大日本帝国は、君たちを助ける為の努力を惜しまない。日本の力は、既に邪悪な侵略者を上回る。我が日本が行く日を心待ちにしていてくれ」
と短い演説を行なった。
時を同じくして関口は、『大西洋憲章』違反として、英軍の将兵を裁きたいので、我が国からも検察官・判事・弁護士の派遣を打診してきた。断ると分かっていての打診ではあるが、何かのアリバイ作りなのだろう。
そして、東京とは
『英軍捕虜は大西洋憲章違反の犯罪者なので、将校もこき使いましょう。英軍からは抗議が来ると思いますが、君たちはウインストン=チャーチル法違反の犯罪者であり、通常の戦争捕虜ではないとでも言っておけば良いでしょう。当然ながら、賃金も払う必要はありません。さらに言えば、軍人でも公務員でもない民間人でも、準犯罪者として、使役して差し支えないでしょう。そして、英国や英国人の資産は全て没収しましょう。彼らの財産は、犯罪行為で得られたものと解釈できるのですから。
あと、蘭軍の捕虜は階級章を外させて、将校も一兵卒も平等に取り扱いましょう。日本兵が敬礼しなくて済むようにね』
『話は分かりましたが、蘭軍兵士だけに階級章を外させるのはどうしてですか?』
『前例によります』という不思議なやり取りがあった。
日本は、清・ロシア・ドイツと戦ったことはあるが、英蘭と戦争をしたことはないはずだが、なぜか東條はこの件ではそれ以上質問してこなかった。
史実では、インドネシアを連合軍が再占領した時に、英軍将兵は、上官であれば敗戦国の軍人である日本兵に敬礼をしたが、蘭軍将兵は無視していたという前例がある。
関口は
「例えば、ニューヨークではギャングであり、何人もの人を殺していても、アトランタでは教会や孤児院に多額な寄付を行い、将来有望な青年には学費を出してあげるような人物がいた場合、アトランタの人にとって、この人は名士だと評価されるでしょう。
それと同じで、アジアにおいて人道国家であれば、それ以外の地域で何をやろうと、それは人道国家である。アジアにおける非人道国家を攻撃する国は、アジア人からみれば人道国家に他ならない」と主張する。
珍しく東京から関口に通信が入った。
「ルーズベルトの首を取ってくる!と米国に行かれたはずですが、最近の関口さんは活動量が低いようですね」
「ええ、重要な情報源が、こちら側に寝返ってくれたので、いましばらくはルーズベルトに辞任されるのは惜しいです。まあ、彼らの情報が役に立たなくなったら活動を再開しますよ。予算は、出発前の打ち合わせで間違いないですか?」
「関口さんがそう言うと思ったので、2割ほど増額しておきました。ただ、関口さんの手元に届くのは1か月以上先になりますが」
「ありがとうございます。それと酸素魚雷の公開許可は取れました?」
「つい先日、海軍大臣が書類に押印してくれました。軍令部総長はかなり渋っていたようですが」
「交渉ありがとうございました。さっそく打診いたします」
彼らのやり取りなど見え透いた攪乱策でしかないのだが、関口がハル=ノートの内容を知っていたこととは辻褄があっている。
誰が裏切り者なのか?どこから情報が漏れたのか?徐々にではあるが政権内部に確実に亀裂が入っていく。
翌日に関口から『標的艦を用意してくれるなら酸素魚雷を見せても良い』との申し入れがあった。この申し出に大統領は強い興味を示し、2週間後にハワイ沖でデモが実施された。
報告書によると、日本の潜水艦より発射された魚雷は、4万メートルを直進し、雷跡もほとんど見えず、命中の水柱もかってないほど巨大なものだったという。標的艦・ユタは、元戦艦だけあって、直ちに轟沈することはなかったが、爆発の衝撃で機関が故障してしまい、曳航されて真珠湾に帰ることになった。
このデモを見た連合国側の人間は、一人残らず言葉を失ったが、ドイツやイタリアの武官は、案内役の日本海軍の士官に目を輝かせて、というよりも興奮しながら質問責めにしていたという。
このデモを許可した目的は、日本軍の新兵器など知れたものだ!ということを知らしめることだったが、全くの逆効果になってしまった。しかも、我が国の軍人の中には、“日本とは絶対に戦うべきではない”という意見が広がり始めた。最も急進的なグループでは『日本の海軍と仲良くするために、ルーズベルトを首にしよう!』という意見も出たらしい。わが軍の魚雷の射程距離は、5000メートルがいいところなので、日本軍の魚雷にビビるのも、判からんでもないが…。
日本が、樺太のロシア国境付近に領土を割譲し東ポーランド共和国を建国させて承認したのだが、その国はソ連が行なった『カチンの森の虐殺』の調査をドイツと合同で行うと発表した。
その声明では、
『希望者は誰でも立ち会える。ドイツと交戦状態にある国が参加を希望した場合、参加者の安全は東ポーランド共和国と日本が保証する』と付け加えた。日本がシンガポールを攻撃した後だったが、中立国を通じてイギリスやオランダにも招待状が手渡された。しかし、同じ連合国に不利になる調査に参加する国などいなかった。
わが合衆国にも招待状は届いたが、全くの無視を決め込んだ。しかし、意外にも、関口はこの件では、何の攻撃も仕掛けてこなかった。
調査結果の発表の記者会見では、日本が公正な中立国として
「我々は、連合国および、連合国を国際法違反を犯してまで支援する国にも、今回の調査に立ち会えることを保証した。しかし、どの国も立会にこなかった。これはこの調査が同じ連合国であるソ連に不利なことを知っていたからである」と発表した。
「現在、約100体が発掘され、大半はポーランド軍人であることが確認された。しかも死後数箇月ではなく一年以上が経過している。彼の地は、つい先日までソ連の勢力圏であり、ドイツ軍がこの事件を起こすことは不可能である」
「ソ連自身が公表したポーランド軍の捕虜の数と現在確認できるポーランド軍人の数の誤差は、この森の調査結果が補ってくれるであろう。
東ポーランド共和国は、この虐殺の謝罪と補償をソ連に要求する。ドイツおよび日本はその主張を全面的に支持するものである」
第二次世界大戦は、アメリカのおかげでドイツ軍との決戦に勝てたというのにソ連の恩知らずぶりには他人事ながら腹がたつ。
『誰のおかげでナチスの虐殺から免れたと思っているんだよ?』と叱りつけたくなる。
イギリスやフランスも、ソ連ほどではないにしろ、いささか感謝が足らないように見えるが、こちらの方は腹が立つというほどではない。
フランスは、アメリカ独立戦争の時には国家財政が傾くほどに(革命を起こされてフランス王国は滅亡してしまった)独立戦争を支援したのだから『これぐらいやってくれても当選だろうが!』と思っているのかもしれない。
日本の経済援助で発展できたというのに、中国は日本の悪口ばかり言っている。まあ、実際に日本人のやったことならまだ我慢できるが、やってもいないことや日本人の責任でもないことまで補償を要求してくる。
中国本土に遺棄された化学兵器は確かに日本軍が作ったものかもしれないが、負けた軍隊の兵器というものは、勝った軍隊の承認がなければ自由に処分できないことなど軍事上の常識である。よって、引き渡した直後に日本人の責任で処分しろと中国軍やソ連軍に要求されたのならともかく、どこに行ったのか把握できない期間があった後で処理費を払え!と言われても言いがかりだとしか言いようがない。
ともかくに遺棄された化学兵器に関しては日本には何の責任もないことは明白であるのに、日本政府は処理費用を負担しているのだから何を考えているのか分からない。
さらに不思議なことに、外務官僚が日本軍には、何の責任もないことを証明する文書を見付けて政府に報告したが、政府はそれを無視したのだ。
また、日本政府の払った処理費だが、人件費などは実際に作業員に支払われている金額の10倍~100倍以上で請求が来ているらしい。それがどこに消えたかというと、事業に係る中国の高官だけでなく、支払いを承認した日本の高官への賄賂になっているとの噂が絶えない。
こういう言いがかりや謂れのない非難にさらされているにも関わらず中国の発展に真摯に協力している日本はアメリカと並ぶお人よし国家である。
シンガポールが陥落し、日本と英蘭の連合艦隊との海戦でも、日本は圧勝し、彼らの艦隊は消滅した。インドネシアもあっけなく日本の手に落ちた。しかも石油関連の施設は無傷で制圧された。これで、日本を、石油を使って圧力をかけるという最後の希望が潰えた。
そして、さらに追い打ちをかけるように、ハワイの燃料タンクが炎上してしまった。
海軍のF4F戦闘機が、陸軍のB-17に接触し、尾翼を吹っ飛ばしてしまい、制御不能に陥った末に、爆弾満載で燃料タンクに突っ込んで大火災を引き起こしてしまったのだ。燃えながら海上に流出した燃料は、他のタンクをも炎上させてしまい、その煙でハワイの軍事基地の機能は全て停止してしまったのだ。復旧には数年掛かることだろう。
燃料タンクは、日本を見習って地下に隠しておけば良かったとしみじみ思う。
日米戦争が回避されて、ただ一つ残念なことがある。日米戦争における帝国海軍の遂行した最高の作戦である太平洋の奇跡・キスカ撤収作戦が実施されなかったことである。
よって、木村少将は、名将と称えられることもなく退役した。
日本軍のインドネシア侵攻の直前になってからだが、日本大使館から東京へ
「インドネシアへ、平和進駐を認めるのであれば、現地のオランダ人の身の安全は保障する。しかし、武力侵攻となれば、日本軍はインドネシア人の軍隊を創設し、日本軍が引き上げた後に、彼らがオランダ人に何をするかは、日本軍の関与するところではない!と伝えてください。
回答は分かりきっていますが、日本軍は最後の最後まで平和的な解決を望んでいたという証拠つくりのために、オランダ側に提案しておいてください」との電文が発信されたが、この通信はオランダ語の平文を可能な限り英語のアルファベットで表現したものだった。
そして、インドネシア制圧後に、東ティモールを占領していた連合軍は、日本軍に降伏し、中立国・ポルトガルの権利を侵害したとして、ポルトガルの司法将校により、非常に厳しい判決が下された。恐らく占領軍である日本軍の意向を尊重した結果なのであろう。その日本軍の指揮官は『二度とこのような不当な事態を起こさないために日本軍は強力にポルトガルを支援する』との声明を出した。平たく言えば、居座るつもりのようだ。
しかし、戦略物資である天然ゴムを全て抑えられたのは痛かった。最悪の場合、対日貿易を再開させる必要があるかもしれない。しかも、こちらから頭を下げての事なのだから、日本の言い値で買うしかないだろう。
貿易再開の条件として、在米日本資産の凍結解除と、英国からの輸入に比べて10倍の値段をつけてきた。凍結解除の件は、一部資産の解除でお茶を濁すことができたが、価格については譲歩を引き出せなかった。そうやって、船積みしたゴムも、東ポーランド共和国の軍艦に拿捕されて、ソ連に対する援助に使われない旨の証明書を出すことを義務付けられた。その証明書を出しても『信用できない』とか『英語の他に日本語で提出すべし』との難癖を付けられて、最長で2年近くも拘留された船もある。その頃には合成ゴムの生産も軌道に乗り、天然ゴムの必要性は大幅に低下していたが、ともかくもゴムの調達には苦労した。
日本の勢いは止まることを知らない。セイロン沖に進出した日本は英軍の空母を撃沈し、セイロンを制圧した。そこを基地にして日本の戦闘機はインド全土の制空権を奪ってしまった。インドが日本の手に落ちるのはまだ先だろうが、インド周辺の英国の船舶は全て撃沈されてしまい、インドおよびそれよりも東方には、補給も生産品の持ち出しも不可能になってしまった。
史実でも、英国インド洋艦隊は日本海軍に惨敗したが、その時にムッソリーニは
『日本軍はエチオピアを狙ってくるのでは?』と味方の勝利を喜ぶよりも、イタリアの権益が侵されるのでは?と不安に思ったらしい。
英軍のパイロットは、格闘戦に強い日本軍の戦闘機乗り(海軍:零戦 陸軍:隼)にとって、実に御しやすい相手だった。スピットファイアの性能をもってすれば、もう少し頑張れば勝てそうな気がするので、格闘戦以外の戦い方を検討することすらしない。愚直なまでに誇り高いパイロット達だった。
史実での米軍は、早々と格闘戦に見切りをつけて、一撃離脱に切り替えたが、最高速度が日本軍の戦闘機よりも早い機体が登場するまで有効な戦法ではなかった。
インドの英軍が降伏したあと、占領した日本軍は意外な発表を行った。軍政下ではあるが、英国人にはイギリスの法律を使うというのだ。この発表で在印の英国人の間には安堵が広がった。しかし、後になって分かったことだが、その意味するところは、日本人が英国人を殺しても無罪に近いし、英国人の利益を傷つけても、それに対する補償は必要ない、ということだった。日本は、不平等条約時代にイギリス人領事が日本で行った裁判の判例を持ち出し、それに基づいて判決を出したからだ。
日本は、英蘭の植民地を占領するやすぐに独立を与えた。アジアの解放など戦争の大義名分にしか過ぎないと思っていたのだが、彼らは本当にそれを実行した。資源が豊富なマレーシアやインドネシアは独立させずに日本の統治下におかれると予想していたので、ルーズベルト政権に好意的な記者は、日本の戦争目的を攻撃する準備をしていたのだが空振りに終わった。
気がついてみれば、当り前のことだった。植民地支配するよりも、独立を与えて良好な市場として育成した方が、はるかに利益が上がるのだ。支配すれば軍隊や独立運動の弾圧に人手がかかるし、本当に心から服従する人間は多くはない。しかし、独立を与えられて新たな国づくりに邁進している状態ではそういう仕組みは全く必要ないからだ。
ナチスの宣伝大臣・ゲッペルスの言葉に
『兵力で支配するのも良いだろう。だが国民の心をつかむ方がはるかに勝っている』というのがある。まさに日本軍は解放軍として長らく植民地支配を受けてきたアジア人の心をつかんでいる。
誤解している人も多いが、ナチスと言うのは正当なる選挙を戦って(過半数の支持ではなかったが)政権を取ったのであり、その点が、武力を使い、正当なる選挙で当選した議会を解散させて、政権を樹立したソ連や、当時の正統なる政権である国民党に戦争(内戦)を仕掛けて政権を簒奪した中国の独裁政党とは大いに異なる点である。
しかも、ナチスは、ヴェルサイユ条約により近代国家として瀕死の重傷にされ、かつアメリカ発の世界恐慌で完全に止めを刺されたドイツ経済を立て直し、国民に豊かな生活を与え、国民に夢と希望を与えて、ドイツ国民から支持を受けたのだ。その宣伝大臣が言うのだから政策的にも間違いはないことだった。
当然のことだが、国民に豊かな生活を与えると、国民は国家を強力に支持する。政変があって、政府が変わり、今の豊かな生活が一変するよりも、多少の問題があったとしても、この豊かな日常が続いてくれた方が良いに決まっている。少なくとも、一般庶民にとってはそうなのだ。まあ、一部の過激な活動家など、例外はあるだろうが…。
他の学者にとってどうかは知らないが、経済学者にとって、良い政治家とは、国民に豊かな生活を与えたかどうかが重要なのだ。
だから、ロナルド・レーガンは良い政治家、中曽根康弘も良い政治家、池田隼人も良い政治家、それと同じで、アドルフ・ヒトラーも、少なくとも経済学的に評価すれば、とても良い政治家なのだ。
経済学とは、どういう学問か?ということを小学生にも分かる言い方をすると、豊かな生活をするにはどうすれば良いか?ということを研究する学問なのだ。
で、マルクスは、当時非人間的な生活を余儀なくされていた工場労働者に豊かな生活を与えたくて『資本論』を上梓し、共産主義を提唱したのだが、確かに共産主義が実現した場合、最初はうまくいく。資本家に搾取されていた労働者に適正な報酬が支払われるようになる。
しかし、その後に何が起こり得るか?工場労働者にとって天国のような状況が達成されたら、どういう方向に経済が向かって行くのか?
共産主義とは、国家が強力に国民を支配し、生産計画に則った経済活動を国民に果たす。当然ながらノルマ未達は重罪となるから、誰もがノルマを果たそうとする。そうすると、多くの労働者はノルマがなるべく低く設定されるように振る舞う。
例えば、ある製品を標準的な労働者が一日に14個作れるとする。しかし、14個をノルマとすると、労働者の半分が処罰されるから、10個をノルマに設定する。100人の工員がいる工場では、一日1000個の製品ができる。ところが、資本主義の工場では、1400個の製品ができる。これだけでも、凄い差なのだが、仮に一日30個作れる工員がいるとすると、資本主義では、工場長に褒められて給料やボーナスが良くなる。誰もがお金は欲しいから、その工員のところにコツを聞きに来る。その結果、一人平均19個になったら、1900個の製品ができる。工場長も社長に褒められて、もっと沢山作れるように創意工夫する。しかし、共産主義では、30個作れる工員は仲間から歓迎されない。工場長から『あいつは30個作れるのに、なんで君たちは10個なんだ?』と言われたくないから『ノルマが増えても碌なことはないぞ』と助言する。聞かなければ圧力をかける、最悪の場合は大けがをして、工場から消える羽目になる。人間の意思決定とはそういうものだ。
しかも、共産主義で救われるのは工場労働者だけであって、その他の産業に従事する人々はどうなるのか?
例えば、人間が生きていく上で必用不可欠な食料を生産する産業である農業とはどういう特性を持っているのか?国家全体が共産主義を目指している状況でどういう政策が有効なのか?マルクスは何の解答も用意していない。そもそもマルクスには農業がどういう産業であるのか?という知識が欠けている。自作農民というものは労働者でもあるが、土地や農具は自分の持ち物であり、資本家としての一面も持っている。
資本家を倒せ!生産手段の私的所有は悪である!とすると、自作農民(自らの労働力を自分の為に使ってはいるが、搾取しているわけでも搾取されているわけでもない)をどう指導し、効率的な生産をするのか?
多くの共産主義国で導入された集団農場など、全く農業を理解していない証拠である。
誰もが自分の畑だと思うから、朝早く起きて草取りをする。良い肥料を蒔く為に、汚れ仕事も厭わない。より多くの収穫を上げるためなら、日が暮れるまで働く。
だが、集団農場なら、決められた時間だけ働き、言われた事をするだけなので、自作農に比べて成果は上がりにくい。
工場労働者にしろ自作農民にしろその他の産業に従事する人間にしろ、どういう状況で喜んで働くようになるのか?それを読み切れていなかったために、共産主義国はその導入前よりも貧しくなってしまった。
一言で言えば、マルクスは人間に対する洞察が浅かった。これは、マルクスだけでなくヨーロッパの学問全体に見受けられる欠点だった。
人類史上に輝く名著『クラウゼウヴィッツの戦争論』といえども、最古にして最高の兵法書である『孫子』に比べれば格段に劣っている。それは、『孫子』が、人間とはどういう状況でどういう行動をするのか?ということまで踏み込んだ行動の実践書=兵法書なのに、『クラウゼウヴィッツの戦争論』が、平常心でならできることでも、追い詰められた状況でおなじことができるとは限らないということを全く無視して、命令さえすれば、軍人はいつでも命令どおりの行動ができることを前提にしている。
例えば、家に押し入ってきた強盗が、普段であれば絶対に失敗しないことをやって見せろ!と命令して、成功すればこのまま帰ってやるが、失敗したら命をもらう!と言った場合、成功できるものだろうか?そういう状況で成功の確率を上げる方法にまで踏み込んでいるのが『孫子』であるのに、普段から100%の確率で成功することであれば、こういう状況でも上手くいくと考えるのが『クラウゼウヴィッツの戦争論』なのだ。
ドイツ帝国の皇帝は、第一次大戦で敗北し、退位した隠棲先のオランダで初めて『孫子』の存在を知り、もっと早くこの本を知っていたら!と悔やんだそうだ。それぐらい、『孫子』は優秀な本なのだ。
ほぼ同じ時代に活躍した独裁者達だが、ヒトラーは自国民には優しかった。ナチスを非難・攻撃さえしなければ、ナチスを礼賛しなくとも弾圧されることはない。行動面においては、理不尽な協力を命令されることもあるだろう。しかし、思想面においては、何を考えていても強制収容所送りになることはない。そこがあとの二人との大きな違いなのだ。
分かりやすく言えば、ヒトラーは『逆らう(目障りな)奴は殺せ』スターリンは『疑わしい奴は殺せ』毛沢東に至っては『無実と分かっている奴でも殺せ』なのだ。
『逆らう奴は殺せ』ということは、独裁国家では当然のことながら、民主国家でさえありうることだ。ただ、民主国家では実際に命までとられることは珍しいが、例えば、権力者に都合の悪い記事を準備しているジャーナリストが、権力者の圧力に屈した出版社からいきなり仕事を回して貰えなくなったりして、事実上、生きていけなくなるということはよくあることだ。
『疑わしい奴は殺せ』というのは、独裁国家では普通のことすぎて、言及するのも馬鹿馬鹿しいぐらいであるが、『無実と分かっている(害のない)奴でも殺せ』というのはさすがに珍しい。
実例を挙げると、毛沢東が殺害命令を出した評判の良い大学教授がいた。毛沢東は、大学教授のどこが気にいらなかったのか分からないが、その命令は撤回されない。中国共産党の幹部でも、毛沢東と違って良心のかけらぐらいはあるから、何とか助けようと努力したが、逆らえば一族郎党皆殺しにあう狂気の独裁者に逆らえるはずもなく、殺さざるおえなかった。
それと、毛沢東は経済的には全くの無能である。いや、この表現は正確ではない。邪悪であり最悪である。
戦争や内戦が終われば、経済というものは必ず向上する。内戦中は、何かを作っても、お金になるかどうか?収穫期まで無事に育ってくれるかどうかが分からない。せっかく作ったものを壊されたり、誰かに横取りされたりする可能性が高いが、内戦が終わればそんな心配せずに経済活動が営める。平和になれば、必ず経済は向上するのだが、中国経済が向上しかけると、必ず毛沢東が出てきてぶち壊す。しかも一度や二度ではない。しかも、この失政で数千万単位の餓死者が出ているというのに、しぶとく指導者として居座っているのだから、相当な胆力の持ち主だ。
やはり、この胆力こそが国民党との過酷な内戦を勝ち抜かせた原動力だったのだろう。
日本は、旧英蘭の植民地から資源を調達するが、代金は確実に支払われた。ただし、近代的な軍隊では兵器といえないような中古兵器を渡したり、病院や学校や道路や港湾や発電所を作ることで代替したり、日本円で支払ったり様々だったが、日本の経済圏、すなわち市場は確実に拡大している。
日本は、口では崇高な使命を行う解放軍のように自己宣伝を行っているが、解放費や軍隊の訓練費も分割払いではあるが、しっかり請求しているという。だが、植民地支配を受けていて奴隷のような扱いを受けていたアジア人は、自らの軍隊を持てた喜びで特に問題視されている訳ではないようだ。
軍隊と言うのは、後進国にとって国家の近代化に役にたつ。軍隊そのものが小さな国家である。軍隊の中には、病院もあれば警察もあるし裁判所もあり、一般社会で必要なものは全てそろっている。だから、つい先日まで奴隷状態におかれ、国家を持たなかった人たちにとって、軍隊を持つということは、国を持たせてもらい、それを育ててもらえるということだ。
人材・組織・装備どれ一つをとっても国家の建設に必要なものが全てある。だから、苦しい経済状況の中でも、後進国では軍隊というものは国民に愛されるのだ。
ビルマには、当初、日本軍の侵攻はなかったが、航空攻撃により英軍の士気は低下していた。そこへ日本を主力とするアジア解放連合軍の上陸が始まり、あっけなく降伏した。
史実では、日本軍はタイ国境からビルマに侵攻したが、日本の助言により、タイ王国は対英宣戦布告をせずに中立国のままだった。英国にすれば、アジア解放連合の常任理事国に収まっている癖に何が中立だ?と言うところだろうが、中立国は中立国だ。日本が英国と連絡をとる必要がある場合はタイに依頼した。
日本の統治は周到だった。例えば、マレーシア侵攻前にマレー人の警察官を育成しておき、制圧後にはマレー人警察官が活動するようになった。それまで、英国人の行為がマレー人に咎められるということはなかったのだが、日本人がやってきたら、それが可能になった。また、英国人の配下、あるいは協力者と見做されていた中国系住民の活動もマレー人警察官は厳しく取り締まった。
日本人は侵略者を打ち払い、独立を与え、学校を作り教育を行い、農業を指導し、生産力を上げたり、庶民の利便性を考慮した鉄道・道路・港湾・発電所・工場を建設し、『マレーシアは日一日豊かで良い国になっていくのが実感できた』とマレー人向けのマレーシアの新聞に載っていた。
東ポーランド共和国は、自らの政権の正統性として、ロンドンにあるポーランド亡命政権に対して
『誰がポーランドを代表する政権かは明らかである。我がポーランドに対しソ連が非人道的な行為を行ったことは明白であるのに、ロンドンにいる卑怯者は非難声明さえ出していない。家族を殺されて、警察に通報することさえ出来ない人間には一家の主としての資格はない』とコメントした。
『戦争は国家に認められた権利である。しかし、戦闘行為が終結し、武装解除された軍人を殺すことは人道にもとる犯罪行為である。このソ連の非道を糾弾するために我が東ポーランド共和国は建国された。
誰がポーランドにとっての正義を追及しているのか?言うまでもなく我が東ポーランド共和国である』
この声明は、ポーランドで発行されている新聞にも掲載され、ある程度はポーランド人の支持を得た。
東ポーランド共和国は、ソ連に対し謝罪と補償を求めたが、当然ながらソ連は拒否した。そもそもソ連は東ポーランド共和国を承認すらしていなかった。南樺太のソ連国境にある東ポーランド共和国は、宣戦布告と同時に北樺太に侵攻し占領した。日本から譲渡された旧式艦を主力とする海軍は、ソ連の日本海側に存在する海軍よりも強力だったから可能だった。日本海からオホーツク海にかけてソ連の軍艦や軍事施設は艦砲射撃により破壊され、ベーリング海峡まで占領された。
満州国に存在する東ポーランド共和国の基地から発進した航空機により、シベリア鉄道も寸断された。これらの戦力は実質的には日本軍なので、ソ連は日本に抗議を行ったが、『国際法の常識から言えば、中立国から大量の武器を供与されるのを止めたらどうだ?これまでに貰った武器や弾薬も返還したらどうだ?そんな戦時国際法を蹂躙する貴国には抗議する資格などない!』と一蹴された。我が米国に至っては、関口の反論が怖くて抗議すら行えなかった。
「我が大日本帝国は、前政権である江戸幕府が支払い義務を認めた借金は、江戸幕府が消滅した後も律儀に支払った。この前例により、我が国はソ連に対し数々の要求を行うことが出来る」と声明を出し、ロシア時代に発行されたロシアの国債はソ連に支払義務がある!と主張した。アメリカにおいて発行されたロシア国債を、額面の5パーセントで買い上げると発表した。ただし、日本の主張及び日本がソ連から取り立てることを支持する文書にサインすることが条件だった。しかも、今は日本の在米資産が凍結されているので支払えないが、解除されたら最優先で支払うと約束した。これで、ロシア国債を持つ資産家や有力企業が、日本資産の全面凍結解除に圧力をかけてくる。それをどうかわすのかも頭の痛い問題だった。
しかも、ロシア国債の原本がなくても、買ったことが証明できる場合はいくばくかの金を払うことも約束した。
日本は様々な組織を作った。アジア解放連合・アジア自由貿易連合・世界人道会議・ロシアの侵略に苦しんだ諸国による国際会議などだ。そして、ソ連が成立してから、迫害されて日本の勢力圏に逃げてきたロシア正教会も保護の対象とした宗教の自由を保護する会議も設立された。
世界人道会議の最初の総会では、意外なことに『キリスト教の旧教・カトリックによる新教・プロテスタントに対する迫害』に対して非難決議と謝罪勧告が出された。最も大規模に且つ最も長期間にわたって人道無視の行為が行われたことがその理由だった。
戦争でそれどころではないというのが各国の本音だろうし、新教の立場からすれば、この勧告はありがたいことだった。しかし、実はこの決議は罠だった。
新教の国々が、世界人道会議の主張を受け入れた後で、連合国およびその支援国家が過去において、アジア・アフリカやアメリカ本土での非人道的な振舞に対し、次々に謝罪勧告決議が出されていく。とはいえ、アメリカ合衆国に対して勧告が出るのは、しばらく後のことだったが、日本の勢力圏が確定するまでは、米国民の日本に対する感情が悪化するのを避けたかっただけのようだ。
もはや、武器を作っても連合国に手渡すこともできなくなった。我々に出来ることはただ祈ることだけだった。冬将軍のおかげで息を吹き返しかけたソ連も、春の到来と共にドイツ軍に押され始めた。
しかも、対独戦に投入を決めた師団を、東ポーランド共和国(日本軍)の侵攻に備えてシベリアに返さなければいけない。しかもシベリア鉄道が寸断された状態で行わなければいけのだ。
シベリアに戦力をもどすことは、結局は中止になったが、一時的にせよ前線からいくばくかの戦力が消えたことで、ドイツの進撃は軽やかだった。
アメリカの莫大な援助を受け続けた史実でも、ソ連は消滅の一歩手前までいったのだが、現状はそれよりも遥かに悪いはずだ。にも関わらず、ソ連は戦い続けている。いったい、何がソ連を戦わせているのだろうか?
シンガポール陥落の立て役者・山下中将が凱旋してきた時に関口さんから助言を受けた。
「ここは国民的英雄である山下中将の功績を潔く称えるべきです。
幼い頃から軍人を志した東條閣下が、彼を羨ましく思う気持ちは分かります。ですが閣下はすでに陸軍の一大将ではなく大日本帝国の首相なのです。功績のあった部下を顕彰するのは首相としての義務ですらあります。ですから、国民的行事としてシンガポール陥落をお祝いした方が良いですよ。当然ながら一等席には山下中将をお招きしてです。その後のことは2.26事件のこともあるので、それほど優遇する必要はないと思いますが、今だけは彼を称えましょう。
既に閣下は、ルーズベルトの陰謀を乗り越え、大日本帝国を滅亡の危機から救い、アジアに人道をもたらすという新たなる価値観を創造した歴史に残る大宰相なのですよ。さらに言えば人種差別のない新たなる世界を作った世界連邦の初代総裁になるべきお人です」
「え?世界連邦?」
「これは話が先走りすぎました。ですが我が国はそれを目指しているのですよ。明確に言ったことはないですが…。
そんな大人物なのですから、閣下が恐れるべきは、後世の歴史家の批判です。たかが一将軍の功績を妬んで祝勝会もやらなかったなどと言われることのないようにしましょう。
あくまでも一般論ですが、偉大な功績を立てた人物に対しては、事情通ぶって、悪口を言きたがる下等な人間はいるものです。そういう連中に付けこまれないようにした方が良いですよ。しつこいようですが、後世の歴史家からどう見えるのか?という視点で行動されることを望みます」
確かに手柄を立てた山下中将など、日本本土への帰還を認めずに僻地へ追いやってしまいたいと、ほんの少しだけだが考えた。しかし、関口さんが諭してくれたように、私は首相なのだ。手柄を立てた部下を顕彰するという首相の役目を果たすことも重要だ。
1942年7月20日 インド カルカッタ
「『英国人にはイギリスの法律を使う』という通知書はどういうことなんですか?」
「明治時代に不平等条約があったことは知っているだろう?」
「はい」
「その時代の裁判では、船が難破した時に、日本人乗客268人を見捨てた英国人の船長は、一審で無罪、二審で懲役3か月だったということだ」
「はあ?」
「見捨てれば死ぬことが分かっているのに助けなかった場合は、法律用語では未必の故意という。その判例を使うということなので、未必の故意で268人を殺しても懲役3か月ですむということならば、故意に殺したとしても10人や20人なら無罪ということだろうね。明確には書いてないがね」
「刑事事件としては無罪だったとしても民事事件としては損害賠償金は…」
「見捨てられた日本人乗客には一文も払われていないよ。それが大英帝国の正当なる判例なのだから、我々はそれを利用させてもらうだけだ。こうなってみると、不当な判決はあればあるほど有り難いものだな。
それと、さっき懲役と言ったが、船長は3か月刑務所にいたが、労働に駆り出されたわけではないので拘束3か月と言った方が正確だね」
カルカッタ在住のチャールズは
「やれやれ」と深いため息をついた。
たかが散歩用の杖を使うだけで日本軍発行の許可証が必要であり、しかもそれが一年更新であり、おまけに日本語で提出しなければいけなかった。英語の窓口もあったのだが、日本語での提出よりも料金が100倍もするので、翻訳の手間を考えてもその方が三分の一以下で済んだのだ。おまけに事前講習会では、英国人が日本において杖で日本人を殺して無罪判決を受けた事例を聞き、その後で
『杖で人を殴ってはいけない』とか
『杖は凶器ではない』などの分かり切った説明があっただけだ。その下らない講習会の最後には講師が実際に杖でチャールズを叩いて
「杖で殴られたら痛いものです。身にしみて分かったと思うので杖で他人に乱暴なことをやってはいけません」と、またまた分かり切ったことを言われる。彼らの言うことは本当のことかもしれないが、一部の不心得者のおかげで大変な手間を負うことになったチャールズは
「杖を持って散歩に出かければ、日本人から(許可証を見せろ)と言われるだろうな」と呟いた。
「この世の終わりだ」
ウィリアムはそう呟いた。せっかくインドで財を築いたのに、日本軍の将校宿舎にするとかで家を接収されてしまったのだ。誰の家が接収されるかを決めたのは日本人ではなくその一画に住む英国人だという。日本軍は、インド人に評判の良い英国人宅を訪れて、宿舎にしたい数を言い、
『必要な家さえ揃えば誰の家を対象にしようと貴方の自由です。貴方自身の家であっても全く支障はありません』と言って去って行ったらしい。
列車に乗っていて日本人から席を空けるように言われる。逆らえば何をされるか分からない。事実、あるインド人からは、日本人の言うことを笑って取り合おうとしない英国人が半殺しの目に遭わされたのを見たと聞いた。
どうやら日本軍は、インドにおいて日本人は英国人よりも偉いといいうことをインド人に周知したいようだ。英国人には武器の使用も辞さないが、インド人には手を出さない。それだけでも、インド人の日本人への印象は良くなっていくし、英国人に反感を持っているインド人の中には、英国人の不法行為を日本人に通報する者もいた。
チャールズやウィリアムの嘆きと同じことは、日本軍により独立を与えられた国ではあちこちで起こっている。
インド制圧後、日本は中東にまで手を伸ばしてきた。実際に占領された地域は少ないが、そこに基地を作り、日本軍の戦闘機は遠くまで飛んでいく。しかも強い。英軍の戦闘機は、次々と撃墜されるので、日本は爆撃機も雷撃機も輸送機も我が物顔で飛んでくる。これでは輸送船を航行させることもできなくなり、英国の対ソ援助も物理的に不可能になった。
インド奪回作戦の為に準備された艦隊も、その編成途上で日本軍との決戦を余儀なくされ、アラビア沖で壊滅してしまった。インド洋において、日本軍を咎める戦力は何もない。今すぐ英国が降伏することはないだろうが、英国の敗北は時間の問題だった。
イスラム教徒にとって、日本軍がキリスト教徒を蹴散らす様は痛快このうえないことだった。彼らの教義には
『多神教徒を殺せ』と明記されているはずなのに、日本軍は大歓迎されているのだ。それだけキリスト教徒に対する反発が強かったのだろうが、アジア解放連合での日本代表の演説で『我、今世紀に蘇りしサラディンなり。サラディンの軍隊は邪悪を打ち破る』とラジオ放送で流された影響も大きいようだ。
その中で、豪州と日本との間で停戦が成立した。既に英軍が豪州を援助することは不可能に近くなっていたが、あの海戦の敗北により絶対に不可能になってしまったのもある。 前々から、日本は豪州に対し、停戦を呼びかけていたこともあり、豪州は停戦を決断した。
停戦協定のテーブルで、日本側から提示された条件は意外なものだった。
「本当にこれだけなんですか?」
「ええ、そうです」
「本当にこれで良いんですか?」
「条件を追加して欲しいんですか?」
「いえいえ、滅相もない」のスピード調印だった。日本側の気が変わらないうちに条約を成立させることこそが豪州の利益であることは明白だ。
その条件とは、豪州は
① 鉄鉱石を日本に輸出すること
② 戦争で日本人が被った不利益を補償すること
③ 日本の軍艦が寄港したした時に便宜を図ること
の三つだけだった。
そこには、損害賠償金も軍備の制限も領土の割譲も占領もなかった。捕虜も即時に帰国させると約束をしてくれた。
この寛大な停戦条件が発表されたことで、“降伏してもこの程度で済むのなら、戦争で死ぬよりも、降伏した方が賢明なのでは?”と英軍兵士の継戦意欲はかなり低下した。
そして、日本は全く何も要求していないが、豪州では長い間、政権の座につけるのは、戦前から対日協調を唱えていた政治家だけだった。
しかし、公表されない秘密協定では、オーストラリア南部にあるウラン鉱山の採掘権は全て日本側にあるとされた。そもそも、ウランなど、どういう使い方があるのかなど、日豪の交渉当事者の誰も理解していなかったのだが…。
スエズ運河も制圧され、枢軸の道が繋がった。距離的にはまだまだ遠いが、東京からベルリンまで、ほぼ安全に行き来することができるようになった。
スエズ運河にしろイランの石油施設にしろ英国の資産は全て没収され、『大英帝国の正当なる判例には、損害賠償という考え方がないし、殺人が犯罪行為だという認識がない』と改めて強調された。
「英国の言う『自由とは何か?』
それは英国がアジア人を侵略し奴隷にする自由だ。日本の言う自由とは、その英国の自由を討ち懲らすことだ。どちらの自由がアジア人にとって良いことかは言うまでもないことだ」と書かれたビラが、まだ日本軍に制圧されていない国で出回った。
未だに英軍は無傷でいる地域でも、すでに日本軍がやってきたかのように現地人たちは英軍を軽んじ始めた。
不平等条約時代に日本が被った屈辱を晴らすかのように、大英帝国の正当なる判例に基づいた判決がドンドンでてくる。日本軍の制圧地域では、英国人など、日本人に逆らえば、半殺しにされたり、資産家は財産を没収されたりした。ただし、本格的になったのはインド制圧後であった。
香港では、為替レートの10倍を設定し、両替屋を隣に開設して円ショップを営業した。しかも、その円ショップの両替証明書を添えて初めて効力を発揮する仕組みだった。物資の供給ルートを容易に制限できる香港だから可能なことだった。しかし、イギリスの経済学者は、英国が戦争に負ければ、ポンドは暴落し、結果的に損をするのは日本だと新聞に投稿し
「きわめて良心的なレートだ」と言ったらしい。
陸軍で、新兵に対する陰湿ないじめは、東條首相も問題だと思っていたが、やめさせることはできなかった。暴力を受けていることを申告すればその場で憲兵に保護されることを確約しても、見回りの時には誰も申告しないのでどうしようもなかった。
内閣を軍部のクーデターから護るために帝都防衛隊が創設された。(陸上自衛隊のレンジャーバッジホルダーである)上田さんが関口さんを訪ねて来たことで少数精鋭の特殊部隊を立ち上げたことがきっかけだったが、好条件で募集をかけたところ、かなりの倍率で優秀な人材が入隊してくれた。
一期生の30人が半年の訓練を終えて配備されてきた。すでにそのころには、陸軍過激派の暴力が、私・東條に向かってくる可能性は低下していたが、それでも心強い限りだった。
訓練は厳しいが、理不尽な暴力や言い掛かりはないし、春と秋には農繁期休暇が与えられることが広まり、二期生や三期生は受付の時点で事務員の負担は大きかった。
それと、関口さんから渡された二粒の種を増やして栽培されたお米は、寒さや病気に強い。その米は精米せずに種籾として買い上げられて、優先的に隊員に配布されたし、耕運機と呼ばれる田圃を耕す機械も貸し出されるようになった。
また工場の熟練工など特殊技能の持ち主には、名ばかりの訓練を年に10日ほど受ける別コースを用意し、帝都防衛隊へ入隊させた。
帝都防衛隊と陸軍との二重在籍は、本人が望めば可能だが、陸軍に行かなくて済むこともあり、入隊希望者は多かった。
そして、新兵教育の研修と称して、帝都防衛隊の一等陸曹(曹長)や二等陸曹(軍曹)が、階級章を外してとはいえ、参加することもあり、理不尽な言い掛かりは次第に影を潜めていった。
関口さんは、満足そうに頷いた。新型の高速輸送船の完成を間近に見て、これを量産すれば輸送効率は格段に高まる。それと軍艦と違って平和な時代にも役にたつ。
航空機メーカーの近くにカタパルトを作って、小型の完成機は全て打ち出してしまうのだ。これまでのように牛車で運ぶ手間がいらないなど数々の改革を行った。
防空軍(帝都防衛隊の航空部門)では重戦闘機を配備した。高速で重武装で防弾設備も充実しているが運動性は軽戦闘機には多少劣る。
主な用途は大型爆撃機の迎撃と地上攻撃だが、敵の戦闘機と遭遇した場合には、高速で逃げてその後に一撃離脱をかけるように指導した。これならパイロットの養成期間が短くて済むが、そのかわり、格闘戦志向の軽戦闘機が主体の日本軍出身のパイロットの中では不満に感じる者も多かった。一年この戦闘機に乗って、それでも軽戦闘機が好きな者には新たな訓練を受ける機会を保証することで解決した。
関口さんは、ある海軍の地上基地の航空兵の前で
「優秀な戦闘機乗りは、駆逐艦一隻よりも価値がある。パラシュートを積みたくないならそれでも良い。しかし、諸君の戦闘機乗りの養成費は国民の血税で賄われている。よって、敵の戦闘機を50機以上撃墜した者はパラシュートを積まなくても良い」と訓示を締めくくった。
陸海軍で兵器の規格が違い、相互に武器弾薬を融通できないことは問題だったが、帝都防衛隊がアメリカの規格で武器を統一し、それが高性能なので、最新型から、陸海軍もそれに習っていった。
陸海軍ともに後方支援を軽視する傾向があるので、帝都防衛隊がそれを担当した。負傷者の救護および後方へ素早く移送し病院へ収容する。
エンジン不調等の理由により、基地まで帰れなかった航空兵を救うために小型の飛行艇を装備する部隊も創設された。
同盟国・ドイツの勝利は喜ばしいことだが、ソ連や英国の急激な崩壊は、喜ばしいことではない。戦車の技術に関しては、ソ連はドイツでさえ後進国に見えるほどの圧倒的な先進国だった。イギリスにも電波兵器をはじめとする優れた技術は多数存在する。それらの技術をドイツが入手し急速に強大化することは、同盟国・日本の存在理由を脅かすことになる。それでなくてもジェット機やロケット技術ではドイツは優れた技術を持っているのだから、
日本の力で戦争が有利に戦える、そういう状態があと数年は続いて欲しいものだ。
ソ連や英国との戦争にドイツが勝利した後に、ドイツがどう出るかは掛けとしか言い様がなかった。
その保険として、ソ連で捕虜になっていたドイツの軍人を半ば強引に引き取った。捕虜にしても敵国にいるよりも、同盟国の日本に移送されると聞いて喜んだらしい。
アメリカからの武器援助も途絶え、対米戦争の負担のない日本の侵攻を受ける英国や、東ポーランド共和国との戦争を抱えるソ連が息絶えるのは時間の問題に思われた。その後にドイツが日本に敵対的な態度を取らないことを祈るばかりだった。なので、皮肉なことに、敵国であるソ連や英国がもうしばらく戦ってくれることを祈っていた。
空軍の創設は急務であった。海軍が陸地攻撃用の大型爆撃機をもつ必要がどこにあるのだろうか?しかし、陸軍と海軍からさえ賛成者がいるというのに、山本五十六の反対で空軍の創設は挫折した。陸軍の心ある将官からは『あいつは癌だ』とまで言われていた。
山本五十六は人気のある提督ではあるが、真剣に米国と戦争をやる気があったのだろうか?と疑問に思うことが多すぎる。圧倒的な国力を持った国に戦いを挑むのにその国力の差を何で埋めるつもりだったのだろうか?
日露戦争の時に明治の指導者は、大海軍国であるイギリスを味方につけて、革命を煽りロシア政府が戦争に集中できないようにした。しかし、日米戦争では何をやったというのだろうか?
ヨーロッパ人からは外交の痴人と言われて見下されるのが米国なのだが、その米国に手玉にとられて、戦争に追い込まれてしまったのが当時の日本外交だった。
しかし、その日本外交も、日清戦争の時には、英国に上海攻撃を示唆して外交巧者・英国の若い首相を手玉にとったというのに、なぜこうも外交力が低下してしまったのだろう?
やはり、官僚の出世コースが固定してしまったことが、幹部を思考停止に陥らせてしまったのだろうか?出世競争が減点式で評価されるため、新しいことを始めることを躊躇するようになったのだろう。新しいこととは先輩のやったことを否定するということになり、出る杭が打たれる日本社会では誰もやろうとはしないのだろう。
アドルフ・ヒトラーの名言に
『エリートというものは信用してはならない。なぜなら彼らの忠誠心は己の出世のみに捧げられているからだ』というものがある。
まったく至言である。泡沫政党『ナチス』をドイツの第一党にまで押し上げた人物の薀蓄は奥が深い。
確かに米国の工業力は脅威であるが、それは量の問題であり、絶対に追いつけないというほどではない。日本が、アジア全域を制圧し、そこを市場として育成して、その巨大な市場に米国を参入させなければ追いつく目途はある。何十年かかろうが不可能ではない。そして、戦争に参入させなければ、米国の経済は低空飛行のままである。技術開発のスピードも重要性も低空飛行を続けることになるだろう。
しかし、ドイツの科学力は桁が違う。もし、ドイツが敵にまわった場合、それを覆す力は日本にはない。あの工業大国・アメリカですらドイツが実戦に投入したジェット戦闘機やロケット兵器に比べれば、おもちゃよりもマシというレベルのものしか作れていない。しかも、ドイツは、戦争が優勢な段階ですら激しい爆撃に晒されていたのに、戦場から遠く離れ空爆などの邪魔が入らない北米大陸においてである。
戦後に、ソ連の方が宇宙技術でアメリカをリードできたのは、ソ連はドイツの技術に依存することを躊躇わなかった。ただ、それだけのことだったのだ。
アメリカは宇宙開発に関しては独自の技術があったので、ドイツの技術を受け入れることに抵抗があった。しかし、アメリカ人の技術者だけでは、いくら頑張ってもソ連との差は開いていくだけだった。このことを当時のソ連の首脳は『体制の勝利』と言ったが、ある意味あたっている。首脳らは『共産主義体制は資本主義体制よりも優れている』と言いたかったようだが、『すぐれた技術があればそれを受け入れる体制がソ連にはあった』という意味では、それは全く正しいのだ。
有人宇宙飛行で先を越されて、国家の威信を掛けて、月に人類を送り込むことをケネディ大統領が表明し、やっとドイツ人技術者に出番が回ってきたが、やはり逆転には10年近くの時間が必要だった。ドイツ人技術者を連れ帰った時に、素直に彼らに教えを請えば、アメリカは恥を掻かなくて済んだのだが、なまじ独自技術があったがゆえに、自分たちで何とかしようと頑張ったことが裏目にでてしまった。
宇宙技術だけでなく、ドイツは、1930年代に既に公衆テレビ電話を設置していたというからその技術力は次元が違う。
戦後に米ソが超大国に成長できたのはドイツの技術をパクッたからだ。しかも、戦勝国の特権とばかりタダで分捕った。
そんなドイツの技術を敵に回すかもしれない危険な賭けに関口は打って出た。
『来たれ、アジア解放の戦士たち』というポスターを在外公館に掲示した。志願者には、その場で3年間有効の暫定パスポートと日本国籍を与えた。ユダヤ人だけを想定したわけではないが、希望者はナチスから逃げ回っているユダヤ人が多かった。ドイツの勢力圏でも日本大使館に逃げ込んだり日本人外交官と接触すれば強制収容所送りを免れることができる。あとは日本人に付き添われて中立国まで送ってもらえる。
日本の勢力圏に辿り着いたら、帝都防衛隊の三等陸士に任官される。
志願者が来るたびに、ラジオ放送や掲示のポスターに
『大日本帝国のアジア解放の理念に共感しました』という希望者が来たと発表される。女性の場合は
『アジア解放を進める日本軍の役に立つ仕事がしたい』とか
『私には戦うことはできないけど、日本兵と結婚してアジア解放の戦士を育てたい』などという理由でも志願はみとめられた。戦争に役に立ちそうにない高齢者でも
『日本兵の弾除けになりたい』という理由でさえ志願を認めるのだから、実質的には、難民の受け入れだった。
予想どおり、ドイツ外務省からは激烈な抗議が来たが
「我々は、『世界全体がイギリスやオランダのアジア侵略を怒っている』という図式で戦いたい。物理的な攻撃だけでなく精神的にもイギリスの損害が広がる作戦を遂行しているだけです。
貴国の宣伝省を見習った訳ではないが、そういう思想を世界に広めることは人道国家を標榜する我が国だけでなく、イギリスと戦う貴国にとっても利益なはずだ。
そもそも我が国と貴国との間に結ばれているのは軍事同盟であって、特定の民族や人種を迫害する協定ではない。誰が我が国の国民であるかは我が国が決める事であって、貴国に口出しされる謂れはない」と退けた。
全米ユダヤ人協会は、日本のこの姿勢に感謝してくれたようで、日本の国債を第三国経由で引き受けてくれたり、多額な寄付金が渡された。
ドイツの外務大臣・リッペントロップはナチスの重職に就くまで、特にユダヤ人に対する悪意のある言動は認められない。
しかし、ミュンヘン一揆、あるいはそれ以前からヒトラーと苦楽を共にしていた大勢の先輩党員を追い越して抜擢された彼は、誰よりもヒトラーの思想の理解者として振る舞う必要があったのだろう。その点では彼の身の上には同情するしかない。
日英同盟と違い、ドイツとの同盟は弊害も多かった。ドイツは、精神病関係者の処刑やユダヤ人大量虐殺をはじめとして、最初から違法だと分かり切っていることをやった。そして、その同盟国というだけで、日本もユダ人虐殺の片棒を担いだ。という印象を持っている人もいる。
しかし、リトアニア領事・杉原千畝など本国の訓令に違反し、6000人以上のユダヤ人にビザを発給するなど、手を差し伸べた人も多かった。そして、杉原領事の発給したビザに不備があっても、多少はいい加減なものであってもビザの効力を認め、入国や国内通過を許可してくれた日本の役人や軍人も多数存在した。
ドイツとの関係を重視し、ユダヤ人排斥に協力することが国の方針であったのに、それに逆らってまでの行為だった。
ロンドンを目指すのであれば遠回りでしかないが、日本軍は南アフリカを攻撃した。
イギリス系住民は正規戦を繰り広げ壊滅的な損害を被ったので、ボーア人兵士は得意のゲリラ戦に持ち込んだが、あっけなく制圧され、全土に日の丸が翻った。
日本は、英蘭の植民地に侵攻したことはあるが、独立国を占領したのは初めてだった。直ちに『人道上、問題の多い国』と発表し、アジア解放連合に諮り、人道支援と日本の信託統治が決議された。
しかし、この国の現状はややこしい。同じ支配階級といっても、オランダ系もいればイギリス系もいるし、被支配者といっても先住民もいれば他から連れてこられた奴隷もいる。これが、東南アジアだと、イギリスが侵略者!オランダ人が諸悪の根源と拘束し、昨日までの支配者を強制労働に駆り立てれば済むことだったが、誰を処罰して誰が被害者なのか仕分けするだけで一苦労だった。現地の判断で、イギリス人を処罰し、オランダ人は準被害者として扱うことになった。
日本軍の制圧地域では、無償の日本語学校を作り、日本語ができるやつが偉い!ということを現地住民に刷り込んでいたが、この国では、学校の運営がギクシャクしてしまった。他の地域では、生徒は英蘭の被害者ということで利害は一致していたが、ここではお互いにお互いを面白くないやつと考えて、些細なことで喧嘩が起こるのだ。オランダ人から希望があった訳ではないが、人種毎に教室を分けて運営することになった。
元々の教育レベルの差だと思われるが、オランダ系の生徒が日本語の習得が早く、建国準備委員会で官吏に多く採用された
元々の住人からすれば『日本軍は侵略者を打ち懲らしてくれるんじゃなかったんかよ。話が違う』と思われてしまった。
ではあるが、レアメタルを押さえることができたのは大きい。この国の鉱物資源は、レイシスト連合に対するアドバンテージになるだろう。
南アフリカ制圧で、英国は喜望峰経由でも物資をインド洋方面に送れなくなった。
そして、地中海に進出した日本軍の空母により、北アフリカやジブラルタルも空爆され、戦艦の艦砲射撃で止めをさされた。
この段階で、物理的にはロンドン空爆も可能ではあるが、全てが順調に行き過ぎたために戦線の整理が必要だ。また、フランスとの協力関係の折衝も無視できない。
もはや、戦闘など必要ない。僻地に居る英軍など、干からびるのを黙って見ていれば良いのだ。
史実では、ロンメル軍団は苦闘を重ね、42年11月には撤退に追い込まれたが、インド洋で英軍を蹴散らす日本軍により、勇気100倍で戦線を維持していた。日本軍が来るのはいつになるか?というよりも来てくれるかどうかも明確ではないが、アラビア沖海戦での大勝利で、それは時間の問題に思われた。
逆に英軍は、まだ見えない日本軍の影に怯え、早く勝たねばと気が逸り、悪手を重ねて自ら形勢を悪化させてしまい北アフリカから総退却する羽目になった。
ゲシュタポがヒトラー総統の逮捕に踏み切った。フォン・ブラウン博士が兵器の開発ではなく月ロケットの開発に資金や人員を投入した事件で、博士を逮捕し、死刑を執行しようとした件で、総統が釈放を求めてきたことが逮捕の理由だった。
あるゲシュタポの幹部が部下の軍曹に
「これは、我々の犯罪者を処罰するという正当な職務を妨害する許しがたい行為である。場合によっては国家の存在すら脅かすことになりかねん。オットー軍曹、総統閣下を逮捕してこい」と憂さ晴らしの冗談を言った。
しかし、オットー軍曹は真っ青な顔で部屋の外へ出て行き総統官邸へ本人の運転で向かった。
通常であれば、警護兵に見咎められるだろうが、オットー軍曹は幸運であった。その日は前線で特殊任務についているゲシュタポの軍曹が、総統に報告の為に訪問する予定であり、約束の時間よりも若干早かっただけという偶然により、誰にも制止されることなく執務室に辿り着いた。
しかし、オットー軍曹の人生にとって、執務室に辿り着けたことが幸運かどうかは分からない。ノックをしたが応答がなかったので、恐る恐るドアを開けて執務室に入り、秘書すらも遠ざけて、一人で思索に耽っていたヒトラーに
「総統閣下、あなたを逮捕します」と無造作に告げて手錠を填めた。
「取り調べがあるのでご同行をお願いします」と何が起きたのか分からないままのヒトラーに言ったら、素直に従ってくれた。
総統を逮捕し、連行するオットー軍曹の後を歩くヒトラー総統を何人かの人間が目撃したが、
『何事ですか?』と質問したが最後、命に係わる事態になると思ってか、誰も何も言わなかった。あるいは、起こり得るはずのないことが起きた時に、多くの人間は取るべき行動が取れなくなる心理が働いたのか誰も何もしなかった。
先ほど逮捕を指示したワルター大佐は、総統を伴い入室してきたオットー軍曹に
「本当に逮捕したのか?」と目を見開き、咎めるように声を掛けた。
「はい、命令ですから」と抑揚のない声で短く答えたオットー軍曹は
「命令を完遂いたしました」と付け加えた。
総統官邸の二階から、ゲシュタポの車に乗り込む総統を見た親衛隊の中尉は、急きょオートバイに乗って後を追いかけた。総統の乗った車には追いつけなかったが、なんとか追跡を続けてゲシュタポの本部で車を降りる二人を目視することはできた。
もし、予定の行動であれば、下手に騒げば自分の首すら危ういが、そうでなければ誰にも報告しなかった罪を問われる。
ヒトラー逮捕の連絡を受けたゲーリングは狼狽えながら電話を掛けた。相手がでるなり
「ヒムラー、お前は元ゲシュタポの長官だろう。何とかならんのか?」と詰め寄った。
すでに報告を受けていたヒムラーは
「何とかできるぐらいなら連絡を受けた段階でやっている。今のゲシュタポは俺の手を完全に離れている。下手なことをすれば俺も総統の二の舞だ」
「…」
「ゲシュタポには
『国家を脅かす奴を取り締まれ』と言ってある。犯罪者を不当に釈放しようとする人物はその対象だと考えたようだ」
「裏から手を回すのが無理なら人目についても良いから親衛隊とか武装SSがいるだろう。俺の空軍はこういう場合には全く役に立たんからな」
「親衛隊?いまベルリンに居る連中は行進の時にかき集める見てくれのいい奴ばかりだ。荒事には何の役にもたたんぞ」
「武装SSは?」
「一番ちかくに居る部隊で1000キロは離れている」
「…」
放心顔のヒトラーはオットー軍曹に
「君、私は今の状況に耐えられないので拳銃を貸してくれないか?」
「どうされるのですか?」
「ケリをつけたい」
「は?あっ、どうぞ」と差しだれた拳銃を受け取ったヒトラーは、安全装置が掛かっていないことと薬室に実弾が入っていることを確認した後で、オットー軍曹が止める間もなくコメカミにそれを押し当てて無造作に引き金を引いた。銃声を聞きつけて隣の部屋で逮捕の受理と釈放の手続きを行っていたワルター大佐とその秘書が飛び込んできた。
「なんということを…」
「ドイツはこれからどうなるんでしょうか?」と不安げに秘書が尋ねる。
「それは俺にも分からん。ただ、何かとんでもないことが始まるのは確かだが、こんなことを話している場合じゃない。医者を呼べ!医者を!ただし特に秘密を守れる人物を選べ」と秘書に命じた。
既に救急車よりも遺体搬送車を手配した方が良いのは素人目にも明らかだったが、待っている時間は重い沈黙が部屋を支配していた。
医者がやってきたが、秘書に
「医者です」と紹介されなければ医者だと分からない外見だった。
「時間がかかったな。なぜだ?」
「ええ、医者を呼んだということすら分からないようにするべきだと思いましたので…。銃声の方は幸い小口径拳銃ですしそんなに遠くまでは聞こえないはずです。それは誤魔化しようはありますが、銃声と医者がセットだと隠し切れないと思ったのです」
「確かにそうだな。問題はこのことを発表するべきかどうか?発表するにしてもその時期をいつにするか?そして今の段階で伝えるべきは誰々なのか?」
「国防軍のクーデターが心配ですね」とオットー軍曹も会話に加わった。
「それもあるが党の幹部の主導権争いもやっかいだぞ。
それにしてもオットー軍曹、貴官はなぜ拳銃を渡したのだ?そしてなぜ止めなかったのだ?」
「拳銃を渡せば、総統はそれを使って私を脅し、部屋から出て行かれると思ったのです。そうすれば、この逮捕もなかったことになるかもしれない。そう考えました。総統逮捕の重圧から解放されると思うと、ほっとしてしまい渡してしまいました。ですが、拳銃を渡すやいなや引き金を引かれ、静止する暇もありませんでした」
その時になって丁寧に遺体を検視していた医者が振り向いて首を横に振った。素人目でも既に死んでいることは明らかだったが、やはり医者に判定されるのは重みが違う。
「先ほどの話ですが、真っ先に伝えるべきは総統の後釜に野心のないゲッペルス閣下でしょうか?」
「筋としてはそうかもしれんが、ゲッペルス閣下が総統に就任されたとして他の幹部が黙ってはいないだろう。ゲッペルス閣下の権力はヒトラー総統あってのものだからな。ところでオットー軍曹、貴官は総統を連行する際に手錠をかけたのか?」
「逮捕の瞬間には掛けましたが、同行を促したら黙ってついてこられるので、部屋を出る時にははずしました。総統に手錠を掛けた場合、誰かに見咎められる可能性が高いと考えたからです」
「おお、それは良い。総統に手錠を掛けたところを見た人間はいないのだな。それが事実なら事態をこのまま発表しよう」
「我々が総統を逮捕したことは伏せておくのですね」呑み込みの早い秘書が確認をとった。
「そうだ。都合の悪いことまでペラペラ喋る必要はないからな。総統はゲシュタポ本部で自殺された。そこには国家予算を使う研究をしている重要人物も収監されていたと付け加えてな」
「国民はそのニュースを聞けば、総統が重要人物に面会に来たと思い込むことでしょうね」
「聞いた人間がどう解釈するかは我々の関与するところではない」
「しかし、いきなり発表するのは…」
「確かに一理ある。こういうことの管轄は宣伝相であるゲッペルス閣下だ。ただちに連絡をとれ」
「はっ、さきほどの文面でよいですね」
「ああ」
連絡を受けたゲッペルスは顔面蒼白だった。しばらく立ちすくんでいたが、何をやっていいのか分からないままゲシュタポの本部に向かった。ワルター大佐の出迎えを受けて現場の部屋に入ったゲッペルスは、医者の立会いの下で総統の遺体の顔を見て落胆した。
『自殺したのは総統の影武者だ』という僅かな希望があったのだが、会話が出来る距離まで近づける人間だけが知っている特徴があったからだ。しかし、嘆いてばかりはいられない。電話では概要を聞いていたが改めて報告を受ける。
「我々の任務は国家の安寧を脅かす人物および集団を取り締まることです。我々が逮捕した人物、ブラウン博士は当然ながら死刑こそが相応しい重罪です。ですが総統はその重罪人を釈放するように圧力を掛けてこられました。これは国家の秩序として由々しき事態です。そう思い私はそこにいるオットー軍曹に総統逮捕を指示しました。逮捕後の詳細についてはオットー軍曹が説明します」
オットー軍曹は先ほどの話をもう一度繰り返した。内心、総統逮捕の指示は、大佐の冗談にしか過ぎなかった(総統閣下を連行した時に気が付いた)のにその部分を省略したままのワルター大佐に不満を持ったまま彼は話を続けた。ゲッペルスも何か引っかかるものを感じながらも、黙って聴いていたが
「オットー軍、もう一度確認するが総統が手錠を填められたところを見た人間は、総統官邸では誰もいないのだな?」
「はっ、そうです」
「そして総統の死体を見たのは私を含めてここに居る5人だけだな?」
「そうです。他の人間には見られていません」
「とすると遺体を運び出せば、総統の死亡は誤魔化せるかもしれないということか?」
「まあ、そうとも言えますが、人間の大きさのものを不審を抱かれずに運び出すのは難しいですね」
「そうだ。火事をおこしてその騒動の最中に運び出すのはどうだ?」
「それはちょっと」とワルター大佐が口ごもるのを制し、ゲッペルスは
「国会議事堂ですら燃やした我々だ。この程度の建物を燃やすのに何の不都合があるというのだ?貴官のような有能な人物がいるのがゲシュタポだろう。書類が燃えようがどうなろうがすぐに対応できるだろうが」
「火事が起これば消防士や新聞記者や野次馬など、多くの人間が駆けつけます。よけいにまずいですね。
それに、書類がなくなれば何もできなくなります。現在調査中の重要案件もふくめてですが…」
「本当に重要な書類には防災処置がしてあるだろう」
「あの、ちょっと良いですか?」二人の会話に秘書が割り込んだ。
ワルター大佐とゲッペルスは見事なハーモニーで
「何だ?」と声を荒げた。
「書類を運び出す大型の台車を10台ぐらい手配してその中に遺体を紛れ込ませれば良いと思います」
「おお、その手があったか」
「いえいえ、閣下が重要書類の話をされたから思いついたことです」
「しかし、名目がいりますが…」
「ゲシュタポの汚職が発覚したのでというのはどうか?」
ゲッペルスの言葉に大佐は怒気で顔を真っ赤にしながら、それでも怒りを抑えて
「わがゲシュタポには金の不祥事など絶対にありません。タクシーの領収書に至るまで厳正に処理しております。領収書をもらえない金にいたっては隊員の自腹のことも多いのが現状です。たとえ名目だけのことであっても認められません」
その迫力にたじろいだゲッペルスは目を伏せてしまった。
「ならば逆に国家の中枢におられる方の汚職事件の緊急調査ということではどうでしょうか?」と秘書が取り成すように言った。
「なるほど、それならば総統がここに来られたことも説明がつくな」
そう言いながらゲッペルスは友好的とは言えないナチスの他の幹部を潰せるかもしれないと考えていた。
オットー軍曹は秘書の発言に感心していた。ゲッペルスにしてもワルター大佐にしても頭は悪くはない。むしろ優秀な方なのに総統の死に動揺して普段の働きがでてこない。それに引き替えこの秘書は冷静だ。こんな大事件の最中なのにもかかわらず、誰もが納得する名案が次々でてくる。しかも皆まで言わず相手に花を持たせることも忘れない。この現場に限った話だが、ここの最高権力者はこの秘書だなあと感じていた。結局は度胸の問題だろうか?
しかし、国家の幹部とはいえゲッペルスの思いつき(ゲッペルスはヒトラーの影武者を使うともりなのだろう)や一介の大佐の冗談で国家の運命が急展開している。これで本当に大丈夫だろうか?と不安を隠し切れないのも事実であった。
彼の不安は的中した。結局は情報が漏れてしまい、国防軍のクーデターを防げなかった。国を揺るがす大混乱が発生し、前線にもその影響は及んだが、戦争の優位は揺るがなかった。
ナチスの幹部は次々と逮捕されて、新体制が出来上がった。
二代目総統には、海軍のデーニッツ元帥が選出された。この人事は親ナチスの軍人や閣僚を懐柔する意図もあったのだろう。
生粋の海軍軍人であるデーニッツには、国防軍(陸軍)の幹部のような政治的な野心もなく、ヒトラーの信任も厚かった。
ヒトラーの退場により、関口の全ての不安は吹き飛んだ。枢軸国が戦争に勝つの良いが、ドイツの桁違いの科学技術が日本攻撃に使われた場合には防ぎようがない。確かに現状では海軍力は日本が圧倒的に優勢だが、それとて20年30年後にはどうなるかは分からない。もし、ヒトラーが本気で日本攻撃を決意したら、ヒトラー存命中のユダヤ人と同じ扱いをされるかもしれないのだが、その可能性はゼロになった。
そして、カナダ上陸作戦も順調に推移し、米国のワシントン州のすぐ北に軍事基地を構築した。
カナダでも、フランス色の強い州へは『敵対しなければ攻撃しない』とメッセージを送っておいた。これで、それでなくてもいきなり攻め込まれてパニック状態のカナダが、さらに足並みが乱れていく。
そして、連合国の崩壊後のことを全く心配しなくて済むことになり、ソ連にもアジア解放連合軍が侵攻し、止めを刺した。ドイツとの協議で、ソ連の東半分を統治することになったが、そこは東ポーランド共和国と白系ロシア人に任せた。ソ連の共産党幹部は、崩壊時のソ連国民に告発され強制労働に従事させられた。
赤軍は、武装解除され、勤労奉仕に駆り出された。
イギリスは、すでにジブラルタル要塞が陥落した上に、ロンドンもたびたび空襲に曝されていて継戦意欲を失っていた。しかも、日本軍の戦闘機に英軍の戦闘機はヒヨコのように叩き落される。
誰が見ても、降伏以外は道がないことは明らかだった。ドイツ空軍の航続距離の短い戦闘機が相手では、英軍の戦闘機は負けなかったので、チャーチルはそこに活路を見出したが、今回はもはや打つ手がない。
第二次世界大戦の真実とは、戦闘機が勝てば何でもできる!ということだった。
昭和18年、既に米国の巨大な工業力は威力を発揮し始めていたが、日本軍が戦線を維持できたのは、戦闘機が強かったからだ。戦闘機ですら落とされる空域へは、攻撃機や輸送機などカモになりに行くようなものだ。即ち、作戦の主導権は日本軍にあり、米軍は日本軍の戦闘機のいないところでしか活動できない。
しかし、米軍のパイロットが経験を積み、新鋭機を繰り出してきたら形勢は逆転した。おまけに、米軍の戦闘機は、撃たれても撃たれても撃たれても生きて帰れる頑丈な作りだった。しかし、日本軍の戦闘機は、一発でも撃たれれば炎上してしまうという代物だ。いくら日本の工業力が貧弱でも戦闘機の補充はできる。しかし、パイロットの養成は半年以上も掛かる難事なのだ。戦闘機において、一番高価な部品はパイロットなのだ。そのことが分かっていたか分かっていなかったが明暗を分けた。
英国が降伏を表明するや、即座に全権委任大使がやってきた。しかも、戦闘機に乗ってのことだった。どうやら、今次大戦において交戦国の要人というものは、戦闘機に乗ってやってくるのが英国の伝統のようだ。
講和の条件は、北アイルランドの解放ならびに電波兵器と軍用機のエンジン技術の供与だった。この寛大な要求に世界中が驚いたのだが、何より世界に衝撃を与えたのは、第二次日英同盟の締結であった。いや、正確に言えば、米国に衝撃を与えたと言うべきだろう。
これにより、米国は東西北と三方向から日本に攻撃される可能性がある上に、昨日まで味方だと思っていた英国の軍事基地や外交力、そして情報網を敵に回さなければいけなくなった。
そして、この同盟は、英国の最大の懸案事項であるドイツの占領から英国を保護するということを意味していた。
後の話になるが、英国は旧英国植民地に滞在していた軍人を含む英国人の帰国を打診してきたが、日本政府の回答は
『大西洋憲章違反の犯罪者の身柄は、既に日本の管轄下にはない。各独立国に個別に交渉するべきである』と返した。
英国としては、『日本が本気で英国人を帰国させたいと思ったら、各独立国の意向など無視できるはずだ』と思っただろうが、流石に声に出しては要求してこなかった。
タダで使える労働力が万単位でいるのだから、簡単に手放すはずもないが…。
「関口さんは気楽に言ってくれましたが、憲法改正に関しては正直言って死ぬかと思うぐらいに神経をすり減らしましたよ」
「東條閣下ならば、どんな困難でも乗り越えて必ずやってくださると信じていましたよ。
それと、大日本帝国百年の繁栄の為なら、東條閣下の命など安いものですよ」
「相変わらず他人事だと思って無茶苦茶言いますね」
憲法改正の根回しの段階では、
「もし、東條内閣において海軍大臣が辞職し後任の推薦が海軍からなされなかったとしてらどうするのですか?
『そんなことはない』と言われる方もいらっしゃると思います。確かに通常ではそういうことは起こりえません。しかし、例えば、悪辣なるルーズベルトにとって不利なことを、東條内閣が断行しようとした場合には、あの戦争狂は、ありとあらゆる手を使って東條内閣を倒そうとします。その中には我々の想像を超えた卑怯な手段も含まれます。
また、そこまで大がかりな陰謀でなかった場合でも、仮に海軍が予算を大幅に減らされた場合に、その報復として海軍大臣が辞任して海軍が後任を出さなかったら、東條内閣は潰れますよ」に多くの陸軍関係者は納得したし、海軍から首相が出た場合でもソ連が同じような陰謀を巡らさないという保証はありません!という説明に海軍関係者も同様な感想をもった。
憲法改正の概要は、
Ⅰ首相は、大臣が辞任した場合、その大臣を兼務できる。
Ⅱ首相は、各大臣の任免権を有する。
Ⅲ組閣時に、首相は、全ての大臣を兼任できる。
たったこれだけの改正ではあったが、明治憲法の欠陥である
① 首相の権限が弱すぎる。
② 統帥権(軍隊の決めた作戦には誰も口出しをするな)には憲法の保護があるのに、首相と言う言葉は憲法に明記されていない不明確な役職にしか過ぎない。
と言う致命的な弱点を補えたのだ。その結果、これまた憲法には明記されていない軍部大臣現役(中将以上)制度により、組閣すらできずに流産した宇垣内閣の悲劇も二度と起こらない。
軍部大臣現役制度は、廃止されていた時代もあるが、2.26事件の時に復活し、内閣の死命を制するようになった。軍部の意に染まない人物が首相に就任しそうな場合には、軍部は大臣を出すことを拒否して、その人物の組閣を妨害した。しかし、現役は数に限りがあるが、退役・予備役・後備役でもよければ幾らでもいるし、現役との柵もない。それどころか、彼らの中には、現役に恨みのある人物もいるかもしれない。なので、軍部大臣現役制度が廃止されていた時代には、退役・予備役に大臣職を渡したくない現役の軍人は、大臣就任を拒否するということなど一度も起きなかった。
明治憲法下では、首相も下っ端大臣でも全くの同格であり、閣内で意見の対立があった場合、下っ端大臣が
『俺は正しい』と言い張った場合、首相にできることは、内閣総辞職して、下っ端大臣を道ずれに自分も辞めることだけなのだ。
首相の権限が強大な日本国憲法下では、組閣の時ぐらいしか○○大臣という役職を見ない下っ端大臣が、首相と対立すること自体ありえないことだが、明治憲法下ではいくつか実例がある。
明治憲法が欠陥憲法なのは確かだが、施行後に大きな問題が起きなかったのは、山縣有朋という人物がいたことが大きい。彼は陸軍の大ボスでもあったが、大日本帝国のボスでもあった。なので、陸軍の利益と国益が対立した場合には、彼は迷うことなく国益をとった。
山縣有朋は、軍人としても時代遅れで無能であり、政治家としても冷たい人物として嫌われていたが、脆弱な大日本帝国を一等国にまで導いた功績は、もっと評価されても良いのでは?とほんの少しだが同情している。
太平洋戦争末期に、日本が激しい空襲に曝されるようになった時に、疎開中の皇太子様(大上天皇)に、昭和天皇が宛てた手紙のなかには、明治天皇が持った良い軍人に山縣の名前があったが、それは、この部分を評価されてのことだと思う。
話を明治憲法の欠陥にもどすと、統帥権という軍部の作戦の独立性が憲法に明記されているのは、政権が国防に熱心でない人達の手に渡った場合でも、国防力を維持できるようにとの配慮である。
この時代では、政治家であれ軍人であれ役人であれ財界であれ有識者であれ、誕生したばかりの大日本帝国を、列強の侵略に負けない強い国にしなければならないという点では一致団結していたが、その方法論や優先順位は違っていた。
なので、国防の優先度が低い人たちが政権の担い手になったとしても、国防が御座なりにされないようにと統帥権を明記した。
だから、大日本帝国が滅んでも海軍の面子が立てばそれで良いのだ!という軍人やグループが出てくることなど想定外のことだった。
すなわち、大日本帝国は、海軍の面子と憲法の欠陥に滅ぼされたという言い方もできるのだ。
海軍は巨大な予算を頂いていることもあり、米国との戦争には絶対に勝てないとは言えなかった。何より、陸軍への対抗心で、米国との戦争には自信がない!と言えなかった。陸軍には海軍のことは分からない。だから、海軍が戦えないと言ってくれれば、陸軍も対米開戦を主張しない。
だが、この改正で憲法の欠陥はなくなった。東條首相の功績は、私の中では大日本帝国あるかぎり永久に称賛され続ける壮挙であるが、実際に、憲法の欠陥で大日本帝国が崩壊する様を見たことのない人々にはその功績を理解することは難しいだろう。
大日本帝国憲法の欠陥を、現代風なたとえ話にすれば、あるカリスマ経営者が球団を作った。そのカリスマは、部下から絶対的に信頼というよりも、崇拝、さらに言えば、信仰されていて、カリスマが『死ね』と言ったら、本当に死ぬ部下が何人もいるような凄いというよりも恐ろしい経営者だった。球団の社則には、監督の権限は明記されているが、球団社長の権限は明記されていない。すると、カリスマ絶対の社員たちは、球団社則に明記されている監督の権限を尊重したとしても、何も書かれてない球団社長の言うことなんか聞けるか!という行動をとるようになり、その球団社長は何もできずに、会社を去ることになった。というところか。
インドの不可触民は、日本人以上にアジア人道大戦の理念に忠実だった。日本人のお陰で人間としての権利を与えられて、日本語を習得すれば、男子なら兵隊に、女子なら神社の巫女さんになれる。
余談ながら、出自に関わらず、日本語さえ習得すれば、上級官吏になれるはずだが、カースト上位者との摩擦を恐れて、最初は不可触民の途用は見送られた。
よって、中国戦線で、屯田兵的に戦うことになったが、結局は戦争は数である。いくらでも補充が効く不可触民屯田兵は、わずか3年で中国全土を制圧してしまった。
最初から、便意兵や攪乱工作員との戦闘を想定して訓練を受けている彼らだからこそできた偉業である。毛沢東の言うところの『農村による都市の包囲』である。
毛沢東は、経済的には、最悪というよりも最凶の独裁者であったが、軍人としては優秀だった。何より度胸がいい。
中国共産党へのモスクワからの指令を
『あいつらは、現地の事など何も分かっていない』と無視し、指令を守ったがゆえに失敗し続ける先輩幹部をあざ笑い、頭角を現してゆく。それが出来たのも、毛沢東は、モスクワでは名前も覚えてもらえないほどの下っ端だっただけのことなのだが、それでも指令を無視するというのは中々できることではない。
この度胸だけは尊敬に値する。
不可触民日本兵は、レイシストと結びつき、アジアに自由と平和を齎す日本の邪魔をする国民党など、アジアの敵だと思っていた。もし、日本が負ければ、自分たちは元の不可触民に戻らなければならない。そんな事にならないように文字どおり体を張って戦ってくれた。
日本人であれば、日本の文化は中国の恩恵を受けているということを知っている。だから、いくら中国兵が憎くても何らかの遠慮がある。しかし、不可触民にはそんな柵はない。日本人なら、これをやった方が有利だ!と分かっていても躊躇するような戦法でも彼らは迷うことなく実行する。
便衣兵の活動は封じ込まれ、正規兵どうしの戦闘でも敗退を重ね、英米からの援助物資も絶たれた国民党は、次々と根拠地を奪われて、正式に降伏することすらできずに壊滅した。それは、共産党が相手でも同じことだった。共産党の説く幸せは、日本軍占領地では実現されていて、共産党の主張は中国人に相手にされなくなっていった。
貧農にも優しい地主にとっては、屯田兵は治安を守てくれる頼もしい存在であり、非常に協力的だった。共産党の工作員に支配された村では地主というだけで縛り首にされることなど日常茶飯事であり、国民党の兵士は村々を略奪していく。それに引き換え、敵対しない限り殺されることもない日本軍は大歓迎なのである。
44年の米国大統領選挙では、共和党から指名を受けたリチャードソン元海軍大将が勝った。彼の最大の売りは、日本に戦争を吹っ掛けたルーズベルトと違い、日本が非常に友好的であり、彼が当選したならば、日本と戦争が始まることなど考えられないことだった。現に、まだ引き継ぎすら始まっていないのに、日本の外交官がお祝いに駆け付けた。
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