異世界に逃れた王女、心優しき青年と出会う

たくみ

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ガキ大将と幼なじみ

ガキ大将と幼馴染み

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 「うおりゃ~!!」

 「ふげっ!」

 力任せに持ち上げて地面に叩きつけると、カエルが潰れたような声を出してその場にうずくまる。

 「どっせい!」

 「いだっ…」

 こちらも相撲で言う所のまわしを取る要領で、ズボンを掴み投げ飛ばすと、勢いよく仰向けにすっころぶ。

 「どうだ! まいったか!!」

 「うぇ~ん、まいった~」

 「こうちゃん、ごめんよ。 もうゆるしてくれよ~」

 自分達よりも頭一つ背の高い少年に投げ飛ばされてしまい、すっかりまいってしまった少年二人…。 年の頃は五、六歳といった所で、半袖と短パンと涼し気な恰好をしているが季節が夏である事からすれば、決して不自然ではない。
 そして、少年の一人からこうちゃん、と呼ばれたのもまた少年ではあるのだが、二人よりは頭一つ背が高く体格も一回りくらい大きいので、一見すると年上のように見えるのだが、あくまでもこの三人は同い年なのだ。
 しかし、なぜこの体格の良い少年は二人に乱暴を働いたのだろうか…それは、その傍ですすり泣く一人の少女が関係している。

 「いいか! 今度かよを泣かせたら絶対に許さないからな!!」

 「分かったよ~」

 「ゴメン、もうしないよ…」

 「あわわ…」

 「タケ! 二人がおれにやられているのにボーっと見てるんじゃない! ちゃんと助けろ!」

 「そんなこと言ったって…こうちゃん、おっかないよぉ」

 「まったく…いくじのないヤツだ…」

 傍観していたタケなる少年を厳しく叱責するのだが、向かって来いとは何とも大胆不敵と言うほかない。 しかし、かれは生来体格にめぐまれた人物であり、喧嘩では負け知らずなのだから多少増長してしまうのも致し方ないのだろう。

 「うう…ぐすっ…」

 「かよ…もう泣くな」

 「うん…こうちゃん…ありがとう」

 「気にすんなって」

 にこりと笑う少年の顔を見て少女も笑顔になるのだが…何ゆえに少女は男子から泣かされていたのだろうか…。

 「ごめんよ、こうちゃん…もうかよのこと笑ったりしないよ…」

 「……」

 「な、みんなももう止めよう…かよはさ、こんな格好でも女の子なんだよ…」

 かよ、と呼ばれた少女の容姿は一見すればそれとは分からず、周囲にいる男子と何ら変わりが無い。 坊主でこそないものの、短く切り詰めた髪とご近所で少し年の離れた男の子のいる家からお下がりで譲り受けた服。
 そのような容姿をからかわれたのは、今に始まったことでは無いのだが、普段は仲良く遊んでいる男子も、ふとしたきっかけでこうなってしまい、ガキ大将から制裁を受ける羽目になる。
 もし、少女が相応の恰好をしていればこんな事にはならなかっただろうか、それを言っても詮無い事だろう…。

 「ううっ…」

 こんな格好でも…その言葉に少女の笑いかけていた表情は一瞬にして泣き顔に戻り、目に涙を浮かべている。

 「た~け~」

 「ひいぃ…ゴメン! 悪気はなかったんだよぉ」

 悪気が無い、というのは本当の所で彼は気が弱いというか、心優しい性格なので先ほどのいじめにも加担はしていなかった。 だからと言って止めるように言ったでも無し、傍観しているのは加担しているも同然であり、少女をフォローしようとしても、逆にそのコンプレックスを抉る事になってしまうのだが、この年の少年に上手い立ち回りを求める事こそ酷であろう。

 「とにかく、今度かよのことをいじめたらこんなもんじゃ済ませないぞ! 分かったか!!」 

 「はっ、はい!」

 少年たちは返事をした後、一目散に逃げ帰る。 どうやら、前回慌て過ぎて肥溜めに落ちた事もきれいさっぱり忘れてしまっているようだ。

 「やれやれ…さあ、暗くなる前におれたちもかえろう」

 「うん!」

 少年から差し出された手を少女はしっかりと握りしめ、二人でカラスの歌を歌いながら家路につく。




 「本当に申し訳ございませんでした」 

 若い女性が民家の玄関先で深々と頭を下げると、その傍らにいる少年にも頭を下げるように促す。 
 
 「さあ、浩平もちゃんと謝りなさい」

 「フン! いいかよし坊、絶対にかよをなかすなよ!!」

 言うが早いか女性は少年の頭を「バチン」と叩く。

 「いい加減にしなさい! 大怪我をさせるところだったのよ!」

 「……ゴメンな」

 「声が小さい!」

 「ごめんなさい!」

 二人の対面にはやや恰幅の良い女性と先ほど「かよ」なる少女をいじめていた少年がいるのだが、謝罪の言葉を聞いてまんざらでもない表情をしているが、それを見た傍らにいる女性はこれまた「バチン」と少年の頭を叩く。 

 「いてっ! 母ちゃんなにすんだよ」

 「うるさい! まーたかよちゃんをいじめて…それに、父ちゃんから勝てないケンカはするな、と言われているでしょうが!」

 「う、まさか…」

 この事は父親にも報告すると言うと、少年は狼狽しだす。

 「えーっ! かんべんしてよぉ…」

 「かよちゃんをいじめるからだよ、それに負けるくせにケンカなんかするから…」

 父親への言いつけを何とか止めるよう懇願する少年を尻目に、女性は再び深々と頭を下げる。
 
 「…本当に申し訳ありませんでした…この子にはよく言って聞かせますので」

 その言葉に対して、いじめられている子を助けた、浩平なる少年の行いは正しいので気にしないように言うと、子供なのだから喧嘩するのは仕方が無いとも、申し訳なさそうにしている女性に告げた。

 「それにしても、浩平君みたいに正義感の強い子は頼もしいねぇ。 理音さんも、息子さんの将来が楽しみじゃないですか?」

 「いえ、そんな…いつも乱暴ばかりで手を焼いています」

 恐縮する理音なる女性に対して、気にしないように念を押して、よし坊とその母親は家の奥へと入る。
 十分に謝罪出来たであろうかと悩む母親を尻目に、正義感が強いと言われた浩平は上機嫌なのだが、家に帰ればこちらも父親に事の詳細を語るよう言う。
 すると、立ちどころに気分を落ち込ませた表情になり、家に帰る足取りもまるで鉛を靴に仕込んでいるかのようになってしまうのだが、早く歩くように母親に促され本日二度目の家路につく。



 「いつもすまないね、理音」

 「いいえ、大したことではないわ」

 二人が話をしている居間の隣部屋、少しだけ空いたふすまからは、すやすやと寝息を立てている浩平の姿が薄明かりに映し出される…夏の暑い盛りではあるが、今日は熱帯夜とまではいかず、いくらか寝やすいようだ。
 家に帰り、二人で夕飯を食べて風呂に入った後、返ってきた父親へ今日の出来事を話し、長い説教から解放されれば、もう寝る時間となる。 我が子の一日は終わったが、大人はまだもう少しやる事があるとして、その前に夫婦水入らずで諸々の話をするのだが、やはり話題になるのは息子の事だ。

 「まったく毎日乱暴ばかり…少しは大人しくしてほしいわ…」

 「まあまあ、いじめられているかよちゃんを助けたんだから…最も暴力は駄目だけどね」

 「そうね…かよちゃんも、もう少し女の子らしく出来れば良いのだけれど…」

 確かにそうなれば近所の子供たちの対応も変って来るのかもしれない。 だが、「かよ」と呼ばれる少女の家は、母一人娘二人でどうにか暮らしているのだが、生活が困窮しており子供たちの服も貰い物で凌いでいる状態だ。
 思うような服を着せてあげられないのは不憫ではあるが、だからと言ってこちらが買い与える訳にはいかない。 これはあくまでもあの家の、田島家の問題なのだ…。

 「藤次郎さんが生きていれば…」

 「理音、それは言っても詮無い事だ…」

 田島家が一家の大黒柱を失ってもう、五年が経とうとしている。 「かよ」事、田島佳代子は物心つく前に父親を失っており、当然顔も覚えていないとして、佳代子には姉がおりそちらは父との記憶があるが故に、たいそう悲しみに暮れていた。 
 喪主である妻の絹子もまだ乳離れもままならない幼子を抱えての葬式であり、こちらも同い年の浩平を抱えて手伝いを行ったが、あの時は佳代子と浩平が中々泣き止まずに、お坊さんの読経が碌に聞こえてこなかったことが思い出される。 
 
 式の後、絹子には残された子供たちのためにも、出来る事があれば何でも支援すると言ったが、やんんわりと断られてしまった。 彼女の性格からして、他人からの施しは必要以上に受け取らないのは知っていたが、それでも山代家にとっては亡き藤次郎氏と並び大恩ある人物なのだ。

 「うちも裕福ではないが、それでも他所よりはましだ。 もう少し頼ってくれてもいいんだが…」

 「会社の業績は順調のようね。 何よりだわ」

 「ああ、これも資金を工面してくれた君のおかげだ。 ありがとう、理音…」

 「いいのよ…私には無用な物だったから…」

 彼女がかつて身に着けていた宝石などの貴金属を売った金を資金にし、食品の輸入を主に手掛ける会社を設立した。 食糧難の続く時代、会社は今も順調に業績を伸ばしているのだが、それもこの事態を少しでも早く改善したいと願う彼の、山代周平の一念あってのものなのだ。

 「…君がこちらに来てから、どれくらい経ったかな」

 「十年になるわね…」

 「何だか早いな…もう十年か…」

 「ええ、あっという間だったように思うわ」

 そう、彼女が…山代周平の妻であり、浩平の母である山代理音がこの世界に、この国に来て十年の歳月が経った…。
 山代理音…かつて異世界に存在したラウ王国の王女リーネが、この世界で暮らしていく為にその名を改め、今に至る。 浩平は、この少年は異世界の住人との間に設けられたまさに奇跡の子と呼べる存在なのだ…。
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