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84. 謁見

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 長い長いトンネルのような地下道…その程よい薄暗さと、竜車の振動は乗っている者の眠気を誘い、戦士たちにしばしの休息を与える。 だが、この道程を進み切れば目的地であり、異世界の旅の終着点である正王国の王都バナンに到着するのだ。
 果たして戦鳥の戦士である少女たちに待ち受けるものとは…。

 「ん~……いつの間にか眠ってたんだ」

 車の中といえどもスペース的に余裕はあるので、軽く伸びを行う。 目を覚ませば、まだ眠りについているキアが視界に入るのだが、世良さんの肩に思い切り寄りかかりスヤスヤと寝息を立てている。 
 世良さんは当に起きていたようで、私が目を覚ました事に気付くと苦笑いをするのだが、電車で帰宅する疲れ果てたサラリーマンのような姿に私も思わず笑いが込み上げてしまう。
 しかし、笑うのは世良さんに申し訳ないように思い隣に視線を外すと、寝ているひいばあが視界に入るのだが、程なくして自然と目を覚ます。 軽くあくびをするのを手で押さえて正面を見たひいばあは、躊躇なくキアを起こしに掛かった。

 「キア、起きなさい。 もう直ぐでは無いかしら?」

 「くかー…」

 「…起きなさい!」

 「んが? …ん~よく眠れましたねぇ」

 思い切り伸びをしているキアを世良さんは身を傾けて避けているが、肩まで貸して貰いながら、何ともまぁ…、といった感じだ。 
 寝起きなので、ひいばあの問いを聞いていたか、いないのか判然としない中その問いにキアは応える。

 「そろそろ、王都に到着する頃でしょう。 皆さま準備は宜しいですか?」

 キリッとした表情で言ってはいるものの、先ほどの起き抜けの顔は記憶に残っているので、説得力はゼロに等しい。 それは他の二人も思っている事だろうが、何も知らぬのは当人のキアだけだ。

 「キアってば、世良さんの肩を借りて大口開けて寝ていたんだから…よだれとか垂らしてないよね? 大丈夫?」

 「なななっ、そんな事はありません!」

 「キア、あれを見なさい」

 ひいばあが指さすのは、世良さんの着ている白いジャージの肩の部分…目を凝らしてみないと分からないが、キアが寄りかかっていた場所には、ピンポン玉ほどの大きさの、液体で出来たであろうシミが確認される。

 「こっ、これはその…」

 「まあ、私は気にしていないわよ」

 「…申し訳ございません」

 素直に謝るので、誰もそれ以上何も言わずに自然と降りる準備が始まる。 そうこうしている内に徐々に走るスピードが落ちて来るのだが、恐らく目的地が直ぐそこに迫っているからだろう。

 「いよいよですね…」

 「ええ、そうね…ようやくここまでこれた」

 走るスピードが落ちて五分程度が過ぎた頃に、ゆっくりと走っていた車は止まり完全に停止する。 動かなくなっても車内に待機していたのだが、程なくしてドアを開ける音がしたらソネイさんの顔が覗く。

 「皆さま到着致しました。 お疲れ間様です」

 隊員の一人が車の下からタラップを引き出すので、キアを先頭に世良さん、私、ひいばあの順で降りる。 そこそこに広い空間のようだが、ここが恐らく王都の中心である城の地下になるのではないだろうか。

 「ここで少しお待ちください」

 私たちを降りた場所に待機させると、ソネイさんは隊員たちの方に向かって歩く。 皆既に騎乗していた竜を傍らに整列しており、隊長の次の指示を仰げる状態なのだろうが、彼女は隊員の一人と話し、直ぐにこちらに踵を返す。 どうやらあの人に後の段取りを任せたようだ。 

 「すいません、お待たせしました」

 「いえ、これからどうするのですか?」

 「後程説明します。 まずはこちらへ」

 ソネイさんに導かれて地下空間を進むと、隊員達を横目に見る事が出来る。 前で話をしている人物は確か、竜車を運転していた人物なのだが、多分副隊長では無いだろうか。 副隊長と思わしき人物の話は直ぐに終わったのであろう、三十人ばかりの隊員達は右腕を胸元で水平に上げるが、これが敬礼に当たるのだろう。
 
 敬礼の後、隊員たちは小走りで竜を一か所に集めており、エレベーターが到着すると、次々と手際良く載せている。 竜は終始大人しいのだが、大分訓練されているのではないだろうか…外界で見た竜とは種類も違うのだろうが、性格が大人しい個体なのかもしれない。
 
 エレベーターは大型のようだが、一度に乗せられるのは十匹程度でピストンするのだろう。 竜車を引いていた竜は他の個体よりも大型なので後三回は往復する必要があるが、さほど時間は掛からないように思う。
 
 「随分手際が良いのですね」

 (ひいばあ?…珍しいな…でもひいばあもそう思ったんだ)

 「我らは対厄災戦用の特殊部隊です。 神出鬼没の脅威に備えて、常に速やかな行動を取れるように訓練しております」

 そう言いながら女隊長がエレベータの昇降ボタンを押すと、直ぐに扉は開くので乗り込む。 中のボタンを押せば上がって行くのだが、高い建物ならそこそこ時間は掛かると思われる。

 「あの~…この流れだと王様に謁見、みたいな感じになるんでしょうか?」

 「そうねぇ、時間があれば会って貰えるんじゃない?」

 「会って貰えるとは限らないんだ…異世界ファンタジーとは違うんですね」

 「王様は忙しいし、庶民がそうそう会えるような身分の人では無いのよ。 私もかつて、王の称号を持つ人と会ったのは二人だけよ」

 「凄い、世良さん王様に会った事があるんですね」

 「昔の話よ」


 「……国王は今現在体調が思わしくないので、謁見する事は出来ません。 変わりに王国の代表となる方々に会って
頂きます」

 「…どこかお悪いのですか?」

 「ええ…申し訳ございません、国家機密になりますのでこれ以上は…」

 歯切れの悪い表情になるのは、何もソネイさんだけでは無く、キアも曇った感じになる。 余り良くは無いようだが、今気にしても仕方がないし、そうこう会話してる内にエレベータは目的の階へと到着する。

 「私、何だか緊張してきました」

 「大丈夫よリラックスして」

 
 到着音の後、扉が静かに開くと三人の人物が確認出来る。 若い男性と、中年の男性、そして年老いた男性といずれも男の人ばかりだが、彼らが王国の代表とやらなのだろうか…。 エレベータを降りると、あちらも二三歩こちらに歩いてきて更に距離が縮まるので、どのような人物なのか観察してみる。 
 
 若い男性は十代前半で私たちと年は余り変わらないと思うのだが、背は大人と大して変わらない。 髪は黒く短めだとして、このヘアスタイルは確か…アップ何とかだったと思ったが忘れてしまった…。
 服装はこちらではショアさんのような身分の高い人が着ている服なのだが色は黄色で、見た感じの印象は西洋というよりは、どちらかと言うと中華系よりではないかと感じる。 いや、東南アジアの王族の人たちの装いが近しいのかもしれないが、いずれにしろ、この人は高貴な身分の人物であるのは間違いないのだが…。 

  (何か…おにいににてるかも)
 
 中年の男性、もとい壮年は背がとても高く二メートルは優にあり、着ている服の上からでも筋骨隆々である事が用意に想像出来るのだが、その服装は深緑色で青年の服よりは肌に密着した感がある。 立派な顎鬚を蓄えており、髪は長めでどうやら後ろで団子を作っているようだ。 しかし、赤い髪はキアと同じシャイア族の証なのだが、この厳ついおっさんはもしかしたら…軍属では無いだろうか。

 年老いた男性、即ち老人の方は頭がすっかり禿げ上がっており、何族かは判然としない。 口ひげが白いからと言ってツア族でも無いのだろうが、背は三人の中では一番低いもののそれでも、百七十センチ近くはあり、その装いは何というか…お坊さんの袈裟に似ている。 しかし、赤い色に金の刺繍が施してあるので何とも俗っぽい和尚様といった感じだが、杖をついている様は仙人とも言えなくはない。


 「お連れ致しました」

 ソネイさんが三人に向かって例の敬礼を行うと、壮年は深く頷き労いの言葉をかける。

 「ご苦労だった、ソネイ隊長。 下がって休ませたい所だが…隊長にもこの後の会議に参加して貰いたい」

 「はっ!」

  再び敬礼を行うと、今度は少年が話し出す。

 「将軍、私たちも自己紹介を」

 「はい」

 
 「ようこそお出で下さいました、戦鳥の戦士たち。 私は正王国国王ナムザの息子、アトルと申します」

 こちら式の挨拶を行うこの少年は国王の息子だという。 だとすれば…。

 「この人は…要するに王子様、という事ですか?」

 「そのようねぇ」

 「この子が王子なのね…」

 「具合を悪くしている父の代理を務めております……キアも無事に帰ってきてくれて何よりだ、お帰りキア…」

 「労いの言葉感謝致します。 己の務めを無事に果たす事が出来ました…これも王、王子含めた民の祈りが天に通じての事でしょう」

 キアにしては珍しく殊勝な物言いだが、何だか王子様の前では性格が違ったようにように感じてしまう。


 「私は正王国軍の将軍、バルドと申します。 どうかお見知りおきを」

 そう言って、にこやかに笑っている様を見ると先ほどとのギャップに戸惑うのだが、のほほんとしている今が、この人の生来の性分なのかもしれない。

 「私の名は正王国の宰相を努めております。 ハスター申します。 皆さま、ここで立ち話もなんですので…落ち着て話せる場所へ移動しましょう」

 宰相に促されるまま廊下を移動すると直ぐに扉が見えて来る。 大方自動ドアなのだろうが、何やら扉の向こう…遠くから喧噪が聞こえている。

 「何事だ?」

 「衛兵は何をしている?」

 
 その場は一気に緊張に包まれる。 戦鳥の戦士が訪れたこのタイミング……だが、喧噪に耳を澄ませていると、男性と女性の声が聞こえてくる。 

 「陛下! お体に障ります、お戻りください!」

 「大丈夫だ…問題ない」

 このやり取りに皆の表情は驚きに変わるのだが、次の瞬間扉が開くと立ち尽くす男性の姿が見える。

 そう、この人物こそが……。
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