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151. 記録を抹消されし女王

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 倒した筈の厄災は、あちらの世界へと逃れ再起を図ろうとしている…直ぐにでも後を追いたい所だが、転移装置は未だ昏睡状態にあるヒナさんにしか使用出来ない為、回復を待たねばならない状態だ。

 厄災が健在なのは隠されたコアが存在するとの事で、転移する直前に私を攻撃してきた黒い人物と、夢で語りかけて来た人物は同一のように思うのだが、気になるのはその姿形。

 あれは黒き死の翼のように見えた…気になったので、何故死の翼をまとうようになったのかを聞くと、その誕生と王国の闇について語られる。
 
 
 「王亡き後のひいおばあ様は選択を迫られた、徹底抗戦か降伏か」

 「酷い…隣国の王様からすれば王妃は血縁にあるんじゃないの?」

 「母違いの兄妹よ」

 「不仲だったのか」

 「不仲では無かったようね、取り分けて良くも無かったようだけど」

 兄の暴挙により失意と絶望の中にあった王妃のとった選択は、ある意味皆の知る処だろう。 そう、王妃はラウ城の地下深くへと赴いた、そこにある神にも等しい力を手にする為に…。

 「刻印を刻み、戦鳥と契約したんだ」

 「ええ、目的は復讐…」

 ラウ王国に歯向かう者には絶対の死を、こうして王妃の望みを具現化した黒き死の翼が誕生した。 力を手に入れた王妃は侵攻する隣国の軍隊を襲撃し、瞬く間に将軍を打ち取ると王宮へと向かう。
 
 「王宮へ…嫌な予感しかしないのです」

 「将軍がいなければ軍は総崩れだろうし、空からだと近衛兵団もどうする事も出来なかったでしょうね」

 王妃は王宮に居た王のみならず、妃とその幼き娘二人も容赦なく殺害しその四つの首を国民へと見せつけた。 その蛮行に民は恐れおののいたが、話これで終いでは無い。

 「降伏した兵士たちを生き埋めにしたのよ」

 「何てことを…」

 元々国王の独断によって侵攻は行われたのだから、王を失った今争う必要などもう何処にも無い。 だが、それでもまた攻められては敵わぬと兵士らは次々に穴の中に入れられ、埋められて無慈悲に処刑されたのだ。

 「王宮も焼かれ、国王と家族は遺体を埋葬される事も許されなかった」
 
 「戦鳥の力があれば、亡骸を消し炭にする事は造作も無いな」

 「酷すぎる、いくら家族を殺されたからって…そんなの人間のする事じゃ無いよ」

 「非道ここに極まれり、ね」

 こうして隣国は消滅し、新たな女王の率いるラウ王国に編入される事になるのだが、悲劇は他国へも波及して行く。 次に犠牲となったのはデオの国と結託した国々だ。

 アウリス王暗殺を企てた者は王族であろうが何であろうが、お構いなしに捕らえられ裁判も無しに次々と処刑されていった。
 最早ここまでと腹をくくった国の王は反旗を翻したが、戦鳥の力は強力無比故に立ちどころに鎮圧されて王国に飲み込まれてた。 こうしてラウ王国は今と同じような多きさになったのだが、暗殺に加わっていなかった国もただでは済まなくなって行く。

 「周辺国の王太子と王女をラウ王国で預かったのよ」

 「要は人質ね」

 集められた人質は、冷遇でもって迎えられた…殆どが王族でありながら、食べる物も着る物の庶民と変わらぬ扱いであった為に大変な屈辱を味わっていたのだが、逆らう者は容赦なく滅ぼす暴君の所業に誰も逆らう事は出来なかったのである。
 
 「そんな状態が何時までも続くとは思えんのだが…」

 「ええ、何とかしようとした人もいるのよ」

 「そうなんだ」

 怒りと憎しみに囚われていたであろう女王の暴走を止めようとしたのは、他の誰あろう残された次男だった。 その当時は国王となっていたのだが、女王を退位し摂政の地位に就いた母の傀儡と化していたのも相まって、暗殺計画を着々と進めていた。

 「そんな! 実の母親を…」

 「国民も苦しい生活を強いられていたのよ」
 
 軍縮から一転、軍拡を続ける方針により税金は跳ね上がり国民の生活は苦難を極めた。 しかし、このような状況を打開しようとした息子による計画は露呈してしまい、逆に捕まり地下へ幽閉されてしまう。

 「ダメだったのね」

 幽閉された国王は失意の内に病死してしまい、その息子を王位につけようとしたのだがここで一波乱ある、なんと彼は出家してしまったのだ。
 
 「えっ? でもその人って…」
 
 「そう、私の父よ」

 彼は国王になるというプレッシャーに耐えられなかった…それ即ち、周辺国からは恨まれ、国民に重税を課す暗愚の王として君臨する事に他ならないからである。

 「何より父は、王朝の断絶を願った…自分の代で終わらせようとしたのよ」

 自らが王位を継がなけれは王統は途絶え、祖母の支配も正統性を失う。 国はまた新な王を擁立するのか、それとも共和制に移行するのか、いずれにしても現状よりは遥かにマシになるであろうとの考えだったようだ。
 
 「けど、そうはなって無いわよね?」

 「ええ、ひいおばあ様は病に倒れたの」
 
 影の支配者が病に臥せった事により状況は一変する、一度出家すると二度と俗世には戻れないのが通例だが、例外中の例外として彼は戻って来た。
 そして王位を継ぐと、新たな国王はアウリス王の政治を尊重すると宣言し、これに国民はにわかに沸き立つ。

 「病は重篤であり、影響力を殆ど失っていたという事か…」

 「私が物心つく頃に、ひいおばあ様は亡くなったの」

 彼女の死により数十年に及ぶ悪政は完全に終わりを告げ、賢王の治世が始まった。 国民の生活はもとより、何より彼は他国との関係改善に腐心したのだが、かつてヒナさんがネフィアであった頃に、翻訳の魔法の開発を命じられたのもここら辺が関連してる。

 「今私がこうやって話せているのは、元々は他の国との交流を盛んにする為だったんだね」

 「ええ、最も開発してから実用化に至る前に、厄災の襲撃を受け国は滅んでしまったわ」 

 王国は厄災の襲撃に対して他国にも救援を要請していたが、国家間の関係改善は道半ばであり、また長年虐げられた故の不信感はぬぐえず、孤立した大国は未知なる敵によって消滅した。
 厄災は他国を攻め滅ぼすような事はしなかったので、因果応報と思われていたようだ。

 
 「まさか、王国にこのような歴史があったとは知らなかったのです」

 「どんな歴史書も、彼女について言及している物は無いな…」

 「黒き死の翼のエピソードはあるけど…選ばれたのは巫女、だった筈よ」

 「え? どうしてそうなるの」

 「記録を抹消されたのよ」

 彼女の死後、国中にあった銅像は撤去され、建てた公共施設からは名前が削られた…王宮も当該部署で記録の改ざんが行われ、その一切が削除されてしまったのである。

 「それって不味いんじゃ」

 「厳罰覚悟で行ったの、父も厳しくは罰せなかったようね…」

 こうして歴史の闇に葬り去られる形になったのだが、無かった事にしたかったというよりは、一日も早く忘れたかったというのがあったようだ。
 因みにその遺骸も埋葬するのではなく、火葬するように懇願する声も多かったようだが、流石にその要望は跳ね除けられた。 最もその葬儀は国葬にはならなかったので、国民感情には配慮しのだろう。

 「火葬にしろとはまた何とも…」

 「気持ちは分かるけど、ね」

 「火葬がどうしてダメなんですか?」

 「肉体を失うと、転生出来ないと言われているのよ」

 死後の肉体には魂をこの世に導く役割があるとされているので、転生には生前の良き行いと前世の肉体が必要不可欠なのだそうだ。 
 勿論、適切な埋葬も重要でこれを怠ると魂は再び肉体に宿り「死者」として現世をさ迷う事になる。
 
 以上が死の翼の誕生と、王国の闇についての全てだ。

 「記録を抹消された女王…」

 愛する者を奪われた途方も無い悲しみ、奪った者に対する果てしない怒りと憎しみ。
 復讐を終えてもその憎悪は止まる所を知らず、多くを巻き込んで不幸の連鎖を産み出した。
 病に倒れた彼女は、晩年何を思っただろうか…。

 (いや、彼女の復讐はまだ終わっていない、何故かそんな気がして仕方がない)
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