鉄仮面令嬢の内側は、遊び人な貴族によってデレデレとなる

白慨 揶揄

文字の大きさ
1 / 1

鉄仮面令嬢

しおりを挟む
 一日で一番好きな時間はなんですか?

 もし、私が誰かにそんな質問をされたら、獅子が兎を狩るような速度でこう答えることでしょう。

「鉄仮面を外す一時間です」

 私、ユア・サウザンライトは一日中、鉄仮面を被って過ごすことを母に命じられています。ぽっかりと後頭部まで被れる頑丈な仮面です。

 なんで、母は私に鉄仮面を被せるのか。
 その理由はしっかり覚えています。

「あなたの顔は、頭の悪かった前夫《ぜんぷ》にそっくり。見ていて恥ずかしいわ」

 私の父は既に他界しております。
 なんでも、盗賊に騙され殺されたのだとか。まだ、当時は小さかったので父親との記憶は殆んどないのですが、とても、とても優しかったのは覚えています。

「はぁ……。どうせならノアがもう一人生まれていれば良かったのに」

 ノアとは今の夫と母の間に生まれた私の妹。
 勿論、彼女は鉄仮面を被らされたりはしていません。常にふわふわのお洋服に身を包み、入念に手入れされた髪は、柔らかさと艶やかさで太陽を反射させています。

 私とは大違いです。
 一日の食事、お風呂を与えられた一時間で終わらせなければならない私は、髪の手入れに時間をかける余裕はありません。
 濡れたまま髪を鉄仮面にしまうなんてことも、珍しくありません。髪まで隠れる仮面を与えたのは、私の黄色い髪の毛が父親譲りだからでしょうね。

「さて、今日は何をしようかしら?」

 私は貴族の娘として、大事に育てられていません。
 必要最低限の教育を午前中に終えたら、後はずっと自由時間。あ、自由と言いました、実際は自由ではありません。
 人に合わないように部屋の中で生活を強要されます。
 私を「いないもの」として扱うために。

 私の部屋は、ごわごわの布団が置かれているだけ。
 他には何もありません。

 はっきり言って、毎日が退屈です。やることがありません。

「こんなことなら、私を追放でもしてくれた方が楽なんですけど」

 身分も何もいりません。
 顔を隠され、拘束されながらも、買い殺されるくらいなら、一から自分だけで生きていった方が楽なはず。
 しかし、私はそれすらも許されませんでした。

「レベルの低い貴族と婚約させて、金だけ貰えるようにしましょう」

 と、母はいつも言っています。
 ようするに、私は母にとってお小遣いを稼ぐための財布でしかないのです。
 鉄仮面に財布。
 散々ですね。
 自分でも笑えて来ます。試しに声を出して笑ってみました。仮面で声が反響して五月蠅いだけでした。





 飼い殺しの生活をしていると、私はいつのまにか18歳になっていました。数十年、こんな生き方をしていると、自分の歳すらも正しく数えられているか不安になります。

 そんな、ある日のことです。

 サウザンライト家が異様な賑わいを見せていました。
 何事かと扉に耳を当てて聞き耳を立てていると、今日は妹のノアの誕生会が開かれると言うのです。

「いい? こんな場所には誰も来ないと思いますが、念のため、見張っておきなさい」

 母の声が聞こえてきました。きっと、メイドさんに私のことを見張るように命令を出したのでしょう。
 私に聞こえるところで言わなくてもいいではありませんか……。

 私が暮らしているのは城の最上階。
 パーティーが開かれる大広間からは遠く離れています。こんな場所まで、勝手に上がってくる貴族はいないでしょう。

 夜になると賑やかな声が聞こえてきます。
 それもその筈。
 私の妹であるノアはとても可愛いのですから。あ、これは決して私が妹バカなから言っているわけではありません。
 客観的に見た事実です。

「今日も、二流貴族に言い寄られたらしいわね。だけど、付き合っては駄目よ。ノアは超一流の相手と結婚するのだから。この国じゃ、王子とライク家くらいのものよ」

 私の前でいつも母親は言っています。
 確かに王子とノアは美男美女
 二人が並べば、理想のカップルの誕生です。

 レイク家の男性は見たことないので、何とも言えないのですが――きっと、母が認めるくらいなのだから、家柄も顔も良いことなのでしょう。

 ノアは母に命じられているとはいえ、王子と並び立つことは嫌でないのか、進んで話しかけているみたいです。
 自分から進んで隣に立ちたいと思える男性は、今のところ出会ったことがありません。こんな生活をしているので、当然なのですが……。

「私の隣には、一体、どんな男性が立つのでしょうか?」

 賑やかな声を少しだけ羨ましく思った私は、いそいそと薄い布団の中に潜り込みます。寝る時も鉄仮面をしなければならないのが辛いです。
 鉄仮面には鍵が取り付けられており、外すには母親の許可が必要になります。

「はぁ、どうして私はこうなったのでしょう」

 自分の人生を恨みます。
 優しかった父が生きていれば、こんな目に遭わなくても良かったのでしょうか――?」

 私が何度目かの深いため息を吐いた時のことでした。
 ガチャンと部屋の扉が開かれたのです。
 こんな時間に、何しに来たのでしょうか?
 身体を起こし、布団の上で扉を開けた人物を見ます。てっきり、やってきたのはこの屋敷の住人だと思っていたのですが――、

「厳重に見張ってるから珍しいモノがあると思ってみたら――、まさか、鉄仮面を被った人間が寝てるとはな。てか、それ、寝辛くね?」

 現れた人物は、見たこともない男性でした。
 身長は180センチ程でしょうか。手足も長く爪先まで綺麗に整えられています。肌の色は褐色で、夜空のように黒い髪の毛を耳の裏でお下げにしています。少女みたいな髪型で在りながら、男の視線は獣のように野生に満ちていました。

「……」
「ありゃ、ひょっとして会話できないのか? だとしたら、悪かったな」

 男は小さく頭を下げます。
 このまま、出ていくのかと思えば、なにやら身体全体を使って何か現わしているではないか。
 しかし、残念ながら何を伝えたいのか、さっぱり分かりません。それどころか、動きかハチャメチャで面白く、つい、笑ってしまいました。

「ふふふふ」
「今、お前笑わなかったか? ひょっとして、会話できる感じ?」
「はい。すいません」
「なんだよー。最初から言ってくれれば良かったじゃん。あ、俺はローグ・ライクってんだ」
「ラ、ライク!?」 

 ライク家は、理想の高い母が、愛すべき妹と結婚させても良いという貴族の名ではないか。そんな存在が私の部屋にいると知れたら、母はきっと怒るに違いありません。

「その、こんな所にいないで、パーティーに参加した方が楽しいのではないですか?」
「いやいやいや。普通に考えてくれよ。目の前に鉄仮面を被った――お嬢さんで、合ってるよな? が、いるんだぜ? 絶対、こっちの方が楽しいじゃんか!」
「そ、そうでしょうか?」

 私は鉄仮面こそしてますが、中身は詰まらない女です。過度に期待されても困るのですが……。

「なあ、なんで鉄仮面なんかしてるんだよ」

 男性は差も当たり前のように私の隣に座りました。仮面越しでも良い匂いなのが分かります。干したての干し草みたいな匂いですわね。
 あ、私はどんな匂いでしょう。
 今日はまだ、お風呂に入っていないので、臭いかも知れません……。

 そっと、距離を取りつつ、私はなんて答えようか悩みます。
 真実を言ってもいいのですが、ライク家は王族との仲も良いと聞きます。妹の恋を邪魔するのは姉としては避けて上げたいですね。

「それは……お洒落です。かね?」
「かねって、なんで疑問文なんだよ。さては、何か言い難いことがあるんだな――?」

 男は腕を組むと、目を閉じ何やら考え込みます。パーティーには参加しないで、本当にここに居座るつもり見たいですね。
 ポンと手を叩くと目を見開いた。

「分かった。確か、この家の娘は王子《カズマ》に付き纏ってたな。仲のいい俺に伝えて、言い触らせれるのを恐れたってところだな。となると、理由は前向きな理由じゃないってことだ」

 この人――凄いですわね。
 流石はライク家の一員ってところでしょうか。

「となると、理由は親に強制して付けられたって訳だな!!」
「……」

 今のところ、全問正解です。
 私の言い方一つで答えを導くなんて――凄すぎじゃありませんか?

「理由は――生まれた時から痣があって、親が見たくないとか?」

 しかし、最後の最後で答えが外れました。

「残念です。私が死んだ父の子なので、似てる顔を見たくないらしいですよ」
「なんだそれ。分かるわけないじゃんかよ!」

 ローグは拗ねたように唇を尖らせます。
 本当に子供みたい。
 私はコロコロと変わるローグの表情に見惚れていると、その口から思ってもいなかったことを言われた。

「てか、お嬢さんスゲーな」
「はい?」

 私が凄い?
 一体、今までの会話でそう感じる部分があったでしょうか?

「だってよ、そんな理由で鉄仮面を被らされてるのに、妹のために嘘を付こうとしたじゃんか。普通、できないって。俺だったら、三割増しで嘘を盛るけどな」
「嘘は駄目ですよ……」

 それに私は正直に全てを話そうと思わなかった訳ではありません。

「迷った末に、妹を守ったんだろ? だったら、余計に凄いじゃんか」
「……」

 ローグに何を言っても駄目みたいです。
 私の話など聞いてはくれなさそうです。

「なんか、お嬢さんの鉄仮面の内側がどんな顔なのか気になってきたぞ? 鉄仮面《それ》は外せないのか?」
「残念ながら、外せるのは母だけです」
「そっか、そうか――。母親だけか」

 ローグは「にんまり」と、悪戯好きの少年みたいに笑います。何を考えているのか、私は答えに辿り着くことはできませんでした。

「じゃあ、俺はここでおさらばするかな。近いうちに――また会おう」

 彼はそう言い残すと、何食わぬ顔で窓から飛び出しました。
 ちょっと!
 この部屋は最上階ですよ!?
 私が窓から逃げられないように、一番高い部屋を与えているのですから!

 窓を覗き込むと、地上で大きく手を振るローグが居ました。

「なんなのよ……あの人」





 翌日。
 私は午後になっても自分の部屋に帰ることはありませんでした。母に呼び出しを受けたのです。
 こんなこと滅多にありません。
 なにかやらかしてしまったのかと身構えます。

 久しぶりにサウザンライトの食卓に付きました。毎日、パンとミルク。それにフルーツを食べていたのですが、私の前にも豪華な食事が置かれていました。
 私の指の第一関節よりも厚いお肉。
 今直ぐに齧り付きたくなりますが、母の言葉の前に食べるのは失礼。獣の唸り声のように鳴るお腹を抑えて食欲に耐えます。

「……話は食べながらで結構。まずは五月蠅いお腹を静めなさい」

 あら?
 今日の母親は機嫌が良いようです。怒るどころか食事を進めてくるなんて……。でも二人きりで食事するのは緊張します。
 妹が居てくれれば良いのですが――今日は王子達と遊びに行くのだとか。だから、母は機嫌が良いんだ。
 肉を半分ほど平らげた時、母がゆっくりと口を開きました。

「今朝、ライク家からあなたに付いてお話がありました」
「……っ」

 スッと体温が下がります。
 口の中に入ったままのお肉が、急にゴムみたいに固く、味が薄くなります。勿論、お肉に変わりはないのでしょうけど。

「ライク家の次男から、あなたの鉄仮面の鍵を渡して欲しいと言われました」

 やっぱり、ローグは昨日のことを母に話たのですね。
 でも、それにしては怒ってないですわね。

「そこで、私はとある条件を出したんです。娘に鉄仮面を付けているのは、悪い男《むし》から彼女を守るため。婚約するのであれば、鍵は渡しますと言いました」
「……えっ!?」

 母は一体、どれだけ精神が強いのだろう。
 自分が不利な状況で、とんでもない条件を突き付けるとは……。そんなの通るわけがないじゃないですか。
 心の中ではそう思っているのですが、母の機嫌が良いことが怖かった。
 まさか――。

「そしたら、ライク家の次男――ローグ・ライクは、すんなりと条件を飲んだのです」
「嘘ですよね!? お母さま!!」
「嘘じゃありませんわ。あなた、一体、何をしたの。次男とはいえ、ライク家の人間と婚約を結ぶだなんて、流石、私の娘ですわ!」

 その娘に鉄仮面を被せていることを、忘れているのでしょうか?
 どうすれば、そんな笑顔を私に向られるのですか?

「……嫌です」
「え?」

 今度は母が驚く番でした。

「今、なんて言ったのかしら?」
「嫌だと言ったんです」
「どうして!? ライク家の人間なのよ!? そりゃ、本音を言えば長男がいいけれど、それでも立派な家柄であることには変わりませんわ!」
「家柄が立派なのは知ってます。でも、私はローグと言う人間を知りません」

 話したのは数十分。
 私としても、彼にまったく興味を持たなかったわけではないけれど、婚約を決めるには短すぎる時間だ。
 私の言葉に母は考えられないと頭を抱える。
 そして、私を睨みつける。
 こうなった母はヒステリックに叫ぶのです。まるで、自分の叫びは全ての人間を操る力があるとばかりに、意志を貫きます。

 耳を塞いで逃げ出したい。
 しかし、幼少期から恐怖を植えこまれてる私には、そんな勇気はありませんでした。
 ひょっとしたら、洗脳に近いのかも知れません。
 知識では知っていても、身体は素直です。
 嵐《さけび》に備えて私は身構えますが、雨も風も降ってくることはありませんでした。
 代わりに――、

「なるほど。そう言うことか!!」

 陽だまりのような暖かい声が、部屋に満ちていました。

「ローグさん!?」

 姿を見せたのはローグでした。
 私と婚約を結ぼうとした相手。

「つまり、俺のことを知りたいわけだ。少しことを焦り過ぎた、悪かった!」

 昨日動揺、ローグは爽やかに堂々としています。

「ならば、今からデートをしよう。お母さんもそれでいいか!?」
「お、お母さんだなんて、そんな……。もう、気が早いんですから。どうぞ連れて行ってください。ここからは若い二人だけで楽しむということで……」

 信じられません。
 あの母が「お母さん」の一言で機嫌を治しました。

 それだけ、『地位』に固執しているのかも知れませんが。

「よし! お母さんの了承は得たな。今から行くぞ!」
「い、行くってどこにですか!」
「そんなの決まってるだろ? いいから、黙って付いて来いよ!」





「なんで……無人島なのでしょうか?」

 私が連れてこられたのは無人島でした。
 見渡す限り一面の海。
 背中には風に踊る森。
 青と緑に挟まれた砂浜は、驚くほど白くて綺麗です。

「ここの砂浜、白くて綺麗だろ? だから、気に入ってんだよ」

 ローグは砂浜を握ると、サァーと落としていく。
 冷静になって考えてみれば、私、海なんて来たことなかったかも。小さな部屋が私の世界でしたから。
 スゥ―、と息を吸います。
 空気はこんなに美味しいのでしたっけ?

「鉄仮面付けてたら、思い切り吸えないだろ? お母さんから鍵を借りてきたから、外したらどうだ?」

 砂を握っていた手を開くと、いつの間にやらそこには鍵が握られていました。
 間違いなく、私の鉄仮面の鍵です。
 いつのまに受け取っていたのでしょう。

「……その鍵を貰ったということは婚約したことになるのでしょう? だとしたら、私はその鍵を使えません」

 もし、ローグの持つ鍵を使用したら、私は婚約を受け取ったことになるのではないのか。
 そんな気がしました。
 それに……。
 母に父親に似て醜いと言われていた顔です。もしかしたら、素顔を見たら興味を無くしてしまうかも……。

「俺はそんな酷いこと言わないけどな。まあ、本人が嫌がってるのに、善意を押し付けるのはダセェよな。分かった。俺は鍵を使わない」
「そうして頂けると……助かります」

 貴族としてランクが上がれば上がるほど、傲慢になるイメージがあったのですが、ローグはそんな感じは全くしません。
 大体、無理矢理、無人島に連れてくる時点でおかしな人です。

 でも、そんな人だからこそ、これから何をするんだろうと、私はドキドキもしていました。不思議な気持ちです。

「それで――これから何をするんですか?」
「そんなの、考えるまでもねぇだろ。服を脱ぎな」
「えっ……」

 無人島。
 ここまで付いてきてくれたローグさんの付き人は帰ってしまいました。なので現在は私とローグの二人だけ。
 男女二人で服を脱げとは言えば――何をするのか。
 私も知識だけは教え込まれていました。
 婚約したら夫に尽くすようにと……。

「い、いやっ!!」

 結局、男性は皆、同じなのですね。
 ローグだけは違うと思いかけていたのに――。

「わ、わりぃ。ひょっとして泳げなかったのか?」
「お、泳ぐ?」
「ああ。この無人島の海には、美味い魚が沢山泳いでるんだ。自分で採って食べると最高だから、ユアにも味わって欲しくてさ」
「え、その……!!」

 私は自分が恥ずかしくなります。
 人のことを軽蔑しながら、自分も同じことを考えていたなんて……。

「泳げるとは思います」

 私は恥ずかしさから、白い砂浜を見つめて答えます。
 私の頭も砂みたいに真っ白です。

「そうか。ならよかった。鉄仮面も重いだろうから、外して泳ぎに行こうぜ?」

 ローグは言いながら、私の背後に回ります。
 そして、鍵を鉄仮面に刺そうとしたところで――、

「はっ!? 何してるんですか!?」
「バレたか。あとちょっとだったんだけどな!」
「さっきは無理矢理使わないって言ってたじゃないですか!」

 ほんの数分前です。
 だから、私はきちんと覚えています。

「だから、ちゃんと言ってから使おうとしたろ?」
「そ、そう言う問題ではない気がするのですが……」

 とにかく、油断も隙もないことが分かりました。
 綺麗な海を泳いでみたいですが、鉄仮面を付けてたら大惨事になるので、今回はやめておきましょう。

「そっか……。じゃあ、飯だけでも――。あ、いいこと思い付いた!! ちょっと、石を集めようぜ?」

 ローグは私の手を掴み、森の入口へ移動します。砂浜と森の境には石が無数にありました。彼はそれを拾い集め、海の近くで積み上げていきます。
 言われるがまま、私も作業を手伝います。

 一体、何をしてるのでしょうか?

「完成!!」

 出来上がったのは、小さな池でした。私が横になったら半身だけしか浸からないような大きさ。お風呂……じゃないですよね。

「これは……何に使うのですか?」
「じゃあ、ここでクイズ! 何に使うのか、俺が戻ってくるまでに考えておいてよ!」

 彼は意地悪な笑顔と共に海へ飛び込んでいきました。
 ……一体、何を企んでるのでしょう?
 数分、考えますが全く思い付きませんでした。

「ぷはっ!!」

 ローグが海面に顔を出すと、大きな声で「答え分かった~!?」と聞いてきます。
 私は小さく首を振って答えました。

「正解は~~掴み取り池でした!」

 バシャン。

 ローグは海の中、手づかみで捕らえた魚を池の中に放しました。
 海で魚を手づかみって、どんな身体能力をしてるのでしょうか? 昨日も私の部屋から飛び降りていましたし……。

「自分達で作った池だけど、捕まえる感動は少しは味わえるかなって」

 海に入れない私に、少しでも楽しんで貰おうと作ったようです。
 今まで、自分のために何かをしてこなかった私は、少し嬉しくなりました。
 鉄仮面外さなくて良かったです。
 きっと、今の私は嬉しくて、顔が「くしゃ」っとなってますから。

「……この広さなら、直ぐ捕まえられますよ」

 表情を悟られないように、声を低めて答えます。
 ば、ばれてませんよね?

 池の中で動きを止めている魚に手を伸ばします。止まっているのだから簡単に違いありません。
 しかし、私の手が水面に入ると、「ぴゅん」と、消えてしまうではありませんか。
 どこに行ったのか、水面を見つめます。
 すると、池の隅に移動してるではありませんか……。

「い、いつのまに……」

 なんだか、悔しいです。
 私はもう一度、手を伸ばしますが、やはり逃げられてしまいます。
 何故でしょう?

 腕を入れる速度。
 池の水を揺らして動きを鈍らせたりと、色々やってみるのですが、上手く行きません。

「……そうだ! 最初から水の中に手を入れていたらどうでしょう?」

 水の外から捕まえるのではなく、内側から捕まえるイメージ。
 私の腕に驚いた魚は逃げますが、すぐに落ち着きます。
 あとは、ゆっくり、ゆっくり。

 ガシっ!

 私の手に確かな感触が伝わります。魚の表面は少し滑りますが、ここで話したくありません。強く握り手を水の外に放りだします。

「や、やりました! やりましたよ、ローグさん!!」
「おお! まさか、本当に捕まえられるとは。センスあるねぇ!!」

 自分の手で捕まえられたことが嬉しくて、ぴょんぴょん跳ねていました。
 ローグと居ると、自分でも知らなかった自分が顔を出します。
 その度に恥ずかしくなってしまいます。

「じゃあ、その魚、こっちへ持ってきて?」

 いつの間にか、ローグの背後に火が焚かれてるではありませんか。
 こんな場所で、どうやって火を起こしたのでしょう。魔法なんておとぎ話でしか聞いたことありません。

「普通に、乾いた木があれば火起こしはできるんだよ! それはまた今度教えてやるよ」

 ローグは慣れた手付きで魚を捌いていきます。
 ……魚が解体されていくのを見るのも初めてです。当然ですが――魚も生きていたんですね。
 私の視線にローグは言う。

「自分が見ないと知ってても、分からないことってあるよな。だから、俺は次男って立場を利用して、好き放題遊んでるって訳だ。俺はライク家では『遊び人』って呼ばれてるぜ?」
「それは胸を張れることなのでしょうか?」
「ああ。俺は『遊び人』であることに誇りを持ってるぜ?」

 串に刺した魚を火の脇に置きます。
 じわじわと身が焼け、脂が砂浜に落ちていくではありませんか。なんだか、とっても美味しそうです。
 涎を我慢しながら、永遠のような時間を過ごしました。
 毎日、自分の部屋に閉じ込めらた時間も長いと感じていましたが、これはそんな時間よりも長い気がします。

「ほらよ」

 ローグから渡された魚に齧りつきます。

「美味しい!!」
 まだ、魚の白身はアツアツです。それでも、一口齧るとほろほろと解けて、濃縮された旨味を口の中で広げてくれます。海水の塩気がいい塩梅ではありませんか。

「だろ?」

 私はコクンと頷き夢中に魚を食べていきます。
 最後の一口を食べた時でした。
 まるで、楽しい時間まで一緒に飲み込んでしまったかのように、私の気持ちは沈みます。余計なことを考えてしまったからです。

「……なんで、私にそこまでしてくれるのですか? それに、他の女性にもこういうことしてるんですよね?」

 婚約するなど言ってはいますが、昨日会ったばかりの関係。
 彼が本気だとは、どうしても思えないのです。

 それに、今日の無人島での行動も妙に手慣れていました。他の女性ともこうして距離を縮めているのでしょう。
 
「まさか。俺はそんなことしないよ。遊びってのは、誰も傷付けないから遊びなんだ。人を騙して遊ぶなんて、そんなことして何が楽しいんだよ」
「でも、なら、どうして婚約なんて簡単に言えるのですか?」
「それは――」

 ローグは一瞬、言葉に詰まりますが、すぐに陽だまりのような笑顔に戻ります。
 彼はまるで太陽です。
 誰の力も借りずに、自分で輝く太陽の人。

 だとしたら――私はなんなのでしょう?
 自分で光ることも、他人の光を借りることもできないゴミと言ったところでしょうか。

「それは、昨日初めて放した時さ、「あ、俺、この人と結婚するな」って、電撃が走ったんだよ。あ、勿論、その鉄仮面を見た時じゃないぜ?」
「……」

 鉄仮面を被っていたがゆえに確かに一目ぼれではないのでしょう。
 鉄仮面に恋をしたとなれば、なんだか、それは違う話になる気がしますから。

「でも、それだけで本当に決めていいんですか?」
「ああ。俺は今もこうしていることを後悔していない」

 ローグは広い海を背に手を広げます。
 もしも、母や妹ならこういう時、どうするのでしょう?
 広げた手に飛び込むのでしょうか?
 それとも、馬鹿にするなと怒鳴るのでしょうか?

 恋愛経験のない私にはどうすればいいのか分かりません。そんなことさえもローグは見透かしているのでしょう。

「自分の思いをゆっくり口にしてみなよ」

 と、優しく見守ってくれました。
 こんな時、返事を急かす相手だったら、一緒に居たくないなと思いました。逆をいえばローグとなら一緒になれるかも……。

「分かりました」

 私はゆっくりと自分の考えを口に出します。

「今後も『デート』を続けてくれませんか? 私が、あなたの鍵で鉄仮面を解いてもいいと思った時、改めて婚約をしていただけないでしょうか?」

 これが私の答えだ。
 もっとローグを知りたい。
 勿論、婚約を求めている相手に対して、時間を貰うことは自分の我儘であるとも分かっています。
 ですから、

「その間に心変わりするようなら、どうぞ、鍵を置いて私の前から消えてください」

 私に興味を失ったら、別の人に行ってください。
 文句は一言もいいません。
 こんな答えを母が知ったら怒るだろうな。
 けど、私の前にいるのは、母ではなくローグだった。

「分かった。その素顔を見た時が、結婚する時だな?」
「私の顔にがっかりとしないのでしたら」

 こうして、私とローグのお付き合いは始まりました。
 仮面の内側を賭けたお付き合い。

 今、「人生で一番楽しい時間はいつですか?」と、聞かれたら、私はこう答えます。


「鉄仮面を付けている時です」――と。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

処理中です...