土砂降りの夜のクロシェット

ゆず

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2. 実習

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 研究課程は入ってからしばらくの間、集中的な座学が行われる。
 あの定期考査は、その座学の最後の確認テスト的な位置づけだったの。
 つまり、そのテストが終わったあと、今度は実技がメインとなる、ということで――。

「座学はすごかったのに……」
「近所の初等課程の子の方がうまく出来るよ、あれ」
「かわいくて頭良くて、すごい、って思ってたんだけど……」

 うるせー! かわいくて頭良かったらそれだけで最高だろうが!!
 外野のささやきを耳ざとく聞きつけてしまった私は、心の中で地団駄を踏み、舌打ちしながら叫び散らした。いちおう繰り返すけど、心の中だけでね。
 ……今私が取り組んでいるのは、ガラス玉にあらかじめ魔法を閉じ込めておいて、対応する呪文を唱えたら発動できる「魔石」を作るという初歩魔法。
 まあ誰かが仰っていたとおり、初等課程でもやる内容なんですけども。
 といっても、事前に魔力消費の激しい高度な魔法の魔石を作っておくと、必要なときに消費ゼロで発動できる。だから、魔石作りはどの課程でも最初におさらいするのよ。
 そして、この魔石作りは、一定の量を保ちながら魔力を注ぎ込む必要があるので、魔力コントロールの練習にもよく使われる。
 私の場合、注ぐ魔力量が少なすぎてガラス玉に入っていかない、もしくは、多過ぎて割る……ということを何度も繰り返し、授業時間中になんとか一個作れるか否か……というありさまなんだけどね。
 普通? 三分もあれば一個作れるみたい。

 ……そうよ、何をかくそう私は、実技がダメな女。
 理論は完璧なのに、それを実習では実践できない。これはもう、私の能力が実習向きじゃないというか、体質というか――とにかく、努力でどうこうできるレベルの話じゃないの。
 私の本当の実力はこんなものじゃない……って言い方をすると、負け惜しみみたいだけど……。
 でも、本当なのよ。
 私の魔力は、太陽が出ている時間は出力が不安定になり、うまく制御ができなくなるの。
 だから私が活躍できるのは太陽が隠れているとき。
 ――つまり、夜。
 さらに雨が強く降っていたら、なお良し。
 私の真価は土砂降りの夜に発揮されるのよ。

 ……ええ、皆さんなんとなくおわかりだと思うけれど、普通、学校の実習はそんな状況下でやらない。もちろん実技試験もね。
 ……だから、座学で勝負できるスタートダッシュでシメオンを超えておきたかったのよ!
 ちなみにシメオンは、残念ながら実技も成績上位者よ。まったく腹立たしい。

 ――そんな私の荒れ狂った心を、さらに激しく波立たせる報せを持ってきたのは、パメラだった。

「次の屋外演習、三年次の先輩がチューターとしてつくんだって」

 チューターっていうと、アレですね。
 授業とかで、先生がクラス全員の面倒を細かく見られないから、先輩学生がサポート役として後輩たちの面倒見るってヤツ。
 三年次ってことは、シメオンの学年。
 ……いや、でも、たとえシメオンがチューターだったとしても、他にも学生はたくさんいる。
 そんな中、ピンポイントで私の担当になる確率は相当低いはずよ――。

  ***

「では、前回までの屋内演習の実力をもとに組み分けをします」

 確率は……低い……。

「クロがんば!」
「えーと、がんばってね、クロ」

 楽しそうな笑顔を浮かべたレリアと、ちょっと困った顔の笑顔を浮かべたパメラが、手を振って私から離れていく。
 そして私の隣には、ほんわか笑顔を浮かべたシメオンが立っていた。

「友達からクロって呼ばれてるんだね。かわいいから、僕もそう呼んでいい?」
「だめです」
「……えっと、そっか……」

 ええ、何となく予感はしていたわ。
 なぜなら、屋外演習会場に来た時点で、チューターの先輩がた(女性)の視線が、私の全身にグサグサと刺さりまくっていたから。
 うん、あれだよ。
 実技ぶっちぎり下位の私につくチューターが、一番優秀で教えるのも上手なシメオンになる。
 ……考えてみれば当然だった。
 でも、考えたくなかったから考えず、したがってそんなことまったく予想していなかった(というか頭をよぎった瞬間にハンバーグのこととか考えて意識を逸らしていた)私は、目の前にやって来たシメオンから「よろしく」と笑顔を向けられた瞬間、完全にフリーズしてしまったわ。

「せっかく同郷なんだから、もっと仲良くできたらって思ってたんだけどな……」
「……仲良く」

 私の全力拒絶を受けたシメオンは、あからさまにしょんぼりと肩を落としている。
 うっ……罪悪感……と、先輩がたの「あんたシメオン様になに失礼な態度とってんの殺すわよ」という視線が痛い……。

「だって……シメオンはファンがいっぱいいるでしょう? 私なんかがあんまり親しげにしてると、ファンの人たちが怒って、教室の椅子の背もたれに魔法でトゲをはやされたり、トイレの個室に毒霧を撒かれたりするもん」
「毒霧!?」
「知らないの? 有名だよ」
「えっ、知らないよ!? 怖すぎるよ!」

 でしょうね、私も知らなかった。思いついたことを適当に言ったけど、確かに怖すぎるわ。ごめんねファンの人たち。
 まあとにかく。
 私は神妙な顔を作って、コホンと咳払いをした。

「昔なじみとはいえ、先輩と後輩ですから。適度な距離をとるべきです」
「わかった……ちなみにその、これまでに被害者って」
「では、実習開始しましょう」
「ああ、うん……」

 実習内容は、壊れた建物の修復。
 建物と言っても住宅みたいな大きいものではなくて、人ひとりがやっと入れる、小さな物置くらいの木造の小屋。それを魔法で修復するというもの。
 学生三人につきチューターが一人という四人グループになって、学生の一人が修復を終えたらチューターが再び壊し、次の学生が修復……というのを繰り返す。
 ……なんですけどね。まあ、私はどう足掻いても修復に時間がかかる。先生もそれがわかってるから、私だけ特別待遇だ。
 シメオンと一対一、っていう屈辱のマンツーマン指導を受ける、うれしくない特別待遇よ。

「クロシェットの場合は、条件が厳しいからいろいろやり方を工夫してみようか」
「はい」

「うーん、このやり方はダメか。じゃあ今度は――」
「……はい」
 
「あっ、惜しい。次は最初の部分を変えて――」
「…………はい!」
 
「やった……クロ、やったー!」
「やったー!! ありがと-!!」

 充実の個人指導。
 開始時はほぼ修復不可能とみられたものの、シメオンの献身的な指導のおかげで、私はなんとか演習時間内にやり遂げることが出来たのでした。
 よかったよかった。
 ……ただ、成功したとき、二人してテンション上がりすぎてハイタッチしてしまったのは消したい記憶だ。
 シメオンのヤツ、どさくさに紛れてクロって呼んでるし。
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