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6.――“Stand up” [2]
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『オレを生かしてくれたのは、尾崎豊の唄だったんだ』――と、渡辺くんが語った。
『妹が亡くなった時、あまりにも何もしてやれなかった自分に対する後悔で、どうしていいか分からないでいた時に……この唄を聴いたんだ』
淡々と…その辛い過去を、僕に向かって話してくれた。
『その頃は、さすがに悠長に音楽なんて楽しんでられる心境じゃなかった。でも、たまたま耳に入ってきたそのタイトルに惹かれたんだ。「僕が僕であるために」。だって、その時のオレは本当に、自分がこれまでの自分で居られるための方法が分からなくなってたから。まるで藁にでも縋るような気持ちで、その歌を聴いて……そして彼の唄に勇気を貰った。妹が居ない世界で生きていく勇気を。教えてもらったんだ、オレがオレで居るための方法を』
だから…と、どことなく悲しそうな瞳で僕を見つめて、彼は、続ける。
『それ以来、落ち込んだりとか…何か挫けそうなことがあるたびに、オレはこの歌を唄うんだ。誰に聴かせるためでもなく、ただ自分のためだけに。何度も何度も、気の済むまで繰り返し、叫んで叫んで、唄い続けて……そうやって再び立ち上がれるパワーを貰うんだ。この唄は、それくらいオレにとって欠かせない歌』
だからこそ僕は、唄わなきゃ生きていけないんだよ、と……その瞳に力を込めて、そして言った。
『あの時、オレは決めたんだ。この先どんな風が吹いてきても、それでもオレは唄い続けていよう、って―――』
『オマエは決め付けんな』――と、葉山は言った。
『サトシの気持ちは、誰も解ってやることは出来ないけれど……それでも、親しい人間を亡くした気持ちなら、俺も、知ってる』
語る声音に何の感情の色も載せず、あくまでも静かに、それを告げる。
『兄貴の周りに集まってんのは、ホントにロックしか知らねーような人間ばっかだったしな。兄貴の後にくっついてりゃあ、イヤでも見ちまうんだよ。――挫折した人間の背中を、さ……』
ロックやってる人間なんて基本的に不器用でしかないんだ、と……語るその口調に、一瞬だけ苦痛の色を覗かせる。
『不器用にしか生きられない生き方を自身の音楽に曝け出し続けるか、それとも挫折して音楽を捨てるか……筋金入りのロック野郎は、その二者択一でしか人生を選べねえんだよ。不器用だからな。とはいえ、たとえ音楽を選んだとしても成功するとは限らねえ。でも、どうしても捨てられない。ライブハウスに集まってんのは、そういう捨てられない“夢”に縋り付いてるヤツばっかりだ。だけど、その中にだって、いつかはどこかで自分に見切りを付けるヤツだって出てくる。そして“挫折”する。音楽を捨てる。――けど、その“不器用”さのあまりに、音楽どころか、命まで捨てちまうヤツだって……居るんだよ中には……』
ふと葉山は目を伏せ、咄嗟に息を呑んだ僕から、視線を逸らした。
おもむろに一つ、息を吐く。
『だからオマエは真っ当に生きろ。何があっても生き続けろトシヒコ。ちゃんと自分の意志で、生きてみせろ』
それを、目を開け、その揺るぎ無く真っ直ぐな視線で僕を見つめてから、言った。
『「ピアノしか無い」ってことを嘆いてんのは、確かにオマエの“個性”だ。――でも、だからといって、それだけだと決め付けんな。この年齢で自分を枠に嵌めようとすんな。俺たちは、まだ中坊だろうが。これから幾らでも変われるんだ、好きなように好きなだけ自分を変えていけるんだよ。気持ち一つでもありゃーな』
そしてヤツはニッとした笑みを浮かべ…なのに、どことなく淋しそうにも見える表情で、僕の頭をクシャッと撫でた。
『だから、俺たちは勝ち続けようぜ! この先ずっと音楽を続けて……何としても、勝って自分で選んだ道を生き続けるんだ! 必ずな!』
『俺は単に、馬鹿二人に乗せられただけ…なのかもね』――と、山崎くんは笑った。
『俺にも、そこまでロックに染まっちゃいないけど音楽好きな兄貴が居るから。その影響でギターも弾けるようになったし、いつだって隣には聡が居たし、いっぱしに音楽のこと解ってたつもりでいたけど。…でもケンに会わなけりゃ、きっと俺だけじゃ聡の才能を生かすことが出来なかったと思うよ。それくらい、自分のキャパは狭かったんだってことが分かった。気付いた途端、無駄に高くなってた鼻っ柱を叩き折られた気分だったよ』
きっと俺は、このまま行けば、いつか音楽を捨ててたかもね。――そうバツの悪い表情で、でもどことなく照れくさそうに、彼は軽く苦笑する。
『聡の唄に乗せられ、ケンの口車に乗せられ……けど、じゃなきゃ俺の音楽は、それまでで終わってた。――でも、今は違う』
そして彼は微笑んだ。
その瞳に挑戦的な色を覗かせながら、僕を、見つめて。
『この先、自分がどこまでやれるか楽しみになったよ。新たに、君、という“武器”も加わってくれたことだしね。腕が鳴ってる』
『ずっと……誰も、“僕”のことなんて必要としてないって思っていたんだ』――と、僕も告げた。
『誰もが僕に「ピアノを弾け」って言うから。ピアノを弾かない僕のことを、誰も“僕”とは認めてくれなかったから。僕自身、ピアノを弾かない僕は何なのか、分からなくなって。――だから、僕そのものが“ピアノを弾く僕”になろうとしたんだ……』
俯いて語る僕に、誰も何も返さなかった。
『でも、それは逃げていただけのことだって解ったから……』
だから僕は、もう逃げないよ。――言いながら顔を上げる。
『欲しいのに何もしないで諦めることだけは、もう絶対にしない。諦める前にトコトン闘う。それで何を捨てることになっても構わない』
そして僕を見つめた三対の瞳を、一つ一つ、ゆっくりと見渡して。
キッパリと、それを告げた。
『僕のやるべき音楽は……僕が、決める』
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