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6.――“Stand up” [3]
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「――不本意だ、こんなの……」
性懲りもなく、何度も「ズルイよ、ズルすぎる」などとブツブツと呟き続ける僕に向かい、葉山が「なに言ってんだ」と、呆れたような視線を投げる。
「何だかんだ言って、俺たちと音楽やるって選んだんはテメエじゃねーか」
「それはそうだけど……」
確かに、それを言われたら反論が出来ないが。――それでも何かが腹の底で釈然としていないのも確かである。
つまるところ“あれ”は、ただ単に僕が嵌められたというだけのことだったのか、それとも偶然でしかなかったのか―――。
結局、それは分からず仕舞いで終わってしまった。
どんなに問い詰めたところで、あの山崎くんが簡単にタネ明かしなどしてくれようハズもなかったし。
葉山なんて、そもそもからして“終わり良ければ全て良し”という、結果論至上主義だ。問い詰めたところで『そんな過ぎたこたーいいじゃねえか』のヒトコトで済まされてしまう。
――ゆえに結果として……まんまと僕は、不信感バリバリ絶好調で、彼らの“仲間”となってしまったのだった。
だからヤツらは依然として、放課後になると、合唱部の活動が終わった後の声楽室に集まってくる。
…とは云っても、後から聞いたところによれば、僕と葉山がココで会った以前から、ヤツら三人は階上に在る器楽室で活動している吹奏楽部の練習上がりを狙っては器楽準備室に集まってた、っていうんだから。そのままそこに集まってればいいじゃないか、とも思うんだけど。
なのに、『あそこは狭い』だの『まだ隣でブラバンが練習してるから』だの『音出せる場所ってなかなか無いんだよなー』だの何だの言っては、結局ヤツらはココに集まってくる。
つまるところ、何が変わるワケでもなく全ては振り出しに戻った。
結果だけを言うならば、ただそれだけのことだ。
だとしても……変わったことだって、ちゃんとある。
めいめいが集まってくる時、今までは手ブラだったのに、今は楽譜やギター等の楽器を携えてくるようになった、とか。
でもさすがにドラムセットを持参するのは無理だから、ドラム担当の葉山の場合、たまにスティックだけ持参してきては、後から先生に怒られないだろうかと心配になるくらい、机をガコガコ叩いていたりする。
そして僕も……以前に比べて、ほんの少しだけだけど、変わったかもしれない―――。
「てゆーか、いいかげん遅くないか光流」
僕と葉山とのやりとりなんて何処吹く風で一人椅子に座って黙々と雑誌を読んでいた渡辺くんが、ふいに時計を見上げながら、それを言った。
ああそういえば…と、僕も葉山と顔を見合わせる。
「まーたどっかで何かに捉まってんじゃねーのー?」
それを受けて、ああ生徒会長ともなると色々やることあって大変そうだしね…と呟いた僕の言葉を、「いや、アイツの場合は無駄に外ヅラばっか良いってだけのことだって」と、即座に葉山が大袈裟な手振りまで付けて否定する。――それもどうだよ?
しかし、言われてみればそれもそうか…と、即座に内心で頷いてしまった僕も、〈同じ穴のムジナ〉なのだろう多分。
「――だぁーれが外ヅラだけの男だってェ……?」
突如として響いてきた不機嫌そうな声にハッとして振り返ると……案の定。
開け放していた出入口の扉に凭れ掛かるように立ち、山崎くんが、そこに居た。
その場から僕らを見渡し、ニーッコリと不敵に笑ってみせる。
「そんなに俺にケンカ売りたい?」
不機嫌そうな声と相まって、その満面の笑顔が、ものすごく迫力満点。――てゆーか、そもそも誰も言ってないから『外ヅラだけの男』とまでは……!!
即座にブンブン首を横に振ってみせた僕とは対照的に、「オマエだオマエ」と葉山は、それこそ芝居がかった不機嫌口調になって応戦する。
「つまんねーことに使ってるくらいなら、その愛想の良さをバンドのために少しでも使ってみやがれ」
「……それを使ってきたんだよ。バンドのために。今まさに」
その返答で、僕ら一同は一様にキョトンとした口調で「は…?」と返し。
対して山崎くんは、まるで、やれやれ…といった態度で室内に入ってくると、そのまま渡辺くんが勧めた椅子に腰を下ろす。
そして投げ出した足を組んでから、改めて僕らを見渡すと。
少しだけ勝ち誇ったように、それを、言った。
「例の話。――ようやく貰えたぜ、とっつぁんの承認!」
一瞬だけ訪れた沈黙。
その後、すかさず「ウソ!?」「マジで!?」と食い付くなりワッと盛り上がる、僕以外の二人。
――なんか……僕だけ話が見えてないんですけど……?
その場の盛り上がりに置いてけぼりにされた僕のことに、気付いてか気付かないでか、「おい聞いたかよ今の!」と、葉山が背中を力一杯バシバシと叩いてくる。――正直、痛い。
「さっすがセイトカイチョー!! その外ヅラも伊達じゃねーぜ!! なあ、オマエもそう思うだろトシ!?」
「会長の外ヅラについては否定しないけど……でも一体なんの話?」
さりげなく背中を叩く手から逃れながら怪訝に問い返してみると、ようやっとヤツは、そこで置いてけぼりな僕に気が付いてくれたようだった。
「ああオマエに話してなかったっけか」と、今度は両肩をバンバン叩く。――だから痛いんだってばよ。
「軽音部だよ、軽音部!!」
「『ケイオンブ』…?」
その発音が『軽音部』と脳内で漢字変換されるまでに、思いのほか時間を要してしまった。
「――って、そんなのウチの学校にあったっけ……?」
「だから、俺たちが作るんだよ軽音部を!!」
「はあ? 『作る』って……」
「以前から再三、ミツル通して申請は出してたんだよな。せっかくの“生徒会長”なんてゆーベンリな権力、こういう時に使わねーでいつ使う!」
「そんなこと自信満々に言われても……てゆーか、そもそもそういう用途で使っちゃいけないんじゃないのソレ……?」
――間違っても“生徒会長”という生徒の代表者である権力は、葉山にベンリに使われるためだけに在るものでは、決して無い。
「でもなー、生徒指導主任が、よりにもよってあのとっつぁんだからさー……」
しかし、喜びでノリノリにノリまくっている今のこの状態の葉山のこと。
横から冷静にツッコミを入れる僕の言葉なんて、聞いてさえいない。――とはいえ、聞いてくれたところで、『そんな細けーこと気にすんな!』と笑って流されるのが関の山、なんだろうが。
「あんの頑固ジジイ、なっかなかウンと言ってくんなくてなー……それだけが、どーにも乗り越えらんねえ障壁でなー……」
でも今日ようやく報われたゼ…!! と、まるで感きわまって涙まで流しそうな勢いで喜ぶ葉山を唖然と眺めやりつつ。
…そりゃー、どう良心的に考えたところで、毎回毎回あそこまで抵抗しまくる生徒が加わっているんじゃあ、とてもじゃないけど先生だって新部なんぞ立ち上げる許可なんて出さないだろうさ。――などと、ヤツに軽く白い目をくれてやりながら、シミジミと思う。
その先生を説得した、なんていう離れ技をやってのけてしまったとは。
それこそ並々ならぬ多大なご苦労があったんだろうなあ…と、思わず「お疲れ様」と山崎くんを振り返ってしまった。
しかし、そんな彼のご苦労など、喜びにエキサイトしまくっている当の問題児張本人が気付いていようハズも無く。
「うっしゃ、これで学校の備品でやりたい放題し放題っ!!」
…ナルホド、そこか目的は。
でも、考えるまでも無く、学校公認の“部活動”として好きな音楽が出来るならば、それに越したことは無いじゃないか。ちょうど溜まり場…もとい活動場所にも、困っていたところなんだし。また葉山の言う通り、設備や費用の面などにおいても、色々と都合もいいし。
――まあ…それもきっと、発案は山崎くんあたりなんだろうけどね。
その山崎くんは、「『外ヅラ』『外ヅラ』言うな! 人徳だ俺の!」と、少々不機嫌そうに…でも、やっぱり嬉しそうな様子は隠せないみたいで。
唯一素直に「すげえよ光流!! やっぱ、さすがだよな!! ありがとう!!」と、まるで抱きつかんばかりに感謝の気持ちをありありと現しては惜しみなく賛辞のことばを掛ける渡辺くんの様子にも、やはり満更でもないようで、不機嫌を装いながらも得意げな表情を浮かべていた。
皆が、同じように喜んでいる。開けた“未来”に。
これから訪れるだろう日々への期待に、興奮を隠し切れないでいる。
――僕も同じだ。
喜びに湧く皆の姿に間近で触れているうちに、何故だろう、こんなにもワクワクしている。
まるで身体ごと躍り出しそうになってしまうくらいに、心がざわめいているのを止められない。
…初めてだ、こんなカンジ。
「ぅおっし、やるぜ俺は!! これからやることは山積みだ!! まずは何からいくか、ミツル!?」
そう溢れんばかりの満面笑顔のまま振り返って訊いた葉山を、これまたニッコリと――紛れもなく愛想100%の笑顔で――見つめ返して山崎くんは。
「よーし、よく言った! さすがケン、いい心がけだ!」
そう返すなり、やおら握った左手の人差し指だけを立てて前に突き出した。
「一つ、とっつぁんの承認には条件があるんだよ」
「は……?」
「なにそれ……?」
「『条件』、だとぉ……?」
一様に顔を見合わせる。まるで、それまでのいい気分に水を差されたみたいになって。
表情を曇らせた僕らを察したか、「ああ、そこまで難しい条件じゃないから」と軽く前置きしてから、あっけらかんとした口調で、彼は言う。
「なあに、カンタンなことだよ。俺たちにとっちゃー別に痛くも痒くも何とも無い」
そうして、思いのほか楽しそうな風情になり、口許にニヤリと笑みを作った。
「ケンが、髪を元の色に戻す、もしくは丸刈りにすること。――それが、とっつぁんの出した条件」
再び訪れる一瞬の沈黙。――その後……、
「んなっ…!!? なんっじゃ、そりゃーーーーーーっっ!!」
葉山が大絶叫すると共に、残る僕ら三人が一斉に吹き出し大爆笑したことは……当然、言うまでもなかった。
*
こうして“音楽”に出逢ってしまった僕は。
自分で決めた通り、自分が望む“音楽”を貫くために……案の定、まずさしあたって母と対決することになり。その挙句、予定してたコンクール出場をボイコットすることにもなってしまったのだが。
――まあ、これもいわば“当然の成り行き”っていうモノなんだろう。きっと。
それはそれで、また別の話だ。
…いつかは、そんな話も笑って話せるようになる日がくるのかもしれないけど。
多分しばらくは、笑えないくらい戦いの日々が待っている。
でも仕方ない。これもすべて、今まで母が望んだ通りの“ピアノマシンもどき”を唯々諾々と演じ続けてきてしまったツケなんだろうから。
ツケは、必ず返済する。
自分が決めたことだ、きっと後悔はしない。
必ず勝ち続けてやると、もう決めたから。
誓ったから。自分自身に。
僕は、ここで新たなスタートを切る。
目指す栄光への第一歩を、僕は――僕たちは、ここから共に歩み出す。
僕たちの時間は、今まさに始まったばかりなのだから―――。
【完】
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