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後日談『あれから僕らは…』 [1]
しおりを挟む『あれから僕らは…』
「――その中学時代の“出会い”を経て……それからメンバーの皆さんとの固い友情で結ばれた日々が始まった、っていうカンジですか?」
レコーダー越しにそう聞いてきたインタビュアーの女性を見つめながら、僕は「そんなハズないじゃないですか」と即答し、苦笑交じりの返答を返した。
「昔の僕は、どこまでも素直じゃなかったですから。“友情”なんてモノ、そう易々と認めてたまるか、なんて思ってたんでしょうかね。――でも、それが何だかんだと今日まで続いているのは……そんな素直じゃなかった僕を、皆が性懲りもなく受け入れ続けてくれたから……だから自然に、時間が経つにつれ“友情”ってモノになっていってくれたんでしょうね」
…などと、表向き、口ではしおらしいことを言ってはみるけれど。
しかし実際のところは。――何だかんだと素直じゃない僕が逆らおうとする都度、ことあるごとに例の“賭け”を持ち出され、まるで“切り札”の如く『あの時オマエ負けただろーが』とグウの音も出ないようにガツガツやりこめられては逃げ道を塞がれ、結局のとこ逃げるに逃げられなくなって、…っていうことの積み重ねで築かれた関係、でしかないんだけど。
でも実際、皆がそこまでしてくれなきゃ、後からコッソリ後悔するハメとなったことも事実、だったろうと思う。
素直になれない僕のことを、皆にはシッカリ解られてた。――見抜かれてたんだ、最初から。
誘わるままイヤイヤ一緒に居るような素振りで、でも内心では、連中と共に居られることを心から喜んでいた……そんな天の邪鬼な僕のことを。
だから、わざわざ僕の“逃げ道”を塞いでくれた。
わざと僕の弱みを握ってるような素振りを、し続けてくれた。
殊更に言葉に出して言わなくても……そうやって確実に、彼らは僕を“友人”として受け入れ続けてきてくれた―――。
「メンバーの皆には感謝してますよ、本当に」
そう告げて笑うと、つられたように目の前の女性も微かな笑みを浮かべた。
「それで…? その後、どうなったんですピアノの方は?」
「ああ、やめました」
改めて問われ、そういともアッサリ返した僕の回答で。
それが想定外だったのか、「え!? やめちゃったんですか!?」と、即座に彼女が目を剥いて食い下がってくる。
「というか、そんなに簡単にやめられたんですか!?」
「イエ、それはモチロン簡単じゃありませんでしたけど……だからまず、その参加する予定だったコンクールをボイコットしたんです」
「は!? ボ、ボイコット…ですか……!?」
「ええ、そうです。当日になって逃げたんです、会場から」
「それはそれは……」
「もう、母と先生が、僕のことを血相変えて探し回って……それをコッソリ物陰から見て楽しんでました」
「――意外に性格悪いんですね……」
目の前からポソリと呟かれたその言葉で、思わず「あははっ、まあそうですね!」と、声を立てて笑ってしまった。
断っておくが、コンクールの件は……最初からボイコットしようと狙ってたワケじゃない。
『もうコンクールには出たくない』『ピアノは弾きたくない』と何度も何度も訴えたものの、全くもって聞き入れてもらえなかったから……それで、いわば“最後の手段”に訴えることにしたまでだ。
まだ中学生だった僕が、当時の僕なりに精一杯考えて出した、それは“答え”だったのだ。
全身全霊で母に解らせたかった。…解ってもらいたかった。
もう他人と優劣を競うピアノなんて弾きたくない、と云うことを―――。
そう…今でも僕は、ハッキリと思い出せる。――あの当時のこと全てを。
中学時代のあの時あの場所で、ああやって彼らに出会ったからこそ……僕は、音楽を楽しむ、ということを自然に身体で覚えることが出来た。
それから何年かが過ぎ、その分だけ年を重ねてきたけれど。
ピアノを弾くことを、あんなにも楽しいと思えた時代なんて、他に無い。
ピアノを弾く楽しみを…それが自身の喜びなのだと、初めて知った。
ピアノは誰かと共に奏でるから楽しいのだと、知ることが出来た。
今まで母に命じられるまま奏でてきた僕のピアノは、その瞬間に色褪せた。
それを知ってしまって後、改めてピアノに一人で向かってみて。――何故だろう…、ふいに涙が出るくらいの淋しさが押し寄せてきた。
今まで全く知らなかった…常に傍らに在ったというのに気付きもしなかった感情。
自分だけしか存在し得ない音楽の世界にずっと身を置いていたことを、理解してしまったと同時に、そんな感情が存在していたことにも、僕は気付かざるを得なくなってしまって。
どうしても居た堪れなくなってしまった。一人でピアノに向かっていることが。
誰かのために、ではなく、自分のために。――だから僕は、ピアノを捨てた。
「案の定、それからは母と大ゲンカの毎日になりましたね。やっぱり母は、僕に過剰な期待をかけていたから……どうあっても、“クラシックピアノを弾かない僕”を認めてくれようとはしませんでした。『ロックなんて、そんな低俗な音楽』って、何度ケナされたか分かりません」
「でも、竹内さんは……中学校を卒業されてからは、現在在学されてる音楽大学の、その付属高校のピアノ科に進学されてますよね?」
目の前に座るインタビュアーの手の中には、僕のこれまでの経歴が書かれた書面。
それを見下ろし俯いていた顔を上げて、やっぱりピアノやめられなかったんでしょ? と、無言のうちに問いかけてくる彼女の視線を受け止めながら。
「ええ、そうですね」と、努めて穏やかに、僕は返す。
「それが母の出した“条件”だったんですよ」
「条件…ですか? それはどんな……」
「つまり、僕が“ピアノの練習もせずバンド活動だけにウツツを抜かしていてもいい”っていう、そのための」
最終的に母は、それを僕に飲ませることで折れたのだ。
ピアノの練習はしない、コンクールはボイコットする、ピアノを弾いていると思えばバンドで演奏するための曲だけ、――そんな僕には、これ以上もう何を言っても無駄だと、いいかげん覚ってくれたのだろうが。
それは僕が中学三年生になり、受験期を迎えた頃のこと。
『――高校と大学は必ずピアノ科に進学しなさい。そうすれば、あなたがどんな音楽をやろうが認めてあげるわ』
今のままでは、母が何を言い続けたところで僕は、この先ずっとクラシックを弾こうとはしないだろう。
その状態を続けた挙句クラシックピアノの世界から僕をスッパリ切り離してしまうよりは…という、未だ僕への過剰な期待を捨てきれずにいた母の、それは苦渋の選択だったのだ。
改めて考えてみるまでもなく、母としては、バンド活動をする僕のことなんてハナから認める気は無かった。
何とかして僕をクラシックの世界に留めておきたい、という……ただそれだけのエゴ。
だが僕は、その“条件”を飲んだのだ。
そんな母の思惑を、決して理解していないワケじゃなかったクセに。唯々諾々と従った。
なぜなら、母が“認める”“認めない”云々よりも、誰に何を言われるでもなく邪魔されるでもなく、好きなだけ思う存分、自分の音楽を楽しむ環境を得られるのであれば、そちらの方が重要だったのだから。その当時の僕には。
加えて、毎日毎日同じように繰り返される母の小言にも似た懇願に、いい加減、ウンザリさせられてもいたところだったから。
それがスッパリ無くなってくれるのであれば、高校だろうが大学だろうが、嬉々として母の望む通りの道へ進んでやるさ。
そもそもクラシック自体は嫌いではないのだから。…ただ何の目的も楽しみも無く一人でピアノを弾かなくてはならないことが、居た堪れなくなるだけで。
ピアノ科に進学するというだけで現在の自分の妨げとなるものが全てなくなってくれるのならば、それこそ死に物狂いになったっていい。
好き放題に自分の音楽活動が出来る代償だと思えば、安いものだ。
これまでの僕の学歴は……そういった母と僕の打算が折り重なって出来上がったものだった。
「だから高校も大学も、僕が自分から選んだ進路じゃなかったんです。あくまでも、好きな音楽をやるため、という必要に迫られただけのことで……」
「そうは言っても……竹内さんは、そうやって進学した先の大学で、あの有名な篠原教授に見出されたわけでしょう? 教授が大絶賛してるじゃないですか。『百年に一人の逸材』とか、『不世出の天才』とまで。それだけの才能をお持ちなのに……」
僕の返答があくまでも不服な様子で、そんなことを彼女は言ってくる。
「…まあ、それほどまでに僕を買ってくれる篠原先生には感謝してますよ。とても」
僕としては努めてニコヤカに、ここはそう殊勝な言葉を返しておきつつも。
だが、あのオッサンが僕を買いかぶり過ぎた挙句に大騒ぎしたから、これほどまでのオオゴトになってしまったのは事実、である以上。
――はっきし言って、ぶっちゃけ迷惑だっつーの!
「でも、篠原先生には申し訳ないのですが……今のところ僕がやりたいのはロックですし、このままクラシックに転向して生計を立てていこうなんてことは、特に考えていませんから……」
「では竹内さんは、今回、あの由緒あるショパン・コンクールに出場し、更に入賞という栄誉に輝いた実績を残しながら……それでも、今後の活動をクラシック一本に転向なさるお気持ちは無い、と……?」
「はい、もちろんです」
そもそも、そのコンクールだって、篠原のオッサンが『推薦してやるから、どうしても出ろ! 出るんだ! 出てくれ!』と、無駄に騒ぎ立てるから面倒くさくなって……それで、つい頷いてしまった、というだけのイキサツだった。
出るだけ出ればいいだろう、結果なんて後のことは知るもんか、と、そんな気持ちで居たっていうのに。
――まさか自分が予選突破した挙句に入賞までしてしまうなんて思わなかったのだ。本当に。コレッポッチも。
奇しくも母の思惑にピタリと嵌まる結果となってしまったことに関しては、密かに胸中複雑なこと極まりないが……出してしまったものは、もう取り返しが付かないから仕方ない。
ともあれ、その“結果”のおかげで、にわかに僕の近辺が騒がしくなり始めた。
ただでさえ、最近ようやくバンド活動も軌道に乗り、やっとこさメジャーデビューにまで何とか漕ぎ着いた矢先のことだったから。
『あのショパン・コンクールにおいて入賞という快挙を成し遂げたのは、ピアノ科に在籍しクラシックを学ぶエリート音大生、でも本業はロックバンドのキーボーディスト』という僕の経歴がマスコミに面白がられ、クラシックピアノ界以外のところでも大きく取り上げられるようになってしまって。
…まあ、おかげでデビューしたてバンドにとっては知名度向上に多少なりとも役立ったのかもしれないが。
…とはいえ、バンド以外のことでバンドの知名度が上がったところで、全く嬉しくも何とも無いではないか。
むしろ僕から『迷惑かけて申し訳ない』と謝らなくてはならないところだが、それを大らかにも笑って許してくれたうえ、応援して持ち上げてまでくれるメンバーの皆には、本当に頭が下がりっぱなしである。
ともあれ、インタビューだの何だので音楽以外の余計なことにまで必要以上の時間を取られるハメになってしまい、僕としては、この上もなく面倒くさい事態となってしまった昨今のこと。
“どうせしばらくすれば世間のほとぼりも冷めるだろうから、今だけ今だけ…!”と無理矢理のように自分を納得させては、事務所や他のメンバーに勧められるまま、しぶしぶ対応に臨んではいるものの。
だからといって、面倒くさいことに1ミクロンの変わりがあるワケじゃない。
今日のこのインタビューにしても同様。
例によって、やっぱりどっかの音楽雑誌だかが、“特集”って形で取り上げる、とか何とかで……確か、本を正せば『音楽を始められたキッカケについて聞かせてください』という依頼だったような気がする。――それにしては随分と話題が逸れてきたような気もしないでもないが。
なにせ僕が語ったのは、中学生の頃――今のバンドのメンバーと出会った時のエピソード、なんだからね。
この目の前に座るインタビュアーにしてみれば、本当のところは間違いなく、“僕がクラシックピアノを始めたキッカケ”を聞きに来たんだろう。そもそもは。
それが、まさか“僕がロックバンドを始めたキッカケ”を聞くことになろうとは……全くもって思いもしなかったに違いない。
彼女の言った通り。――やっぱり僕は、ナニゲに性格が悪いのかもしれない。
こちとら、こんな面倒くさいインタビューなんかで貴重な練習時間をツブされてるんだから、このくらいの意趣返しは許されるだろう。
そんなことを思いながら、コッソリとほくそ笑む。
「今回の僕の入賞は、あくまでも“まぐれ”ですから。――僕には、実際そこまでの実力はありません」
そんなの、今さら改まって言うまでもなく、当然のことだ。
今回は、あくまでも“たまたま”、何かの拍子で入賞してしまったけれど。
この『コンクール』という名の魔物は、二足草鞋の人間がそう易々と何度も入賞できるほど甘い世界では、決して無いのだから。
「…そうでしょうか?」
やっぱり依然として不服そうな表情で目の前に座る彼女に向かいながら。
おもむろに「じゃあ、そろそろ…」と、僕は座っていたソファから腰を浮かせた。
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