鬼伝・鈴姫夜行抄

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「――充分怪しいだろうが、馬鹿者!!」


 そんな声で、ふと光映は目を覚ました。
(誰……?)
 聞き覚えの無い、テノールの低い声。
(ここは…何処だ……?)
 額から目にかけて乗せられた濡れたタオルが視界を覆っている。
 背中の下には硬い感触。
 見えないけれど、この感触からすると、この寝台はどこかのベンチらしい。
 視覚を奪われている分、普段よりも鋭敏になっている風な他の感覚の全てが、この場所が野外であることを如実に物語っていた。
(どうして僕は外なんかで寝ているんだろう……?)


「でも、そんなこと言ったって……」


 今度は、そんな声が耳に飛び込んできた。
 それはか細い、少女の声。
 ――どこか聞き覚えのある、声……?


「あの人自身からは、何の妖気ようきも感じ取れないもの。それは続も同じでしょう?」


(――『つづき』……?)
 何処かで聞いた名だと思った。
 何処で聞いたものだったろうか……?


「一瞬でも“あれ”を見失ってしまった私が、そもそもは悪いんだけど……でも、それにしたって、全くの無関係な人を、のだと、私が勘違いしただけなのかもしれないのよ? なのに頭から疑って……」
「疑いたくもなるだろうが!! ――仮に、百歩譲って、おまえの言う通り『全くの無関係な人』だったとしても、だぞ? そんな人間が、偶然“あれ”の〈結界〉破って逃げたその先に、しかもご丁寧に蹲った体勢で通りすがっただけ、だなんて……あるか普通そんなこと!? マトモに考えてもみろ、絶対“あれ”に何らかの干渉、受けたに決まってるだろうがよっっ!!」
「だけど……!」
「ああ、そうだよな! 確かに、あの男からは何も感じられないさ! けれど“あれ”は、最初に捕らえた“もう一匹”に同調して…あまつさえ隠れ蓑にまでするような、そんな強かな奴だったからな。今度は、次のうつわにしたあの男に同調して気配を隠している、と……そうじゃないとは、言い切れない!」
「それは…その通りかもしれないけど……」


(何の話をしているんだ……?)
 到底、光映には理解不能でしか無い会話だった。
 聞こえてくる言葉の全てが、右耳から左耳へ、何の引っ掛かりも無くスライドしていく。
(何を言っているんだろう、この人たちは……)
 そこで、改めて気が付く。
(――…なんだろう……?)


「けどあの人、自我がくなっているワケじゃなかったし……」
「憑かれて間もないうちなら、そういうことも有り得るさ。混在する意識が定まらないまま表面化してきてるだけのことだろ。別に不思議でも何でも無い」
「ううん、違うの。そういうのじゃなくて……」
「――何か話したのか……?」
「あの人……私を見て言ったの。――『やっと見つけた』って……」
「え……?」


 ―――ヤット…見ツケタ……?


 聞いた瞬間、何かがざわざわとさざめいた。
 自分は…、――そう、確かにに、そう言った……!


「『逢いたかった』って……確かに、そう、言ったのよ……」


(そうだ…この声、確か……!)


 ――やっと見つけた!!
 ――やっと君に出逢えた! ずっとずっと逢いたかった!


 その瞬間、思い出した。
(そうだ! 僕は“彼女”に出逢って、それからっ……!?)
 途端、がばっと勢い良く起き上がる。
 その勢いでタオルが落ち、視界を取り戻した目がまず、目の前の光景を映し出す。


 驚いたように目を丸くし、光映を振り返った“彼女”と。
 そんな彼女を衛るように立ち塞がった、眼差しの鋭い長身の少年と。


 その二人の姿を―――。



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