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1.雨上がりには散歩に出よう
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12畳ほどの小さな店内に、ふた組のカップルと、40代くらいのおじさん三人組のお客さんが、この店の自慢の焼き鳥を食べながら週末の夜の酒宴を楽しんでいた。飲み屋にしては静かな店内に、店員である僕を呼ぶおじさんの大きな声が響く。通常の生活では見せることのないような笑顔でその注文を聞きに行く。ここでバイトするようになってもう半年が経つ、さすがに最低限の接客は身についた。
「生ビール2つとハイボール1つ入りました!」
「かしこまりっ!」
厨房に居る、バイトの先輩が僕の声に応える。すぐに手際の良い手つきで生ビールを注ぎ始める。彼は僕より1年ほど長くここでバイトしている桑原さん、年も僕より2つ上で、仕事の内容を教えてくれたのは彼であった。
「嶺二《れいじ》、2番にこれ持ってて」
「あ、はい」
今日は週末にしては客が少なく、ホールは僕一人に任されていた。本当はもう一人シフトに入っていたのだけど、当日に体調不良で休むとの連絡があった。昨日、僕はその子に告白した。付き合って欲しいと話をしたのだけど、丁重にお断りされた。それが原因だろうか・・多分そうだよな・・昨日の今日で会うのを気まずく感じたのだろうな・・
さすがに一人だと休む暇もなく、忙しく動き回っていた。そんな労働に集中している時間は、驚くほど早く感じるものである。気がつけば、僕はお客さんにラストオーダーを訪ねていた。
暖簾《のれん》をしまい、お店を閉めていると、オーナーが珍しく僕と桑原さんに飯を出してくれた。それは開発中の新メニューで、まあ、要は味見ということなんだと思う。
新メニューの他に、山芋に片栗粉をまぶして炒めたものに、細く切ったレンコンを揚げたもの、それに余った焼き鳥が20本ほど机に並べられる。
「嶺二、お前もう二十歳だよな」
「はい、先月二十歳になりました」
「じゃー今日は好きなもの飲んでいいぞ、俺の奢りだ。桑原、お前も何か飲め」
「マジですか! やった」
先日に機会があり、ビールを飲んでみたけど、どうもあの苦味が僕には合わないようで美味しく感じなかった。なのでハイボールにすることにした。ここはオーナーの奢りである。遠慮せずに、この店で一番高いウィスキーの、山崎の12年を氷を入れたグラスに注ぎ、ウイルキンソンの炭酸水で割る。
「また、高いのを選らんだな嶺二、まあ、いいけどよ」
桑原さんは獺祭という日本酒を大きなグラスに注いでいる。それを見てオーナーがあきれるように注意する。
「桑原、お前それ獺祭の二割三分だぞ、いくらすると思ってんだよ。もう少し遠慮しろよな」
「へへっ、これ飲んでみたかったんですよ」
「その年で酒の味なんかわかんねえだろうが、なんでお前たちは普通にビールとかにしないんだよ」
それからお酒を飲みながら、新メニューを味見する。鳥レバーをペーストにして、刻んだミョウガとネギを混ぜて、酒とみりん、それと味噌を入れて味付けしたものであった。食べるとレバーの臭みがミョウガでうまく消えていて、濃厚な旨味と、味噌の風味がうまく絡み合って良い味わいを出していると思った。しかし、少し何か足りないと感じ、それをオーナーに言ってみた。
「なるほど、ちょっと炙ってみるかな」
そう言うと、オーナーはバーナーを持ち出し、それを炙り始めた。味噌の焦げるいい匂いが辺りに漂い、すごく食欲をそそる。ちょっと食べてみろと言われて、それを口に運ぶ。先ほどと違って、口に入れた瞬間、風味が一気に口の中に広がる。素材ごとにバラバラに存在した味が一つの料理として纏まりを感じるようになった。少し炙っただけで、これだけの変化があるのは正直驚いた。
「オーナー、すげえ、美味いです」
それを聞いてオーナーは、にっこりと笑顔になると呟くようにこう言う。
「そうかそうか、それじゃあこれを来週からだそうかな」
小さな店の新メニューが誕生した瞬間であった。
◇
隣の家の倉庫、そのトタン屋根に落ちる雫の音が響く雨上がりの正午、目は覚めている、だけど起き上がる気力が湧いてこないそんな気だるさの中に僕はいた。どれくらいの時間、僕はこうやってただ天井を眺めるだけの時間を過ごしているのだろうか。今日はアルバイトも休みの日であり、1日が自由な時間である。やはり、こういう時間の過ごし方はもったいないと思った。
すぐにデジタルカメラの充電を確認する。十分の量を確認すると、僕はそれをカバンに入れた。ハンガーにかけてあるグレーのシャツを羽織ると、財布とスマホを持って家を出る。
木造のアパートの二階、鉄製の階段の上から見える風景は、絵に描いたような下町のそれであった。いつも見ているその風景だけど、雨上がりの独特な雰囲気と、滴る雫の響きが、妙に絵になると思ってしまった。僕はカバンからカメラを取り出すと、本日一枚目の写真をここで撮った。
アパートの前の小さな通り、右手に行くと最寄の駅の方向へと向かう。バイトなどでは駅の方にしか行かないので、左手方面には実はまだ行ったことがなかった。僕は迷わず左手の方角へと歩みを進めた。
すぐにその通りは突き当りとなっていて、下町の地主さんが住んでいるような大きな平屋が建っていた。脇に人が一人やっと通れるくらいの細い道が続いているのを見て、僕はそこへ入っていた。
歩いていると、脇のブロック塀の上を、我が物顔でブッチャーがノソノソと歩いている。ブッチャーとは僕が勝手にそう呼んでいる近所に住む野良猫である。ブチ猫で太っているのでブッチャー、安易なネーミングであるが、その呼び名が僕的にはしっくりきていた。
ブッチャーはブロック塀の上から下に飛び降りてきた。ちょっと太ったその体では少し高かったのか、着地の時によろめいた。それを恥ずかしいと思ったのかは定かではないが、僕の方をチラリと振り返り見つめる。僕はニヤリと笑ってやる。それで気分が悪くなったのか、プイと目をそらして、そのままノソノソと歩いていく。
僕はブッチャーのあとに続いて歩いていく。前を歩く太ったブチ猫はものすごく自然に堂々と歩く。この道はこいつの縄張りなんだろう。すごくしっくり来るその姿になぜか軽く嫉妬する。
「ここはお前の散歩道なのか?」
返事をしてくるとは思わないけど話しかける。そんな僕の問いかけなど無視してマイペースに歩いていく。それでもめげずにさらに話しかける。
「どこを目指してるんだ、餌をくれる人がいるのかい?」
そんな僕の声を疎ましく思ったのか、睨むように振り向く。そのまま鳴き声すら発さず、前を向きなおし歩き進む。自分の世界を堂々と歩くその太ったブチ猫に、どこからか声がかかる。それは元気の良い透き通った女性の声であった。
「ブッチャー」
呼びかけた若い女性が小走りで駆け寄り、その太ったブチ猫を撫で始めた。自分の心の中でしか存在しないその名を聞いて驚いてしまった。面識のないその女性に、僕は思わず話しかけてしまう。
「その猫ブッチャーて名前なの?」
当たり前だが、その女性は怪訝そうに僕を見る。しかし、一呼吸して何か考えがまとまったのか答えてくれた。
「さあ、私が勝手にそう呼んでるだけだよ。それがどうかしたの?」
「いや・・僕もブッチャーて呼んでるから思わず聞いちゃった」
それを聞いた若い女は一瞬行動が停止する。そして、唐突に体を震わせて笑い始める。
「ふふふっ・・何それ。もしかしてブチ猫で太ってるから?」
「そう。ブチ猫で太ってるから」
それを聞いた彼女はさらに笑い声を大きくする。今更ながらそれは安易な名前だったのだろう。見た目のイメージでつけた名前が他人と同じであってもそれほど不思議ではないように思えてきた。ひとしきり撫でられたブッチャーはまた自分のペースで歩き始めた。それに僕は自然と付いていく。そしてなぜか彼女も同じように付いてきた。
彼女は二十歳前後だろうか・・ショートカットで小柄でスポーティーな格好をしている。僕の理想の女性の真逆の容姿をしている。ちなみに僕の理想《タイプ》は、長身で色白、黒髪のロングヘアーである。なので、間違ってもこの子を好きになることはないだろう。
ブッチャーは裏路地の狭い道を進む。しばらくトコトコとマイペースで進んでいたが唐突に止まった。ブッチャーの止まった場所、それは赤い屋根の古風な家の前であった。その家の勝手口脇の階段の前で座り込み、何をするわけでもなくじっとそこに居座り始めた。それを見て彼女が、独り言のように僕に話しかけてきた。
「ここでブッチャーはいつも座り込むの・・何か大事なものを待ってるみたいに・・」
日常のことのように話す彼女に、少し気になったのでそれを聞いて見る。
「いつもって、君はそんなにブッチャーの後をついていってるのかい?」
「暇な時だけだよ。今日は久しぶりに雨が上がって嬉しかったから散歩ついでにね」
そうか、この場で一番のイレギュラーは僕のなんだ。いつもの登場人物、いつもの風景、その中に、今日は僕という存在が混じっている。それは少し寂しく、少し嬉しい不思議な感覚でった。
しばらく座り込んでいたブッチャーは、不意に赤い屋根の家の二階を見上げる。それと同時に何やらゴーンゴーンと音が響いてきた。おそらく赤い屋根の二階に大きい時計でもあるのだろう。僕は腕にはめた時計を見る、丁度2時になっていた。おそらく今の音はそれを知らせるものだと思う。
それを聞き終えるとブッチャーはゆっくりと立ち上がる。そして名残惜しくもう一度赤い屋根の家をチラリと見るとトボトボと歩き始めた。僕と彼女もそれを追って歩き始める。ブッチャーは赤い屋根の家の脇にある細い階段をどんどん下りていく。そのまま下の大きい道まで出ると、歩道をの脇をトコトコと歩き始める。ブッチャーはしばらくそのまま進み。小ぢんまりとした昭和の香りのする店構えのお肉屋さんの前で止まった。店の中で作業をしていたお肉屋さんのおばさんがそれに気付き、ブッチャーに近づいてきた。
「お前また来たのかい。まーこれが目当てなんだろうけどね」
そう言ってコロッケを一つブッチャーの前に置いた。それをボソボソと頬張り始める。彼女はそれを見て慣れたようにおばさんに注文する。
「おばちゃん。私もコロッケ一つとメンチカツ一つ頂戴」
「あいよー。あんたも最近よく来るよね」
それに対して彼女は満面の笑みで返す。そのやり取りを見ていて僕もそれが欲しくなった。
「おばさん。僕にも同じものをください」
「あいよー。あんたは新顔だね」
出来立て熱々のコロッケとメンチカツは絶品だった。そういえば出来立てのコロッケなんて食べたのは初めてかもしれないな。
「美味すぎるよこれ!」
「そうでしょうそうでしょう。ブッチャーの追跡での一番の楽しみがここなのよ」
肉屋のおばちゃんは親切に僕たちにお茶を出してくれた。お茶をチビチビ飲みながらコロッケをぱくつく。これは癖になりそうだな・・・幸せそうにコロッケを食べる僕たちを見ておばちゃんは意外な話をし始めた。
「この猫ちゃんも昔はうちのコロッケなんて見向きもしなかったんだけどね・・」
「え・・それってどういうことですか?」
「前はね。ちゃんと美味しい餌を鱈腹もらってたんだよ。そこの上に行った所にある赤い屋根の家でね」
遠い過去のような口調でおばちゃんは話す。素直に疑問に思った僕はそれを聞いてみた。
「そうなんですか。今はそこでは餌をもらえてないんですか」
そう聞くとおばちゃんは少し悲しそうな顔をしてこう話してくれた。
「この猫ちゃんの面倒を見ていたのはそこの家のおばあさんなんだけど・・去年亡くなってね・・」
そうか・・もしかしてブッチャーはそのおばあさんに会いにあの家に行っているのかも・・それと同じことを彼女は思ったのかしんみりと発言する。
「ブッチャーはおばあさんが亡くなったことを理解してないんだね・・だからいつまでもあの家に行ってるんだ・・」
だけどそれを聞いて僕はもう一つの可能性を思いついた。
「いや・・もしかしてブッチャーはそれを理解してるのかもしれないよ。それでもそのおばあさんを思って家に立ち寄っているのかもしれない」
彼女はそれを聞いて話の中心になっている彼を見つめる。そして絞るよな声で僕の発言に対して肯定とも否定とも取れる返事をする。
「そうだと少し嬉しいね・・だけどそれでもちょっと悲しい話だよね」
彼女はそう言いながら影のある寂しい表情をする。それは先ほどまでの元気のある明るい表情からは想像もできないほど暗いく沈んだものだった。この表情は彼女の優しさから出たものなんだろうな・・そう思うとその重く悲しい表情が少し綺麗に見える。
ブッチャーは十分満足したのかお肉屋さんを後にして歩き始めた。それを僕達は当然のように後を付いて行く。
「今更ながら名前を聞いてもいいかな」
僕はブッチャーの後を付いて行きながら彼女にそう聞いていた。
「私は真木紅麗《マキクララ》だよ。あなたの名前は?」
「僕は氷見嶺二《ヒミレイジ》」
僕の名前を聞いた彼女はなぜか失礼な反応をする。
「へー見た目のイメージとは随分と違う名前だね」
「イメージってどんなイメージだよ」
「いや・・佐藤とか鈴木とか・・そんな感じかと・・」
「平凡な見た目で悪かったなクララちゃん!」
「下の名前で呼ばないでよね。 私・・そんなに好きじゃないの・・名前・・」
「どうして? 良い名前じゃないか」
「良い、悪いは人それぞれでしょう。私に似合ってるとは思えないのよ」
それを聞いて納得してしまった・・確かに名前のイメージと彼女のキャラクターは合ってないように思える。
そんな話をしていると、トコトコと歩いていたブッチャーがいきなり走り出した。それを予測していたのか真木さんも走ってそれを追いかけ始める。遅れて僕もそれに付いて行った。歩道を軽快に走っていたブッチャーは、あろうことか神社横にあった長い階段を登り始めた。
普段から運動不足気味の僕には、そのゴールの見えない長い階段は、地獄の入り口のように見えた。
「ハッ・・ハッ・・ま・・まじか・・」
真木さんはそのスポーティーな見た目通り、何か運動をしているのか軽快にその階段を上っていく。
「頑張って。もう少しだよ」
彼女が階段の上からそう応援してくれなかったら、途中で諦めていたかもしれない。僕は最後の力を振り絞って、階段を一段一段踏みしめるように上っていく。
フラフラになりながらもなんとか登りきる。そんな地獄の苦しみで上りきった階段の先は、小さな公園だった。公園といっても綺麗に整備されてるものではなく、平たく言うとちょっと開けた空き地にベンチが置いてあるだけの場所であった。
「ハァーハァーもうダメ・・死ぬ・・」
「若いのに情けないわね。ちょっとくらい運動しといた方がいいよ」
もっともな意見をありがたく頂戴して僕はベンチに座り込んだ。そこに彼女が自動販売機でお茶を買って持ってきてくれた。それを受け取ると絞り出すような声でお礼を言う。
「あ・・ありがとう」
そのお礼に対して、彼女は軽く微笑み答えてくれる。
ブッチャーは公園の真ん中で座り込んでいる。まさに自分のテリトリーを主張するように盛大に寛いでいた。僕は息を整えながら、その姿を何も考えずに眺めていた。
「アイツはあんな所で何やってるんだろうな」
真木さんは僕の疑問に対して意地悪く笑うと楽しそうに話す。
「それはもう少ししたらわかるよ」
その言葉のすぐ後に、ブッチャーがモソモソと動き始めた。
にゃーにゃー。
公園の隅にある茂みから、何やら猫の鳴き声が聞こえてきた。それに応えるように、ブッチャーも短く一泣きする。するとすぐに茂みから白くて細い猫が現れた。それを見たブッチャーは嬉しそうにその猫に近づいていく。
「アイツもしかして・・」
ニコニコしながら彼女が説明してくれる。
「そうなの。ここで彼はいつもあの子とデートしてるのよ」
「なんてこった。なんかすごく裏切られた気分だよ」
彼女は笑いながら僕に言ってくる。
「どうしてそうなるのよ。彼はデートしちゃーいけないの」
「だってイメージがそうだろう。あのブッチャーが昼間からデートって・・そりゃないよって感じじゃないか」
真木さんはそれを聞いてゲラゲラ笑いながら、自分のカバンをゴソゴソし始める。そして何やら取り出した。
「何それ笛?」
取り出したのは綺麗な光沢のあるオールドグリーンの笛だった。
「これはポケットサックスって言ってサックスに似た音が出る笛よ」
「へーそうなんだ」
「ブッチャーはここでしばらく、デートを楽しんでるからね。いつも待ってる間にこれを吹いてるんだ。あまり上手くないけど聞く?」
「そうだね、ぜひ聞かせて欲しい」
あまり上手くないとは彼女の謙遜であった、演奏は想像以上に素晴らしく、今この演奏を聴けただけで、ここにいる意味があるんじゃないかと思うほど感動してしまった。
上手い下手なんて判断はどんな楽器の経験も無い僕にはわからないけど・・彼女の演奏には何か心に響くものがあった。しかしポケットサックスって初めて聞いたけど結構好きかもしれない・・
「すごく良かったよ。下手なんて謙遜もいいとこだよ。その曲って、どこかで聞いたことあるんだけど・・なんだっけ?」
「タイトルはわからないんだけど昔見た猫のアニメの主題歌だよ」
「そーだそーだ。アニメだよね」
その後。二人であーだこーだと話し合いながら必死に思い出そうとしたけど・・結局思い出すことはできなかった。
「へぇーそれは豪快に振られたわね」
そしていつの間にか僕は、彼女に先日の告白話をしていた。なぜこんな話になったんだろう・・
「真木さんは告白して振られたことある」
彼女は何の躊躇もなく答えてくれる。
「残念だけど告白すらしたことないわ」
「じゃー男と付き合ったことはないんだ」
それに質問に対しては僕の想像の斜め上の答えが返ってくる。
「男はないけど女の子はあるよ」
「え??」
僕は驚きで少し硬直してしまった。
「え・・と・・何かごめん・・」
そんなしどろもどろの僕にあっけらかんと彼女は話してくれる。
「別にいいよ。私はねバイセクシャルなの」
「バイセクシャル?」
「えーと簡単に言うと男も女も好きになれる便利な人種よ」
そうなんだ・・ちょっと今までそんな人と接したことないからな・・
「昔はね・・それを隠してたんだ・・それを知られると・・何か自分の周りが変わってしまうんじゃないかと思って怖かった・・」
それを聞いて僕は反応に困ってしまった。今までそんなことを考えたこともないから。
「昔はってことは今は違うの」
彼女は笑顔で堂々と話してくれる。
「今は隠してないよ。だって自分を偽るってことは自分を殺すってことだよ。そんなのはダメだよ。私は私として生きないと意味がない」
そうだよな・・彼女は強いな。ちょっと振られたくらいでウジウジしていた僕とは大違いだよ・・
真木紅麗・・ショートカットで小柄な彼女・・僕の好みとは正反対で、決して異性として好きになることはないと思う・・けど・・彼女は素敵な女性だと思う。
「真木さん。僕と友達になってくれないか」
フワフワした感じで訳も分からず高揚した僕は・・気がつくとそう言っていた。
「こんな変態でよければいいわよ」
彼女は少し驚いた表情をしたけど笑いながらそう答えてくれた。
ブッチャーは白い彼女とお別れの時間が来たのか、名残惜しそうに頬を擦りあった後にその場から去っていこうとする。それを見て僕と真木さんは、ブッチャーに付いて行く為にベンチから立ち上がった。
ブッチャーの背後には、沈みかけた夕日が綺麗なオレンジ色で発光している。そのオレンジの光の中に溶け込んでいくように、真木さんは歩みを進めていく。真木さんの体の輪郭がぼやけていき、完全に夕日に溶け込んでにじむ。その光景を見た僕は、自分の中で、何か小さい変化が起こったような気がした。それは具体的には説明できるものではないし、言葉にできるものでもないが、確実に実感するものだった。
ブッチャーと真木さんに置いてかれて、慌ててそれを追いかける。そして走り出した今のこの瞬間、僕は、それが何かの始まりである感覚を感じていた。
「生ビール2つとハイボール1つ入りました!」
「かしこまりっ!」
厨房に居る、バイトの先輩が僕の声に応える。すぐに手際の良い手つきで生ビールを注ぎ始める。彼は僕より1年ほど長くここでバイトしている桑原さん、年も僕より2つ上で、仕事の内容を教えてくれたのは彼であった。
「嶺二《れいじ》、2番にこれ持ってて」
「あ、はい」
今日は週末にしては客が少なく、ホールは僕一人に任されていた。本当はもう一人シフトに入っていたのだけど、当日に体調不良で休むとの連絡があった。昨日、僕はその子に告白した。付き合って欲しいと話をしたのだけど、丁重にお断りされた。それが原因だろうか・・多分そうだよな・・昨日の今日で会うのを気まずく感じたのだろうな・・
さすがに一人だと休む暇もなく、忙しく動き回っていた。そんな労働に集中している時間は、驚くほど早く感じるものである。気がつけば、僕はお客さんにラストオーダーを訪ねていた。
暖簾《のれん》をしまい、お店を閉めていると、オーナーが珍しく僕と桑原さんに飯を出してくれた。それは開発中の新メニューで、まあ、要は味見ということなんだと思う。
新メニューの他に、山芋に片栗粉をまぶして炒めたものに、細く切ったレンコンを揚げたもの、それに余った焼き鳥が20本ほど机に並べられる。
「嶺二、お前もう二十歳だよな」
「はい、先月二十歳になりました」
「じゃー今日は好きなもの飲んでいいぞ、俺の奢りだ。桑原、お前も何か飲め」
「マジですか! やった」
先日に機会があり、ビールを飲んでみたけど、どうもあの苦味が僕には合わないようで美味しく感じなかった。なのでハイボールにすることにした。ここはオーナーの奢りである。遠慮せずに、この店で一番高いウィスキーの、山崎の12年を氷を入れたグラスに注ぎ、ウイルキンソンの炭酸水で割る。
「また、高いのを選らんだな嶺二、まあ、いいけどよ」
桑原さんは獺祭という日本酒を大きなグラスに注いでいる。それを見てオーナーがあきれるように注意する。
「桑原、お前それ獺祭の二割三分だぞ、いくらすると思ってんだよ。もう少し遠慮しろよな」
「へへっ、これ飲んでみたかったんですよ」
「その年で酒の味なんかわかんねえだろうが、なんでお前たちは普通にビールとかにしないんだよ」
それからお酒を飲みながら、新メニューを味見する。鳥レバーをペーストにして、刻んだミョウガとネギを混ぜて、酒とみりん、それと味噌を入れて味付けしたものであった。食べるとレバーの臭みがミョウガでうまく消えていて、濃厚な旨味と、味噌の風味がうまく絡み合って良い味わいを出していると思った。しかし、少し何か足りないと感じ、それをオーナーに言ってみた。
「なるほど、ちょっと炙ってみるかな」
そう言うと、オーナーはバーナーを持ち出し、それを炙り始めた。味噌の焦げるいい匂いが辺りに漂い、すごく食欲をそそる。ちょっと食べてみろと言われて、それを口に運ぶ。先ほどと違って、口に入れた瞬間、風味が一気に口の中に広がる。素材ごとにバラバラに存在した味が一つの料理として纏まりを感じるようになった。少し炙っただけで、これだけの変化があるのは正直驚いた。
「オーナー、すげえ、美味いです」
それを聞いてオーナーは、にっこりと笑顔になると呟くようにこう言う。
「そうかそうか、それじゃあこれを来週からだそうかな」
小さな店の新メニューが誕生した瞬間であった。
◇
隣の家の倉庫、そのトタン屋根に落ちる雫の音が響く雨上がりの正午、目は覚めている、だけど起き上がる気力が湧いてこないそんな気だるさの中に僕はいた。どれくらいの時間、僕はこうやってただ天井を眺めるだけの時間を過ごしているのだろうか。今日はアルバイトも休みの日であり、1日が自由な時間である。やはり、こういう時間の過ごし方はもったいないと思った。
すぐにデジタルカメラの充電を確認する。十分の量を確認すると、僕はそれをカバンに入れた。ハンガーにかけてあるグレーのシャツを羽織ると、財布とスマホを持って家を出る。
木造のアパートの二階、鉄製の階段の上から見える風景は、絵に描いたような下町のそれであった。いつも見ているその風景だけど、雨上がりの独特な雰囲気と、滴る雫の響きが、妙に絵になると思ってしまった。僕はカバンからカメラを取り出すと、本日一枚目の写真をここで撮った。
アパートの前の小さな通り、右手に行くと最寄の駅の方向へと向かう。バイトなどでは駅の方にしか行かないので、左手方面には実はまだ行ったことがなかった。僕は迷わず左手の方角へと歩みを進めた。
すぐにその通りは突き当りとなっていて、下町の地主さんが住んでいるような大きな平屋が建っていた。脇に人が一人やっと通れるくらいの細い道が続いているのを見て、僕はそこへ入っていた。
歩いていると、脇のブロック塀の上を、我が物顔でブッチャーがノソノソと歩いている。ブッチャーとは僕が勝手にそう呼んでいる近所に住む野良猫である。ブチ猫で太っているのでブッチャー、安易なネーミングであるが、その呼び名が僕的にはしっくりきていた。
ブッチャーはブロック塀の上から下に飛び降りてきた。ちょっと太ったその体では少し高かったのか、着地の時によろめいた。それを恥ずかしいと思ったのかは定かではないが、僕の方をチラリと振り返り見つめる。僕はニヤリと笑ってやる。それで気分が悪くなったのか、プイと目をそらして、そのままノソノソと歩いていく。
僕はブッチャーのあとに続いて歩いていく。前を歩く太ったブチ猫はものすごく自然に堂々と歩く。この道はこいつの縄張りなんだろう。すごくしっくり来るその姿になぜか軽く嫉妬する。
「ここはお前の散歩道なのか?」
返事をしてくるとは思わないけど話しかける。そんな僕の問いかけなど無視してマイペースに歩いていく。それでもめげずにさらに話しかける。
「どこを目指してるんだ、餌をくれる人がいるのかい?」
そんな僕の声を疎ましく思ったのか、睨むように振り向く。そのまま鳴き声すら発さず、前を向きなおし歩き進む。自分の世界を堂々と歩くその太ったブチ猫に、どこからか声がかかる。それは元気の良い透き通った女性の声であった。
「ブッチャー」
呼びかけた若い女性が小走りで駆け寄り、その太ったブチ猫を撫で始めた。自分の心の中でしか存在しないその名を聞いて驚いてしまった。面識のないその女性に、僕は思わず話しかけてしまう。
「その猫ブッチャーて名前なの?」
当たり前だが、その女性は怪訝そうに僕を見る。しかし、一呼吸して何か考えがまとまったのか答えてくれた。
「さあ、私が勝手にそう呼んでるだけだよ。それがどうかしたの?」
「いや・・僕もブッチャーて呼んでるから思わず聞いちゃった」
それを聞いた若い女は一瞬行動が停止する。そして、唐突に体を震わせて笑い始める。
「ふふふっ・・何それ。もしかしてブチ猫で太ってるから?」
「そう。ブチ猫で太ってるから」
それを聞いた彼女はさらに笑い声を大きくする。今更ながらそれは安易な名前だったのだろう。見た目のイメージでつけた名前が他人と同じであってもそれほど不思議ではないように思えてきた。ひとしきり撫でられたブッチャーはまた自分のペースで歩き始めた。それに僕は自然と付いていく。そしてなぜか彼女も同じように付いてきた。
彼女は二十歳前後だろうか・・ショートカットで小柄でスポーティーな格好をしている。僕の理想の女性の真逆の容姿をしている。ちなみに僕の理想《タイプ》は、長身で色白、黒髪のロングヘアーである。なので、間違ってもこの子を好きになることはないだろう。
ブッチャーは裏路地の狭い道を進む。しばらくトコトコとマイペースで進んでいたが唐突に止まった。ブッチャーの止まった場所、それは赤い屋根の古風な家の前であった。その家の勝手口脇の階段の前で座り込み、何をするわけでもなくじっとそこに居座り始めた。それを見て彼女が、独り言のように僕に話しかけてきた。
「ここでブッチャーはいつも座り込むの・・何か大事なものを待ってるみたいに・・」
日常のことのように話す彼女に、少し気になったのでそれを聞いて見る。
「いつもって、君はそんなにブッチャーの後をついていってるのかい?」
「暇な時だけだよ。今日は久しぶりに雨が上がって嬉しかったから散歩ついでにね」
そうか、この場で一番のイレギュラーは僕のなんだ。いつもの登場人物、いつもの風景、その中に、今日は僕という存在が混じっている。それは少し寂しく、少し嬉しい不思議な感覚でった。
しばらく座り込んでいたブッチャーは、不意に赤い屋根の家の二階を見上げる。それと同時に何やらゴーンゴーンと音が響いてきた。おそらく赤い屋根の二階に大きい時計でもあるのだろう。僕は腕にはめた時計を見る、丁度2時になっていた。おそらく今の音はそれを知らせるものだと思う。
それを聞き終えるとブッチャーはゆっくりと立ち上がる。そして名残惜しくもう一度赤い屋根の家をチラリと見るとトボトボと歩き始めた。僕と彼女もそれを追って歩き始める。ブッチャーは赤い屋根の家の脇にある細い階段をどんどん下りていく。そのまま下の大きい道まで出ると、歩道をの脇をトコトコと歩き始める。ブッチャーはしばらくそのまま進み。小ぢんまりとした昭和の香りのする店構えのお肉屋さんの前で止まった。店の中で作業をしていたお肉屋さんのおばさんがそれに気付き、ブッチャーに近づいてきた。
「お前また来たのかい。まーこれが目当てなんだろうけどね」
そう言ってコロッケを一つブッチャーの前に置いた。それをボソボソと頬張り始める。彼女はそれを見て慣れたようにおばさんに注文する。
「おばちゃん。私もコロッケ一つとメンチカツ一つ頂戴」
「あいよー。あんたも最近よく来るよね」
それに対して彼女は満面の笑みで返す。そのやり取りを見ていて僕もそれが欲しくなった。
「おばさん。僕にも同じものをください」
「あいよー。あんたは新顔だね」
出来立て熱々のコロッケとメンチカツは絶品だった。そういえば出来立てのコロッケなんて食べたのは初めてかもしれないな。
「美味すぎるよこれ!」
「そうでしょうそうでしょう。ブッチャーの追跡での一番の楽しみがここなのよ」
肉屋のおばちゃんは親切に僕たちにお茶を出してくれた。お茶をチビチビ飲みながらコロッケをぱくつく。これは癖になりそうだな・・・幸せそうにコロッケを食べる僕たちを見ておばちゃんは意外な話をし始めた。
「この猫ちゃんも昔はうちのコロッケなんて見向きもしなかったんだけどね・・」
「え・・それってどういうことですか?」
「前はね。ちゃんと美味しい餌を鱈腹もらってたんだよ。そこの上に行った所にある赤い屋根の家でね」
遠い過去のような口調でおばちゃんは話す。素直に疑問に思った僕はそれを聞いてみた。
「そうなんですか。今はそこでは餌をもらえてないんですか」
そう聞くとおばちゃんは少し悲しそうな顔をしてこう話してくれた。
「この猫ちゃんの面倒を見ていたのはそこの家のおばあさんなんだけど・・去年亡くなってね・・」
そうか・・もしかしてブッチャーはそのおばあさんに会いにあの家に行っているのかも・・それと同じことを彼女は思ったのかしんみりと発言する。
「ブッチャーはおばあさんが亡くなったことを理解してないんだね・・だからいつまでもあの家に行ってるんだ・・」
だけどそれを聞いて僕はもう一つの可能性を思いついた。
「いや・・もしかしてブッチャーはそれを理解してるのかもしれないよ。それでもそのおばあさんを思って家に立ち寄っているのかもしれない」
彼女はそれを聞いて話の中心になっている彼を見つめる。そして絞るよな声で僕の発言に対して肯定とも否定とも取れる返事をする。
「そうだと少し嬉しいね・・だけどそれでもちょっと悲しい話だよね」
彼女はそう言いながら影のある寂しい表情をする。それは先ほどまでの元気のある明るい表情からは想像もできないほど暗いく沈んだものだった。この表情は彼女の優しさから出たものなんだろうな・・そう思うとその重く悲しい表情が少し綺麗に見える。
ブッチャーは十分満足したのかお肉屋さんを後にして歩き始めた。それを僕達は当然のように後を付いて行く。
「今更ながら名前を聞いてもいいかな」
僕はブッチャーの後を付いて行きながら彼女にそう聞いていた。
「私は真木紅麗《マキクララ》だよ。あなたの名前は?」
「僕は氷見嶺二《ヒミレイジ》」
僕の名前を聞いた彼女はなぜか失礼な反応をする。
「へー見た目のイメージとは随分と違う名前だね」
「イメージってどんなイメージだよ」
「いや・・佐藤とか鈴木とか・・そんな感じかと・・」
「平凡な見た目で悪かったなクララちゃん!」
「下の名前で呼ばないでよね。 私・・そんなに好きじゃないの・・名前・・」
「どうして? 良い名前じゃないか」
「良い、悪いは人それぞれでしょう。私に似合ってるとは思えないのよ」
それを聞いて納得してしまった・・確かに名前のイメージと彼女のキャラクターは合ってないように思える。
そんな話をしていると、トコトコと歩いていたブッチャーがいきなり走り出した。それを予測していたのか真木さんも走ってそれを追いかけ始める。遅れて僕もそれに付いて行った。歩道を軽快に走っていたブッチャーは、あろうことか神社横にあった長い階段を登り始めた。
普段から運動不足気味の僕には、そのゴールの見えない長い階段は、地獄の入り口のように見えた。
「ハッ・・ハッ・・ま・・まじか・・」
真木さんはそのスポーティーな見た目通り、何か運動をしているのか軽快にその階段を上っていく。
「頑張って。もう少しだよ」
彼女が階段の上からそう応援してくれなかったら、途中で諦めていたかもしれない。僕は最後の力を振り絞って、階段を一段一段踏みしめるように上っていく。
フラフラになりながらもなんとか登りきる。そんな地獄の苦しみで上りきった階段の先は、小さな公園だった。公園といっても綺麗に整備されてるものではなく、平たく言うとちょっと開けた空き地にベンチが置いてあるだけの場所であった。
「ハァーハァーもうダメ・・死ぬ・・」
「若いのに情けないわね。ちょっとくらい運動しといた方がいいよ」
もっともな意見をありがたく頂戴して僕はベンチに座り込んだ。そこに彼女が自動販売機でお茶を買って持ってきてくれた。それを受け取ると絞り出すような声でお礼を言う。
「あ・・ありがとう」
そのお礼に対して、彼女は軽く微笑み答えてくれる。
ブッチャーは公園の真ん中で座り込んでいる。まさに自分のテリトリーを主張するように盛大に寛いでいた。僕は息を整えながら、その姿を何も考えずに眺めていた。
「アイツはあんな所で何やってるんだろうな」
真木さんは僕の疑問に対して意地悪く笑うと楽しそうに話す。
「それはもう少ししたらわかるよ」
その言葉のすぐ後に、ブッチャーがモソモソと動き始めた。
にゃーにゃー。
公園の隅にある茂みから、何やら猫の鳴き声が聞こえてきた。それに応えるように、ブッチャーも短く一泣きする。するとすぐに茂みから白くて細い猫が現れた。それを見たブッチャーは嬉しそうにその猫に近づいていく。
「アイツもしかして・・」
ニコニコしながら彼女が説明してくれる。
「そうなの。ここで彼はいつもあの子とデートしてるのよ」
「なんてこった。なんかすごく裏切られた気分だよ」
彼女は笑いながら僕に言ってくる。
「どうしてそうなるのよ。彼はデートしちゃーいけないの」
「だってイメージがそうだろう。あのブッチャーが昼間からデートって・・そりゃないよって感じじゃないか」
真木さんはそれを聞いてゲラゲラ笑いながら、自分のカバンをゴソゴソし始める。そして何やら取り出した。
「何それ笛?」
取り出したのは綺麗な光沢のあるオールドグリーンの笛だった。
「これはポケットサックスって言ってサックスに似た音が出る笛よ」
「へーそうなんだ」
「ブッチャーはここでしばらく、デートを楽しんでるからね。いつも待ってる間にこれを吹いてるんだ。あまり上手くないけど聞く?」
「そうだね、ぜひ聞かせて欲しい」
あまり上手くないとは彼女の謙遜であった、演奏は想像以上に素晴らしく、今この演奏を聴けただけで、ここにいる意味があるんじゃないかと思うほど感動してしまった。
上手い下手なんて判断はどんな楽器の経験も無い僕にはわからないけど・・彼女の演奏には何か心に響くものがあった。しかしポケットサックスって初めて聞いたけど結構好きかもしれない・・
「すごく良かったよ。下手なんて謙遜もいいとこだよ。その曲って、どこかで聞いたことあるんだけど・・なんだっけ?」
「タイトルはわからないんだけど昔見た猫のアニメの主題歌だよ」
「そーだそーだ。アニメだよね」
その後。二人であーだこーだと話し合いながら必死に思い出そうとしたけど・・結局思い出すことはできなかった。
「へぇーそれは豪快に振られたわね」
そしていつの間にか僕は、彼女に先日の告白話をしていた。なぜこんな話になったんだろう・・
「真木さんは告白して振られたことある」
彼女は何の躊躇もなく答えてくれる。
「残念だけど告白すらしたことないわ」
「じゃー男と付き合ったことはないんだ」
それに質問に対しては僕の想像の斜め上の答えが返ってくる。
「男はないけど女の子はあるよ」
「え??」
僕は驚きで少し硬直してしまった。
「え・・と・・何かごめん・・」
そんなしどろもどろの僕にあっけらかんと彼女は話してくれる。
「別にいいよ。私はねバイセクシャルなの」
「バイセクシャル?」
「えーと簡単に言うと男も女も好きになれる便利な人種よ」
そうなんだ・・ちょっと今までそんな人と接したことないからな・・
「昔はね・・それを隠してたんだ・・それを知られると・・何か自分の周りが変わってしまうんじゃないかと思って怖かった・・」
それを聞いて僕は反応に困ってしまった。今までそんなことを考えたこともないから。
「昔はってことは今は違うの」
彼女は笑顔で堂々と話してくれる。
「今は隠してないよ。だって自分を偽るってことは自分を殺すってことだよ。そんなのはダメだよ。私は私として生きないと意味がない」
そうだよな・・彼女は強いな。ちょっと振られたくらいでウジウジしていた僕とは大違いだよ・・
真木紅麗・・ショートカットで小柄な彼女・・僕の好みとは正反対で、決して異性として好きになることはないと思う・・けど・・彼女は素敵な女性だと思う。
「真木さん。僕と友達になってくれないか」
フワフワした感じで訳も分からず高揚した僕は・・気がつくとそう言っていた。
「こんな変態でよければいいわよ」
彼女は少し驚いた表情をしたけど笑いながらそう答えてくれた。
ブッチャーは白い彼女とお別れの時間が来たのか、名残惜しそうに頬を擦りあった後にその場から去っていこうとする。それを見て僕と真木さんは、ブッチャーに付いて行く為にベンチから立ち上がった。
ブッチャーの背後には、沈みかけた夕日が綺麗なオレンジ色で発光している。そのオレンジの光の中に溶け込んでいくように、真木さんは歩みを進めていく。真木さんの体の輪郭がぼやけていき、完全に夕日に溶け込んでにじむ。その光景を見た僕は、自分の中で、何か小さい変化が起こったような気がした。それは具体的には説明できるものではないし、言葉にできるものでもないが、確実に実感するものだった。
ブッチャーと真木さんに置いてかれて、慌ててそれを追いかける。そして走り出した今のこの瞬間、僕は、それが何かの始まりである感覚を感じていた。
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