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6 枯れ屋敷 主たる名医が求めるものを
6-3 起きたこと
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八咫が怒る姿を見るのがもういやになっていた。清巳がかたい表情をしているのも、功巳が困り顔をして口数が減っているのも。
それを見ないですむのなら、べつに黄泉戸喫を浄化してもらわなくてもいいのではないか。最悪、こちらはこちらで暮らしていけそうな気がする――職や住居を見つけなくてはならないが。
「黄泉戸喫は私の事故のようなものです。どなたかに迷惑をかけるなら、私は今回遠慮させていただこうかと」
ふっ、と国刺当主が息を吹きかけてきた。ぎゅっと目をつむり、開くと彼女は元の距離に戻っている。
「……なるほど。染みこんでいるのは最近のものだな。元々土台が半死人だ、なじみはよかろう」
会話が成立しているのか、していないのか。
「私は半死人では……」
頭の奥で明滅するものがあった。
それの意味がとっさにはわからず、百合は周囲の顔を見回す。
清巳を、功巳を、八咫を。カバンを引き寄せ、生地越しに鹿野にふれる。
いま、どうしてこんなことが気になるのかわからない。
――半死人ではない。
「私は」
――半死人だったら?
清巳が話してくれたことが頭をよぎっていく。
八咫が怒る姿を見るのがもういやになっていた。清巳がかたい表情をしているのも、功巳が困り顔をして口数が減っているのも。
それを見ないですむのなら、べつに黄泉戸喫を浄化してもらわなくてもいいのではないか。最悪、こちらはこちらで暮らしていけそうな気がする――職や住居を見つけなくてはならないが。
「黄泉戸喫は私の事故のようなものです。どなたかに迷惑をかけるなら、私は今回遠慮させていただこうかと」
ふっ、と国刺当主が息を吹きかけてきた。ぎゅっと目をつむり、開くと彼女は元の距離に戻っている。
「……なるほど。染みこんでいるのは最近のものだな。元々土台が半死人だ、なじみはよかろう」
会話が成立しているのか、していないのか。
「私は半死人では……」
頭の奥で明滅するものがあった。
それの意味がとっさにはわからず、百合は周囲の顔を見回す。
清巳を、功巳を、八咫を。カバンを引き寄せ、生地越しに鹿野にふれる。
いま、どうしてこんなことが気になるのかわからない。
――半死人ではない。
「私は」
――半死人だったら?
清巳が話してくれたことが頭をよぎっていく。
すべて遠い昔のことだろう。
小境は地盤陥没で生き埋めになった。
――あのひと、昔ちょっと遺体としばらく一緒にいたことがあるんですよ。
だから悪臭が駄目だと。
「あの、私……」
芝田は首を絞められた。
――あのひともちょっと大変なんですよ。自責の念が強すぎて。自分は大丈夫だ、って納得したくて、きつい言葉を使ったりするみたいなんですよね。
だから責める言葉と態度があった。
ふたりとも――蘇生がうまくいった、と。
百合も過去にあった。
駅前で車が突っこんできた事故だ。
百合は現場だった場所を避けていた。その場に立ったときの、あの落ち着かない感覚を思い出す。
「もしかして」
頭にこびりつき、離れない思考がある。
――物流部にいた三人が三人とも、大事故に遭っている。
例外などなかったのではないか。
目の合った八咫が口をもごつかせた。
「……百合、九泉香料の採用条件だ」
「条件……?」
「みな、一度は息が止まっている。冥府を訪れ、こちらで息をし、だが現世に戻った」
半死人。
全員、一度死んでいる。
――百合もそのひとり。
「だからむやみに人員が増やせないんですよ。如月さんは……一度こちらを訪れたことがあるから、黄泉戸喫の影響が出にくいのかもしれません。影響が出る前に浄化を」
「なんでそんな、え……みんなそうなんですか?」
盃を放り投げ、両手を空けた国刺当主が身を乗り出してくる。
「九泉はな、おまえみたいなのを集めてるんだ」
「私……みたいなの、ですか?」
「薬の扱いに便利なんだ、半死人は。人間より鼻がきき、人間より冥府の毒に強い。こっちの薬を扱わせるのに有用だ。儂のように薬に飲まれないからな、使いものにならなくなるまで働かせる」
「如月さん、ごりょうさんはわざわざ脅かすようにいってますからね。使いものにならなくなるまで、ってそんな……労働条件が整う以前の、大昔の話ですから。昔は冥府から蘇生した方に、薬の精製をお願いしていたんです。いまは冥府の薬は冥府の方が携わっています、いくへ町の屋敷の奥に通ってきてもらってるんです」
「うちは優良企業だよ! 使いものにならなくなるまでっていうけど、人手が足りなすぎて残業三昧だっただけ、その分すっごいみんな稼いでたからね! いまは週休二日になってるし繁忙期でもなきゃ残業もしないよ、今日は例外なんだ、如月さん、あとで代休申請してね!」
清巳も功巳もなんだか早口になっている。図星なのだ――昔は国刺当主がいうような労働条件だったのだろう。
「いまはそういうことはないですが、一度冥府を訪れた人間の魂は柔軟なんです。どちらの空気にも耐えるので……有事のことを考えて、それが採用条件になっています」
有事については考えたくもなかった。
「小娘、きよの役に立てよ。おまえらは働くのが好きだそうだな、九重の……きよのためにせいぜい働け」
「それは大丈夫です、労働条件がいいので……」
百合は国刺当主の顔をうかがった。
――浄化に対する報酬は、百合には用意できないのかもしれない。
それを見ないですむのなら、べつに黄泉戸喫を浄化してもらわなくてもいいのではないか。最悪、こちらはこちらで暮らしていけそうな気がする――職や住居を見つけなくてはならないが。
「黄泉戸喫は私の事故のようなものです。どなたかに迷惑をかけるなら、私は今回遠慮させていただこうかと」
ふっ、と国刺当主が息を吹きかけてきた。ぎゅっと目をつむり、開くと彼女は元の距離に戻っている。
「……なるほど。染みこんでいるのは最近のものだな。元々土台が半死人だ、なじみはよかろう」
会話が成立しているのか、していないのか。
「私は半死人では……」
頭の奥で明滅するものがあった。
それの意味がとっさにはわからず、百合は周囲の顔を見回す。
清巳を、功巳を、八咫を。カバンを引き寄せ、生地越しに鹿野にふれる。
いま、どうしてこんなことが気になるのかわからない。
――半死人ではない。
「私は」
――半死人だったら?
清巳が話してくれたことが頭をよぎっていく。
八咫が怒る姿を見るのがもういやになっていた。清巳がかたい表情をしているのも、功巳が困り顔をして口数が減っているのも。
それを見ないですむのなら、べつに黄泉戸喫を浄化してもらわなくてもいいのではないか。最悪、こちらはこちらで暮らしていけそうな気がする――職や住居を見つけなくてはならないが。
「黄泉戸喫は私の事故のようなものです。どなたかに迷惑をかけるなら、私は今回遠慮させていただこうかと」
ふっ、と国刺当主が息を吹きかけてきた。ぎゅっと目をつむり、開くと彼女は元の距離に戻っている。
「……なるほど。染みこんでいるのは最近のものだな。元々土台が半死人だ、なじみはよかろう」
会話が成立しているのか、していないのか。
「私は半死人では……」
頭の奥で明滅するものがあった。
それの意味がとっさにはわからず、百合は周囲の顔を見回す。
清巳を、功巳を、八咫を。カバンを引き寄せ、生地越しに鹿野にふれる。
いま、どうしてこんなことが気になるのかわからない。
――半死人ではない。
「私は」
――半死人だったら?
清巳が話してくれたことが頭をよぎっていく。
すべて遠い昔のことだろう。
小境は地盤陥没で生き埋めになった。
――あのひと、昔ちょっと遺体としばらく一緒にいたことがあるんですよ。
だから悪臭が駄目だと。
「あの、私……」
芝田は首を絞められた。
――あのひともちょっと大変なんですよ。自責の念が強すぎて。自分は大丈夫だ、って納得したくて、きつい言葉を使ったりするみたいなんですよね。
だから責める言葉と態度があった。
ふたりとも――蘇生がうまくいった、と。
百合も過去にあった。
駅前で車が突っこんできた事故だ。
百合は現場だった場所を避けていた。その場に立ったときの、あの落ち着かない感覚を思い出す。
「もしかして」
頭にこびりつき、離れない思考がある。
――物流部にいた三人が三人とも、大事故に遭っている。
例外などなかったのではないか。
目の合った八咫が口をもごつかせた。
「……百合、九泉香料の採用条件だ」
「条件……?」
「みな、一度は息が止まっている。冥府を訪れ、こちらで息をし、だが現世に戻った」
半死人。
全員、一度死んでいる。
――百合もそのひとり。
「だからむやみに人員が増やせないんですよ。如月さんは……一度こちらを訪れたことがあるから、黄泉戸喫の影響が出にくいのかもしれません。影響が出る前に浄化を」
「なんでそんな、え……みんなそうなんですか?」
盃を放り投げ、両手を空けた国刺当主が身を乗り出してくる。
「九泉はな、おまえみたいなのを集めてるんだ」
「私……みたいなの、ですか?」
「薬の扱いに便利なんだ、半死人は。人間より鼻がきき、人間より冥府の毒に強い。こっちの薬を扱わせるのに有用だ。儂のように薬に飲まれないからな、使いものにならなくなるまで働かせる」
「如月さん、ごりょうさんはわざわざ脅かすようにいってますからね。使いものにならなくなるまで、ってそんな……労働条件が整う以前の、大昔の話ですから。昔は冥府から蘇生した方に、薬の精製をお願いしていたんです。いまは冥府の薬は冥府の方が携わっています、いくへ町の屋敷の奥に通ってきてもらってるんです」
「うちは優良企業だよ! 使いものにならなくなるまでっていうけど、人手が足りなすぎて残業三昧だっただけ、その分すっごいみんな稼いでたからね! いまは週休二日になってるし繁忙期でもなきゃ残業もしないよ、今日は例外なんだ、如月さん、あとで代休申請してね!」
清巳も功巳もなんだか早口になっている。図星なのだ――昔は国刺当主がいうような労働条件だったのだろう。
「いまはそういうことはないですが、一度冥府を訪れた人間の魂は柔軟なんです。どちらの空気にも耐えるので……有事のことを考えて、それが採用条件になっています」
有事については考えたくもなかった。
「小娘、きよの役に立てよ。おまえらは働くのが好きだそうだな、九重の……きよのためにせいぜい働け」
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――浄化に対する報酬は、百合には用意できないのかもしれない。
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