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6 枯れ屋敷 主たる名医が求めるものを
6-6 見送る背中
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功巳の声に恐る恐る目を開ける。
顔に影が差していて――功巳と清巳が盾になってくれていた。
「お、おふたりとも……」
「百合ぃ、大丈夫かぁ」
腕のなかから鹿野が尋ねてくる。
「う、うん……なんとか……」
鹿野が腕から出ていくなか、そっと顔を上げていく。
屋敷の一部が崩れたのだ、いまだパラパラと木片が落ちてきていた。
その木片に混ざり、赤い花が咲いているのが見えた。
彼岸花によく似ている。それは花が開くとすぐに散り、飛沫となって落下していく。
「き……清巳さん……っ」
一本の長大な木材が、清巳の腹部を貫いていた。
背から腹部へと貫かれた彼の身体は、おびただしい量の血を流している。血はこぼれ落ちると彼岸花のように咲き、可憐な花びらを舞わせていた。
「な……なっ、なん……なんで……っ」
清巳だけでなく、功巳も怪我をしていた。頭部から血を流している。ひたいからあごへ、シャツを赤く染めていく。
「うまく助けるつもりでしたが、足がもつれました」
「どうしてそんな……血、血が……救急車を……どうしよう……っ」
「飲み過ぎましたかねぇ」
八咫の姿を探す。無事だろうか、手を貸してもらえないか――しかし瓦礫の向こうに見つけた彼は、国刺当主となにやらにらみ合っていた。こんなときまで、と息がつまったものの、百合の視線に気がついた彼は微笑み返してくる。
それがいつもオフィスで見ていた、どうしてそこにいるかわからない、仕事もしないでいる男の笑顔だった。国刺当主と話がついたのだ、と百合は急に納得していた。
功巳が顔を真っ赤にしながら、木材に貫かれた清巳を横倒しに寝かせる。
地響きがしてそちらのほうを見ると、背に鹿野を乗せた鵺が座敷に上がってきていた。
「息はあるね」
「ど……どうしてこんな……」
「私の坊と勝手に契約を結んだことは、これで許してやる」
百合は呆然とした。
鵺は清巳ないしは功巳を狙っていたのだ――もしかすると、百合も。報復なのか、百合が清巳に目をやると、彼は億劫そうに片手を上げた。
「このたびは……勝手に、申しわけありません」
「これで許そう。あとは坊が決めることだ。国刺の坊への暴言は、家を焼いたことで許してやる」
鵺の目が百合を見据えた。
「おまえが……なんだったか、坊が気に入っている人間か」
「百合だよ、母ちゃん」
鵺の背から降りてきた鹿野が、清巳に飛び乗った。呻く清巳に頓着せず、腹に刺さっている木材を前肢でつつく。
「やめなさ、い。鹿野さん、降りて……」
鹿野を抱え、百合は鵺を見つめた。怖い印象は消えていたが、すぐとなりでは清巳が血を失い、白い顔をしている。
鵺の大きな鼻面が寄ってきた。腕のなかの鹿野と鼻先同士をくっつけ、それから鵺はなにもいわずにきびすを返す。
大きく跳躍して鵺は川底から飛び出していく――見物に見下ろしている冥府の住人たちが、優美ともいえる鵺の跳躍に、わあっと歓声とも悲鳴ともつかない声を上げ逃げ惑いはじめていた。
「母ちゃんまたなぁ」
かわいらしい鹿野の声にも振り返らず、大きな獣は視界から消えていったのだった。
顔に影が差していて――功巳と清巳が盾になってくれていた。
「お、おふたりとも……」
「百合ぃ、大丈夫かぁ」
腕のなかから鹿野が尋ねてくる。
「う、うん……なんとか……」
鹿野が腕から出ていくなか、そっと顔を上げていく。
屋敷の一部が崩れたのだ、いまだパラパラと木片が落ちてきていた。
その木片に混ざり、赤い花が咲いているのが見えた。
彼岸花によく似ている。それは花が開くとすぐに散り、飛沫となって落下していく。
「き……清巳さん……っ」
一本の長大な木材が、清巳の腹部を貫いていた。
背から腹部へと貫かれた彼の身体は、おびただしい量の血を流している。血はこぼれ落ちると彼岸花のように咲き、可憐な花びらを舞わせていた。
「な……なっ、なん……なんで……っ」
清巳だけでなく、功巳も怪我をしていた。頭部から血を流している。ひたいからあごへ、シャツを赤く染めていく。
「うまく助けるつもりでしたが、足がもつれました」
「どうしてそんな……血、血が……救急車を……どうしよう……っ」
「飲み過ぎましたかねぇ」
八咫の姿を探す。無事だろうか、手を貸してもらえないか――しかし瓦礫の向こうに見つけた彼は、国刺当主となにやらにらみ合っていた。こんなときまで、と息がつまったものの、百合の視線に気がついた彼は微笑み返してくる。
それがいつもオフィスで見ていた、どうしてそこにいるかわからない、仕事もしないでいる男の笑顔だった。国刺当主と話がついたのだ、と百合は急に納得していた。
功巳が顔を真っ赤にしながら、木材に貫かれた清巳を横倒しに寝かせる。
地響きがしてそちらのほうを見ると、背に鹿野を乗せた鵺が座敷に上がってきていた。
「息はあるね」
「ど……どうしてこんな……」
「私の坊と勝手に契約を結んだことは、これで許してやる」
百合は呆然とした。
鵺は清巳ないしは功巳を狙っていたのだ――もしかすると、百合も。報復なのか、百合が清巳に目をやると、彼は億劫そうに片手を上げた。
「このたびは……勝手に、申しわけありません」
「これで許そう。あとは坊が決めることだ。国刺の坊への暴言は、家を焼いたことで許してやる」
鵺の目が百合を見据えた。
「おまえが……なんだったか、坊が気に入っている人間か」
「百合だよ、母ちゃん」
鵺の背から降りてきた鹿野が、清巳に飛び乗った。呻く清巳に頓着せず、腹に刺さっている木材を前肢でつつく。
「やめなさ、い。鹿野さん、降りて……」
鹿野を抱え、百合は鵺を見つめた。怖い印象は消えていたが、すぐとなりでは清巳が血を失い、白い顔をしている。
鵺の大きな鼻面が寄ってきた。腕のなかの鹿野と鼻先同士をくっつけ、それから鵺はなにもいわずにきびすを返す。
大きく跳躍して鵺は川底から飛び出していく――見物に見下ろしている冥府の住人たちが、優美ともいえる鵺の跳躍に、わあっと歓声とも悲鳴ともつかない声を上げ逃げ惑いはじめていた。
「母ちゃんまたなぁ」
かわいらしい鹿野の声にも振り返らず、大きな獣は視界から消えていったのだった。
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