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最悪から最良、しかし最悪
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ふと、自分がなんのためにこの土地にやって来たかわからなくなっていた。
「愛してる」
彼に愛を告げられて、胸が痛い。
受け入れるわけにはいかないのだ。
儀式を阻害したとしても、アムラスがほんとうに嫡子から外されたとは限らない。ドゥルザの口から出たことを斟酌すれば、かなりアムラスの立場は危ない。だが正式な発表がないなら、それは確定事項ではないのだ。
なにより彼を受け入れれば、母や弟のみならず、父や第一夫人たちに害が及ばないとも限らない。
「……アムラスさま、私は私の気持ちをわかっています。私はどなたかと添いたいとか、そんな気持ちは」
「儀式の間、自分がどんなだったか……覚えてないだろう?」
エルミアは言葉を失った。
「おまえが覚えていなくてよかった」
「わ……私が覚えてないなら、アムラスさまがおっしゃることがお戯れでない確証は……どこにも」
エルミアは自分の血の気が引いていくのがわかった。
アムラスに刺激を与えられると、たやすく発情する身体――初対面で気持ちを許していない侯爵の指でさえ、エルミアを快感で流そうとした。
記憶にない儀式の一夜、自分はどれほどけだものじみていたのか。
眠り薬だと思っていたものは、そうではなかったのだ。ただ眠っていただけではないのだろう。
なにかいおう、取り繕おう――エルミアはそれさえ果たせず、戸惑った視線でアムラスを見上げるだけだった。
「あの夜、おまえの状態を見て」
アムラスの端正な顔が、苦渋に満ちた。
「俺が床入りしてよかったと思ったよ」
「わ、私」
自分はいったい、どんなひどい有り様だったのか。
「俺が欲しいものは神殿にはない。おまえがここで暮らすというなら、俺もここにいる」
「だ……め、駄目です、はやまらないでください!」
エルミアはアムラスの胸元を揺さぶった。必死なエルミアの声に、アムラスは磊落な笑い声を降らせた。
「いっそ、俺を下男にやとえばいい。そうしたらおまえだって、気兼ねなく俺に接してくれるんじゃないか?」
「笑いごとじゃありません!」
考えがなにひとつまとまらない。
アムラスに愛を告白されても受け入れられない。
クレスカの儀式での相手がアムラスだったとしても、救われた気持ちにならない――結局儀式でのあの一夜は、エルミアのなか曖昧で忌まわしいものになってしまっているのだ。
純潔を散らした思い出もなく、アムラスの言を頼りに推測する。
エルミアは醜態をさらしたのだろう。
発情し、身体が疼きに浸食されるとき、エルミアは理性が摩耗する感覚を覚える。
恥も外聞もなくアムラスを求めたら、どんな有りさまになるのだろう――欲望に屈し、快感を貪ったら。
儀式の夜、エルミアが欲望に突き動かされたのだとしたら、アムラスを前に取り繕っているいまの態度など、滑稽なものに映っているかもしれない。
「なあ、俺を避けないでくれ」
彼の指が頬をなでた。
「……泣くな」
それでエルミアは、涙の粒が頬を滑り落ちていることに気がついた。
幼いころから恋していたアムラスの、優しげなまなざしにからめ取られる。
――もしかすると。
エルミアはうつむいた。
――もしかすると、アムラスの胸に飛びこんでも拒絶されないかもしれない。
満月の夜、自分にのしかかり貫いた、たくましい動きを続けたアムラスのにおいを思い出した。エルミアはおなかの奥に疼く、卑猥な一本の線が生まれるのを感じる。
記憶にないとはいえ、エルミアを手折ったのはアムラスだった、恋しいひとだったと知って、救われた気持ちにならないのはどうしてだろう。
愛していると告げられて、明るい気分にならないのはどうしてだろう。
――やっぱり、私では駄目。
エルミアの内心を読みでもするのか、アムラスが手をにぎってくる。
にぎり返したくなったが、エルミアはそうしなかった。
――人里離れたデュカの森で暮らすより、アムラスは神殿で暮らしたほうがいい。
自分がまるでアムラスの人生に影を落とす染みみたいだ。
「エルミア」
――輝かしい生き方のできる道だって、アムラスにはあるのだ。
「おかしなことは……考えるな」
見透かされた気がして、エルミアは目を瞠る。
アムラスはエルミアの手をにぎり、自分の股間に導いた。布越しにそれをにぎらせる。かたくいきり立ったものがある。泉のそばで彼のそれをくちびるで愛したことを思い出した。温度やにおい、反応がまざまざとよみがえってしまう。
手を引っこめようとしたが、できなかった。頭の奥が熱い――くらくらするほど、アムラスの体温が欲しくなっていた。
アムラスは声に出して短く笑う。
「こんなことをするのが、たいしたことじゃないとでも思ってるのか?」
「……え……」
「勃起してるなんてわざわざしらせるのが、たいしたことじゃないとでも?」
「アムラスさま……?」
泉のときとおなじく、アムラスはエルミアの手をにぎった状態で器用にズボンの前を開いた。
飛び出してきたものから、エルミアは目を離せない。
屹立した男根に、エルミアは息を飲んでいた。
「これをさらすのが、たいしたことじゃないと? 俺にだって恥はあるんだ――俺はおまえと劣情を分かち合いたい。愛してる。おまえが相手だから、こんなふうになるんだ」
「私、もう……外に」
逃げ出してしまいたい。
エルミアは欲情していた。
現れた情欲にふれたかった。あさましいことをしたい。存分に楽しみたい。アムラスに突き上げられたい。
そんなことを考える自分がおそろしい。
「エルミア、手でいい。おまえがいかせてくれ」
「なにを……」
「いって気持ちよかっただろう? 俺もいきたい。はやくしないと、侯爵たちが戻ってくるぞ。ほら、エルミア」
「やめましょう、アムラスさま……」
アムラスが腕を引いて来る力は強い――彼は強行するつもりなのだ。
エルミアはひざがふるえていた。彼の欲情した目に取りこまれてしまっている。
「さあ、エルミア」
拒否に首を振り、しかしエルミアはひざまずいていた。
「にぎって」
おそるおそる、エルミアは屹立したそれにふれた。直接熱さを指に感じた瞬間、身体の芯にしびれを伴った疼きが突き上げる。
「……っ」
昨日はじめて愛撫したものだ。
もう心理的な抵抗はなく、エルミアは陰茎の表面に浮き出た血管に舌を這わせた。
ていねいになぞり、とくに太い部分をついばむようにして吸う。亀頭まで移動すると、透明な蜜が盛り上がりいまにも流れ落ちようとしている。
エルミアはそれをなめとった。
奇妙な味がして、同時に下腹部全体がじくりと疼く。
ちらりと見上げたアムラスは、なにもいわない。
ひたすら欲情がうかかがえる彼のまなざしを受け、エルミアは灼熱を頬張った。
大きい――のどの奥まで受けるのがこわく、浅くくわえた状態で強弱をつけて吸った。
「ああ……エルミア、気持ちいいよ」
彼の吐息に、エルミアの腹部がこたえるように疼いた。
ずきんずきんと疼く場所を、エルミアは理解した気がする。
――子宮だ。
子宮を中核に、身体の随所にあるエルミアの性感帯が引きずられて疼いている。
鳴動する欲情の波に抗おうと、エルミアは男根への愛撫を続けた。先達て舐め取ったものとは違う、奇妙な味がする。
「一生懸命にしゃぶってくれるのは嬉しいけど、飲むつもりでいるのか?」
「ぅ……んう……?」
目を上げると、アムラスは舌なめずりをしていた。
「俺は手でしてくれっていったんだ。自分からしゃぶってくるなんて、エルミアには驚かされるな」
アムラスの言葉にショックを受けて、エルミアは顔を離した。
身をひるがえそうとしたエルミアの腰を、アムラスは乱暴に抱きしめた。長椅子に勢いのついたふたり分の体重がかかる。
「はなし……」
「離すわけがないだろ? ほら」
アムラスのひざに向かい合ってすわらされ、エルミアは恥丘の前にそそり立つ陰茎をにぎらされた。
「だ、だって……だって」
――だって、アムラスがいきたいといったから。
――舌での愛撫が気持ちいいと、エルミアも知っているから。
狼狽しているのに、にぎったアムラスの男根を愛撫しはじめてしまう。身体の疼きは全身に広がっている。こめかみが熱い。
アムラスの顔が近づいて、あご先をなめられると切れ切れの声が漏れた。
「あぅ……っ」
「いじわるでいってるんじゃない。嬉しいんだ……あんなにおいしそうにしゃぶってくれて、頭がどうにかなりそうなくらい嬉しいんだよ」
「わた、し……どうかして……」
弁明したい。
頭を言葉が空回って、順序立ったものが出てこない。頭のなかが白くなっていて、なのに亀頭をもみしだく指は止まらなかった。
「俺の前なんだ、どうかしてていい。エルミア、もうたまらないんだ」
アムラスの身体がずれていく。
長椅子にできた空白にエルミアは横たえられた。
彼がなにをするつもりか、視界のはしで揺れているそれの様子ですべてわかる。
エルミアは抵抗するべきだろう――いつ侯爵や弟が戻ってくるかわからない。もうここには自分たちだけではないのだ。昼日中から、未婚にも関わらず情事にふける。あってはならないことだ。
なのに、エルミアはアムラスが下履きを脱がせてきても抗わなかった。
淫裂が潤っている音が、身じろぐと聞こえた。
「きれいだ」
「アムラス、さま……私」
「なかに出しておこうか、エルミア。侯爵避けになったんだろう、俺の精をずっと抱えていたらいい」
「ひ……っ」
目を合わせたまま、アムラスは一気に根元まで突き立てる。すでに彼はエルミアの淫花の位置を把握していた。
「ぃやぁ……あぁっ……あっ、ぅ……っぁ」
エルミアが下から突き上げられると、おなじく長椅子が激しくきしんだ。正気を失いそうなほどの快感だ。エルミアは流されまいとアムラスのシャツをつかんだ。
「やめ……やめてぇ……ぁ……っああ……や、め」
「やめないよ。こんなにエルミアが気持ちよさそうにしてるのに、やめるわけないだろう? なかに出すから、しっかり受け止めておくんだ。もうほかのやつに……指だって入れさせない」
「や……やめ……あぁっ」
「ここをいつもしっかり締めておくんだ」
ぐ、っと男根を挿入する角度が深くなる。
「なにをしているときでも、俺の精をたくわえておけ。ここは俺だけが好きにしていいところだ。指で可愛がるのも、射精するのも……俺だけだ」
「ま、って……ぅあぁ……アムラスさ――まって、だめ……こんなの、も、もう……っあ……っ」
アムラスはエルミアの両足を高く抱え上げた。
「ひっぅ――あぁ……っあぅ」
深い場所をえぐられて、エルミアは急速に絶頂をむかえていた。
大きく足を広げただらしない格好のエルミアを見下ろし、アムラスもまた射精する――両足がびくびくとふるえ、エルミアは顔を覆った。
「はっ……ぁあ……う」
どうしたらいいのかわからなくなっていた。
肉杭に貫かれ、長い射精を受けている。
――つながった部分から、甘い充足感が広がっていた。
昨晩の風呂場での件と違い、嫌悪感は微塵もない。
身体を離したアムラスが下履きをはかせてくれようとして、エルミアは身を起こした。
ようやく頭が動きはじめていた。
「じ、自分で……」
「そうか? 急いだほうがいいかもな。侯爵たちが戻ってきたみたいだから」
飛び上がったエルミアはあわてて身支度を整える。
「すこし距離があるから、そこまで急がなくても」
アムラスはちょっと笑っている。
衣服を整え、長椅子から立ち上がったエルミアがアムラスを見たとき、すぐ外でドゥルザたちの話し声が聞こえた。
自分の身体を見下ろす。どこにも乱れた箇所はない。エルミアは安堵し、アムラスが楽しそうに声を上げて笑った。
「エルミアがちゃんと俺の精を抱えていられるか、夜にでも確かめに行くよ」
「へ……変な冗談はやめてください! 弟も戻ってきましたし……私、もう必要なものを書き出さないと」
これ幸いと扉から小走りに出たエルミアだが、怒りを露わにしたドゥルザが大股にこちらにやって来るのを認めて足を止めた。
「姉さん、どういうことだ!?」
開口一番、尋ねるというには鋭く大きい声である。
ドゥルザの背後、苦虫を噛み殺したようなドリスティア侯爵がいた。
「侯爵、なにかしゃべったみたいだな」
激昂したドゥルザを前にするのはひさしぶりだ。
昔神殿に居を移したばかりのころ、エルミアに面と向かい、平民の出自を揶揄した神官の子がいた。横から突然現れたドゥルザが、その子を叩きのめしたのだ。それは姉を助けるための行動だったが、かえって出自の野蛮さを裏づける要因になった。
幼かったドゥルザなりに反省し、以来弟が怒るところをエルミアは見ていない。おとなしくなったドゥルザをかばうのは、そこからはエルミアの仕事になっていた。エルミアの背に守られながら、じつはドゥルザは激しい感情を身にたたえていたのかもしれない。
「アムラスと親密だって、いったいどういうことだよ!?」
驚いたあまり、声を荒げる弟を前にエルミアは落ち着いてしまった。
「アムラス、一緒に神殿に戻ってもらうからな!」
指を突きつけ、ドゥルザの声はいっそう大きくなる。
「お客さまがいらっしゃるのに、大きな声を出したりして……」
「姉さんもどういうつもりだよ! よりによってアムラスとそんな……!」
「ドゥルザ、落ち着きなさい」
「なにを落ち着けっていうんだ。アムラス、おまえまさか、ここで姉さんを囲うつもりなのか!? 姉さんをもてあそぶつもりか!?」
弟をいさめようと前に出かけたエルミアの腰を、アムラスが抱き寄せた。エルミアのほそい身体は簡単に引き寄せられ、アムラスの胸に背中を預ける。
ドゥルザの顔が怒りで真っ赤に染まっていく――息を吸いこんだドゥルザをさえぎり、エルミアの腰を抱いたままアムラスが口を開いた。
「エルミアと俺のことに、口をはさまないでもらおうか」
「おまえ……!」
ピューイ、と高い音がする。ドリスティア侯爵が口笛を吹いていた。
「ドゥルザ殿、姉弟とはいえ恋愛沙汰に首をつっこむのは感心できませんな」
ドゥルザとエルミアとの間に、余計なことをいったのだろうドリスティア侯爵は立ちはだかった。
噛みつくような獰猛な面相で、ドゥルザは侯爵に牙を剥いた。
「侯爵! 姉さんは嫁入り前の身なんだぞ! それを――」
「思い合う相手がいて、我慢しろというほうが酷でしょう」
「そんなふしだらな……!」
ふしだら。
エルミアの胸がちくりと痛んだ。
「おや、思い合った相手と有意義な時間を過ごすなと? そう怒る前に、ドゥルザ殿も自分の恋人のことを思い出してごらんなさい。恋人とのことで肉親に大きな声を出されたら、それはもう苦しいでしょう」
ドゥルザにそんな相手がいる話は聞いていない。弟の顔にじわりと冷静さが戻ってくる。ほっとしたエルミアは、まだアムラスに腰を抱かれたままだと気がついた。
彼の手から逃れ、弟を手招く。
「あの、侯爵さま、すこし弟を落ち着かせてまいりますので、すみませんがお時間をいただいてよろしいですか? ドゥルザ、食堂に行っていて」
ドゥルザは不満そうだ。だが激昂の色よりも、拗ねたような顔つきになっているのですこし安心する。
足音も荒く行くドゥルザを見送ったアムラスは、ドリスティア侯爵に向かって大仰なお辞儀をした。
「お見苦しいところをお見せして申しわけない。おひとりで森には行かないでいただけますか」
「そうですね、適当に時間を潰していましょう」
請け負った侯爵は歯を見せて笑った。
余計なことばかりを話して、と思いはするが、憎めない笑顔だ。
デュカの森を発つまでに、アムラスとエルミアの関係を口止めしたほうがいいかもしれない。
弟を追って厨房に向かいながら、口止めをしたところで侯爵は簡単に口を滑らせるのではないか――エルミアはそう思っていた。
(続)
「愛してる」
彼に愛を告げられて、胸が痛い。
受け入れるわけにはいかないのだ。
儀式を阻害したとしても、アムラスがほんとうに嫡子から外されたとは限らない。ドゥルザの口から出たことを斟酌すれば、かなりアムラスの立場は危ない。だが正式な発表がないなら、それは確定事項ではないのだ。
なにより彼を受け入れれば、母や弟のみならず、父や第一夫人たちに害が及ばないとも限らない。
「……アムラスさま、私は私の気持ちをわかっています。私はどなたかと添いたいとか、そんな気持ちは」
「儀式の間、自分がどんなだったか……覚えてないだろう?」
エルミアは言葉を失った。
「おまえが覚えていなくてよかった」
「わ……私が覚えてないなら、アムラスさまがおっしゃることがお戯れでない確証は……どこにも」
エルミアは自分の血の気が引いていくのがわかった。
アムラスに刺激を与えられると、たやすく発情する身体――初対面で気持ちを許していない侯爵の指でさえ、エルミアを快感で流そうとした。
記憶にない儀式の一夜、自分はどれほどけだものじみていたのか。
眠り薬だと思っていたものは、そうではなかったのだ。ただ眠っていただけではないのだろう。
なにかいおう、取り繕おう――エルミアはそれさえ果たせず、戸惑った視線でアムラスを見上げるだけだった。
「あの夜、おまえの状態を見て」
アムラスの端正な顔が、苦渋に満ちた。
「俺が床入りしてよかったと思ったよ」
「わ、私」
自分はいったい、どんなひどい有り様だったのか。
「俺が欲しいものは神殿にはない。おまえがここで暮らすというなら、俺もここにいる」
「だ……め、駄目です、はやまらないでください!」
エルミアはアムラスの胸元を揺さぶった。必死なエルミアの声に、アムラスは磊落な笑い声を降らせた。
「いっそ、俺を下男にやとえばいい。そうしたらおまえだって、気兼ねなく俺に接してくれるんじゃないか?」
「笑いごとじゃありません!」
考えがなにひとつまとまらない。
アムラスに愛を告白されても受け入れられない。
クレスカの儀式での相手がアムラスだったとしても、救われた気持ちにならない――結局儀式でのあの一夜は、エルミアのなか曖昧で忌まわしいものになってしまっているのだ。
純潔を散らした思い出もなく、アムラスの言を頼りに推測する。
エルミアは醜態をさらしたのだろう。
発情し、身体が疼きに浸食されるとき、エルミアは理性が摩耗する感覚を覚える。
恥も外聞もなくアムラスを求めたら、どんな有りさまになるのだろう――欲望に屈し、快感を貪ったら。
儀式の夜、エルミアが欲望に突き動かされたのだとしたら、アムラスを前に取り繕っているいまの態度など、滑稽なものに映っているかもしれない。
「なあ、俺を避けないでくれ」
彼の指が頬をなでた。
「……泣くな」
それでエルミアは、涙の粒が頬を滑り落ちていることに気がついた。
幼いころから恋していたアムラスの、優しげなまなざしにからめ取られる。
――もしかすると。
エルミアはうつむいた。
――もしかすると、アムラスの胸に飛びこんでも拒絶されないかもしれない。
満月の夜、自分にのしかかり貫いた、たくましい動きを続けたアムラスのにおいを思い出した。エルミアはおなかの奥に疼く、卑猥な一本の線が生まれるのを感じる。
記憶にないとはいえ、エルミアを手折ったのはアムラスだった、恋しいひとだったと知って、救われた気持ちにならないのはどうしてだろう。
愛していると告げられて、明るい気分にならないのはどうしてだろう。
――やっぱり、私では駄目。
エルミアの内心を読みでもするのか、アムラスが手をにぎってくる。
にぎり返したくなったが、エルミアはそうしなかった。
――人里離れたデュカの森で暮らすより、アムラスは神殿で暮らしたほうがいい。
自分がまるでアムラスの人生に影を落とす染みみたいだ。
「エルミア」
――輝かしい生き方のできる道だって、アムラスにはあるのだ。
「おかしなことは……考えるな」
見透かされた気がして、エルミアは目を瞠る。
アムラスはエルミアの手をにぎり、自分の股間に導いた。布越しにそれをにぎらせる。かたくいきり立ったものがある。泉のそばで彼のそれをくちびるで愛したことを思い出した。温度やにおい、反応がまざまざとよみがえってしまう。
手を引っこめようとしたが、できなかった。頭の奥が熱い――くらくらするほど、アムラスの体温が欲しくなっていた。
アムラスは声に出して短く笑う。
「こんなことをするのが、たいしたことじゃないとでも思ってるのか?」
「……え……」
「勃起してるなんてわざわざしらせるのが、たいしたことじゃないとでも?」
「アムラスさま……?」
泉のときとおなじく、アムラスはエルミアの手をにぎった状態で器用にズボンの前を開いた。
飛び出してきたものから、エルミアは目を離せない。
屹立した男根に、エルミアは息を飲んでいた。
「これをさらすのが、たいしたことじゃないと? 俺にだって恥はあるんだ――俺はおまえと劣情を分かち合いたい。愛してる。おまえが相手だから、こんなふうになるんだ」
「私、もう……外に」
逃げ出してしまいたい。
エルミアは欲情していた。
現れた情欲にふれたかった。あさましいことをしたい。存分に楽しみたい。アムラスに突き上げられたい。
そんなことを考える自分がおそろしい。
「エルミア、手でいい。おまえがいかせてくれ」
「なにを……」
「いって気持ちよかっただろう? 俺もいきたい。はやくしないと、侯爵たちが戻ってくるぞ。ほら、エルミア」
「やめましょう、アムラスさま……」
アムラスが腕を引いて来る力は強い――彼は強行するつもりなのだ。
エルミアはひざがふるえていた。彼の欲情した目に取りこまれてしまっている。
「さあ、エルミア」
拒否に首を振り、しかしエルミアはひざまずいていた。
「にぎって」
おそるおそる、エルミアは屹立したそれにふれた。直接熱さを指に感じた瞬間、身体の芯にしびれを伴った疼きが突き上げる。
「……っ」
昨日はじめて愛撫したものだ。
もう心理的な抵抗はなく、エルミアは陰茎の表面に浮き出た血管に舌を這わせた。
ていねいになぞり、とくに太い部分をついばむようにして吸う。亀頭まで移動すると、透明な蜜が盛り上がりいまにも流れ落ちようとしている。
エルミアはそれをなめとった。
奇妙な味がして、同時に下腹部全体がじくりと疼く。
ちらりと見上げたアムラスは、なにもいわない。
ひたすら欲情がうかかがえる彼のまなざしを受け、エルミアは灼熱を頬張った。
大きい――のどの奥まで受けるのがこわく、浅くくわえた状態で強弱をつけて吸った。
「ああ……エルミア、気持ちいいよ」
彼の吐息に、エルミアの腹部がこたえるように疼いた。
ずきんずきんと疼く場所を、エルミアは理解した気がする。
――子宮だ。
子宮を中核に、身体の随所にあるエルミアの性感帯が引きずられて疼いている。
鳴動する欲情の波に抗おうと、エルミアは男根への愛撫を続けた。先達て舐め取ったものとは違う、奇妙な味がする。
「一生懸命にしゃぶってくれるのは嬉しいけど、飲むつもりでいるのか?」
「ぅ……んう……?」
目を上げると、アムラスは舌なめずりをしていた。
「俺は手でしてくれっていったんだ。自分からしゃぶってくるなんて、エルミアには驚かされるな」
アムラスの言葉にショックを受けて、エルミアは顔を離した。
身をひるがえそうとしたエルミアの腰を、アムラスは乱暴に抱きしめた。長椅子に勢いのついたふたり分の体重がかかる。
「はなし……」
「離すわけがないだろ? ほら」
アムラスのひざに向かい合ってすわらされ、エルミアは恥丘の前にそそり立つ陰茎をにぎらされた。
「だ、だって……だって」
――だって、アムラスがいきたいといったから。
――舌での愛撫が気持ちいいと、エルミアも知っているから。
狼狽しているのに、にぎったアムラスの男根を愛撫しはじめてしまう。身体の疼きは全身に広がっている。こめかみが熱い。
アムラスの顔が近づいて、あご先をなめられると切れ切れの声が漏れた。
「あぅ……っ」
「いじわるでいってるんじゃない。嬉しいんだ……あんなにおいしそうにしゃぶってくれて、頭がどうにかなりそうなくらい嬉しいんだよ」
「わた、し……どうかして……」
弁明したい。
頭を言葉が空回って、順序立ったものが出てこない。頭のなかが白くなっていて、なのに亀頭をもみしだく指は止まらなかった。
「俺の前なんだ、どうかしてていい。エルミア、もうたまらないんだ」
アムラスの身体がずれていく。
長椅子にできた空白にエルミアは横たえられた。
彼がなにをするつもりか、視界のはしで揺れているそれの様子ですべてわかる。
エルミアは抵抗するべきだろう――いつ侯爵や弟が戻ってくるかわからない。もうここには自分たちだけではないのだ。昼日中から、未婚にも関わらず情事にふける。あってはならないことだ。
なのに、エルミアはアムラスが下履きを脱がせてきても抗わなかった。
淫裂が潤っている音が、身じろぐと聞こえた。
「きれいだ」
「アムラス、さま……私」
「なかに出しておこうか、エルミア。侯爵避けになったんだろう、俺の精をずっと抱えていたらいい」
「ひ……っ」
目を合わせたまま、アムラスは一気に根元まで突き立てる。すでに彼はエルミアの淫花の位置を把握していた。
「ぃやぁ……あぁっ……あっ、ぅ……っぁ」
エルミアが下から突き上げられると、おなじく長椅子が激しくきしんだ。正気を失いそうなほどの快感だ。エルミアは流されまいとアムラスのシャツをつかんだ。
「やめ……やめてぇ……ぁ……っああ……や、め」
「やめないよ。こんなにエルミアが気持ちよさそうにしてるのに、やめるわけないだろう? なかに出すから、しっかり受け止めておくんだ。もうほかのやつに……指だって入れさせない」
「や……やめ……あぁっ」
「ここをいつもしっかり締めておくんだ」
ぐ、っと男根を挿入する角度が深くなる。
「なにをしているときでも、俺の精をたくわえておけ。ここは俺だけが好きにしていいところだ。指で可愛がるのも、射精するのも……俺だけだ」
「ま、って……ぅあぁ……アムラスさ――まって、だめ……こんなの、も、もう……っあ……っ」
アムラスはエルミアの両足を高く抱え上げた。
「ひっぅ――あぁ……っあぅ」
深い場所をえぐられて、エルミアは急速に絶頂をむかえていた。
大きく足を広げただらしない格好のエルミアを見下ろし、アムラスもまた射精する――両足がびくびくとふるえ、エルミアは顔を覆った。
「はっ……ぁあ……う」
どうしたらいいのかわからなくなっていた。
肉杭に貫かれ、長い射精を受けている。
――つながった部分から、甘い充足感が広がっていた。
昨晩の風呂場での件と違い、嫌悪感は微塵もない。
身体を離したアムラスが下履きをはかせてくれようとして、エルミアは身を起こした。
ようやく頭が動きはじめていた。
「じ、自分で……」
「そうか? 急いだほうがいいかもな。侯爵たちが戻ってきたみたいだから」
飛び上がったエルミアはあわてて身支度を整える。
「すこし距離があるから、そこまで急がなくても」
アムラスはちょっと笑っている。
衣服を整え、長椅子から立ち上がったエルミアがアムラスを見たとき、すぐ外でドゥルザたちの話し声が聞こえた。
自分の身体を見下ろす。どこにも乱れた箇所はない。エルミアは安堵し、アムラスが楽しそうに声を上げて笑った。
「エルミアがちゃんと俺の精を抱えていられるか、夜にでも確かめに行くよ」
「へ……変な冗談はやめてください! 弟も戻ってきましたし……私、もう必要なものを書き出さないと」
これ幸いと扉から小走りに出たエルミアだが、怒りを露わにしたドゥルザが大股にこちらにやって来るのを認めて足を止めた。
「姉さん、どういうことだ!?」
開口一番、尋ねるというには鋭く大きい声である。
ドゥルザの背後、苦虫を噛み殺したようなドリスティア侯爵がいた。
「侯爵、なにかしゃべったみたいだな」
激昂したドゥルザを前にするのはひさしぶりだ。
昔神殿に居を移したばかりのころ、エルミアに面と向かい、平民の出自を揶揄した神官の子がいた。横から突然現れたドゥルザが、その子を叩きのめしたのだ。それは姉を助けるための行動だったが、かえって出自の野蛮さを裏づける要因になった。
幼かったドゥルザなりに反省し、以来弟が怒るところをエルミアは見ていない。おとなしくなったドゥルザをかばうのは、そこからはエルミアの仕事になっていた。エルミアの背に守られながら、じつはドゥルザは激しい感情を身にたたえていたのかもしれない。
「アムラスと親密だって、いったいどういうことだよ!?」
驚いたあまり、声を荒げる弟を前にエルミアは落ち着いてしまった。
「アムラス、一緒に神殿に戻ってもらうからな!」
指を突きつけ、ドゥルザの声はいっそう大きくなる。
「お客さまがいらっしゃるのに、大きな声を出したりして……」
「姉さんもどういうつもりだよ! よりによってアムラスとそんな……!」
「ドゥルザ、落ち着きなさい」
「なにを落ち着けっていうんだ。アムラス、おまえまさか、ここで姉さんを囲うつもりなのか!? 姉さんをもてあそぶつもりか!?」
弟をいさめようと前に出かけたエルミアの腰を、アムラスが抱き寄せた。エルミアのほそい身体は簡単に引き寄せられ、アムラスの胸に背中を預ける。
ドゥルザの顔が怒りで真っ赤に染まっていく――息を吸いこんだドゥルザをさえぎり、エルミアの腰を抱いたままアムラスが口を開いた。
「エルミアと俺のことに、口をはさまないでもらおうか」
「おまえ……!」
ピューイ、と高い音がする。ドリスティア侯爵が口笛を吹いていた。
「ドゥルザ殿、姉弟とはいえ恋愛沙汰に首をつっこむのは感心できませんな」
ドゥルザとエルミアとの間に、余計なことをいったのだろうドリスティア侯爵は立ちはだかった。
噛みつくような獰猛な面相で、ドゥルザは侯爵に牙を剥いた。
「侯爵! 姉さんは嫁入り前の身なんだぞ! それを――」
「思い合う相手がいて、我慢しろというほうが酷でしょう」
「そんなふしだらな……!」
ふしだら。
エルミアの胸がちくりと痛んだ。
「おや、思い合った相手と有意義な時間を過ごすなと? そう怒る前に、ドゥルザ殿も自分の恋人のことを思い出してごらんなさい。恋人とのことで肉親に大きな声を出されたら、それはもう苦しいでしょう」
ドゥルザにそんな相手がいる話は聞いていない。弟の顔にじわりと冷静さが戻ってくる。ほっとしたエルミアは、まだアムラスに腰を抱かれたままだと気がついた。
彼の手から逃れ、弟を手招く。
「あの、侯爵さま、すこし弟を落ち着かせてまいりますので、すみませんがお時間をいただいてよろしいですか? ドゥルザ、食堂に行っていて」
ドゥルザは不満そうだ。だが激昂の色よりも、拗ねたような顔つきになっているのですこし安心する。
足音も荒く行くドゥルザを見送ったアムラスは、ドリスティア侯爵に向かって大仰なお辞儀をした。
「お見苦しいところをお見せして申しわけない。おひとりで森には行かないでいただけますか」
「そうですね、適当に時間を潰していましょう」
請け負った侯爵は歯を見せて笑った。
余計なことばかりを話して、と思いはするが、憎めない笑顔だ。
デュカの森を発つまでに、アムラスとエルミアの関係を口止めしたほうがいいかもしれない。
弟を追って厨房に向かいながら、口止めをしたところで侯爵は簡単に口を滑らせるのではないか――エルミアはそう思っていた。
(続)
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