闇がしたたる ~三千世界に怪異は嗤う

日野

文字の大きさ
21 / 56
4 気さくな怪異

第21話

しおりを挟む
 コンビニの和菓子もいいものだ。

 指先に粉の感触が残っている。片栗粉か上新粉か、そのあたりだろう。人差し指と親指の先をこすり合わせ、さらさらと滑るのを楽しむ。
 そのくらいしか楽しいことが見当たらない。

 如月と人面犬と共に、紅緒は自社ビルの十階へと足を動かしていた。当たり前のように階段を利用だ。

「おふたりはエレベーターで向かってもよかったんじゃ」
「武藤くんがいなくなったときと、状況を合わせたほうがいいでしょう。三嶋さんは階段を使っていたんですから」
「そんなものですか?」

 つい先ほどまで、紅緒は帰るつもりだった。
 近いうちに新人氏を探す打ち合わせをするだろうが、九時過ぎまで残業をした今日ではないだろう――それが甘かった。
 頼られて嬉しかったのか、人面犬はやる気に満ち溢れていた。
 如月の考えはわからないが、率先して行動している。

「武藤さんのこと、如月さんが心配していると思いませんでした」

 階段に声がわずかに反響する。

「騒ぎになってほしくないんですよ。重役のご親戚だと、ただいなくなった社員がいる、じゃ済まされないでしょう?」
「如月さんに矛先は向かないんじゃないですか? どちらかというと、最後に会ったことになるのは専務か私か、ですし」

 専務はエレベーターから降りる新人氏を見送り、おそらく紅緒の証言である『新人氏を見かけていない』という発言――信じられていなさそうだ。だが知らないとしかいえない。現になにも知らないのだから。
 階段エリアのドアを開けると、エレベーターホールの横に出た。正面の壁には十階という表示がある。
 それを見上げ、紅緒は指先をこすり合わせていた。

「……なんか、赤いですね」

 エレベーターホールも廊下もどことなく赤みを帯びている。
 天井や壁の乳白色と、床のグレー。
 どこもかしこもうっすらと赤みがかっていた。夜半に照明の色がそんなふうになると聞いたこともない――目を向けた天井の照明はついていなかった。

「三嶋さん、暗くないことのほうがおかしいですよ」

 如月の声は笑っている。

「もしかして、ここって」

 ――異界に足を突っこんだか。

 紅緒は動じなかった。スマホは総務部の机に置いてきている。壊れる心配はない。

「赤いだけじゃねぇ、あいつのにおいがプンプンしやがる」
「あいつ? 武藤さんですか? あの、武藤さんって探してほしい新人さんなんですけど」
「そいつのにおいもしちゃいるが……このへんを縄張りにしてるんだな、手がはえぇ」

 なにかがいて、人面犬が警戒している。
 まさかいきなり鉢合わせするようなことにはならないだろう。

「気をつけるんだぞ、あいつは恐ろしい。たぶらかされるなよ」

 人面犬の言葉が終わらないうちに、如月が紅緒の肩を叩いた。

「三嶋さん、ほら」

 如月の指差す通路の一方、それに紅緒は目を剥いた。
 通路をいっぱいに埋め尽くす白い毛――巨大な白猫と思しき顔がある。
 みっしりとした白い毛で通路が詰まり、やけに窮屈そうだ。
 なのに、この白猫は自在に動けるのだ、と瞬時に確信できた。

「逃げろおまえら!」

 人面犬の絶叫に紅緒は階段通路への扉に飛びつき、如月とともにそちらに転げ出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

近づいてはならぬ、敬して去るべし

句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中したほどだった。   失業後、ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねてみることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   深い山中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 日本の中心地・東京。そこからわずかにはずれた山の中に潜む秘密をめぐる奇譚。

処理中です...