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5 いっしょにいたいか
第25話
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ガラス越し、新人氏はゆったりとした笑顔を浮かべている。
「大きくてきれいな猫が、一緒にいてくれて」
そのとおり、白猫は美しかった。
「ずっと猫と?」
「はい。ふわふわで優しいんです……おふたりとも、どうやってここに? 猫ちゃんがいないと、ここには来られないかと思ってたんですが」
「いま武藤さんは失踪したことになってますよ、いなくなってそろそろ一ヶ月です」
目を細め、新人氏は嬉しそうにした。
「そんなに? たぶん、僕がいないほうが……」
嬉しそうな顔で、新人氏は言葉を切る。
「探しにきたんですが、調子はどうですか? どこか、違和感なんかは」
「体調もとくにおかしなところは……でも一ヶ月も経つんですか。ちょっとしか経ってない気分です」
「武藤さん、エレベーターに乗ったあと、どうしていたんですか? 専務とご一緒してたじゃないですか」
困ったように新人氏は笑う。
「十階に着いて、どこで三嶋さんを待っていたらいいかわからなくて、ちょっと歩いてたんです」
ちょっと歩いたという新人氏は、台車を押しぐるぐる歩きまわったということだった。
「エレベーターの横に階段にいくドアがあるの思い出して、そっちにいたほうがいいかと思って引き返して……そうしたら、どこまでいっても階段どころか、エレベーターも見つからなくなって」
――ずっと廊下だったんです。
自然と紅緒はうなずいていた。
エレベーターを降りたところで待っていると思っていたが、ひとり新人氏は歩きはじめ、白猫の縄張りに足を踏み入れてしまった。
「台車重かったでしょう、お疲れさまです」
新人氏の目線がかたわらに向いた。そこに台車があるのかもしれない。紅緒の位置からは確認できなかった。
「エレベーターの前で、っていえばよかったですね。まあそれはともかく、戻りませんか」
白猫は窓ガラスの向こうから、廊下にやってきた。新人氏もそれにもおなじことができるだろうか。
「戻る……」
暗い声だ。
「武藤くん、不都合でも」
「戻ったところで、僕……やっていけるでしょうか」
「それって、失敗が多いからですか?」
やわらかい言い方を紅緒は選ばなかった。気を悪くした様子はなく、彼は子供のような仕草でうなずく。
「資料の箱詰めあたりは、できてましたよね」
「それだけやりたいですけど、無理ですよ」
新人氏がため息交じりにそう話す声は、はじめて聞くものだ。
「とりあえず、こっちに来られませんか?」
如月が尋ねると、新人氏はあたりを見回す。あちらの景色がどんなものか、少しだけ興味が湧いた。
「ええと……そこで待っててもらえます?」
新人氏が移動していく。音だけだが、台車の音も聞こえていた。
「好きに動けるものなんですね」
「こっちにも来られるでしょう、たぶん」
闇濡れした男から、ぼたぼたと大粒の闇が落ちていった。
「武藤くん、窓のこっちもあっちも動けると思いますよ――だから、ここに来られたんですね、って垣根のない言い方をしたんでしょうし」
「どうにかしたら、道みたいなものが見えるのかもしれない……?」
「逃げもせずに猫と一緒にいたなら、なじんじゃってると思います」
「なじむ」
人面犬は鼻ににおいがなじみ、嗅覚が頼りにならなくなっていた。
ああいうことが起こるのかもしれない。
「あの猫と相性がいいのかな。偶然ここに迷いこんだか、相性のいい猫がいるから引き寄せられたか」
同化しているというなら、新人氏は白猫とおなじように自由にここで動けるはずだ。
「お待たせしました」
突然声が聞こえ、振り返ると真後ろに新人氏が立っていた。
台車の横に立った彼は、一ヶ月の時間を感じさせない出で立ちだった。ついさっきエレベーターと階段に別れたような姿だ。
「いま何時ぐらいです? 時間とか日付がわからなくて……僕のスマホ、壊れちゃったんですよ」
異界を跨いだからだ。
「いまからだと電車もないですね。フロアに戻れば電話も使えますから、ひとまずご家族に。適当な言い訳ができればいいんですけど」
「一ヶ月経ってるんですよね。そうしたら……以前ひとに誘われてた勉強会に拉致されてたことにします」
「……拉致?」
「ええ。契約書にサインするまで帰してもらえないって評判で。それを知ってたので、断ってたんです。でもしつこくて」
会社でいきなり消えたのだ、そんな会を持ち出したところで通るものだろうか。だが紅緒には誰もが納得する失踪理由は思いつけない。
事実確認がされたとき胡散臭い会が理由なら、真実でも虚偽でもご家族は信じないだろう。
なんとかなるよう祈るしかない――その勉強会には泥をかぶってもらおう。
「大きくてきれいな猫が、一緒にいてくれて」
そのとおり、白猫は美しかった。
「ずっと猫と?」
「はい。ふわふわで優しいんです……おふたりとも、どうやってここに? 猫ちゃんがいないと、ここには来られないかと思ってたんですが」
「いま武藤さんは失踪したことになってますよ、いなくなってそろそろ一ヶ月です」
目を細め、新人氏は嬉しそうにした。
「そんなに? たぶん、僕がいないほうが……」
嬉しそうな顔で、新人氏は言葉を切る。
「探しにきたんですが、調子はどうですか? どこか、違和感なんかは」
「体調もとくにおかしなところは……でも一ヶ月も経つんですか。ちょっとしか経ってない気分です」
「武藤さん、エレベーターに乗ったあと、どうしていたんですか? 専務とご一緒してたじゃないですか」
困ったように新人氏は笑う。
「十階に着いて、どこで三嶋さんを待っていたらいいかわからなくて、ちょっと歩いてたんです」
ちょっと歩いたという新人氏は、台車を押しぐるぐる歩きまわったということだった。
「エレベーターの横に階段にいくドアがあるの思い出して、そっちにいたほうがいいかと思って引き返して……そうしたら、どこまでいっても階段どころか、エレベーターも見つからなくなって」
――ずっと廊下だったんです。
自然と紅緒はうなずいていた。
エレベーターを降りたところで待っていると思っていたが、ひとり新人氏は歩きはじめ、白猫の縄張りに足を踏み入れてしまった。
「台車重かったでしょう、お疲れさまです」
新人氏の目線がかたわらに向いた。そこに台車があるのかもしれない。紅緒の位置からは確認できなかった。
「エレベーターの前で、っていえばよかったですね。まあそれはともかく、戻りませんか」
白猫は窓ガラスの向こうから、廊下にやってきた。新人氏もそれにもおなじことができるだろうか。
「戻る……」
暗い声だ。
「武藤くん、不都合でも」
「戻ったところで、僕……やっていけるでしょうか」
「それって、失敗が多いからですか?」
やわらかい言い方を紅緒は選ばなかった。気を悪くした様子はなく、彼は子供のような仕草でうなずく。
「資料の箱詰めあたりは、できてましたよね」
「それだけやりたいですけど、無理ですよ」
新人氏がため息交じりにそう話す声は、はじめて聞くものだ。
「とりあえず、こっちに来られませんか?」
如月が尋ねると、新人氏はあたりを見回す。あちらの景色がどんなものか、少しだけ興味が湧いた。
「ええと……そこで待っててもらえます?」
新人氏が移動していく。音だけだが、台車の音も聞こえていた。
「好きに動けるものなんですね」
「こっちにも来られるでしょう、たぶん」
闇濡れした男から、ぼたぼたと大粒の闇が落ちていった。
「武藤くん、窓のこっちもあっちも動けると思いますよ――だから、ここに来られたんですね、って垣根のない言い方をしたんでしょうし」
「どうにかしたら、道みたいなものが見えるのかもしれない……?」
「逃げもせずに猫と一緒にいたなら、なじんじゃってると思います」
「なじむ」
人面犬は鼻ににおいがなじみ、嗅覚が頼りにならなくなっていた。
ああいうことが起こるのかもしれない。
「あの猫と相性がいいのかな。偶然ここに迷いこんだか、相性のいい猫がいるから引き寄せられたか」
同化しているというなら、新人氏は白猫とおなじように自由にここで動けるはずだ。
「お待たせしました」
突然声が聞こえ、振り返ると真後ろに新人氏が立っていた。
台車の横に立った彼は、一ヶ月の時間を感じさせない出で立ちだった。ついさっきエレベーターと階段に別れたような姿だ。
「いま何時ぐらいです? 時間とか日付がわからなくて……僕のスマホ、壊れちゃったんですよ」
異界を跨いだからだ。
「いまからだと電車もないですね。フロアに戻れば電話も使えますから、ひとまずご家族に。適当な言い訳ができればいいんですけど」
「一ヶ月経ってるんですよね。そうしたら……以前ひとに誘われてた勉強会に拉致されてたことにします」
「……拉致?」
「ええ。契約書にサインするまで帰してもらえないって評判で。それを知ってたので、断ってたんです。でもしつこくて」
会社でいきなり消えたのだ、そんな会を持ち出したところで通るものだろうか。だが紅緒には誰もが納得する失踪理由は思いつけない。
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