闇がしたたる ~三千世界に怪異は嗤う

日野

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9 道連れということ

第47話

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 いつもにぎわっている店なのだろう。
 繁盛しているのはいいことだ。

 二人掛けの狭い席で、紅緒は焼き鳥の肉を串から外していた。
 小皿に乗せられていく肉を、如月がつまんでいく。

 前回この店を訪れたときに、紅緒は自分が燃え盛っているのだと聞かされた。
 疑いもせず納得したのは来歴のせいだ。

「ほころびから、出ちゃうことがあるんです」

 如月の声に被さるように、離れたテーブルでどっと歓声が上がった。
 前回よりはうるさくないが、如月と顔を近づけなければ会話が成り立たない。

「出ちゃう?」

 耳を彼のほうに向ける。

「ええ、ぽろっと」

 そうか、自分はほころびを出たのか。
 今度も如月の言葉に紅緒は納得していた。

「出ていって、いっちゃんみたいにさまよったり、人形みたいに呪ったり」
「リリちゃん、自分では呪いたくなさそうでしたよ」
「ですけど呪うんです。こっちに出て来なきゃいいんですが、あれはあっちの御殿に住む方――の、お嬢さまのおもちゃです。それなりに強い。こちらの人形が土台で、ほころびに引っかかりやすい。面倒ですね」

 あの立派な建物は、それなりの身分のものが暮らしているのか。
 思い出そうとするが、庭園の印象が強い。

「リリちゃんは足が多いことを気にしてました。あちらだとそういうお人形が流行ってるんでしょうか」
「あれは持ち主がつけたんですよ。三本足なら走るのがはやそうだ、って」
「はやく走る必要が?」
「追いかけっこするためじゃないですか?」
「……それはかわいそうですね」

 リリちゃん人形の都合はお構いなしにおもちゃにされ、足を増やされてしまった。

「そうですか? 怖がられたからって呪い殺すんですよ。そんな目に遭った人間のほうがかわいそうじゃないですか?」

 実感はなく、ただの噂という認識でしかない。

「知らない相手にする同情は、あんまり持ち合わせてないです」
「ああ、それもそうですね」

 店員が味噌漬けチーズを運んできた。山盛りのてっぺんをひとつつまむ。

「しょっぱい」
「いっちゃんだったら、きっと喜びましたね」
「しょっぱいの、お酒のアテ? にいいんですか?」
「アテはなんでもいいんですよ」

 なんでもいい。きっと一番強いものが酒なのだろう。ほかはすべて、酒をより深く味わうためのもの。

「それで、ほころびから出るのが?」
「……あっちとこっちの間にほころびができて、漏れたりするんですよ」

 ――リリちゃん人形のように。

「簡単にいうと、俺はそこを塞ぎます。ほころびがなくても、俺は行き来できるんですけどね」

 誇らしげな如月に、紅緒は味噌漬けチーズの器を差し出す。

「ほころびは前触れなくできます。頻繁ではないので、待機時間のほうが長いですね。なので待機中は一灯電社で働いてます」
「ダブルワーク?」
「内緒ですよ。誰かに話したら、頭おかしいって思われちゃいます」

 それは確かにそうだろう。紅緒だってひっくり返っている。

「前職……というか、兼職は獄卒関係です」
「なんでしたっけ、それ」

 頭に漢字が浮かんでこない。

「地獄で亡者を痛めつける仕事ですね。お役所勤めですから、固い仕事なんですよ。あれでも。ほんとに」

 地獄に落ちて焼かれていた紅緒は、彼と会ったことがあるだろうか。
 写真で目にした彼の顔は、見覚えのないものだった。

「その、黒いものは」

 彼自身に自覚があるかどうか。指差した端から、黒い滴が落ちていく。

「これねぇ、仕事柄ですかね。悲鳴と返り血と恨みを、延々浴びることになるので」

 浴びたそれが、いまなお滴り落ちていく。

「俺、有能なので」
「そうですか」

 浴びた悲鳴と返り血と怨嗟は闇となり、いまもなお滴り落ちる。
 刑罰とはいえ、終わりの見えない拷問は怨嗟を産むだろう。
 怨嗟が如月に向き、ぼたり、と大きな闇が滴り落ちていくのだ。

 それにもまた、紅緒はひとり納得していたのだった。
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