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10 生きた怪異のする仕事
第51話
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駅から会社に向かう途中、道端で屈む如月の姿を見つけた。
遠目でも目につく。
ノイズで時折被った闇がかき消され、素顔がのぞいている。
焼き鳥屋以降、彼の顔を確認できるようになっていた。
一週間が経ってもおなじ状況だ。
声をかけるのを避け、紅緒は道の反対側に渡った。
そうしてみると、彼が道端でなにをしているのかわかる。
結界石――紅緒が紐を断った分を補充しているようだ。
更衣室で制服に着替えた紅緒は、六階に向かうべく階段に向かった。
いまも上り下りは階段を使っている。
エレベーター内の異質を示すマークも関係なく、ほかに使用者のいない階段エリアを気に入っていた。
「おはようございます、三嶋さん」
階段エリアに入った途端に、そこに如月が待ち受けていた。
「おはようございます」
「さっき、声をかけてくれたらよかったのに」
「会社でも顔を合わせますから」
並んで階段を上りはじめ、反響する足音を聞く。
「あれ、如月さんがつくり直してくれたんですね」
「結界石ですか? 昨日の夜中に設置したんです。さっきはちょっと確認していて」
「夜中に設置?」
「ええ、道端でしゃがんでると、人目についてしまうので。しゃがんでゴソゴソしてるのに、なにもないなんて変に思われるでしょう」
紅緒は足を止める。如月の足も止まった。
「なにもない?」
「なにも。ほかのひとの目には見えないですよ」
「……そういうものなんですか」
くわしく尋ねそうになったが、もうそれならそれでいいか、と紅緒は口を閉ざした。
「あれがあるので、前にいたお人形も好き勝手に散歩できなかったんです」
「リリちゃんになにかしたんですか?」
低い声が漏れた。
「逆です。お人形やあっちの連中が、三嶋さんになにもできないようにしてあるんですよ」
「じゃあ、リリちゃんが私を呪わなかったのは」
「それはお人形の勝手です。結界石で囲ったエリアでは、みんな好き放題できません――まあ、それだけですが」
ざぎざぎのノイズになった闇の下、如月が微笑んだ。
「けっこう俺はいい奴なんですよ」
釣り竿の先の餌になるということは、ある意味如月の庇護下に入るということだろう。
ばくりと餌に食いつく魚が、巨大でないことを祈るのみだ――餌も針も、すべてを飲みこむような大魚が現れないで済みますように。
「そのいいひとは、スマホの支給ってしてくれないんですか?」
連続で故障したとあり、いまポケットに入っている紅緒のスマホは家電量販店で購入したものだった。
ポイントがついてお得です、と店員は笑顔で対応してくれた。
短期間で複数のスマホを購入した紅緒にすれば、壊れないことが一番お得だ。
「三嶋さん、けっこう図々しいですね」
「なんで壊れたと思ってるんですか」
「……検討させていただきます」
「前向きにお願いいたします」
階段でおたがい頭を下げる。
保証書は保管してあり、そこに端末代金は書かれている。
どうか全額でなくとも多少は戻ってきますように。
紅緒は顔を上げると、如月の頭越しにあるものに目を奪われた。
「……あ」
壁にマークがある――異質を、異界をしめすもの。
とっさに制服の布越しにスマホにふれる。
「つながってるだけですよ。ここはそうじゃありません」
「壊れませんか」
如月は自分のスマホを取り出して見せてきた。
「俺もいるんですし、そんなふうにはなりません」
「私ひとりのときに起きたら困ります。ひとのスマホはどうでもいいんですか?」
つい剣呑な声が出た。
「三嶋さん、行き来の仕方を覚えませんか? そうしたらスマホの電源を切るタイミングもわかりますから」
「行き来の仕方? そんなところまで手を出したくないです」
生き餌でいるだけで終わらせたい。
自由に生き餌が動き回ったら、それこそあっという間に庇護など意味がなくなりそうだ。
――もし現れる魚が巨大で、ギザギザの歯を持っていたら。
「あのマーク、消してもらえるんですか?」
「そこにあるものは消せないです」
ひとつ上の段の階段に足を乗せ、上りはじめる。
となりで如月は、ゆっくりと一段飛ばしで階段を上りはじめた。
「いないはずの私が、ここにいるのに?」
「三嶋さん、もう俺の眷属なんですからね」
異界との縁は切れないのか。
「今後はエレベーター使います」
逃げられないなら、つき合い方を身に着けるしかない。
「階段生活で健康促進されました?」
「……若返りましたよ」
六階へのドアが見えてきて、紅緒は足をはやめていった。
遠目でも目につく。
ノイズで時折被った闇がかき消され、素顔がのぞいている。
焼き鳥屋以降、彼の顔を確認できるようになっていた。
一週間が経ってもおなじ状況だ。
声をかけるのを避け、紅緒は道の反対側に渡った。
そうしてみると、彼が道端でなにをしているのかわかる。
結界石――紅緒が紐を断った分を補充しているようだ。
更衣室で制服に着替えた紅緒は、六階に向かうべく階段に向かった。
いまも上り下りは階段を使っている。
エレベーター内の異質を示すマークも関係なく、ほかに使用者のいない階段エリアを気に入っていた。
「おはようございます、三嶋さん」
階段エリアに入った途端に、そこに如月が待ち受けていた。
「おはようございます」
「さっき、声をかけてくれたらよかったのに」
「会社でも顔を合わせますから」
並んで階段を上りはじめ、反響する足音を聞く。
「あれ、如月さんがつくり直してくれたんですね」
「結界石ですか? 昨日の夜中に設置したんです。さっきはちょっと確認していて」
「夜中に設置?」
「ええ、道端でしゃがんでると、人目についてしまうので。しゃがんでゴソゴソしてるのに、なにもないなんて変に思われるでしょう」
紅緒は足を止める。如月の足も止まった。
「なにもない?」
「なにも。ほかのひとの目には見えないですよ」
「……そういうものなんですか」
くわしく尋ねそうになったが、もうそれならそれでいいか、と紅緒は口を閉ざした。
「あれがあるので、前にいたお人形も好き勝手に散歩できなかったんです」
「リリちゃんになにかしたんですか?」
低い声が漏れた。
「逆です。お人形やあっちの連中が、三嶋さんになにもできないようにしてあるんですよ」
「じゃあ、リリちゃんが私を呪わなかったのは」
「それはお人形の勝手です。結界石で囲ったエリアでは、みんな好き放題できません――まあ、それだけですが」
ざぎざぎのノイズになった闇の下、如月が微笑んだ。
「けっこう俺はいい奴なんですよ」
釣り竿の先の餌になるということは、ある意味如月の庇護下に入るということだろう。
ばくりと餌に食いつく魚が、巨大でないことを祈るのみだ――餌も針も、すべてを飲みこむような大魚が現れないで済みますように。
「そのいいひとは、スマホの支給ってしてくれないんですか?」
連続で故障したとあり、いまポケットに入っている紅緒のスマホは家電量販店で購入したものだった。
ポイントがついてお得です、と店員は笑顔で対応してくれた。
短期間で複数のスマホを購入した紅緒にすれば、壊れないことが一番お得だ。
「三嶋さん、けっこう図々しいですね」
「なんで壊れたと思ってるんですか」
「……検討させていただきます」
「前向きにお願いいたします」
階段でおたがい頭を下げる。
保証書は保管してあり、そこに端末代金は書かれている。
どうか全額でなくとも多少は戻ってきますように。
紅緒は顔を上げると、如月の頭越しにあるものに目を奪われた。
「……あ」
壁にマークがある――異質を、異界をしめすもの。
とっさに制服の布越しにスマホにふれる。
「つながってるだけですよ。ここはそうじゃありません」
「壊れませんか」
如月は自分のスマホを取り出して見せてきた。
「俺もいるんですし、そんなふうにはなりません」
「私ひとりのときに起きたら困ります。ひとのスマホはどうでもいいんですか?」
つい剣呑な声が出た。
「三嶋さん、行き来の仕方を覚えませんか? そうしたらスマホの電源を切るタイミングもわかりますから」
「行き来の仕方? そんなところまで手を出したくないです」
生き餌でいるだけで終わらせたい。
自由に生き餌が動き回ったら、それこそあっという間に庇護など意味がなくなりそうだ。
――もし現れる魚が巨大で、ギザギザの歯を持っていたら。
「あのマーク、消してもらえるんですか?」
「そこにあるものは消せないです」
ひとつ上の段の階段に足を乗せ、上りはじめる。
となりで如月は、ゆっくりと一段飛ばしで階段を上りはじめた。
「いないはずの私が、ここにいるのに?」
「三嶋さん、もう俺の眷属なんですからね」
異界との縁は切れないのか。
「今後はエレベーター使います」
逃げられないなら、つき合い方を身に着けるしかない。
「階段生活で健康促進されました?」
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