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第二章
赤い月
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「皆さんもすでに理解していると思いますが、学力テストの結果における好感度の点数は4倍されるので大きなウエイトを占めています。つまり好感度というのがどれほど大切かわかることでしょう。」
α学園では週に一時間好感度の授業がある。この授業ではパートナーとの好感度を上げる方法や、他人との付き合いかたなどの指導が行われる。黒板の前では宇田先生が眠くなりそうな声で授業をしていた。
「まず好感度を上げる、つまりは相手に好感を抱かせるには相手の自分に対する警戒心を解く必要があります。これは相手と一緒に多くの時間を過ごし行動することなどが大切です。しかし、その時には相手との距離感も必要になります。無理に近づこうとしても相手には不快な気分を抱かせることになります。一般的にはパーソナルスペースなどと言う言葉がありますが、無神経にずかずかとその領域に入ってはいけません。一定の距離を保ちながら少しずつ近づいていきましょう。」
入院後の学園での授業も再度始まり、これからは隣の席には近衛さんがいる。隣を見ると近衛さんと目があった。微笑む近衛さんを見て授業が始まる直前のことを思い出す。
…
…
…
授業が始まる朝、教室に入った俺と近衛さんはすぐにクラス中の目を集めた。理由は至極単純だと思う。片腕の青年がそこにいるからだろう…と思っていたが理由はそれだけではなかった。一人の男子生徒が怒りの顔をあらわにしてずかずかと俺の正面に立ち、こう言った。
「なんでお前が近衛さんと一緒のパートナーなんだ!」
青年の特徴としては目が鋭く、鼻が高い。かっこいいか悪いかで言うとかっこいいほうであると思う。青年は顔を赤くして鋭い目を吊り上げながら、侑輝を睨みつけていた。侑輝はいきなりのことに驚いてしまい頭の中が空っぽになった。
「え…一緒に申請したから」
恐らく侑輝の目の前の青年の知りたいことは勿論、なぜ近衛さんと申請したのかということは少し考えればわかることのはずが、驚いた侑輝は煽りとしか言いようのない解答をしてしまい、火に油を注いだ。青年の顔が更に赤くなる。
「元々は俺がパートナーだったんだぞ!!俺を差し置いて何口説いてんだよ!!」
元々のパートナーであるという言葉を聞いて学力テストの順位の中にある2位の本田佑介という名前をなんとなく思い出した。つまりは侑輝の前に近衛乙月とパートナーだった者である。近衛乙月はランダムだと言っていたが、2位になったことも勿論の事であるが、近衛乙月のそのものも魅力だろう。近衛乙月は間違いなく学年でも1位2位の美しさを持つ者である。侑輝は校内の全ての生徒を知っているわけではないが、贔屓無しにしても予想がつくぐらいだった。それに加え性格と学力を考えれば男が手放したくないのは至極当然のことである。そういう意味では確かに侑輝は相性のいいパートナー同士を切り離したことにはなってしまう。そのことについては侑輝も少しは罪悪感を感じるところではあった。しかし、誘ってきたのは近衛乙月である。加え、一度は近衛乙月の誘いも拒否した上で近衛乙月のお願いを聞いたわけであるからと、侑輝は罪悪感を打ち消していた。
「いや誘われたの俺だし…そんなこと言われても…」
侑輝は決して煽りたいわけではなかったが、どうすればこれが沈静化するのか分からなかった。正直、近衛乙月を沈静化するよりはずっと楽なはずである。
「嘘をつけ!!!お前が脅迫でもしたんだろうが!!!じゃないとお前みたいな障害者近衛さんが…」
…障害者
その言葉が発せられた途端である。侑輝は…否、侑輝だけでなく恐らく周囲にいたものは感じた。悍ましいほどの寒気を…。それが誰から発せられているか、一番最初に気づいたのは勿論すぐ傍にいる侑輝である。いや傍にいようがいまいが一番最初に気が付くのは侑輝しかいなかっただろう。何度か体験した感覚。局地的に重力が数倍になるような感覚と、凍り付くような視線。間違いない…近衛乙月その人である。
…これはまずい
「本田さんですよね。」
「こ、近衛さん…」
目の前の男子生徒が本来赤くなるほどに見目麗しい女生徒を見て青ざめていく。
「以前はパートナーになっていただきありがとうございました。お陰で2位という良い結果を得ることができました。」
侑輝は近衛さんの顔を一瞥する。微笑んだ近衛さんからは全くといって感謝が感じられないどころか包丁でも隠しているんじゃないかと言わんばかりの殺気が感じられる。
「じゃあ、もう一度俺と…」
「障害者とは、どういうことですか?」
冷たい声が教室中に響き渡った。教室内は恐怖のせいか、驚きのせいか音1つ聞こえない。聞こえるのは近衛さんの透き通った声と青年の呼吸である。
「え?…そ、それはこいつが腕もない無能な障害者と言うことです。近衛さんもこんな奴に同情してパートナーになる必要ありません」
「むのう…?…しょう、がい…しゃ?…どうじょう…?」
片言になった近衛さんの冷たい声が身体を這いまわる。近衛さんは意味が分からないように首を傾げた。
…今までで一番まずい
「こ、近衛さん本田君の言うことも一理あると思いますよ!実際2位だ…たん…ですか……ら…」
俺はすぐに近衛さんのフォローに入ろうとした…
近衛さんを抑えようと後ろへと振り返えるとそこには光すら直進できないほどの暗い雰囲気に包まれた恐ろしい何かがいた。暗い陰はすでに身体全体のハイライトでも消しているような気がして目元すらもう見えない。その姿に圧倒された侑輝の言葉は届くことなく下降していった。
「本田さん、星乃君が何でしたっけ?」
ゆっくりと本田佑介の前へと進む近衛さんの足取りは静かで重い。
「…そ、それはだから」
冷たい空気を発しながら横を通り過ぎる近衛乙月から俺への敵対心などは勿論一切感じることはない。目の前にいる本田佑介の目は大きく見開き、滝のように流れる汗が地面に落ちた。秒速20センチメートルで進む近衛乙月に対して、本田君は秒速10センチメートルで後ろへと進む。
教室には本田君の不規則な弱弱しい足音だけが響く。震えた足がバランスを崩し、尻餅をついた本田君は顔を上げ、近衛さんの顔を恐る恐る見た…と同時に恐怖と絶望をした顔。
「はひぃっ!ご、ごべんなざいぃぃっ!ああ、ああああ、ごべん!ごべぇぇぇん!!だからああ」
…やばいっ!
瞬時に侑輝は近衛乙月の手を握った。その手は気のせいか死人のように冷たく感じた。
「近衛さんっ!」
一瞬の間の後、近衛さんはすぐに振り向いた。
「ふふ、どうしたんですか。」
いつの間にか温かくなっている手と、さっきまでの暗い雰囲気とは一変し慈愛に満ちた微笑みの表情。固まった片手を嬉しそうに両手で優しく包み込みながら大事そうに摩る。近衛さんのいつの間にか温かくなっていた手によって侑輝は自身の手が予想以上に冷たくなっていることに気が付いた。
「気にしなくていいから、ほ、ほら一緒に授業の準備でもしましょう」
「はい」
凍った教室の中で近衛乙月だけが温かく微笑んでいた。
α学園では週に一時間好感度の授業がある。この授業ではパートナーとの好感度を上げる方法や、他人との付き合いかたなどの指導が行われる。黒板の前では宇田先生が眠くなりそうな声で授業をしていた。
「まず好感度を上げる、つまりは相手に好感を抱かせるには相手の自分に対する警戒心を解く必要があります。これは相手と一緒に多くの時間を過ごし行動することなどが大切です。しかし、その時には相手との距離感も必要になります。無理に近づこうとしても相手には不快な気分を抱かせることになります。一般的にはパーソナルスペースなどと言う言葉がありますが、無神経にずかずかとその領域に入ってはいけません。一定の距離を保ちながら少しずつ近づいていきましょう。」
入院後の学園での授業も再度始まり、これからは隣の席には近衛さんがいる。隣を見ると近衛さんと目があった。微笑む近衛さんを見て授業が始まる直前のことを思い出す。
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授業が始まる朝、教室に入った俺と近衛さんはすぐにクラス中の目を集めた。理由は至極単純だと思う。片腕の青年がそこにいるからだろう…と思っていたが理由はそれだけではなかった。一人の男子生徒が怒りの顔をあらわにしてずかずかと俺の正面に立ち、こう言った。
「なんでお前が近衛さんと一緒のパートナーなんだ!」
青年の特徴としては目が鋭く、鼻が高い。かっこいいか悪いかで言うとかっこいいほうであると思う。青年は顔を赤くして鋭い目を吊り上げながら、侑輝を睨みつけていた。侑輝はいきなりのことに驚いてしまい頭の中が空っぽになった。
「え…一緒に申請したから」
恐らく侑輝の目の前の青年の知りたいことは勿論、なぜ近衛さんと申請したのかということは少し考えればわかることのはずが、驚いた侑輝は煽りとしか言いようのない解答をしてしまい、火に油を注いだ。青年の顔が更に赤くなる。
「元々は俺がパートナーだったんだぞ!!俺を差し置いて何口説いてんだよ!!」
元々のパートナーであるという言葉を聞いて学力テストの順位の中にある2位の本田佑介という名前をなんとなく思い出した。つまりは侑輝の前に近衛乙月とパートナーだった者である。近衛乙月はランダムだと言っていたが、2位になったことも勿論の事であるが、近衛乙月のそのものも魅力だろう。近衛乙月は間違いなく学年でも1位2位の美しさを持つ者である。侑輝は校内の全ての生徒を知っているわけではないが、贔屓無しにしても予想がつくぐらいだった。それに加え性格と学力を考えれば男が手放したくないのは至極当然のことである。そういう意味では確かに侑輝は相性のいいパートナー同士を切り離したことにはなってしまう。そのことについては侑輝も少しは罪悪感を感じるところではあった。しかし、誘ってきたのは近衛乙月である。加え、一度は近衛乙月の誘いも拒否した上で近衛乙月のお願いを聞いたわけであるからと、侑輝は罪悪感を打ち消していた。
「いや誘われたの俺だし…そんなこと言われても…」
侑輝は決して煽りたいわけではなかったが、どうすればこれが沈静化するのか分からなかった。正直、近衛乙月を沈静化するよりはずっと楽なはずである。
「嘘をつけ!!!お前が脅迫でもしたんだろうが!!!じゃないとお前みたいな障害者近衛さんが…」
…障害者
その言葉が発せられた途端である。侑輝は…否、侑輝だけでなく恐らく周囲にいたものは感じた。悍ましいほどの寒気を…。それが誰から発せられているか、一番最初に気づいたのは勿論すぐ傍にいる侑輝である。いや傍にいようがいまいが一番最初に気が付くのは侑輝しかいなかっただろう。何度か体験した感覚。局地的に重力が数倍になるような感覚と、凍り付くような視線。間違いない…近衛乙月その人である。
…これはまずい
「本田さんですよね。」
「こ、近衛さん…」
目の前の男子生徒が本来赤くなるほどに見目麗しい女生徒を見て青ざめていく。
「以前はパートナーになっていただきありがとうございました。お陰で2位という良い結果を得ることができました。」
侑輝は近衛さんの顔を一瞥する。微笑んだ近衛さんからは全くといって感謝が感じられないどころか包丁でも隠しているんじゃないかと言わんばかりの殺気が感じられる。
「じゃあ、もう一度俺と…」
「障害者とは、どういうことですか?」
冷たい声が教室中に響き渡った。教室内は恐怖のせいか、驚きのせいか音1つ聞こえない。聞こえるのは近衛さんの透き通った声と青年の呼吸である。
「え?…そ、それはこいつが腕もない無能な障害者と言うことです。近衛さんもこんな奴に同情してパートナーになる必要ありません」
「むのう…?…しょう、がい…しゃ?…どうじょう…?」
片言になった近衛さんの冷たい声が身体を這いまわる。近衛さんは意味が分からないように首を傾げた。
…今までで一番まずい
「こ、近衛さん本田君の言うことも一理あると思いますよ!実際2位だ…たん…ですか……ら…」
俺はすぐに近衛さんのフォローに入ろうとした…
近衛さんを抑えようと後ろへと振り返えるとそこには光すら直進できないほどの暗い雰囲気に包まれた恐ろしい何かがいた。暗い陰はすでに身体全体のハイライトでも消しているような気がして目元すらもう見えない。その姿に圧倒された侑輝の言葉は届くことなく下降していった。
「本田さん、星乃君が何でしたっけ?」
ゆっくりと本田佑介の前へと進む近衛さんの足取りは静かで重い。
「…そ、それはだから」
冷たい空気を発しながら横を通り過ぎる近衛乙月から俺への敵対心などは勿論一切感じることはない。目の前にいる本田佑介の目は大きく見開き、滝のように流れる汗が地面に落ちた。秒速20センチメートルで進む近衛乙月に対して、本田君は秒速10センチメートルで後ろへと進む。
教室には本田君の不規則な弱弱しい足音だけが響く。震えた足がバランスを崩し、尻餅をついた本田君は顔を上げ、近衛さんの顔を恐る恐る見た…と同時に恐怖と絶望をした顔。
「はひぃっ!ご、ごべんなざいぃぃっ!ああ、ああああ、ごべん!ごべぇぇぇん!!だからああ」
…やばいっ!
瞬時に侑輝は近衛乙月の手を握った。その手は気のせいか死人のように冷たく感じた。
「近衛さんっ!」
一瞬の間の後、近衛さんはすぐに振り向いた。
「ふふ、どうしたんですか。」
いつの間にか温かくなっている手と、さっきまでの暗い雰囲気とは一変し慈愛に満ちた微笑みの表情。固まった片手を嬉しそうに両手で優しく包み込みながら大事そうに摩る。近衛さんのいつの間にか温かくなっていた手によって侑輝は自身の手が予想以上に冷たくなっていることに気が付いた。
「気にしなくていいから、ほ、ほら一緒に授業の準備でもしましょう」
「はい」
凍った教室の中で近衛乙月だけが温かく微笑んでいた。
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