好感度教育

蝸牛まいまい

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第二章

今月は東から西へ

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「近衛さん、聞いていますか?」
宇田先生が少し困った顔で近衛乙月を指名した。
「はい」
「それでは近衛さんに問題を出します。ある一組の男女のカップルがいたとします。女の子は毎日毎日ずっとくっついていたいと彼に言いましたが、彼は一人の時間も欲しいと言っています。どのように解決すべきでしょうか。」
「はい…女性の言っていることも勿論理解できますが、一人の時間というのは自分の普段の行いなどを俯瞰的にまた客観的に見るいい機会だと思います。偶にはお互い一人の時間を大切にし、しかし一緒にいるときはお互いのことをしっかり考えながら過ごすべきだと思います。」
先程まで侑輝のことを見ていた近衛乙月は落ち着いた様子で答えた。いつもそうである。隣のパートナーをずっと見ているが故に授業に集中していないように見えて耳にはしっかりと入っており、答えも完璧なのである。パートナーというと視線を感じながらも授業に集中するようには心がけてはいるものの、やはり少し気になるのであった。
「はい、流石近衛さんですね。とても素晴らしい解決策だと思います。互いに相手に対する欲求はあると思いますが、だからこそ相手と自分との妥協点を考えていく必要があります。それが好感度を維持するための一つの方法です。」
宇田先生はにこりと笑うと授業を続けた。

授業の終わるチャイムと共に途中だった宇田先生の話は強引に終わった。好感度の授業は基本的にノートをとったり問題を沢山解いたりすることはないため楽である。楽であるし眠い授業でもある。しかしそれでも隣にいる監視の目が原因か眠ることはできない。怒られるということはないけれど天才の足手まといが授業中の居眠りが原因となれば弁明の余地もない。
「星乃、星乃!」
次の授業の準備をしていると前の席の上出が声をかけてきた。席が近いということで何度か話す程度にはなった。
「何?」
「流石は近衛さんだな!」
「何が?」
「だからさっきの解答だよ、模範解答とも言えるべき解答だ!」
「じゃあ近衛さんに言ってあげなよ」
自分が答えたわけではないくせに意味もなく自慢げにドヤ顔を決めているお調子者の男、上出と侑輝は別に相性がいいというわけではなかったが侑輝にとっては悪い奴ではないという認識になった。
「こ、近衛さん!流石ですね!」
「いいえ、当然のことを言ったまでですよ。」
そんな目の前のチャランポランな男にも分け隔てなく優しく答える。
「よし、近衛さんに話しかけたぞ!よしっ!」
上出は小さく力強くガッツポーズをするがどこか演技感がある。
「ちょっと~上出!私がパートナーなこと忘れんなよ!」
デレデレと演技をする理由はきっとその隣の幼馴染をからかうためだろう。上出の幼馴染の石塚さんである。上出と話しているときの口ぶりは強いところが長い付き合いだということを明かしている。
「ふんーお前と近衛さんではルックスも性格も育ちも全然違うんだよー」
「…た、確かに全然違うけど…ん…もうっ!」
そういってボカボカと上出の頭を叩いてはいるが、本当にきらいだったらそんなことはしないだろう。
上出が言うには近衛乙月は少し有名な家柄らしい。加えてその容姿と頭の良さから近衛乙月とパートナーになりたいと思っていた人は多かったらしいが、少し近づき難いという理由で遠目で男子生徒は見ていたらしい。知らなかったこととは言えども近衛乙月の仕草や振る舞いから若干ではあるが納得するところもあった。
「星乃~お前もせっかく近衛さんと組めたんなら足引っ張るんじゃねーぞ~。じゃないと他の男に盗られちまうぞ~」
下品に笑う上出ではあるが前者は兎も角、後者については問題なかろうと思う。


「こ、近衛さん。偶にはお互い一人で行動すべきだと思うんです」
「と…いうとどういうことでしょうか?」
4人は座れるだろう大きなソファで読書をしている侑輝のすぐ隣にはゼロ距離で何もせずにただ座る近衛乙月がいる。近衛乙月は無垢な目をしながら首を小さく傾ける。
「いや、そのもう少しお互い距離が大切だと思うんですよ。」
「はい」
「そのためにはお互いの一人の時間というものを大切にすべきだと思うんですが…どうでしょうか。」
宇田先生の言葉を思い出すように近衛乙月に問う。
「確かにそうですね。しかし一人の時間というのは2人で居るときも成り立つと思うんです。相手が隣にいるとしても自分のことは考えることはできますし、場合によっては沢山の人がいるからこそ孤独を感じることすらあると思います。」
…屁理屈だ
しかしそれに反発するが如く自分の寝室へと足を運ぼうとすると、近衛乙月からすぐにどんよりとした曇り空が漂ってしまう。そして以前の昼寝の時のことを思うと足が重くなってしまう。結局、負けるのはいつものことで理性を抑えながら2人で行動することが常になっていた。
それに冷静を装いつつも、くっついてくることに悪い気がしないのは男の性と言うものだ。



パートナーになってから約一か月、侑輝はちょっとずつではあるが他の人が近くにいること、近衛乙月が近くにいることが慣れてきた。いや、正確には慣れたのではない。麻痺してきたと言ってもいい。慣れとは問題に対処できているということである。侑輝の場合、問題に対処できているわけではないからだ。
まず、朝起きたら絶対にすでに制服姿の近衛さんが寝室の扉の前で待っている。近衛さん曰く、基本的にショートスリーパーで朝は早いらしい。その後、同じ朝食を一緒に食べて授業。昼食と午後の授業を終えるとリビングへ一緒に戻って宿題と勉強を一緒にする。その後夕食を終え、別々に風呂に入ってからソファで一緒に休むのが流れである。
……風呂、就寝以外はずっと一緒、少し気疲れもするが最近ではそれが当然のことになっていて何も感じなくなっていた。

「星乃君、口にご飯ついてますよ。」
「ああ、うんありがとう。」
違和感なしに近衛乙月は侑輝の口に付着するご飯の手でとり、自分の口に運ぶ。
「ふふ、美味しい。」
片腕がないために左手でご飯粒をとることができない俺は近衛さんの向かってくる手に右手が追い付かなかった。涼し気な様子で、ごく自然な近衛乙月とは裏腹に侑輝の顔は少し赤くなる。周りの目が痛い。ただでさえ片腕で目立つというのに近衛さんはいつもいつも気にせず平気でそういった世話をする。しかし、ここで変に狼狽えると逆に目立ってしまう。侑輝は自分に「冷静、冷静」と言い聞かせた。
「星乃君、明日は学力テストですよ。 大丈夫ですか?」
「ああ、まあ近衛さんに毎日教えてもらってるし。さっきも結構勉強したし平均90点くらいいくかもしれないな」
実を言うと、侑輝は近衛乙月の足を極力引っ張らないため相当勉強には精を入れているところであった。近衛乙月と時間を別にする就寝前の時間で少しばかり勉強しているくらいだった。勿論、近衛乙月には言っていない。言えば一緒に居る時間が増えるか、心配されるかのどっちかであることはわかりきっているからだ。
「ふふふ、そうですかそうですか。ふふ」
「その…い、いつもありがとう。」
「はい。ふふふ」
薄ピンク色に頬を染めながら満たされるように微笑む。垂れ目を細めながらどこか遠くを見るように微笑む。
「…最近よく笑うね。」
「そうですか?ふふ、そうかもしれません。星乃君とどんどん仲良くなれている気がして…」
「ご、ご馳走様」
侑輝は自身の照れを断ち切るように席を立った。
「ご馳走様です」
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