好感度教育

蝸牛まいまい

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第三章

日常

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侑輝には特に生きがいと呼べるものがない。ゲームは好きだ。読書は、まあ好きだ。外で遊んだりするのは嫌いだ。ショッピングは普通だ。音楽は好きなほうだ。映画は普通だ。食事は普通、睡眠は好きだ、恥ずかしいからオープンにはしないが、あっちのほうは男子だから当然好きだ。好き嫌い、考えれば多少分離することはできるが、特別これというものがない。勿論極める必要はないけれど、10時間や20時間没頭できる何かが無い。いや睡眠は10時間くらいはできる。そういうわけではなく、「生きがい」と呼べるほどのものがない。侑輝は目の前のエプロン姿の少女を見た。藍色のシンプルなエプロンを着ている後ろ姿。料理の邪魔にならないように髪をポニーテールに結んでいる。ゆらゆら揺れる髪の毛をついつい目で追ってしまう。

…いいな。実をいうところ侑輝はポニーテールが好きだった、といってもストレートも決して嫌いではないが、ポニーテールは簡素なわりに実に合理的で美的な髪型であると感じていたのである。
ポニーテール姿の近衛乙月はキッチンをフルに活用して料理をしていた。全く料理をしない侑輝から見ると、神業のようである。近衛乙月は味噌汁とロールキャベツ、その他の副菜をほとんど同時に作っているのである。普段料理をしている人から見ると普通のことかもしれないが、侑輝は再度、近衛乙月の天才ぶりに感心した。いつしか近衛乙月は「少しは」なんて言っていたが、とんだ謙遜である。
きっと彼女にとってはこれも「生きがい」なんだろうか…


白米、みそ汁、お浸し、ロールキャベツ、煮物、器こそあまり高いものではないが、見た目は完璧である。侑輝は早速、箸をもってロールキャベツへと伸ばした。近衛乙月は箸も取らずに侑輝が食するところをじっと見つめていた。
「…うまい」
「ふふふ、本当ですか」
「うん」
一口食べるとコンソメと肉汁が口の中で絡み合いながら広まっていく。味付けも絶妙でキャベツも程よく柔らかい。侑輝は再確認するようにロールキャベツを口にする。やはりうまい。過去のロールキャベツを検索し、母親の作ったロールキャベツと比較してもなかなかにいい勝負をしているであろう。いや正直、近衛乙月の作るロールキャベツのほうが美味しい。なぜだろうか…キャベツが違うのだろうか。侑輝は2人にしては少々多めに作られたロールキャベツにまた箸を伸ばした。そんな様子を満足気に見た近衛乙月もようやく自身の料理を食べ始めた。
「近衛さんは、高校生になるまで料理してたの?」
「はい、毎日していましたね」
「毎日?いつから…?」
「小学生くらいからです」
「小学生!?」
小学生から毎日料理をしている人などそうそういないだろう。やはり家庭の事情があるのだろうか。侑輝は少し不思議に感じた。近衛乙月のふるまいから、恐らくお金持ちの出だろうと考えていたためだ。
「近衛さんの料理は趣味?」
「いえ…いや、今は趣味と言ってもいいかもしれません。」
近衛乙月は箸の動きを止めると少し考えるように料理を見た。
「今は?」
「はい、今は侑輝さんのために料理を作れると思うと嬉しいですし、楽しいです。しかし、それまでは好きでもありませんでした。」
「好きでもないのにしてたの?」
侑輝は他人の過去に触れる申し訳なさを少し感じつつ質問した。
「はい、母親から女性は家事を完璧にこなす義務があると指導されていましたので…」
侑輝は少し驚くとともに、暗い様子の近衛乙月から怖い母親を想像した。
「今時、義務ってわけでもないと思うけど…。寧ろ、男女ともに多少できるくらいがいいという時代だしね」
「いえ、いいんです。今となっては本当によかったって思いますし」
「俺もできればいいんだけど…」
侑輝は少し罪悪感を感じながらロールキャベツへと伸ばす箸を遅くした。
「侑輝さんはできなくてもいいんです。私が全部したいんです」
急に元気になった近衛乙月は諭すように、微笑みながら侑輝に言った。
「美味しいですか?」
侑輝は最後のロールキャベツを一口で食べると目をつぶって味を確かめた。
「…超うまい」




「星乃、近衛さんおはよう」
今日から授業が始まる。侑輝は気分を少しブルーにしながらも、前と同じAクラスにいた。不思議なことにクラスの面々は誰一人変わっていないように思える。すぐ目の前が上出ということも特に変わっていない。
「おはよう」
「おはようございます」
クラスの人たちはまるで昨日も授業があったかのように普通にしている。
「上出、クラスの人たちほとんど変わってないような気がするんだけど…」
「そりゃそうだろ」
「え?」
「知らないのか?AからEクラスまであるけどAクラスに集まるのは基本的には成績が上位の人だ。成績上位の奴はわざわざパートナーを変えることはしないし、まあ当然と言っちゃ当然だな。おそらくCクラスくらいまではあまり変わらないと思うぞ」
「そうだったのか」
恐らく近衛乙月の点数が高かったからであろう。しかし、以前パートナーであった本田というやつはいないということは、そっちはそんなに点数が高くなかったということであろうか。
「そういえば」
上出は何か思いついたのか、侑輝を見てにやにやした。
「なんだよ」
「いやいや、2人は学内1位のベストパートナーだったな、ヒュー」
煽るように上出は拍手する。
「ベストパートナーって言われても…」
「いやいや、点数みたか?1000点超えてるってことは2人の好感度の平均が100点超えてるってことだ。もう結婚したほうがいいんじゃないのか?」
上出は煽りをさらに追加するようにヒューと加えた。侑輝は他人から言われて少し恥ずかしくなった。800点とかであれば、点数が良いだけの可能性もあるが、1000点ともなると好感度まである程度特定されてしまうのである。つまり公然に私たちはカップルですと伝えているようなものである。
「流石に高校生で結婚はないだろ、ねえ近衛さん」
侑輝は恥ずかしさをそらすように近衛乙月に流したが、すぐに後悔した。
「結婚ですか…。ふふふ。結婚。確かに法律が邪魔ですね」
「え」
豆鉄砲を食らったように侑輝は固まったと思いきや、すぐに顔が熱くなっていくのが分かった。ごまかすために近衛乙月に流した恥ずかしさは反射するだけではなく、さらに勢いを増して侑輝を襲ってきたわけである。侑輝は顔を伏せながら上出を一瞥した。にやにやしやがって…。
「ごめん、遅れた」
突然、後ろから聞きなれた女子の声がした。
「おい、トイレ長いな」
上出は笑いながらいった。
「そんな大きな声で言わないでよ。あ、星乃君と乙月ちゃんおはよ…う?」
侑輝のすぐ隣を通り過ぎる前にぴたりと足を止めた。侑輝へと顔を向けると少し匂いを嗅ぐよう鼻をすすった。
「何してんだよ」
「え?いや…なんでもないかな…。あれ乙月ちゃんなんか変わった?」
石塚さんは近衛乙月をじっくり見ると「やっぱり」とつぶやいた。侑輝と上出はそんな石塚さんを不思議に思い、同じように近衛乙月を見る。特に変わったことはない。髪型も変えていないし、化粧も特にしていない。そもそも、毎日一緒にいる侑輝自身が気づいていないわけはない。
「石塚さん、なんのこと?」
「そうだぞ、近衛さんは変わらず美人だぞ」
「男子はダメね」
石塚さんは呆れたように席に座ると言った。
「前と比べると全然違うじゃない、前より断然綺麗になっていると思わないの?」
「え?」
「近衛さんは、いつも綺麗だぞ」
「上出、あんたは私のことすらわからないからね。乙月ちゃん、前と比べると表情も柔らかいし、目もなんか元気って感じする。前も綺麗だったけど肌も更に綺麗になってるから」
侑輝と上出は確認するように近衛乙月を見た。言われてみれば…確かに、そうかもしれない。いつも一緒にいるため変化に疎い侑輝だが、恥ずかしそうにピンク色に顔を染める近衛乙月は出会った頃に比べると表情は柔らかいのは事実かもしれない。
「女子は恋すると可愛くなるのよ」
「じゃあお前は恋していないってことだな」
「あんたねー!」
笑う上出と怪我にならない程度に殴る石塚さんを横に、侑輝は再度近衛乙月を見た。近衛乙月は侑輝を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「あ、乙月ちゃん少し聞きたいことあるんだけど…?」
急に思い出したように殴っていた手を止めると近衛乙月を小さく手招きした。近衛乙月は不思議な様子で石塚さんの口元に耳を当てた。当然、侑輝と上出には聞こえない。
「乙月ちゃん、もしかして星乃君と一緒に寝てるの?」
「え?わかるんですか?」
「やっぱり。乙月ちゃんの匂いっていい匂いだからすぐにわかるんだよ、星乃君から少し香ってきた」
「そうですか」
近衛乙月はあふれる嬉しさを隠すように口元を手で覆った。
「やるね、乙月ちゃん」
「ふふ、はい」
侑輝は小さく笑い合ってる2人を見て小首をかしげた。…一体何を話しているんだ。


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