好感度教育

蝸牛まいまい

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第三章

心の準備

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「来週、男女別合宿を行います」
帰りのホームルームに宇田先生は落ち着いた声で宣言した。教室内からはところどころから「男女別?」という疑問が呟かれた。
「今現在、みなさんはパートナーと切磋琢磨に勉強に励んでいると思いますが、一部の生徒はパートナーと仲が良すぎることで勉強の妨げになっているのではないかという話が会議で出てきたわけです。加え、一部の生徒から女子同士、または男子同士の交流が持つことができていないという嘆きもありました。勿論、一番大事なことはパートナー同士との交流を深めることではありますが、同性の交流も大切なことに変わりありません。そこで学力向上と同性での交流を生むために短期間の合宿を行うことが決定しました。合宿については今から詳細を話しますが、2泊3日となっています。」
宇田先生は話をつづけながら厚さ5ミリメートルほどの冊子を配り始めた。侑輝は上出に手わされた冊子を開き、詳細を確認する。合宿はバスで2時間ほどの場所で行われるらしい。女子と男子で逆方向であった。1日目は到着した後に、近場でボランティア活動。2日目は1日中勉強、3日目は観光という大雑把に言えばそんな感じであった。来週の金曜日から日曜日までとはかなりブラックな気がした。冊子を読む侑輝の隣で近衛乙月は顔を青くしていた。


「侑輝さん、仮病しましょう」
「え」
授業が終わり部屋に戻るや否や近衛乙月は侑輝の顔を真剣に見つめた。
「合宿です。侑輝さんのお世話は誰がするんですか?」
「いや、まあ上出もいるだろうし」
「いえ、ダメです。そもそも、この合宿私たちには必要ないと思うんです。学力テストは1位ですし。というかなんで逆方向なんですかね」
近衛乙月は珍しく、子供の様に怒りをあらわにしていた。今にも頭の上から小さな湯気が立ちそうである。近衛乙月はホームルームが終わった後すぐに宇田先生のところに詰め寄っていた。
「宇田先生、私と侑輝さんは行かなくてもよろしいですか」
「近衛さん、それはできません。全員いくことが必須です」
「しかし、私たちは学力テストで高成績なのですから行く理由がありません」
「この学園にいる以上は方針に従ってもらわなければなりません」
「…」
あれから近衛乙月の機嫌はいかにも悪そうであった。しかし、侑輝も少しばかり不安があったのも事実であった。決して世話係がいなくなることではなく、近衛乙月が一人で耐えることができるだろうかということである。現状、侑輝が一人でトイレにいった後ですら、わなわなと狼狽える近衛乙月が一人で約3日間正常でいられるのだろうか。村木恵介曰く、侑輝と一緒にいないときの近衛乙月が感じているストレスは尋常ではない、それが約3日間、不安になるのは当然である。目の前では近衛乙月が絶望した表情で頭を抱えていた。
「まあ、学園にいる以上は仕方ないか」
「侑輝さんがいない、いない、いない、いない…」



「星乃、近衛さん今日も宇田先生と話してるな」
近衛乙月の顔こそ見えないが、背中から怒りが伝わってくる。しかし宇田先生は涼しい顔をしてかわしているのが遠くからでもわかった。
「まあ」
「乙月ちゃん、相当星乃君と離れたくないんだろうね」
「ま、まあ」
合宿は2日後であるというのに、凝りもせず近衛乙月は毎日宇田先生へと直談判していたのである。
「石塚さん、合宿中近衛さんのことよろしくお願いします」
「頑張ってみるけど、何ができるかわからないよ?」
「星乃、近衛さんにお守りでもあげたらどうだ?」
「お守り?」
「ほら、人形とか。これを俺だと思ってがんばれ…的な」
「にんぎょう…」
確かに小さな子供は偶に人形に名前を付けたりしていることがある。それが心の支えになることもあるかもしれないが、近衛乙月は高校生だ。そんな子供だましが通じるのかは疑問であった。しかし、他に方法が思いつかない侑輝は上出の言葉を鵜呑みにして適当に50センチメートルほどのクマのぬいぐるみを買っていた。
「近衛さん」
「はい」
2日後に合宿を控えている近衛乙月の顔は不安が始終漂っていた。
「これ」
「くま?」
寝室で大きな袋からクマのぬいぐるみを出した。
「合宿中のお伴だと思って」
「私にですか?」
「うん、こんなものでよければ」
「ありがとうございます」
寝間着姿の近衛乙月はクマのぬいぐるみを抱きしめた。しかし、その顔からはまだまだ不安が残ったままであった。
「侑輝さんとは全然違いますね、ふふ」
近衛乙月はそういいながら、不安そうに微笑んだ。
「なんなら左腕とって、服でも着せてみる?」
「……服、…服ほしいです」
「え?」
突然思いついたように侑輝の顔を見た。
「服欲しいです」
「クマの?」
「いえ、侑輝さんのです」
クマが大きいと言えども侑輝の服に比べると当然小さい。着せるには切って縫うくらいしなければいけない。
「クマに着せるの?」
「それもいいかもしれません、とにかく侑輝さんの服が欲しいです」
「まあ、いいけど」
「本当ですか!?」
先程までの絶望した顔とは裏腹に目をキラキラとさせていた。それくらいで近衛乙月のストレスが軽減されるのであれば安いものだと侑輝は自分の荷物を漁り始めた。学園に来るとき荷物を減らすため、着慣れた服ばかり持ってきたため古いものが多い。しかしその中でも一番新しいものを選んだ。
「これは?結構新しいし、クマの服にもまあいいと思うけど…」
「いえ、できるだけ使いこんだものをお願いします」
使い込んだ服…。侑輝は荷物の奥底から少し伸びた黒いシャツを取り出した。中学の3年間で一番着た回数が多いお気に入りである。
「これかな」
近衛乙月に手渡す。
「これ、お願いします」
「わかった」
近衛乙月はクマのぬいぐるみを少し無造作に傍らへと置くと、黒い服を抱きしめた。その様子は3歳児がクマのぬいぐるみを手にしたようであった。
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