好感度教育

蝸牛まいまい

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第三章

合宿と帰還

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「侑輝さん、女子は先らしいので私はもう行かないといけません。何かあったらすぐに連絡してください、すぐに駆け付けます」
「いや、大丈夫だよ」
「本当ですか?やはり今からでも病気ということで…」
「大丈夫だって近衛さん」
近衛乙月は心配が尽きないのかバスを前にして侑輝の右手を離そうとしない。他の女子生徒はすでに全員がバスに乗っており、入り口には宇田先生が待っていた。
「ありがとう近衛さん、でもみんな待っているから…」
「…そう、ですね」
近衛乙月は名残惜しそうに手を離すとバスに向かっていった。近衛乙月が乗り込むとすぐにバスは動き始めた。バスの窓から近衛乙月が覗いていた。侑輝が小さく手を振ると寂しそうに返してきた。
「俺も、準備するか」
バスの後ろ姿を見たあと、侑輝はすぐに自分の乗るバスへと向かった。

侑輝の合宿…
侑輝は今までにないほど新鮮な気分を味わっていた。いつも感じる視線や意識が無いだけで、奇妙な解放感があった。一日目はボランティア、植林、ゴミ拾い、お年寄りや子供とのふれあい。
「星乃、あんまり無理すんなよ」
「わかってるって」
侑輝は他の生徒と比較すると随分と遅かったが、満面の笑みで植林を行った。夜には男子の恋愛話大会が始まる。まあ、大体は初めてはもう済ませたのかとか、いつから付き合い始めたとかであった。驚いたことにクラスメイトの半分はもう恋人関係になっているらしく、初めてを済ませた組もいくつかあるらしい。まだ、終えていない男子生徒たちが矢継ぎ早に質問する。
「避妊とかってどうするの?」
「知らねえの?避妊具は保健室に行けばいくらでも手に入るぞ」
「マジかよ」
「それに男子はもらえないが、女子はピルも貰えるらしい」
「マジで?」
そんな話をしているうちに侑輝への質問が回ってくる。
「それよりも星乃んとこはどうやったらあんな点数取れるんだよ、やっぱりやりまくってんのか?」
「え!?いや、まだしてないけど」
侑輝は少し恥ずかしい思いをしながらも答えた。
「嘘つくなよ、してないのに1000点なんかいくかよ」
「いや本当だって…多分、性格の相性がよかっただけなんじゃない?」
「そんな簡単に言いあがって」
侑輝にとって合宿はとても有意義なものであっただろう。普段、近衛乙月といすぎたため男子との会話も少なく、男子らしい会話もできないわけで決して息苦しかったわけではないが、そういう意味ではほんの少し物足りなさも感じていたのだった。しかし、3日間の中で特に印象に残ったのは結局近衛乙月であった。侑輝は今までどれほどに近衛乙月に甘えていたか身をもって体験したのである。
一人であると食事の時は口が汚れても拭いていくれることはなく、痒いところがあると近衛乙月は言わなくてもなぜか場所に気づいて掻いてくれたりもしていたが、そういうこともない。何かを持ったり運んだりするにしても同じことがいえた。歯磨きの歯磨き粉、靴を履く時、髪を乾かすとき、箸を持つ時ですら近衛乙月は甲斐甲斐しく世話しているのであった。近衛乙月は侑輝の無意識的な行動ですら先回りして世話しているということが分かった。加えて、気のせいか近衛乙月がいないと寝つきが悪い。
そしてもう一つ印象に残ったことがあった。それは…「新着メール10件」。近衛乙月は5分に一回はメールを送ってきていた。普段はずっと近くにいるためメールする必要すらないため、こんなに沢山送ってくるのは予想していなかったのである。電話に関しても3時間に1回は着ていた。近衛乙月曰く、これでも相当控えているらしい。それでも侑輝は心配させないためにできるだけこまめに返すようにしたのである。
「近衛さん、大丈夫だろうか」


近衛乙月の合宿
1日目…
「乙女ちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ」
元気こそないが、微笑む力はまだあるらしく時折、端末を確認しながらゴミ拾いを行う。
2日目…
「乙女ちゃん、大丈夫?」
「ええ、まあ…」
一日目の夜は侑輝に貰った服を顔に当てて、匂いを嗅ぐことでなんとか眠りについた。しかし、今朝の近衛乙月の顔色は悪く、目の下には若干の隈ができていた。声には覇気がなく、食事もほとんどとっていなかった。
3日目…
「乙月ちゃん…今日はもう休んだほうがいいよ、絶対」
「ええ…」
一分に一度は端末を確認するその手はよく見ると震えている。美しい顔は青白く、隈が目立っている。すでに目から光は失っていた。また、制服の下には侑輝に貰ったシャツを着用していた。近衛乙月は観光もせずにホテルで一人みんなを待っていた。女子の観光が少し長引き、ようやく合宿が終わると、いち早くバスに乗り込んだ。
「ゆう…きさん、はやく…はやく…」



合宿から帰還した侑輝は荷物を持ちそのまま特別部屋に戻った。侑輝は一息つくと荷物を自室に投げるように置き、共有スペースのいつものソファに座った。窓からは夕日が差し、部屋が薄いオレンジ色に染まる。目をつぶると静かな時間が流れた。心拍数が急速に下降していくのを感じた。
「今は、ここが実家みたいなものだからな…」
自分自身に確認させるように独り言をつぶやく。目を開けると1分間ほど経っていた。侑輝は不思議に思った。すでに5分間は経っていたと思ったからであった。もう一度目をつぶると部屋の静けさが肌を通して寒く感じた。身体を温めるように下降していた心拍数がまた少し上昇する。侑輝は寒さの理由を理解していた。いつもいつも、侑輝は熱くなるほどに温められていたにすぎない。捨てられた子犬が鳴くような音がお腹から鳴った。侑輝はもう一度目をつぶり一台のバスを待つことにした。


「侑輝さん、ご飯ですよ」
「…」
「侑輝さん、侑輝さん」
味噌汁の匂いと耳元で優しい聞きなれた声が響いた。
「ん?んあ、うん」
侑輝は目を擦りながら声の主の元を探した。目の前にはいつものように、いつもと少し違った近衛乙月の顔があった。いつもより白い顔と疲れた優しい目とその下の隈、口元は嬉しそうに弧を描いている。
「近衛さん?」
「はい、夜ご飯できましたよ?早く食べましょう」
明らかに体調の悪そうな近衛乙月は、合宿がまるでなかったように平常運転であった。
「近衛さん」
「はい?」
「大丈夫?体調悪そうだけど」
テーブルの上には魚の煮つけや煮物、お浸しなど侑輝の好む和食が並べられていた。
「全然、問題ありませんよ。早く一緒に食べましょう」
見た目とは裏腹に優しい声で夕食を催促する近衛乙月に若干の違和感を感じながら、侑輝を見て嬉しそうに微笑む近衛乙月を前に食事を始めた。ずっと微笑む近衛乙月の食事は全く進んでおらず、ただただ侑輝の食事姿を嬉しそうに見つめている。
「近衛さん、食べないの?おいしいよ?」
「美味しいですか、ふふ。でもあまりお腹空いてなくて」
「…そうなんですか」
やはり体調が悪そうである。一言一言発せられる言葉はいつものように慈愛に満ちてはいるが、どこか細い糸の様である。さっさと食事を終えた侑輝は今日は早めにベッドに入ろうと思い風呂場へと向かおうとした。
「侑輝さん、待ってください」
とっさに侑輝は腕を掴まれた。
「どうしたの?」
「今日は、その…お風呂に行かなくてもいいんじゃないんでしょうか?」
「え?」
ひと時の間…侑輝は何を言っているのかよく分からなかった。
「いえ、その…なんというか、別に今日は必要ないんじゃないかな…と思いまして」
「…」
近衛乙月は弱弱しく光を失った目を侑輝に向けながら弱弱しい声で侑輝に懇願した。確かに観光と言えども汗を大量に掻いたわけではないが、それでも外に行った侑輝としては今日は風呂に入って当然である。侑輝は、近衛乙月の暗い眼に若干の恐怖を感じながら、再度、近衛乙月が何を伝えたいのか冷静に考えようとしたとき気づいてしまった。侑輝の腕をつかんだ手は服の上から少しわかる程度に冷たく、小刻みに震えていた。
「…あの、ゆう」
「近衛さん」
「…はい」
「も…、もう一緒に寝よう…か?」
「はい!」
細い声で元気よく返事をした近衛乙月を見て侑輝は真意に気づけたことを嬉しく感じると共に、風呂にも入らずに一緒に寝ることに対して拒否感を感じた。しかし、白い顔から少しだけピンク色を確認するとふっ切れたように受け入れた。
「すぐに洗い物済ましますから、少しだけ待っててくださいね。すぐに終わらします」
カチャカチャと洗い物を終わらた近衛乙月はエプロンを脱ぐと、侑輝の背中を押しながら自分の寝室へ入った。近衛乙月はベッドに横になるといつものように薄着になり、侑輝へ催促するようにベッドを叩いた。もう、何度も繰り返されたことである。しかし、いつもであれば耳かきが終わった後、重い瞼を擦りながら寝ていた侑輝であるが、今日はまだ眠くはなかった。侑輝は近衛乙月を心配して早めに寝るに過ぎないのである。近衛乙月の隣に来ると、再度いつものように背を向けて横になった。その直後、侑輝は肩を2回叩かれた。
「どうしたのおう!?」
侑輝が上半身をねじり後ろを向いた瞬間、腰からすごい力で身体全体が180度転がされ、近衛乙月の正面に向く。
「近衛さ!」
更に突然のことに驚嘆した瞬間、足をがっしりと絡まれ首と胴体をしっかりとホールドされる。近衛乙月は侑輝の胸に顔をうずめていた。甘い匂いと共に柔らかい身体がねっとりと密着した。
「近衛さん、ちょっ」
「寂しかったです」
「…」
今もなお混乱している侑輝の胸から近衛乙月は弱弱しくつぶやいた。柔らかい身体がぐちゃぐちゃに絡まって解けない糸の様に侑輝にまとわりついていた。侑輝は近衛乙月の一言で思考が停止し、抵抗する気にならなくなった。侑輝の身体から力が抜けると奥に入り込むように柔らかい身体が這っていく。数秒後、ようやく安定した位置を見つけたのか、絡みついたまま固まった。
ここで問題が起きる。まとわりつく柔らかい身体は侑輝の身体より冷たく、近衛乙月の言葉によって混乱から回復してきた侑輝は感覚が敏感になってきたのである。甘い匂いを漂わせ、柔らかい身体と、2つの大きな山が侑輝の身体に押し付けられ、接触面積を極限まで増やした体勢は侑輝を惑わすには過分なほどだった。侑輝の身体は近衛乙月と相反し、どんどん熱くなり、意識するごとに下半身が反応してしまった。
…やばい
そう思うほどに、どんどん意識してしてしまい、下半身はすでに臨戦態勢に入った。ここまでくると、流石に言い訳の仕様がない。いつもであれば、侑輝は背中を向けているか、朝は近衛乙月が先に起きているために隠していたが、今日は別である。侑輝は弁解の余地なしと判断して暗い中で顔を真っ赤にして静かに言った。
「申し訳…ありません」
「…」
当然、身体は完全に密着しているため近衛乙月の柔らかい身体に押し付けられているのである。
「…近衛さん、近衛さん?」
「…」
返答がないことに侑輝は戸惑った。流石に近衛乙月も恥ずかしくて返事ができないのだろうか。それとも本当に気づいていないのか、そんなわけはない。侑輝は確認するべく、自身の胸に押し付けられた近衛乙月の顔を身を引いて確かめようとした。
「…」
し部屋が暗く顔は見えない。未だに返答の無いことが不思議に思い侑輝はまさかと耳を澄ませた。小さく「すぅー」と息を吸う音が聞こえる。
「寝てる…のか」
人生最大の安堵。下半身の臨戦態勢のまま、侑輝は全身の力を抜いた。心臓の音を聞きながら、ゆっくり息を吐く。あれだけ眠そうな目をしていれば、すぐに寝てもおかしくはない。それにしてもどれだけ寝ていないんだろうか。もしかして、合宿中完全不眠だった可能性も否定できない。頭だけが冷静さを戻し、近衛乙月の合宿を想像する。3日間の合宿が近衛乙月にどれほどのストレスを与えたかは侑輝にはわからない。しかし、今までの知見から想像を軽く超えるものであることは言うまでもない。
依然として臨戦態勢の侑輝は、テンポよく小さく動く柔らかい胴体を温めるように受け入れた。今日は恐らく一睡もできないと予想した。




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